第十六鎚 第十七代聖女クリム
ダラスさんからもらった、教会の意匠の施されたイヤリング。
これをつけると白神教の信者認定されたり……いや、ないか。リアルでも十字架のネックレスとかファッションでつけてる人いるしね。とりあえず装備欄から装備をしてみる。
……うーん、鏡が欲しいかな。自分では見えないや。
耳を触ってみれば、確かに手に触れる冷たく軽い金属の感触があるけど、似合っているかはわからない。ついている装飾の色は極小さなオレンジ色の宝石を銀色の土台に埋めているという感じのものだった。
とても精巧な作りで私の髪色に映える……というか、私の瞳と角の色とまんま同じ感じなのだけれど、とりあえず多分いい感じだと思っておこう。
そんなことを考えていたら、扉が開いて新しく気配が…
「って、ジェイドか」
「ああ、すまないな。遅れた」
「ダラスさんから報酬みたいなのは貰った?」
「まだだな。聖女と会ってからでも遅くはなかろう。君はそのイヤリングが報酬か?」
「うん。どう?自分じゃ見れなくてさ」
「ああ、似合っていると思うぞ。スクショでも撮って送ろうか?」
「ほんと?ありがと」
了承をすると、ジェイドが手でカメラのポーズを取る。あれだ。よくリアルでもやる両手でL字型を作って組み合わせるやつ。どうやら『EIL』の世界では写真を撮るときこんなポーズをするらしい。……真面目そうなジェイドがそのポーズをしていると結構じわじわくるものがある。
ポーズどうしよ…とりあえず、ハンマー片方取り出して肩に担いで…左手はピースでいいや。
「いえい」
「……よし、撮れたぞ」
「やたー」
撮ってもらった写真をチャットで送ってもらって確認する。…うん、結構結構。今日も可愛いね(自惚れ)
耳元のイヤリングもあんまり自己主張が激しい感じではない。あくまでさりげなーく、という感じだ。やっぱりあのぽっちゃり(ぽっちゃりとかいう次元じゃなかったけど)ダラスさんにしてはいい趣味していると思う。完全に偏見だけどさ。
やっぱりハンマーですよ。かっこいい。私かっこかわいい。
そんな感じで自分の写真を見てむふむふしてたら、ジェイドに残念な子を見るような目で見られた。なんでや。
私がジェイドの方に視線を向けると同時に、部屋の扉がノックされた。
仕方なしにジェイドの方から目を外して、扉の方へ声をかける。
「空いてますよー」
「では、失礼します」
「あ、シルヴィエさん!それと聖女ちゃん!」
やべ、聖女ちゃんって呼んじゃった。
ちらりとシルヴィエさんの方を見ると、相変わらずニコニコ笑みを浮かべていた。うーむ、やっぱり読めないなぁ。
入ってきた二人は、私たちの座る前に座った。聖女ちゃんの方はモジモジと下を向いている。かわいいなぁもー。
「じゃ、改めて自己紹介からしましょうか。私はニナと言います。旅人で、信仰している神様は雷神様です。職業は鈍器使いの戦士で、使う武器はハンマー2本。よろしくお願いします」
「俺の名前はジェイドといいます。あの場には縁があって居合わせただけですが、貴女を助けることができたのなら幸いです」
「では、次はわたくしが。白神教でシスターをやっているシルヴィエと申します。普段は聖女様の身の回りのお世話などもやらせていただいておりますれば、何か聖女様に御用がある場合はわたくしにお申し付けください。……さ、聖女様」
三人の自己紹介が終わってから、シルヴィエさんが聖女ちゃんを促す。
そうして聖女ちゃんは前を向いて自己紹介を始めた。
「えと、第十七代『白の聖女』、クリム・ラインハイトと申します。できれば仲良くしてくれると、嬉しいです」
チラチラと上目遣いでこちらを見上げながら自己紹介をされた。めっちゃ可愛いです。フィニーちゃんとはまた違ったかわいさがあるね。あっちは元気系でこっちは人見知りだ。
というか、この世界に来て初めて苗字を聞いた。ラインハイト……ドイツ語で、確か純潔って意味だったかな。この世界での苗字は、例えば王族とか一部の貴族とかしか持っていないはずだ。白神教でも苗字を持てるのは聖女ちゃんだけなんだろう。ダラスさん苗字なかったし。
とりあえず、話を繋げようか。
「聖女様は、どうして聖女になられたのですか?」
「えと、その……ある日、夢の中に白神様が出てきて、次の聖女は貴女だ、って言われまして。翌日には両親と別れてここに」
「おう……」
もしや地雷かしら。いきなりお前聖女だから今日から教会暮らしねって言われても確かに納得できないもんね。というか、先代聖女はどうなったんだろ。
「クリムちゃんの前の聖女様はどうされたんでしょうか」
「ニナ様、一応聖女様ですから軽々しい名前呼びは……」
「あ、いいのですシルヴィエ。助けてくださった恩人ですし、旅人たちはそういった堅苦しいものを嫌うと聞きますから。尚の事、それで先代聖女様のことですね」
一拍置いてから、聖女ちゃんは話を続けた。
「白の聖女は、通常大体20年弱ほどの期間で交代します。しかし、先代聖女様はその例から外れてとても長い期間聖女様としての任を努めていらっしゃいました」
「それは、大体どのくらいですか?」
「えっと…確か、50年くらい?だったかと」
「なっが」
辞める時はもうおばあちゃんだったんだろうか。というか、大体20年弱で交代するはずなのに50年も変わらなかったってのは、多分これも白神様が忙しかったからなのだろうか。
「辞めた後は?」
「辞めた、というか亡くなられてしまったのです。そのすぐ後に私が聖女となったので」
「なるほど…」
おばあちゃんどころかもう亡くなっていらっしゃったか……白神様もそんなに余裕がなかったのかね。
じゃぁ次は…と口を開くまでもなく、今度はジェイドの方から口を開いた。
「聖女様、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「は、はい。なんでもどうぞ」
「では。……『大いなる災い』、とはなんでしょうか」
およ、ジェイドも知ってたんだ。教会関連の人がポロッとこぼすことがあるのかな。
でも、聞いた感じ結構情報隠されてそうだけどね、答えてくれるのかな。
「えと、それは…」
やっぱり迷ってるね…
「えと、答えづらいなら無理なさらなくても……」
「……いえ、あなた方なら大丈夫でしょうし、概要だけ」
言葉をまとめるためだろうか、聖女ちゃんは少しばかり空中に視線を彷徨わせた。
私たちの頭上には、魔力で日の灯る魔石のシャンデリアがかかっていて、無機質に室内を照らしていた。
「初めにその単語が出てきたのは、初代聖女様の予言です」
やはりか。ツヴァイの街に来た時に見た夢に出てきた彼女が、初めてその未来を予知した、ってことなんだろう。そういうことなら、彼女が最後に私たちに託したものは、この世界の秩序と未来だろうか。
「次に改めてその単語がはっきりと出てきたのは、その300年後。先代聖女様の時代です。私たちも『大いなる災い』の詳しい内容なんかはよくわかっていないのです。元々白神様とは私たち聖女もそこまで明確な交信ができませんから、わかっているのは、あくまで概要だけ」
「それでも構いません。我々旅人もこの世界に来たばかりで、やるべきことがわからないという現状ではありますので」
「おそらく、という頭言葉がつきますが、大いなる災い、とは黒神の世界に対する反逆なのではないか、と思われます。実際、白神様がお忙しくなられてから黒神教の活動が活発化したのは事実だそうなので。推測ではあるのですが」
うーん、やっぱり黒の神なのかな?でもなー…。
引っかかってるのはあの黒いモヤだ。あの黒ローブの男の実力があればあんなチンケな呪い道具に頼らなくてもよかったはずだし……
でも、とりあえずのところは黒神との接触もしくは黒神教の調査が第一目標になるのだろうか。後は、おそらくこれも大いなる災いの影響であろう黒いモヤを纏ったモンスターの調査もか。
まぁ、そういった面倒なことは誰かに任せたいなー、チラッチラッ。
「お答えいただきありがとうございます、聖女様。我々旅人も、聖女様が困った時には全力でサポートさせていただきますので」
「私も精一杯サポートしますね、クリムちゃん!」
「は、はい!ありがとうございます!」
その後は、私たちと聖女ちゃんとの雑談が続いた。
内容は主に、日常での生活のこと。どうやら住人には、旅人は夢の世界とこちらの世界を行き来している人種だというふうに思われているようで、夢の中の世界——つまりリアルの世界での話を少しファンタジー寄りにして話したりすると結構楽しんでくれた。
聖女ちゃんの楽しそうな顔をたくさん眺めてから、大体一時間くらいで聖女ちゃんは次の予定があるらしい。
そういうことならばと、私たちも大聖堂を後にしようというような話をしたら、聖女ちゃんが送ってくれることになった。
「残念ですが、今日はここまでなんです…すいません」
「いや、私たちも楽しかったよ!またお話ししましょうね!」
「いい話が聞けて俺も満足です」
「……それなら良かったです。では、またお話ししましょう」
バイバイと手を振る聖女ちゃんにこちらも手を振りかえして、角を曲がって見えなくなるまで手を振っていた聖女ちゃんと別れた。……ふー、楽しい1日だった。
「ジェイド、敬語似合ってないね」
「ふむ、リアルでも敬語で話す機会があまりないからな、苦手だという意識はある」
ジェイドって社会人だよね?敬語を話さない社会人ってなんだよ……
「俺もここらでお暇させていただこうか。パーティーメンバーを待たせているからな」
「あ、そうだね。ごめんね救援申請なんて送っちゃって」
「いや、こちらも有意義な経験ができたからな。おそらく知らないとは思うが、聖女とあそこまで長い時間のコンタクトをしたのは我々が初めてだぞ。大いなる災い——おそらく、プレイヤーの最終目標となるクエストの情報を聞けたしな」
ほう、そうなのか。ならプレイヤー全体に情報を共有した方がいいのかな。
いや、これもジェイドに任せちゃおうか。めんどくさいし。
「ジェイドはこの後どこ行くの?」
「そうだな、引き続きフュンフ周辺の攻略を進めていくよ。レベルキャップが解放されていないから、ボスモンスターに挑むのにも結構な準備が必要だし、その先のフィールドの探索はもっと過酷を極めそうだからな。先に近いところからだ。君は?」
「私はねー。メイクレアさんのところで装備をもらったら、ちょっと南の方へ向かいながらレベリングして、いい感じのレベルになったら龍骸山脈かなー。クエストがあるんだよね」
「ほう、そうなのか。……そういえば、龍骸山脈を超えた向こう側には何があるか知ってるか?」
突然、ジェイドがそんなことを聞いてくる。
龍骸山脈の向こう側?…確か、別の国があるんだっけか。でもなんの国かは知らない。
「知らないや」
「これは、NPCの会話から得た情報なんだがな。龍骸山脈が過酷すぎるせいであまり多くの情報は手に入らなかったが、一つ有力かつ、君にとっては魅力的な情報が手に入ったんだ」
「うんうん」
「龍骸山脈に北には、とある国があるらしい」
それは知ってるってば。
「その国の名前は——バーントテイル龍王国だ」
《称号『聖女クリムの知己』を獲得しました》
・tips
・先代聖女
比較的温厚な性格だった。長年にわたって白神教を波風立てずにそれなりの実力で運営してきた人物。乱世においては英雄となる素質を持たないが、平生においては確実で安泰な統治を実行できるタイプ。年老いてしまって、晩年には結構物忘れなどが激しかった。長きにわたって同じ人物が宗教のトップを務め続けてしまったのも、白神教腐敗の一因だったりする。
ちなみに聖女様たちに血のつながりはあったりなかったりする。
・ジェイドのリアル
自営業。どっかのバーかカフェでグラスでも磨いてんじゃないですかね。
物怖じしない性格と敬語を使わないながらも丁寧な態度で結構近所では評判のカフェらしい。
・バーントテイル龍王国
バーントテイル、直訳で燃える尻尾。
別に寒い地域というわけではない。龍人と龍が共存して住んでいる土地で、とにかくかっこいい感じの国。レベル50になってから龍人/人間のプレイヤーが行くといいことがあるかも。
ちなみに龍骸山脈を超えてバーントテイル龍王国に行くのは実質不可能だったりする。……行くのは無理って言われたら行きたくなるよね!
・称号『聖女クリムの知己』
特定NPCへの好感度アップ