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第九鎚 双子星を宿せし雷鎚

時間がなかったのでちょい短めらしい。




 私の朝のルーティーンは、カーテンをばっと開けて今日の天気を拝むことだ。

 別に晴れでも雨でも曇りでも雪でも、大して心情に変化があるわけではないんだけど、単純に新しい1日が始まったことを体が感じて、目がぱっちりと醒めるから、私は毎日欠かさずやっている。今日の天気は、快晴も快晴。…暑そうね…まぁ私は外出ないんだけど。


 その後は一階の洗面所に降りて、洗顔と簡単な身だしなみのチェック。

 今日も童顔で身長が低い。タンスを開けるのにも苦労したし、鏡を見るには小さな台に乗らなきゃ行けなかった。問題なし!…クソが。


「お、ねーちゃんおはよ」

「んー、おはよー」


 乙女が朝の身だしなみを整えている洗面所にずけずけと上がり込んできたのは、弟の幸隆(ゆきたか)だ。別に今更とやかく言うつもりはないけれど、もう少しデリカシーというものを覚えておいた方が良いぞ弟よ。…まぁ、私に似て見てくれはいいのでモテてはいるそうだが。


「今日も部活ー?」

「おう」

「何時に出るの」

「7時」

「じゃあ朝ごはんとお弁当作っとくね」

「ん」


 弟くんは今日も今日とて部活の練習らしい。朝からご苦労なことである。

 今年で中三の彼は、今は絶賛夏の大会の予選中である。去年一昨年と予選で敗れて、今年こそはと彼はキャプテンとしてチームを引っ張って頑張っているそうな。

 そんな彼の一助になればと思って、私も弁当を作ったり試合があれば応援に行ったりとしている次第であります。まる。


 幸隆が部活の練習がある日の朝ごはんはとても簡素なものだ。

 トースト二枚に目玉焼き、納豆にヨーグルトと牛乳。彼がそれをパクパクと胃袋に収めているのを横目に弁当用のお肉を焼き、野菜を炒めていく。幸隆の要望通り脂っこいものは避けて食べやすくしたものがほとんどだ。

 丁度おかず類の準備が終わったところで炊飯器が自らの仕事を完遂したことを知らせてくれたので、保温・保湿機能のある弁当箱にたっぷりとそれらを詰め込んだら、彼のお弁当は完成である。3Lのどでかい水筒に氷を詰めて、薄めのスポーツ飲料の粉と水をぶち込んだ。お弁当と水筒を体の前に抱えて、えっちらおっちら弟の待つ玄関へと向かっていく。…私でも、これくらいの重さなら持てるんだからね。あまり舐めないでほしい。


 リビングの、あらかじめ開けて放ってあった扉を抜けて玄関に向かえば、幸隆が靴紐を結んでいるところだった。


「はい、お弁当」

「ありがとねーちゃん」

「次の試合いつだっけ」

「四日後の週末」

「そか。じゃあ応援行くね」


 幸隆は、私と違って身体能力お化けである。

 去年の大会では、4番キャッチャーで二年生ながらチームの司令塔と打線の主軸としての出場。打率6割3分,15打点,4HR,盗塁阻止率7割…まぁ、とにかくすごい。

 羨ましい、と思うのは私の勝手だ。自分の努力が実らなかったからといって他人を羨み、憧れるのは自由だけれど、それ以上に変質させてはいけないというのは、私が一番よくわかっている。


「ねーちゃんが応援来たら観客の半分くらいそっち見るじゃん」

「残りの半分は幸隆だから心配いらないでしょ」

「どーだか…行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい!」


 幸隆が扉を開けると、朝のまだ早い時間帯だというのにすでにうるさく鳴き始めた蝉どもの大合唱が耳に入る。今日も暑い1日になりそうだった。…さて。


「私の時間だ!!」


 ちゃっちゃと私の分の朝ごはんを詰め込んで、遅ればせながら起きてきた父に朝飯を叩きつけて自室へと戻る。

 ちなみに母親は泊まり込みでお仕事だ。研究職だからね。どうせまたぞろ研究室でご飯も食べずにガリガリやっているに違いない。これは帰ってきたらお説教が必要ですね…


 ヘッドギアを頭にはめてみれば、もうすっかり聞き慣れたささやかな起動音が耳に入る。

 そのなんとも落ち着くような音を耳にしながら、私の意識は理想郷へと転移した。





  ◆  ◆  ◆





 目を覚ましたのは、宿屋の一室。ゲーム内時間は遅めの朝といった感じで、すでに宿の外からは活気のある人々の声が聞こえてきていた。

 今日の第一の予定にしてメインの予定は、もちろんゴヴニュさんから武器を貰い受けることである。待ちきれない自分の気持ちに素直に従った私は、駆け足で宿屋を飛び出して行った。


 人混みの間を駆け抜けて、目指すは街の南側。商業区の中心からは外れた、住人たちの居住区の中にひっそりと佇む鍛冶屋。


「ゴヴニュさーん!」

「おう、朝から元気だな」

「あ、おはようございます!」

「おう。…武器だろ?できてるぜ」

「やったー!」

「付いてきな」


 ハイテンションな私の様子に気押されるでもなんでもなく、手招きをして私を店の奥……彼のワーキングスペースである鍛冶場へと誘う。


 暖簾を潜って石造りの扉をひらけば、金床や炉、大槌や鞴…後は用途のよくわからない台座などの道具類が余裕を持ってこの大きな空間に置かれていた。外から見た時はこれほど大きなスペースはなかったはずだから、おそらくギルドの修練場と同じく空間魔法で拡張してあるのだろう。


 すでにそこらには彼が作ったのであろうたくさんの武器が立てかけてあったが、中でも一番私の目を引いたのは、入り口のほど近いところに立てかけられた2本のハンマー。

 彼の店の中に飾られている巨大なウォーハンマーよりは小ぶりではあるが、確かな重厚感と攻撃性……そして何よりも、私にとっては強い安心感を感じさせるそれら。


 私が予想した通りに、ゴヴニュは真っ直ぐ向かっていった。


「こいつが、お前さん専用の武器たちだ」


 渡されたそれらは、これまで使っていたメイスよりもずっしりと重くて、しかし同時に長年連れ添ってきた相棒かのように違和感なく手に馴染む。手にかかるその重さは重厚かつ強靭なる(パワー)の証だから、とても心地が良かった。


 形状としては、クリスタルと金属とでできたハンマー、だろうか。

 直径が大体40cmほどの打撃部位が紫色のクリスタル状になっていて、叩いてみればコンコンと硬質な音が返ってきた。それを支えるハンマーの持ち手と基部も銀色のメタリックな合金製であり、顔の前に掲げれば、私の橙赤の瞳と目が合った。

 メニュー画面を操作して、今手に持っている武器たちの性能を表示させる。




〈連星鎚 マグニ〉ATK:30 耐久1500/1500 レア度6

 装備条件:STR70,DEX20,TEC15

 装備効果:STR+10,DEX+5,AGI+5

 リンクスキル:もう一方の手に〈連星鎚 スルーズ〉を装備している時、特殊効果《衝撃充填(インパクトチャージ)》発動可能

 特殊スキル:特定の装備者との親和性大幅向上,特定の装備者の種族覚醒時ATK1.5倍

 《衝撃充填》:武器内部の魔石に、エネミー攻撃時の余剰衝撃分をストックし、放出、またはMPとして変換・還元できる


 旅人の旅立ちの瞬間から彼女と共に戦ってきた彼女にとっての相棒が、彼女を送り出すのではなく、また再び選ばれて、今度は形を変えて彼女の下に顕現した。

 故に彼女のこれからに貢献しようと言う気持ちはとても強く、もう一対の相棒と共に彼女の行く末を見守るだろう。



〈連星鎚 スルーズ〉ATK:30 耐久1500/1500 レア度6

 装備条件:STR70,DEX20,TEC15

 装備効果:STR+10,TEC+5,VIT+5

 リンクスキル:もう一方の手に〈連星鎚 マグニ〉を装備している時、特殊効果《雷撃充填(エレクトロチャージ)》発動可能

 特殊スキル:特定の装備者との親和性大幅向上,特定の装備者の種族覚醒時ATK1.5倍

 《雷撃充填》:武器内部の魔石に、雷撃属性攻撃発動時の余剰雷撃分をストックし、放出、またはMPとして変換・還元できる


 本来ならば世に出ることなく燻っていたはずが、彼女に拾われ、存分にその力を行使し、また再び選ばれて、今度は形を変えて彼女の下に顕現した。

 故に彼女のこれからに貢献しようと言う気持ちはとても強く、もう一対の相棒と共に彼女の行く末を見守るだろう。




 …情報量の暴力。

 強すぎではなかろうか。私まだレベル15ぞ?確か今のプレイヤー内のレベルキャップは50だと聞いたことがある。

 レベルが上がるにつれて必要経験値がバカみたいに多くなるらしく、そのレベルに到達したものは未だ数少ないらしいが、そんな人たちは相当な化け物なんだろうな…

 しかし、それにしても。


「あの、こんないい装備をたった5万Gで売ってもらっていいんですか?」

「あん?いーんだよ、そんなこと気にしなくて。大元は嬢ちゃんの武器だし、俺も久しぶりに楽しい仕事をさせてもらったからなぁ。こんだけ主神様の影響を受けた武器を手掛けたのは初めてだ」

「そうなんですか?ゴヴニュさんだったらもっと私より強くて、その分主神様とのつながりも強い住人の方達と交流を持ってると思ったんだけど…」

「何言ってんだ。主神様たちとそんな強固なつながりを持てるのはお前さんたち旅人だけだぜ」

「…へ?」

「あとはまぁ、教会連中もか。あいつらいいけ好かねえから俺は嫌いだね」


 詳しく話を聞けば、プレイヤーたちが種族覚醒を起こす度に信仰している神の特性がぽこぽこ現れるのがそもそも住人にとって異常らしい。

 住人の中にも、アイクみたいに種族覚醒できる人はいるんだけど、それはせいぜい種族としての本来の力を引き出すだけで、決して主神たちとのつながりを強めるなんてことは起こり得ないのだそうだ。


 考えてみればそれもそうだ。

 私たち旅人が死んでも生き返る——リスポーンできるのは、主神様の加護のおかげだとかなんとかとアイクがこぼしていた。それにデスペナだって主神様からの戒めだし、なんなら魔法の使いやすさは信仰している主神のものが一番使いやすいというのもその類だろう。

 おそらく、それらはプレイヤーたちの差別化を図るとともに特別感を与えるためのゲーム設定の一環なんだろう。

 …いや、これこそこのゲームのストーリーの根幹に関わる設定かもしれない。勘だけど。



 そのあとはゴヴニュさんと武器に関する使い方の注意事項だとかの説明を受けて、彼に代金の5万Gを払ってから、別れを告げる。

 たとえツヴァイの街に行っても、ファストトラベル機能があるからアインの街にはすぐ戻ってくることができるが、それでもしばしの別れなのは間違いない。


「私、これから森の主を叩き潰してきます!ゴヴニュさん、何から何まで本当にありがとうございました!」

「おう、相も変わらずバイオレンスな嬢ちゃんだな。レーティアやアドラウネに似たもんを感じるぜ」


 自らの妻と今は亡き旧友の姿を思い浮かべながら、楽しげに走り去って行った銀色の背中をゴヴニュは見届けた。





 森の主こと、アインの街からツヴァイの街に向かうために倒す必要のあるエリアボス、『賢明の白蛇』は、どうやら森の内部のとある泉の周辺によく出現するらしいというのが、私が昨日ネットで仕入れた情報である。

 どうにもその周辺一帯を主な生活区域としているらしく、水を飲んでいる姿が頻繁に目撃されるそうな。


 それ以外にも、そこら一帯では薬草類をはじめとした様々なアイテムも取れるためにプレイヤーは結構な頻度で出入りするらしい。

 そしてそれが初心者の場合、戻ってきた大蛇に吹き飛ばされて噴水前に死に戻るのが恒例だそうだ。


 そして私は今、そんな泉の近くに来ています。

 残念ながらすぐさま遭遇というわけにはいかなかったので、適当に採集をして時間を潰している最中だった。

 どうやらここら一帯が森の主の縄張りであることは周知の事実なのか、入り込んでくるモンスターはおらず、それも余計に私の退屈を加速させていた。


「…はぁ」


 引っこ抜いたそれは、霊薬草。MPポーションの素材になる貴重な薬草だから、冒険者ギルドに売り出しても結構な値段になる。インベントリに突っ込んで、すぐさま次の採取ポイントへ向かった。

 気づけば採集のレベルが上がっていたし、こういった単純作業の繰り返しというのも悪くはないかもしれない。


 そんなことを考えた折、がさりと木々の葉が擦れる音がした。


「あー、やっとか…」


 大蛇のことばかりを考えていた時には全く出てこなくて、そのくせ私の意識の比重が採集に僅かに傾いたところでひょっこりと顔を出したこいつには全くイライラする。


「全く。どんだけ待たせてくれたのよ…お仕置きが必要かな?」


 インベントリから新しく新調した武器を取り出して、片方は地面に引き摺るように、もう片方は肩に担いで構える。

 余談だが、このハンマー達を装備したことで私のSTR(パワー)のステータスは諸々の強化込みで大体120くらいである。完全なるオーバーキル、これには森の主さんも心なしか震えているようにも見えた。


「さーてと。ワンパンチャレンジ、いけるかな?……《迅雷化》!」


 閃光が煌めいて響いた巨大な打撃音と、それとともに宙をまった巨大な大蛇を見た人が、いたとかいなかったとか。





  ◆  ◆  ◆





「ついたー!」


 あのあと結局ワンパンでは沈まなかった蛇をタコ殴りにして通行権を強引に奪い取った私は、さして早くもない足をせかせか動かしてツヴァイの街へ向かった。

 しかしながら、『EIL』の世界はでかい。なんなら街から街まで余裕でゲーム内で3日4日かかるほどには。


 そんなこんなで、私は途中見つけた小さな村で宿に泊り、翌日からはツヴァイ行きの乗合馬車に乗せてもらったりしながら、大体ゲーム内で四日ほどかけて、リアルにも何度か戻ったりしながら、やっとのことでツヴァイにたどり着いた。


 プレイヤーたちが都合二番目に訪れる街にして、ベステラング王国の第二都市でもある大きな街、それがここ、ツヴァイである。


 まず第一の印象としては、白色を基調として統一感のある清純な街という印象であった。

 それもそのはず、ここツヴァイの街にはこの世界での一大宗教である『白神教』の総本山があるからだ。


 そして、プレイヤーにとっては、この街に来るということは大きな意味を持つ。

 すなわち、本当の意味での『チュートリアル』の終わり。ここから世界にまつわる壮大な叙事詩に自らの足跡を刻んでいくことになるためであった。

・tips


・アインの街周辺の地理

 まず前提として、アインの街は大陸からちょこっと突き出た形の小さめの半島の上に乗っかるようにして存在している街です。北、西、南へは2日ぐらい進めば海に辿り着くので、そこで交易が盛んに行われており、アインの街はその中継地として繁栄しました。

 大陸に続いているのは東側のみで、ここからプレイヤーたちは順々に次の街に向かっていくわけですね。


 半島の付け根にある賢者の森を抜けて街道をめっちゃ歩けば、ようやっと第二の街『ツヴァイ』です。べステラング王国で二番目に大きい都市かつ一大宗教『白神教』の総本山にして、プレイヤーにとってはいろんな機能やらなんやらが解禁になる街ですね。

 そしてこのツヴァイの街から北に向かえば、入り込んだ生物を決して生きて帰さぬ極寒を携え聳える山脈、龍骸山脈が。東に進めば、第三の街『ドライ』があって、南に進めば第四の街『フィーア』がある、って感じになってらっしゃいます。まる。

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[一言] 大蛇「シテ…コロシテ…」 うーん、これは理不尽&可哀想な場面だったな
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