第十五鎚 優男とセイウチ
ちょっと最近リアルが忙しめなので1話1話が短くなるかもです。
ゆうて4000字あるけども。
はい、おはようございます。
今日は珍しく母が家にいたので、私はそれはもうめちゃくちゃに労ってあげておりました。なんと言っても、あの人はお家だとぐでぐでな状態だからね。介護してあげないとほんとに何もしない。これがヤングケアラー……?
私に与えられた大聖堂の一室は建物の西側にあるから、朝の日差しは入ってこない。
窓から外を見てみれば、白色の地面と、近くを流れる水路の水を飲みにきた小鳥たちが目に入るのみだ。まぁ、こういう景色も悪くはないと思うけれど、私はやっぱり朝はお日様を拝みたい。
ということで、私は扉を開けて部屋を出た。
朝は、8時から毎日礼拝があるらしい。
今はそれよりもだいぶ前の時間だから、大聖堂内には人影はまばらだけれど、これが8時になったら純白の衣に身を包んだ人間たちで埋め尽くされるのだろう。
朝の人の少ない大聖堂にステンドグラスから差し込む光は幻想的で、ちょっとだけ見惚れてしまった。
そんな感じでいた私の背後から声がかかる。
「おや、お目覚めになられましたか、旅人の方」
振り返ってみれば、なんとも優しげな風貌の中年の男性が立っていた。やはりというかなんというか、彼も同じく純白の衣を着ていたが、他のものよりもその装飾が豪華なように見えた。
「おはようございます…?」
「ええ、おはようございます。申し遅れましたね、私の名前はピーター。この白神教でしがない大司教をやっているものでございます」
めっちゃ偉い人やんけ。
確かに、ニコニコしていて、顔の小皺がいい感じに親しみやすさを出しているから、慕われていそうだというのは理解できる。それにしても、どうしてそんな人がここにいるのだろうか。
「聖女様から貴女様の話し相手にでもなってやってくれと仰せつかっておりまして。聖女様は午後からお時間が取れるそうなので、それまでこの若輩めがお相手させていただきます」
「あ、いえいえ!こちらこそよろしくお願いします!」
なんとも遜った感じの態度が彼の地位と見合っていなくて、とても恐縮してしまう。
そのあとは、大聖堂のはじの方のチャーチベンチに座って、色々お話を聞かせてもらった。
例えば、彼の生い立ちのこととか。彼は東の方の辺境の村出身らしく、身一つでその大司教という位までのし上がった有能な人物らしい。まだ結構若めだと思うのに、すごいことだと思う。
彼以外にも大司教は五人いて、この大聖堂には大司教は全部で六人。その上に聖女ちゃんの顧問役である枢機卿がいる、って感じらしい。あとは大体司教や司祭、一般教徒等で、やっぱりこのピーターさんは相当にすごい人のようだった。
「白神教というのは、白の神の名の下に、この世界の秩序を守るべき義務があります。神に選ばれし我々が、この世界の秩序を保つのです。世界に混沌をもたらすだなんてもっての外。静謐なる秩序こそが、人類のあるべき姿の最終形にして、神の望まれしものなのです。全ては、神の名の下に」
同時に、とても熱心な人らしい。
ちょっと途中から私的には引き気味だったんだけど、まぁ宗教なんてそんなものか。
しかし、彼に色々話を聞いていると、白神教自体も結構……なんというか、腐ってきてるらしい。
私はそれこそ神に誓ってやったことはないが、という前置きをしてから、彼は話し始めた。結構ぼかしながらのお話だったから要約するけど、最近、というかここ数年から数十年にかけて、汚職や賄賂の数がとても増加している、というような話だった。
まぁ宗教とかといった大きな組織にはそう言ったものはつきものだと思うけれど、この世界はれっきとした神が実在する世界である。そんなことが許されるのか……なんて考えたけれど、そういえば今は白神様は『大いなる災い』とやらの対処で出払っているんだっけか。
思考がそこまで至ったところで、続々と集まってきていた純白の服を着た人々が一斉に静まり返って前を向いた。
私たちも会話をやめて前を向いてみれば、そこには確かに昨日出会ったばかりの小さな聖女ちゃんがいた。純白の手袋をはめた手を胸の前で組み、緊張した面持ちで大聖堂内を見渡した。
「じ、純白の威容を戴く我らが白き神よ。その白き陽光にて我らを包み、ま、守りたまえ……暖かな秩序は、我らに永遠の安寧を約束せん……」
所々詰まりながらの聖女ちゃんの口上が終わって、全員が胸の前で手を組んで祈りを捧げ始めた。
身じろぎの音どころか呼吸音すらも聞こえないようなその静かな空間は、とても荘厳で。私はなんだか場違いにも迷い込んでしまったように思えた。
礼拝が終わってからしばらくは、私はチャーチベンチに腰掛けたまま過ごした。
残念ながら少し用事ができてしまったと言ってピーターさんが離席するまで、私はぼーっとして過ごしていた。
やっとこさ動き出した私は、とりあえず街中で買い物でもすることにするか、なんて思って宗教区画の中のアイテムショップを訪れた。
中は清潔感満載の雰囲気で、すごく落ち着く。
買いたいと思ったのは聖水だ。
数本ないとまた今回みたいなことが起こった時に心許ないし。……でも、高いんだよねーこれ。一本3000G。どーやったらそんな高くなるんすか……というか、材料が知りたい。
ここのアイテムショップには、他にも興味深いものが色々売っていたりする。
例えば、治癒魔法や白神様の魔法を封じ込めたスクロールや、少し効果の高めのポーション類、あとは聖職者っぽいアクセサリーも。ちらっと見てみたら、白神の魔法効果+10%,その他魔法効果+4%とかだった。
私たちへの恩恵としては、住人の人から受ける白神様の補助魔法の効果が増大するとかかな。
私たちは白神を信仰している人がいないからあまり効果はないのかもしれないけれど、もしかしたら後々改宗とかできるようになるのかもしれない。
とりあえず今回は、聖水のついでに幾つかのスクロールも買って店を出た。
ちらりと見たフレンド欄にジェイドさんからメッセージが送られてきていて、リアルの用事で少し遅れる、とのことだった。
一応聖女ちゃんと会うのは午後からだという旨の返信をしておこう。ゲームよりもリアル優先だしね。
あ、そういえば、メイクレアさんに装備の受け取りが遅れるメッセージだけ送っておかないと。本当なら今日の午前に受け取る予定だったんだけどね。予想外の出来事があったから仕方ない。
そのあとは、適当にご飯でも食べてから、大聖堂の方へ戻った。
◆ ◆ ◆
「旅人ニナ様ですね?」
「あ、はい」
大聖堂の中に戻ってすぐ、一人のシスターが声をかけてきた。
どうやら聖女ちゃんの準備がもうすぐ終わるから来て欲しいということらしい。それなら遠慮なく向かわせてもらおう。
「お連れの方は?」
「諸事情で遅れるそうです」
案内された部屋は、お金のかかっていそうな全体的にキラキラとした部屋だった。
その中に置いてある一つのソファに座らされて、少し待っているように言われる。ここに聖女ちゃんが来るのかな?なんて考えていたら、程なくして部屋の扉が開いた。
「あ、こんにち……」
「ぐふふふふ!貴女が聖女様を助けてくださった旅人ですね?どうもこんにちは。私の名前はダラス!白神教の枢機卿をやらせていただいているものでございます。ぐふ、ぐふふふふ!」
なんかまるまる太っ……すっごく貫禄のある、セイウチみたいn……とっても体格のいい男の人だった。
え、枢機卿なのこの人。さっきのピーターさんの方が数倍優しげで人望ありそうなんデスケド。あんなにまるまる太ったお腹じゃ運動できないでしょ……力とは程遠いね!タックルとかなら強いかもしれない。
豚って体脂肪率めっちゃ低いらしいね。どうでもいいけど。
ドスドスと歩いてきて、そのセイウチみたいな人は机を挟んだ私の目の前のソファに座った。
どさっという音と共に、ソファが若干軋むような音を立てて、大きなシワを作りながら枢機卿の人——ダラスさんを支えていた。
「えーっと……何か御用でしょうか?」
「ぐふふふふ!いえいえ、大したことではないのですよ!聖女様がいらっしゃる前に、聖女様を助けていただいたお礼をしなくてはいけませんのでな!聖女様のことですから、楽しくなってしまってそう言ったことも忘れてしまうかもしれませんし!まったく、お可愛いと思いませんか!ぐふふふふ!」
ほへー……聖女ちゃんの顧問というだけあって、聖女ちゃんのことは色々とわかっているのかな……?
まさかロリコン、とかじゃないと思うんだけど。可愛いか共感を求めた後に「ぐふふふふ!」はダメでしょ絵面が犯罪者だよ。
そういうことを考えながら、とりあえずダラスさんの話を聞くことにした。
改めて向き直ると、ダラスさんがパンパンと手を叩く。そうすると、部屋の外からさっき私を呼びにきた女性がワゴンのようなものに乗った色々なアクセサリーたちを運んできた。
「ぐふふ!我々は旅人殿がどのようなものを望んでいるのかわかりませんのでな!褒賞としてそれなりのお金と、その中からアクセサリーを一つお選びください!ぐふふふふ!」
お、おう…
最初に女性から小袋に入った金貨数枚を渡された。手に取ってみると、ずっしりとした重さが伝わってくる。結構入ってるんじゃないのかなこれ……
インベントリにしまってみると、10万Gってでた。高杉。太っ腹やね。
次に選ぶはアクセサリーたち。
ペンダントやブレスレット、髪飾りといったふうに、結構な種類がある……お。
イヤリングがあるね。リアルではつけたことないけど可愛いからつけてみたいと思っていたやつだ。
「手に取ってみてみても構いませんか?」
「ぐふふふ!どうぞご存分に!」
許可をもらったので、そのイヤリングを手に取ってみる。
なんというか、すごく品のいい感じのイヤリングだった。それでいて結構可愛い。いくつかの小さな宝石と小さな白神教の紋章が連なっている感じのそれは、手に取って効果を見てみると、結構良さげだった。
《秩序のイヤリング》 レア度:6
効果:使用魔法効果+7%,種族覚醒強化(自身の信仰している神への信仰度が高いほど上昇)
白の神の加護がかけられた聖銀合金で作られており、そのために装着者の使用する魔法の効果が上昇する。白の聖女を危機から救ったことへの感謝の証。
ふーん、ええやん……
「これにします!」
「ぐふふふふ!かしこまりました。それでは、お連れの方がいらっしゃったら、そこにいるライラを近くに置いておきますので、いつでもお声掛けください!ぐふふふふ!」
最後まで笑い方が悪そうな……特徴的な人だった。
その人を見送って、また聖女ちゃんを待つ時間が来た。
・tips
・白神教腐敗までの流れ
白神教は、リアルの宗教なんかと違って、実際に神がいて、その意思があります。
だからこそ、たとえば『神がお望みだ……』とか言って、その都合のいい言葉で情報を上の階級だけでシャットアウトして、自らの悪虐非道を正当化するなんてことは難しいわけですね。しかもトップは聖女。彼女たちは軒並みめっちゃ高潔な精神を生まれつき備えた人たちを白神が代々選ぶので、そんなことは許すはずもないわけですよ。
ということで、白神教内では強力な自浄作用があったわけで、腐敗なんかはしなかったんですよね、元々は。
話が変わってきたのは、大いなる災いへの対処で白神があまり白神教や現世に干渉しなくなってから。それ以降は神の巨大な影響力を忘れて、好き勝手する奴らが結構出てきたわけです。いかに高潔な聖女がいると雖も、まぁ小娘は小娘。ピーチクパーチク囀っているのを右から左に聞き流しながら、どんどん汚職や賄賂が横行するようになりました。大司教の中にもそうやってのしあがった人も何人かいますね。
この段階ではまだ個人の腐敗、犯罪行為です。しかし、だんだんと激しくなって、上層部の方で情報をシャットアウトして、下の人たちがそれを批判できなくなる。この段階までくると、もう組織の腐敗ですね。
リアルと違って明確な神、私信があるからこそ、それがなくなるまでは一塊の強力な組織だったけれど。
それがなくなると、反動として組織は大きいまま、その内部が腐り始めたわけです。
・優男
大司教。優しい。いっつもニコニコしていらっしゃる。
・セイウチ
デブ。はげ…てはいない。ちび……でもない。180くらいはある。でかい。枢機卿。
ライラさんという女性がいつも近くで控えている。この人は無口で無表情。
ぐふふ、ぐふふふふ、ぐふふふふふふふふ!!!