第二十鎚 岩と鉱山の街ベルグヴェルグ
朝起きると、すでに太陽は空の結構高いところに来ていた。
「……んぁ……寝過ぎたぁ?」
まぁ別にずっとゲームの中で寝てたわけじゃないんだけどね。普通にリアルで用事をこなしてただけだよ。
最近雨続きだから、弟の野球の試合も中止が多くて暇な時間が結構ある。そんなこんなで今日も私は『EIL』の世界に来ています。
ベルグヴェルグの街まで大体四キロ……戦闘しながら歩いても一時間くらいってところかな。
昨日の夜は周りが暗くて街の明かりがよく見えて、街の位置もわかったのだけれど、今は岩に紛れてよくわからない。
おそらくあれかなーっていう尖塔はあるんだけど、それも岩石地帯の色と同じだから見失ってしまいそうだ。多分街もほとんど全部岩でできてるんだろうな。……どんな街なんだろうね、楽しみ。
レベルも上がってるっちゃ上がってるけど、まだ21だし…昨日じゃ2個しか上がらなかったんだよね。
レベルが上がるにつれて、それも特にレベルが20を超えたあたりから必要な経験値もだいぶ多くなっていくらしい。だから、ちょっとやそっとの経験じゃ次のレベルに上がれない。
うーん、まあでも地道にやるしかないかなー。
今日はベルグヴェルグまで戦いながら歩いていこうかな、そのあとは観光だね。鉱山の鉱物で発展した街だから、いろんな武器屋さんとかあるのかなー。鉱山ってことは……中に入ってツルハシでガンゴンやれば鉱物が取れるのかも。
ゲームの中だから、特殊な鉱石とかもあるのだろうか。そういえば、会員証の鎖部分は確か、秋津国?ってところで採れた黒色金剛玉石っていう鉱石で作られているらしいし、耳につけてるイヤリングも宝石部分は普通の宝石らしいけど、金具部分と白神教の紋章部分は聖銀っていう魔力の籠った特殊な銀でできているらしい。
そういったゲーム特有、この世界だけにあるようなものも見てみたい。
メイクレアさんが言っていたように、自分で狩ったモンスターの素材を使ったほうがいい武器が作れるというのなら、自分で掘った鉱石から精錬した金属で武器を作ったほうがいいのだろうか。
というか、そういうことなら自分で素材集めから精錬や合成まで全てやったほうがいい武器が作れるそうだ……あ、そういうことなら、魔石とかモンスター素材とか鉱石とか全部私で集めて、ゴヴニュさんに作ってもらおうかな。その時に横で手伝ったりすれば全部自分で作るのに限りなく近いことができそうだね。
まぁ、それは多分龍骸山脈に行くよりも後のことだし、今はまだ考えなくていいかな。
遺跡を出てから街の方へ歩き始めてしばらくすれば、今日初めてのモンスターに出会った。
昨日と同じの、リトルストーンゴーレムとロック・ボマーのコンビだった。
この辺りはソリッドロック岩石地帯の序盤も序盤だし、今のところ出てくる敵はこの2体だけだ。
もう少し先に進んでもっとゴツゴツした感じの岩場に辿り着けばロックスコーピオンが、ゼニス大山の近くに寄ればガーゴイル、ソリッドロック岩石地帯の中間から向こう側では普通のストーンゴーレムやロック・ボマーの群れや上位種が出てくる、って感じなんだそうな。
まぁ、こいつらは私の実力的にもまあ悠々倒せるレベルだし、サクサク進んでいこうかな。
「……《迅雷化》、と…《破城槌》!」
限界まで加速して、重心操作で威力が上乗せされた対物アーツがモンスターのゴツゴツとした肌に突き刺さって、私の一日が幕を開けた。
◆ ◆ ◆
歩くこと一時間と少し。
ようやっと目的の街が見えてきた。予想通りゼニス大山の山麓にできた、半分ほど鉱山と同化しているような街だった。
肉体労働関係の仕事をしている人が多いせいだろう、そこら中から活気のある掛け声と怒号が聞こえてきて、街を闊歩する人も肩にツルハシを担いでいたり、頭にライト付きのヘルメットをかぶっていたりする。
ぶっとい腕の男性や、全体的に太くてずんぐりむっくりな……ゴヴニュさんと同じ種族のドワーフだろう人々が多いね。
女の人もそんな彼らを支えるためか、仕事人!って感じの人が多い。
街はやっぱりほとんどが岩造りだった。街の中心にある、私がここにくるための目印にしていた尖塔を中心に、半分は鉱山と同化しているような、言わば職業区画?のような感じで、残りの半分で生活区域と商業区域とか福祉施設だとかがある感じだね。
街全体としてもそんなに規模は大きくないし。アインやツヴァイの街よりは当たり前だけど断然小さめだ。
こういった中継としての街と、プレイヤーがほぼ必ず訪れる大きな街であるアインやツヴァイといった数字を冠している街との一番大きな違いは、ファストトラベルができる転移門の有無だろうか。
このゲーム、大きな街から街までの移動ならば転移門で済むんだけど、こういった小さな町や村、フィールド中のダンジョン等には転移門を用いずに自分の足で行かなければいけない。
そもそもプレイヤーだけが自在に使える転移門、というもの自体この世界から見れば結構破格なので、特段文句をつける人はいないがわりかし不便だったりしなくもない。まぁ、移動時間もこのゲームの醍醐味だと割り切ればいいだけの話だ。
街に着いたはいいけど、さて、何からやろうかな。
……うん、まあ適当に街を回っていれば何かにぶつかるだろう。今日は観光だね。さて、そうと決まれば、まずは腹ごしらえだ!朝ごはん食べてないからちょっとお腹が減ってきました!
「おばちゃん!ミニロックスコーピオンの姿揚げ一つ!」
「はいよ、150Gね。旅人さんかい、観光ならやっぱり東側一帯の鉱山区画がおすすめだよ!」
「わぁ!ありがとうございます!」
やっぱりこの街のメインは鉱山らしい。
……それはそれとして、岩蠍の姿揚げ。普通にでかい。ミニでこの大きさなのか…50cmくらいあるんだけども。これ持って食べ歩きはなかなかにハードルが高い……って思ったけど、周りでもちらほら見かけるね。え、特産品って感じなのかな。スタンダードなのこれ?
街ゆく人々が体長50cmはあるどでかい蠍の素揚げの串刺しを持っているのはなかなかに衝撃的だ。
さて、一口……うん、殻がカリッとしてて美味しいね。味はやっぱりエビとかカニに似た感じだ。でも旨みが濃い。この世界のモンスター類は結構濃厚な旨味を持った奴らが多いんだねー。
はむはむ。うんうん、美味しい美味しい……
「むぐむぐ…」
「おい、そこのちっこいの」
「……んむ?」
蠍を頬張っていると、声をかけられた。小さいと言われたことに対して若干の抗議の視線を込めながら振り返れば……そこには、誰の姿もなかった。
「……?」
「下だ、下」
「ほへ?」
下?
私にしては珍しく視線を下にさげてみれば、そこには赤髪の頭と不満げにしかめられた浅黒い幼なげな顔があった。その少女?の髪型の、頭の両横あたりで髪を輪っかに結んでいるそれが印象的で、可愛らしくも勝気な感じだな、なんて思う。
それと、その体躯とは全く似ても似つかない大きさのハルバードを肩に担いでいるのもなんだかチグハグで、より一層特徴的だった。
……っていうか。
「ごくん……貴女の方が小s……」
ゴオッ!
「あ??なんかいったかテメェ??」
「なんでもないですゴメンナサイ」
小さい、って口にした瞬間、恐ろしい速さでハルバードが首元に突きつけられる。ピタリ、と首元でビタ止めされて、行き場をなくした衝撃波と風圧でツーサイドアップにまとめてあった髪の毛がふわりと浮き上がった。
こっわ。え、こっわ。
バイオレンスにも程があるじゃん。私事実言っただけじゃないですか。いや、正直この世界でまともに会話した私より背が小さい人ってフィニーちゃん以外だと初めてだったしちょっと嬉しくなってつい口に出ちゃっただけなんです許して。
あ、ちなみに聖女ちゃんは私よりちょっとだけ身長が高かったです。まる。ちくしょう。
っていうか、身長で油断してたけど、これだけ斧槍の扱いに長けているとなると、相当な実力者だろう。ハルバードだって重武器だし、身長も低いしでシンパシーを感じる。……いや、私は小さいって言われただけでそんなキレるようなやばい人じゃないけどね。
え?いやいや、ほんとですけど?私小さいって言われただけでキレるほど子供じゃありませんし??
この女性は、見た目の特徴からしてドワーフの女性なんだろう。この世界のドワーフの女性は基本的に背が小さくて、ドワーフ共通の浅黒い肌を持っているそうな。髪色は黒や白が一般的と聞くが、赤色の人もまあいるだろう。
……ん?
ドワーフ、ハルバード、バイオレンス。なんだか覚えがあるな……
それに、彼女の胸元、さっきまで見えてなかったけど、胸にかかってるペンダントがすごく見覚えのある感じだった。
赤と青の細い線か糸のようなものがが三次元的に交差している紋様が巻き付いたペンダント。メインの意匠は大斧と大槌がクロスしている感じになっている感じのそれは、ちょうど私の胸に今かかってるのと同種のもので……
あ、もしかして。
「ゴヴニュさんの……娘さん?」
「妻だよ!!」
「痛い!」
わざわざ肩をつかまれて屈まされた後に頭をゲンコツでぶっ叩かれた。……くぅ、この人、私よりも小さいくせに力がありやがる…!!
小さいくせに……痛っ!
そのあとは、二人とも改まって簡単な自己紹介をした。
赤髪のドワーフの彼女の名前は、アドラウネさんと言うらしい。彼女が言ったように、鍛冶屋のゴヴニュさんの奥さんで、メインの武器はハルバード、真・重武器愛好会にも所属しているらしい。
御年はピッチピチの50歳だそうな。……え?ピッチピチ?
なんて思ったけど、どうやらドワーフの寿命はだいたい200年だそうなので、人間の寿命が100年だとしたら……25歳とかかな?アラサーだね!なんて失礼なことを考えたら、またもやアドラウネさんに頭を打たれました。ぐすん。
なぜ私に声をかけたのか、なんて聞いてみれば、別に特に理由はないとのこと。
なんでも私の後ろ姿を見かけてなんだかビビッと来るものがあったとかなんとかで、適当に声をかけたんだそうな。それで振り返った私の胸元に会員証がかかってるのを見た時はちょっとびっくりした、なんて言っていた。
とりあえず私の方も何か話さなければいけなさそうな雰囲気だったから、とりあえず、と言うことで街に来た目的とゴヴニュさんとは知り合いだと言うことだけ話してみた。
すると……
「ふぅん……おいお前、武器見せてみろ」
「あ、はい、この二つです」
「二つ使ってんのか。状況に応じて使い分け……いや、普段から両手に一本ずつ持っていやがるのか、面白え。それに、核となった経験もいいじゃねえか……」
ふむふむと言いながら私の連星鎚を眺めるアドラウネさんは、見た目や仕草も相まって大きな武器に目を輝かせる可愛らしい子供に見えてしまった。なんだか微笑ましい。
「……テメェ、また変なこと考えてねえだろうな」
「いやいや、そんなことはナイデスヨ」
私も彼女が連星鎚を眺めている間は私は彼女のハルバードを体の前に抱えていた。
このハルバード、超重いけど抱えることはできる。でも、とても振りまわせて戦うようなイメージは……いや、重心操作を駆使すればいけるかな。……うん、悪くなさそうだ。
「おい、お前」
「は、はい!」
勝手に彼女の愛武器を振り回しちゃったのは機嫌を損ねてしまっただろうか……
でも、この重量感、結構クセになりそうで私は好きだよ……!
「……ん、よし。お前、今日はあたしと街巡りな」
「ほへ?」
と言うわけで、今日の予定はゴヴニュさんの奥さんと浮気デーt…いたっ!……健全な街巡りをすることになりました。
・tips
・鉱石類について
・既出の鉱石
・黒色金剛玉石
秋津国(日本モチーフのどっかの国)でしか取れない、産出量も極々少ない希少な鉱石。
耐久力が高く、また、装備者の筋力を上げる効果がある。
・聖銀
主神の加護の力と魔力の宿った銀。高い魔力伝導性を持ち、使い込んでいくことで装備者との親和性が上がっていく。
自然に鉱山から出土する魔力濃度の高い魔銀に主神の加護を人工的に刻印した人工金属。
誤字報告ありがとうございます!!