第十一鎚 変人と、純白の彼女の叙事詩
「あ、すいません私今お金なくて…」
「ご心配なく!!全て無料で揃えさせていただきます!!!」
「えぇ…」
逃げられなかった。
変人さんの名前は、メイクレアさんといった。頭の上に乗っかっている猫耳が示す通り猫の獣人で、ツヴァイの街を拠点として活動している生産職…主に武器を除いた服飾類やアクセサリーなんかを作っている仕立屋さんのプレイヤーなんだそうな。
普段は普通に自分で開いた店で自分が作った装備品を売っているそうで、これでも私の作る装備品は評判がいいんですよ!!なんて言っていた。
しかし時たま、彼女の心のうちに秘めたる『他人を飾り立てたい欲望』が抑えきれなくなって、こうして街を歩いては、飾り立てるにちょうど良さそうな生贄…じゃなくて、モデルを探しているらしい。
今回私が彼女の魔の手に掛かったのもその関係で、すごく質の良い装備を作って差し上げますからぜひぜひ!!!なんて言われてとうとう断れずに彼女のお店があるところまで連れてこられてしまった。…最近私押しに弱いな?気をつけんと…
たどり着いたメイクレアさんのお店は、外装こそ周りに合わせた真っ白な感じだったけど、中に入れば意外にも暗めの色の木で造られた、質素で上品な感じのお店だった。本人のテンションがバカみたいに高いからもっとけばけばしいくてウェーイって感じのあれだと思ってました。…ウェーイってなんだよ。
「えと、私はここで何をすれば…?」
「まずは作る装備につける補正効果がどんなものがいいか教えてもらいましょう!服のコンセプトやデザインはこの私の有り余る欲望で持って完璧に仕上げてみせますので!ある程度の戦闘スタイルを教えていただければ!それと、貴女のお持ちの使って欲しい素材等ございましたら使わせていただきます!!!」
テンションたっか。
見た目は結構おとなしそうなのにギャップがありすぎる。とはいえ、私が持っていて使って欲しい素材か…グラスウルフとかラッシュボアの毛皮とかしか持ってないなぁ。…あ、そういえば昨日ちょこっと狩ったデザートリザードの皮があったね。二匹分だけど。
ゴブジェネがなんか落としてくれたらよかったんだけど、彼はSKPやSTPとかしか残してくれなかったし。あとは…因縁も残ったね?
まぁ、色々文句を言うのはお門違いなんだけども。
「えと、素材とかはデザートリザードの毛皮が少しくらいしかないですね。戦闘スタイルは力で叩き潰す感じです。あ、でも被弾の数は少ないので軽装で。攻撃に寄らせることができたらそうして欲しいかなー、なんて…」
「小さい体に大きな武器!!ギャップですね!!!いいですねぇ!!!」
貴女のその大人しそうな姿にハイテンションな性格も結構ギャップがあるけどね。
「そういったことでしたらSTR補正重視の装備にしておきますね!デザートリザードの皮が足りないようでしたら、残りはこちらで全て揃えさせていただきます!!EILの世界ではご自分でとってきた素材で作る方が装備の性能が上がりますので、後々から改修できるようにしておきますね!ではさっさと作ってしまいましょう!!!」
うるさいなこの人…
しかし、自分でとってきた素材で作った装備の方が性能が上がると言うのは初めて聞いた。
そういえば私の今使ってる武器も私のメイス達が核になっているから、このハンマー達が強いのもその関係なのかも。
考えられる設定としては…自分と命のやり取りをしたモンスターの素材の方が、つまり濃厚な魂の接触をした方がより大きな力を発揮できる、とかだろうか。だとしたら、装備を作るならやっぱり強敵の素材の方がいいと言うこと。
そう言うことなら、もう少し待ってくれれば狩ってくるんだけど…と言う趣旨のことを、メイクレアさんに説明してみたところ。
「いえ!元の私の人格が戻ってくる前にある程度の形は作っておきたいので!!概形さえ作ってしまえばあとは正気の私の人格が勝手に申し訳なさを感じて作ってくれますから!!!」
「何それ怖い」
人格ってなんやねん怖すぎやろ。と言うか、だからこの人の今の雰囲気と店の雰囲気があまり合致してないのか…
ふむ。そう言うことなら…じゃぁこの装備は繋ぎの装備になるね。強敵の素材の方が質の良い装備を作れる、と言うのならば、その強敵の素材とやらを引っ提げてまた彼女に作ってもらうこととしよう。押しに負けてのなし崩しではなく、正式な依頼として。
だから、今回作ってもらうのはそれまでの仮の装備かなー。
…強敵、いや、宿敵かな。真っ先に思い浮かぶのはゴブジェネだけど、次に賢者の森でゴブリンの殺戮劇をやったところで現れるのが彼とは限らないし…それに、今はもっといいアテがある。
龍骸山脈の。レーティアさんに深手を負わせた、まだ見ぬ強敵…!
「では、その装備はそこまで力を入れて作ってもらわなくて大丈夫ですよ」
「…ほう?それは、私に妥協しろ、と言っているのですか??」
「いえ、そう言うことではなく。デザートリザードなんていうありふれた素材で装備を作るのじゃつまらないくないですか?」
「……ふむ?それで?」
「だから、今回作るのは仮の装備でいいんです。…これから、もっと強い敵を倒しに行く予定がありますから」
「…ほう!それはそれは!!面白い!!!」
なんとか納得させられた。
目を爛々と輝かせてそう告げた彼女は、懐からメジャーを取り出して続ける。
「そう言うことでしたら改修機能はなしにしておきましょう!ついでに耐久値も削ってステータス補正重視にしておきますね!!それはそれとしてデザインには力を入れさせていただきますが!!!」
「今回の装備代は私が出しますよ。なんだか申し訳ないので」
「む?私が勝手に暴走しているだけなので気になさらなくてもいいのですよ??」
「私の気持ちの問題ですからー。あ、あと防寒着的なものもお願いします」
「……そう言うことでしたら、今回の装備は大体1万Gほどになりますかね!しかし、防寒着…なるほど、龍骸山脈ですか!!!これは素材も期待できますね!!!」
見抜かれてしまった。…まぁ、だからと言ってどうとかはないけれども。
まぁ、行くのは今すぐと言うわけではないけどね。流石にレベル20弱だと少し心許ないから、30とか35くらいにまで上げられたら行くつもりだ。…あのクエスト推奨レベル50だけども。…まぁ、なんとかなるなんとかなる。
しかし、これだけバカみたいにハイテンションなメイクレアさんでも、さすがは本職というだけあってメジャー捌きはなかなか手際のいいものだった。
パッパと胸周りや腰回り、腕の長さなんかを測っていく姿を見ると、なんとなくリアルでもこんな仕事をやっているのかな?なんて勘繰ってしまう。…いや、これはマナー違反か。
そんな感じで採寸を受けていたら、カランコロンとベルが鳴るとともに店内の気配がひとつ増えた。
「メイクレア、いるか?…っと、先客か、すまない」
「む?ジェイドですか!いらっしゃいませ!!!」
「……今日ははっちゃけた方のメイクレアなのか…まぁいい。装備の修繕を頼みにきたのだが、いけに…ではなく、先客殿の用事が終わるまで待っているとしよう」
やっぱり生贄なんじゃないか。
ともかく、ジェイドと名乗った彼はなんというか、全身を銀色に輝く鎧で固めたきっちりとしたイメージの人だった。旅人なんだろうけど、その中でも相当にプレイヤーレベルの高い部類に入るのではないだろうか。
「よし!終わりましたね!あ、フレンド登録も済ませてしまいましょうか!!引き取りは二日後にでもきてください!!正気の私が平謝りしながら装備を渡してくれるでしょう!!!」
「えぇ…」
採寸が終わって、そんな言葉とともに私は解放された。
なんだかんだやっぱり変な人だったけど、悪い人じゃないみたいだしいい出会いができたと思う。
そんなこんなで、フレンド登録もしたから店を出ようと思ったところで、店の隅の椅子に腰掛けていた男性…確かジェイドと言っていた人と目が合った。
「…きみ、龍人とのハーフでやっているのか」
「?はい、そうですけど」
「そうか。…つかぬことを聞くが、竜化はできるようになったか?」
「……それを聞いて、なんになるというのでしょうか」
「ふむ。いや、単に興味本位だ。今時龍人のプレイヤーは少ないからな」
…おそらく、私が竜化できるということはこのやり取りで十中八九察せられただろう。リリィちゃんに警告されたんだけど…脇が甘かったかなぁ。
「…そう身構えなくてもいい。改めて、俺はジェイドだ。これでもレベルは50ある」
「ごじゅう…50!?」
レベルキャップやんけ!
「ああ。君はなかなか面白そうだからな。良ければ俺ともフレンドを交換しないか?」
「ジェイド、ナンパなら外でやってください!」
「む、そういうわけではないのだが…龍人の少女よ、どうだ?」
「はぁ、まあ、構いませんけども」
こうして、私のフレンド欄に新しく二つの名前が追加された。
ジェイドさんとはよく知り合わないうちに交換してしまったけど、別にメイクレアさんが止めるような雰囲気はなかったし、悪くなさそうな人だったから別にいいか。私が竜化できることも言いふらすなんてことはしなさそうだし。
外に出てみれば、もうすっかり夕方だった。
橙色の夕日が純白の街並みに映って、街全体を赤く燃え上がらせている。…これはこれで幻想的な光景だな。大通りに戻ってみれば、これからが本番とばかりに声を張り上げ始める商人もいて、冒険帰りだろう若者たちを引き止めようとしているのがよく見えた。
今日のところは、私はもう予定がない。…というよりも、今夜はゲーム内でしっかりと寝ないといけない、という思いがあるのだけれども。
というのも、プレイヤーたちはこのツヴァイの街に来て、大墳墓に墓参りに行ったあとの初めて過ごす夜に、とある夢を見るというのだ。…初代白の聖女の、夢。
まだ夜が始まるまでは時間があるから、少し観光を続けてからもう寝てしまおう。
そう思って、私はぶらりぶらりと放浪を始めるのだった。
「……みつけた」
…ちなみに、宿についてメニュー画面を開いたら、メイクレアさんから長文の謝罪メールが届いていた。…多分正気の人格とやらが書いたものだろう。
どうやらそちらの人格はだいぶ気が弱そうで真面目そうなキャラだった。…どうやったらあのハイテンション狂人が生まれるのか気になるところだ。
それだけ自分の欲を抑え込んで生活しているということなのだろうし、時たま彼女の欲望を満たすために別人格が行動を始めるのもまぁ、わからなくもない。
そうして私は眠りについた。
ここのベッドは意外と触りごごちがいい。
◆ ◆ ◆
夢を見ている。
一人の女の旅路の話だ。生まれた時から一人だった彼女が、やがて数々の仲間と共に旅をし、伝説になっていく物語だった。
夕焼けの中、仲間と共に談笑しながら歩いているようだ。何か冒険の帰りなのだろうか、肩に大荷物を抱えながら集落の中を歩いていた。
彼女の隣に立つ大男が一番大きな荷物を持って豪快に笑っていて、少女の後ろに立つ少年のような出立ちをした小柄な少女は快活に笑って手に持つ小金の入った袋を弄んでいた。
少し離れたところを歩く優しげな青年が杖のようなものを持ち、眼鏡を指で押し上げながら小さく笑っていた。
音は聞こえないが、忙しなく動く彼らの口元はとても楽しげだった。
彼らに囲まれた少女は、輝くような笑みを携えて楽しげにしていた。
私は、空中から彼女達を斜め後ろから眺めるようにしていた。…本当に楽しそうだな。
…あ、コケた。かわええ。
場面は変わって、視界の中心に立つ少女は少し大人びただろうか。
前よりも増えた仲間に囲まれ、しかしその笑顔は変わることなくそこにあった。
少女と共に、無骨な装備を纏った人々が神妙な面持ちで行進している。手にはさまざまな武器を持っているし、これから何かの戦いだろうか。
彼らに少女が笑いかけると、固かった表情は綻び、弛緩した雰囲気が満ちる。
彼女はずっと楽しそうにしているな、と思う。全く知らない少女なのに、なぜだかすごく親しみを覚える光景だ。
…あ、なんか踏んだ。なんか茶色いものだった。可愛そう。
煌びやかに飾られた大広間で、着飾った女性は人々に賞賛されていた。
幼さが抜け切った笑顔で、髭を蓄えた身分の高そうな老人から何かを受け取り、見守る人々の拍手の中で無邪気に微笑んでいた。
傍では、彼女の仲間も見守っていた。
大男は大粒の涙を流していて、小柄な少女は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。飄々とした雰囲気の青年は、優しげな目元に光るものがあった。
いつも笑顔の彼女の周りには、常に仲間がいるのだ。
それはそれとして、今日も今日とて彼女は段差でこけていた。
いくつかの場面を終えて、また新しい景色が目に映った。一人の年老いた女性が寝台の上に横たわっていた。
もう余命極わずかなのだろう、肌は色を失い、かつて仲間と共に杖を取って闘ったはずの腕は、骨と皮だけのごく細いものになってしまっていたが、開かれたその瞳だけは純粋な色に輝いていた。
ふと見渡せば、寝台の置かれた空間はとても大きくて、全体を通して真っ白なものだった。純情と潔白を思わせるその空間は、しかし今は大きな部屋の中いっぱいが人間で埋まっていた。
精一杯の平民服を着た女も、宝石と貴金属で飾り立てた太った男も、見窄らしい服を着た少女も、豪華絢爛な服を着て王冠を被った壮年の男性も、皆一様に女性の…聖女の言葉に耳を傾けていた。
声は聞こえないけど、彼女がこの世界の住人に対して、別れと、愛の言葉を囁いているのだろう。
彼女の言葉ひとつひとつに頷き、涙を流す者もいて……
「あなたも」
え———
「愛していますよ」
…少し、驚いた。
この夢の中を通してずっと、私は彼女とその仲間たちの旅路を見守っているだけで、声を聞くことはできなかったから、よもや話しかけられるとは思っていなかったのだ。
彼女の年老いた、しかし凛としたような言葉が耳に入って……ふと周りを見てみれば、周囲の人は時が止まったように動きをすっかり止めていた。
「この世界のことを……お願いしますね」
……わかりました、任せてください。
頷いて答えた。…と言っても、彼女から私がどのような姿で見えているのかは知らないが。
最後に優しく微笑んだ彼女は、永久の輝きを内包したその瞳を閉じて。時間が動き出すとともに、彼女は眠るように亡くなった。
こうして、彼女の英雄譚は、幕を閉じて。
でも、その功績は今に至るまで着々と受け継がれていて、形は少し変わってしまったかもしれないけれど、『白神教』という形と、この世界の住人たちが寝物語に聞かされる叙事詩という形とともに残っていて。
…そして、バトンは受け継がれた。
今度は、私たちがこの理想郷に、叙事詩を、英雄譚を刻む番だ。