第十四鎚 大聖堂での夜
短めです
追記:朝起きたら投稿時間をミスってたことに気づいたので遅れて投稿しました
「彼らは、なんだったんですか?」
宗教区画に向かう最中、左右を聖騎士達にガチガチに固められた当代の白の聖女——クリムという名前らしい彼女の数歩後ろを、シルヴィエさんとジェイドさんと共について行きながら、気になっていたことを彼女に聞いた。
一拍を置いたシルヴィエさんが、ゆっくりと口を開いて告げる。
「彼らは、黒神教の手先のもの達ですね」
「具体的には?」
「さぁ。我々も彼方についてはあまり詳しくはないので。趣味の悪い暗部組織を設けているという話は聞きますが、所詮はその程度。おそらく彼らもその暗部のもの達でしたのでしょうが」
繋がりが本当に薄いらしい。
しかし、敵対しているというのなら尚更情報なんかを頻繁に集めていそうなものだが…
「まあ、地理的にも遠い位置にあるからな」
「?どういうことですか?」
「む、知らんのか。……黒神教の本拠地があるケイオス魔帝国は、大陸の真反対、あるいは遥か海の向こう側だ」
「……そうだったんですか」
「そうだ。…それと、敬語は外してくれて構わない。お互い旅人同士だしな」
「そういうことならわかったよ」
この世界は、一つの丸い星の上にドカンと一つの超大陸が鎮座しているという手抜き……いや、とても単純で分かりやすい構造をしているらしい。
その中でべステラング王国は大陸の西側に、ケイオス魔帝国は大陸の東側に位置しているから、白神教と黒神教が正面切ってメンチを切り合うなんていう物騒な事態になってはいないらしい。
とはいえ、それだけの距離があるのに仲が悪いというのは、つまりそれほどまでに怨恨が深いということなのだろう。
しかし、それならあの二人組はどこからやってきたのだろうか?転移魔術があるから、それを用いてはるばる?もしくは、海を渡ってきたのか。
大陸の反対側、ということはつまり、プレイヤー達が最後に訪れる場所ということになる。当然間にはさまざまな国々が横たわっているだろうし、むしろ海を渡ったほうが近い、ということだろうか。
……そういうことなら、もしかして逆にアインの街から船で行けたり?
なんて考えていたのだけれど、どうやらその考えは甘かったみたいだ。
「アインの街の西側の海、つまり大陸の西端と東端の間に横たわっている海には、それこそレベルが三桁に上りそうなほど高レベルな魔獣どもがうじゃうじゃいるらしいからな。今の俺たちじゃ到底無理だ」
「そっかー。…でも、そういうことならなんであんな中途半端な襲撃なんて仕掛けてきたんだろ。わざわざ来るなら、もっと大人数か、もっと精鋭でくればよかったのに」
いくら思い返してみても、不自然さの残る襲撃だったと思う。
私が足止めできる程度の実力の奴らが、二人なんて少人数で。
「白神教の魔法は、聖女様ご本人から離れれば離れるほど効果が薄まるという現象が起こります。向こうも…確か、巫女と呼ばれるものとの距離が離れるほど魔法の効果が薄まるのではないでしょうか。これまでも度々このようなことはあったのですが、その度に撃退は容易でしたし」
「え、弱体化されきってたのにあんな強化倍率だったんですか……ていうか、私はすごく聖女様の近くにいて、聖女様本人から魔法をかけてもらったのに、それほど効果を感じなかったんですが…あ、いえ。魔法はとても助かりましたけど」
「それは単純にニナ様が白神様を信仰なされていないからですね。どうですか?今から白神教に……」
「流れるような宗教勧誘ですね!!」
「手慣れているな……」
それはそれとして、一旦状況を整理してみようか。ツヴァイの街に来てから状況が目まぐるしく変化しすぎて、少しこんがらがりかけている。
えーっと、まず、白神教について。
白神教というのは、初代白の聖女アーシェラを開祖とする大規模な宗教組織で、ほんで持って今現在は白の神様が『大いなる災い』とやらに対処しているから、白神教自体は当代聖女のクリムちゃん……クリム様がトップって感じかな。各地に教会支部を持っていて、影響力は大きい。
次に黒神教についてだけど…こっちは、情報が少ないね。
本部はケイオス魔帝国のどこかで、白神教とは敵対的。トップは巫女らしいけれど、一連の騒動が黒の神の指示なのかもわからない。先ほど襲ってきたようなやべー奴らが結構いる、と。
この辺だと支部すら見かけないけど、影響力は白神教と同じくらいありそうだ。
今の所プレイヤーに好意的なのは白神教の方なのだろうか……いや、さっきの黒ローブたちも旅人である私と敵対したのは聖女ちゃんを殺すために仕方なく、みたいな雰囲気だったし、本来黒神教も旅人には敵対していない組織なんだろうな。
いやでも、悪そうなのには変わりない。
なんてったて黒の神が司っているのが混沌だし。大体のモンスターもあの神様の眷属なんでしょ?……あ、そうそう。竜とかの一部のモンスターは別に黒神の眷属ではないんだって。大神を除いた七柱の主神の眷属とかなことがあるらしい。
…っと、話がそれたか。
ともかく、今現在彼らには注意を払っておいた方が良さそうだ。なんてったって、変な呪いみたいなモヤモヤを武器に纏わせたし…あ、このことについて聞いておかないと。
「シルヴィエさん、あの黒ローブたちが使っていた黒いモヤモヤ…煙みたいなのについて何かわかります?」
「黒い煙ですね、聖女様から伺っております。聖水で解除できたことからみても、呪いの類でしょうか。しかし、黒神教はその強力な自身へのエンチャントと攻撃魔法がありますから、そのようなものに頼る必要性はあまり感じられませんし、そのようなものを使っている黒神教の教徒はあまり見たことがないのですがね」
「……待て、黒い煙、モヤと言ったか?」
「え、うん」
これまで私たちの会話に耳を傾けながら沈黙を貫いていたジェイドが、何かに思い至ったように声を発した。
「それなら、俺も一度だけ見かけたことがある。場所は第五の街フュンフから少し東に行ったところでだ。あの時は見間違いか何かかと思ったが、そのモンスターは従来のそれらよりも強力だったから、少し記憶に残っていた。俺の仲間にも同じようなものを見たというものが結構いるらしい」
「モンスターが?……ってことは、これも黒神の仕業ってことなのかな」
「かも、しれないな」
ふーん……
なんか引っかかるけど、引っかかっているものがわからないんじゃしょうがないか。
そんなこんなで、私たちは宗教区画にやってきた。
時刻はすでに夕方くらいの時間帯。オレンジ色に染まった白亜の大橋から見下ろした水路は、これまた夕陽を反射してキラキラと輝いていた。
聖女ちゃんはどうやら、これから色々とやることがあるらしい。
最初に治療と検査、そのあと諸々のお清めとか祭事とか……あんなに小さいのに大変だ。どうにも為すがままというか、流されやすいというか気が弱いというか。そんな感じの雰囲気を結構感じる子だし、無理をしていないといいけども。
大聖堂に入る前で、一度聖女ちゃんが私たちの前に出てきた。
後ろに一人の聖騎士を控えさせて、おずおず、と言った雰囲気で口をひらく。
「あ、あの。……今日は、助けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ、お互い様ですよ」
「そ、それでも。礼節は、大事ですから。できればゆっくりお話がしたいんですが……」
「色々とお忙しいんでしょう?お時間ができた時に、私なんかでよければお付き合いしますよ」
聖女クリムの可愛らしい礼にほっこりとしつつも、恭しい態度は崩さず、それでいて壁は感じさせないように努めてみたが、うまく行ったようだ。にこりと笑って、聖女は大聖堂の中へ消えていった。
「ふぅ…そういえば、聖女様はなんで今日に限ってあんな街中にいたんですか?」
「本日は、聖女様の安息日でございましたので。ご本人様の、街へ行きたいというたっての希望の下に繰り出していたのですが……不甲斐ないことに、我々が少しばかり警戒を怠った瞬間に襲撃が」
「なるほど……」
安息日の日に狙い澄ましたかのように襲撃、ね。ずっと街中で張っていたか、あるいは。
ともあれ、私たちは今日はこの宗教区画の中で夜を明かすことになった。
私たちに与えられたのは、大聖堂の中の二部屋。どうにも教会関係者の休憩室のようで、簡素なベッドとある程度の家具が揃っていた。
……時間は…まだ全然あるね。
せっかくだし、ジェイドとお話しでもしようかな。攻略最前線とかの様子も聞きたいし。
向かうはジェイドの部屋。といっても隣だけど。
「こんこーん。ジェイド、今いいー?」
「ん、ああ、構わない」
入室の許可が出たので、扉を開いて中に入る。入った部屋は、私の部屋と調度品は全く変わらず、左右だけ反転したものだった。
「なんでわざわざノックの音を口に出して言ったんだ?」
「気分だよー」
「…そうか」
適当なところに腰掛けてくれと言われたので、部屋の隅のデスクに備え付けてあった椅子に腰掛けた。
…ふーむ。何から話そうか。思えばこうしてきちんと話すのはこれが初めてなんだよな。
「ジェイドは大聖堂に来て大丈夫だったの?街を出る直前だったみたいな話をしてたけど」
「ああ、もうパーティーメンバーには伝えてあるからな。本来ならば助けたらすぐに街を出る予定だったんだが、こちらの方が重要そうな匂いがした」
ジェイドは、どうやら固定のパーティーメンバーがいるらしい。いつもはその4人とクランのメンバーで最前線を攻略しているそうな。
その後も、結構話は弾んだ。
例えば、次に向かうエリアの話だとか。東の砂漠の方は、どうやら途中から暑さへの耐性を持つ装備あるいは料理を使わないと踏破できないとか。出てくるモンスター自体はそこまで強くないらしい。
南の岩石地帯にはそういった特別な装備等は必要ないけれど、装甲の硬かったりHPの多かったりする強めの敵が多いらしい。
…次に向かうは南だね。叩き甲斐がありそう。
あ、そうそう。これも聞いておかないと。
「ねぇジェイド、竜化できる人ってそんな少ないの?」
「そうだな…俺が見たことあるのは二人だけ。うち一人は旅人で、もう一人は住人だった」
「あら少ない」
「それにどちらも気分屋というか、気難しいたちだったな」
そんなに少ないのかー…
やっぱ隠しておいた方が良いのだろうか。でもいざ戦う時とかそんな面倒なこと言ってられないし、バレるときはバレそう。
「あとさ、称号で雷神の寵児ってあるんだけど、これってなんか特別な役割?というか特殊な効果みたいなのってあるかな」
「……君は本当にビックリ箱みたいだな。…今現在では、主神の寵児系の称号の保持者は一定数いるらしい。だが、それ関連での特殊イベントはあまり起きていないようだな。強いて上げるなら、君の今関わっている聖女関連の一連のイベントこそ、最初の寵児称号関連のイベントだ」
ふーん…
ちなみに、ジェイドもその称号は持っているそうな。地神の寵児、らしい。
彼も種族は人間だから当然種族覚醒は済ませているらしく、奥義も二つ持っていると言っていた。流石最前線。
そんなこんなで、夜遅くまで結構話し込んでしまった。
私に与えられた部屋に戻って、その日はログアウトした。向こうで用事を済ませたら戻ってこよう。
・tips
・寵児の称号
七柱の神それぞれについて数人ずついたりする。重要なのはそこで止まることではない。
・黒神教の暗部組織
じつはできたのはここ数十年のことらしい。いろいろやべーことやってる。全部巫女の指示らしい。