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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最低最悪な俺と絆の永遠のキズナ

作者: 九傷



 絆との出会いは、俺がまだ幼稚園児だった頃だ。

 親戚の集まりで初めて顔を合わせた俺達は、割とすぐに仲良くなった覚えがある。

 理由は歳が近かったこともあるが、俺が男の子の割に人形遊びやオママゴトのような女の子向けの遊びが好きだったせいもあると思う。

 その好みのせいで同い年の友達が少なかった俺にとって、絆はかけがえのない存在だったと言えるだろう。



 親戚の集まりは年に何度もあるワケではないため、俺は別れるたびに早くまた会えるといいなと願っていた。

 ……そして、その願いは最悪のかたちで実現することになる。









「今日から絆ちゃんは、戒人(かいと)の妹だ。仲良くするんだぞ」



 悲痛そうな表情を浮かべた父さんに連れてこられた絆は、頭に包帯を巻いていた。

 交通事故で、目が見えなくなってしまったらしい。

 そして、絆のお父さんもお母さんも、その事故で亡くなってしまったのだそうだ。



 俺は子どもながらにそれをとても悲しいことだと思ってはいたが、それよりも絆とまた一緒に遊べることの方が嬉しかった。

 元々弟や妹が欲しいと親にねだっていたこともあり、妹ができたことを心から喜んだのだ。

 しかし、母さんは絆のことをあまり歓迎していなかったらしい。


 理由は簡単で、我が家にはあまり経済的余裕がなかったのである。

 俺は自分をあまり貧乏と感じたことはなかったが、美容やファッションにこだわりのある母さんにとっては自由に使える金が減るのは我慢ならなかったようだ。

 どうやらこれ以上子どもを産むつもりも、最初からなかったらしい。

 ……つまり、俺がいくらねだったところで、最初から無駄だったというワケである。


 そんな母さんなので、当然絆を引き取ることについても猛反対していた。

 しかし、気の弱い父さんは親戚一同の要求を断り切れず、半ば押し付けられるようなカタチで絆を引き取ることになったそうである。

 そして、このことがきっかけで母さんと父さんの仲は険悪となり、段々と距離を取るようになってしまったのだ。


 父さんはお金を稼ぐためか残業が増え、ほとんど家にいることがなくなった。

 母さんは絆が小学生になったのを境に、絆の面倒を俺に任せ家を空けるようになった。

 ……俺は絆のことが好きだったが、正直面倒を見るのは死ぬほど大変だった。



 いくら俺の方が一つ年上といっても、小学生が小学生の面倒を見るなんて普通に考えればまず無理である。

 しかも絆は目が見えないので、文字通り何もできなかった。

 俺は、絆が歩くのも食べるのも、風呂やトイレの世話でさえもすることになってしまったのだ。


 大人になった今でも、自分が当たり前にできていることができない人間を見るとイライラすることがある。

 父さん曰く、こういうことは自分ができなくなって初めて気付くこと――らしいので、俺もまだまだ若いということなのだろう。

 だから……、と言ってしまうと言い訳になるかもしれないが、俺は早々に絆のことを煩わしく感じるようになった。


 子どもは良くも悪くも純粋で、感情に素直な生き物だ。

 それでいて相手の気持ちを察する共感力が養われていないため、能力のない者に対し容赦なく悪口を言うし、場合によっては暴力も振るう。



 ”いくら目が見えないからって、あんなこともできないなんてあり得ない。だからアイツが悪い”



 絆をイジメていた少年が言った言葉だ。

 今思うとなんて理不尽で、残酷な言葉だと思う。

 しかし、当時の俺はその言葉に凄く共感してしまった。

 俺がしていることに対する、免罪符を得られたような気持ちになったのだ。


 本当に俺は、最低最悪のクソ野郎だ。









(今、何時だろ……)



 俺がこんな(・・・)状況になったのは、大体午前10時頃だったと思う。



 地元が大雨により被災したと知った俺は起きて早々車で実家に駆け付けたのだが、そこに絆の姿はなかった。

 連絡がつかなかったため不安だったが、しっかりと避難したのであれば良かった――とホッとした瞬間、轟音とともに俺の視界は闇に包まれた。


 どうやら俺は、土砂崩れに巻き込まれ生き埋め状態になっているらしい。

 地震と勘違いし咄嗟に炬燵の下に潜り込んだが、それが幸いしたのか押し潰されることだけは回避できている。

 ただ、身動きはほとんど取れないし、視界は真っ暗で今が何時かもわからない。

 恐らく半日以上は経っていると思うが、時間感覚は完全に狂ってしまっているので、実際はもう夜という可能性も十分にある。

 いや、それどころか、もう二日三日経っていたとしても不思議ではない。


 幸い、極限状態のためか尿意や便意は今のところ問題ないが、喉の渇きが精神的にも肉体的にも大きな負担となっていた。

 いっそこのまま寝てしまおうかとも考えたが、この寒さで寝ればそのまま永眠となってしまう気もして寝付けずにいる。



 ……俺は正直、暗闇がここまで精神を(むしば)むものだとは思ってもいなかった。

 絆はずっとこんな世界を生きてきたのかと思うと、俺がしてきたことに対する罪悪感で頭がおかしくなりそうだ。

 しかしこの状況が、まるで俺に走馬灯でも見せているかのように、絆との過去ばかりを思い出させる。









 いくら世話が大変で煩わしく感じていても、俺は絆のことが好きだったし、暴力を振るったりはしなかった……と思う。

 いや、あの頃は暴力だと理解していなかっただけで、実際には振るっていた。……性的な暴力を。


 周囲にはスカートめくりみたいな行為をする悪ガキもいたので俺が異常だったとは思わないが、少なくとも早い(・・)方だったのは間違いないだろう。

 俺は小学校に上がる少し前くらいから、絆のことを性的な目で見ていた。

 恐らくは性欲よりも好奇心の方が勝っていたとは思うが、性欲自体も確実にあったと思う。

 正直俺は母さんの裸を見た覚えがないので、初めて見た異性の裸体に強い好奇心と興奮を覚えた。


 そして風呂やトイレの世話をしていた俺は、絆の裸体を自由に見て触れる立場にあった。

 元々罪悪感などほとんどなかったが、免罪符を得た(と勝手に思った)あとは全く遠慮せず絆の肢体(からだ)(もてあそ)んだ。

 もしこの過去が世の中に知れ渡れば、俺は最低の鬼畜と罵られることになるだろう。


 しかし客観的に見れば、本来ならばストッパーになるハズの両親の目がなかったからこそ起きた悲劇とも考えられる。

 子どもとはそもそも自分で考える能力が低いので、ほとんどの場合叱られなければ悪いことをしたと理解できない。

 少なくとも俺はあの頃、絆への行為を悪いことだと思っていなかったし、世話をしているのだから当然の権利のように思っていた。

 今だからこそ当時の自分を最低だと思えるが、それはあくまでも大人になる過程で倫理観を養ったからであり、子どもにそれを求めるのは酷というものではないだろうか?


 ……ああ、これも自分を正当化するための都合の良い解釈でしかないとわかっている。

 俺がもう少し真面目に道徳の授業を聞いていたら、(ある)いは――という可能性もあっただろうから……


 ただ、その可能性は残念ながら限りなく低かったと思われる。

 何故なら、絆は俺にいくら触られても嫌がる素振りを一切見せなかったからだ。

 むしろ、自ら触られることを望み、喜んでさえいた。


 俺は絆のことが好きだったし、絆が嫌がるようなことはしたくなかった。

 だからもし絆が拒んでいれば、俺もあそこまでエスカレートすることはなかったと思う。

 触れられることを望まれて、俺は増々自分が特別なのだとつけあがった。





 絆を初めて抱いたのは、絆が中学に上がってすぐの頃だ。

 愛情や性欲よりも、独占欲で手を出したことを覚えている。


 目の見えない絆は、当然と言えば当然だが自分の見た目について無頓着であった。

 触覚である程度のことはわかるようだが、色や細かなファッションを意識することは不可能である。

 つまり、絆の見た目については全て俺にの手に委ねられていたと言っても過言ではない。


 俺は昔から人形遊びが好きだったので、絆のことをまるで着せ替え人形のように扱っていた時期がある。

 その頃には父さんと母さんはもう離婚しており、家に残された美容品の数々を自由に使うことができたため、もうやりたい放題だった。

 その経験が、俺を美容師――メイクアップアーティストの道に進ませるきっかけとなったのだが、正直今は少し複雑な気分である。


 今思えばあの頃のメイク技術は大分拙いものであったが、絆は元々の素材も良かったため、まあモテた。

 そもそも中学生が派手なメイクをすることは禁じられていたので、眉や目元を整える程度しかできていなかったのだが、それでも中学生としては大人びて見えたようで、同級生の男子からも紹介しろと何度か言われたことがある。


 だから、いつか俺の知らないところで絆を奪われることもあるかもしれない……と焦った俺は、そうなる前に絆を完全に自分のものにしようとしたのである。

 そのときも絆は一切拒まず、俺のことを受け入れてくれた。


 一度タガが外れてしませば、中学生の性欲が抑えられるワケもなく、俺は毎日のように絆のことを抱いた。

 小学生時代に初潮を迎えていた絆は妊娠の可能性も十分にあったので、避妊は欠かしたことがない。

 子どもが一人増えただけでも家庭崩壊するという例を身をもって体験しているため、快楽に溺れて安易な行動に出ないよう慎んだ。

 ただ、中学生の財力では自分の欲を満たせるだけのゴムを用意することは不可能だった。

 ……だから代わりに、絆には色々なことを覚えさせた。



 当時はそれを最高だと思っていたが、今は最低だと思っている。

 いや、俺はあれからもっと酷くなっていったので、最低という一言では言い表せないかもしれない。



 俺が高校に上がった段階で、一時的に絆と過ごす時間が減ることになった。

 小中は地元だったこともあり距離的制限はほとんどなかったが、高校は電車通学となったため時間が合わなくなったのである。

 俺と絆の関係が変わることはなかったが、……俺には絆とは別に彼女ができた。


 絆の美容面を全て担当していたこともあり、俺自身美容意識が高かったため高校ではかなりモテたのである。

 実は中学でも人気があったとあとになって聞いたが、絆に遠慮して誰も声をかけなかったらしい。


 絆との経験で女の肢体を知り尽くしていた俺はソッチ方面でも人気が高く、とっかえひっかえ学校の女子を抱きまくった。

 しかし、結局物足りなさを感じて家に帰ってから絆のことを抱いて口直しをすることが多かった。


 複数の女との付き合いを経たこととで、俺は普通の女の面倒くささを理解し、絆という自分にとって都合の良い存在の重要性に気付いてしまったのだ。

 抱きたいときに抱け、俺が望めばなんでもしてくれる――そんな絆に俺は依存するようになった。





「戒人君、これは……?」


「プレゼントだよ。チョーカーっていう、首にかけるアクセサリー」



 絆と離れている時間を不安に感じるようになった俺は、首輪を付けることにした。

 ペット用のGPS付きの首輪を改造した、手作りの首輪(チョーカー)だ。

 これは俺が安心感を得るための行動であり、独占欲の表れでもあるのだが、今思えば絆のことを愛玩動物のように扱っていた俺の支配欲と傲慢さの表れでもあったのだと思う。



 高校卒業後、本格的に美容師を目指すことにした俺は美容学校に通い始めた。

 相変わらず我が家の財政状況は厳しかったので、昼はバイトで稼ぎ、夜は美容学校という中々タイトな生活だったが、絆と過ごす時間自体は高校時代よりも増えていたように思う。


 絆は財政面を気遣ったのか、それとも単純に通学するのが辛かったのか、本心は話してくれなかったが高校には進学しなかった。

 代わりにスクリーンリーダーを購入し、家でも身に付けられる専門的な分野について学んでいた。

 それもあって午前中は絆と過ごせることも多く、肉体的にも精神的にも癒しとなってくれていた気がする。

 その頃にはもう他に彼女を作るようなこともなかったので、プライベートな時間は全て絆に費やしていたんじゃないだろうか。




 ――そんな日々を過ごしながら数年が経ち、俺が正式に美容師として働き始めてすぐの頃……

 初給料でプレゼントを買い、いつもより早めに帰った俺が見たのは、父さんに襲われている絆の姿だった。

 俺の記憶は一旦そこで途切れており、その後の記憶はかなり曖昧になっている。

 ただ一つ鮮明に覚えているのは、顔の変形した父さんが放った一言だけだ。



「お、おばえだって、おだじごどをじでだだぉう」



 意味を理解した瞬間、顔面を殴り返されたような強い衝撃を頭に覚えた。


 ”お前だって、同じことをしていただろう”


 俺が自分のことを正当化し、目を背けていた事実。

 大人になり、常識や倫理観を身に付けたからこそ、その言葉が重く響いた。




 どんなに正当化しようとも、俺がしてきたことは性暴力であり、性的虐待である。

 合意の上だった――というのは言い訳でしかない。

 それは対等な立場でしか成立しない条件だ。

 絆は俺に世話をされている立場上、拒むことなどできかったハズだから……


 結果、俺は絆から距離を取ることにした。

 絆のためを思ってという建前だが、要は逃げ出したのである。

 本当に最低で、卑怯なクズ野郎だ……


 だからこそ、この状況はある意味天罰と言えるのかもしれない。

 自分から逃げておいて、勝手に心配して戻ってきて……、自分勝手にも程がある。

 もしこれが天罰なのであれば、俺はこのままここで死ぬ運命なのだろう。

 ……ただ同時に、本当にこんなに楽な死に方でいいのか? とも思う。

 今意識を失えば、ほとんど苦しむこともなく死ねてしまう可能性があるからだ。


 凍死は実際そんな甘いものじゃないと聞いたこともあるが、少なくとも死体はキレイなまま残ると思われる。

 こんなことなら、下手に生き足掻こうとしなければよか――いや、それだとこうして後悔や懺悔する時間もなく死んでいたか。

 そう考えればこの時間は、今まで現実から逃げてきた俺に自らの罪を振り返らせる、閻魔の審判なのかもしれない。


 朦朧とした意識でそんなことを考えていると、俺を生き長らえさせていた炬燵テーブルがミシミシと音をたて始める。

 元々そんなに強度のあるものとは思えないし、恐らく限界がきたのだろう。

 であれば、このまま圧死できる可能性もでてきた。

 きっと閻魔も俺の過去を見て、コイツは楽に殺してはいけないとでも思ったに違いない。

 現実の裁判官より余程良い仕事をする――そう思った瞬間、視界が一気に明るくなる。



「戒人!」


「……父さん?」


「戒人!良かった……、本当に良かった……」



 父さんに強く抱きしめられ、俺はようやく自分が助けられてしまったことに気付いた。

 親子の縁などあの日完全に切れたと思っていたので、こんなにも心配されていたことに少し驚いている。

 正直余計なことを……と思ってしまったが、同時に一つ疑問が浮かび上がる。



「父、さん、何故俺が、帰ってきてるって、わかったんだ?」



 乾いた口でたどたどしく尋ねると、父さんはまず俺に水の入ったペットボトルを差し出してきた。

 俺はそれを受け取り、ゆっくりと水を口の中へ流し込む。


 乾いた口内にじわじわと水が浸透し、喉が潤っていく。

 本当に生き返ったような気分だ。



「……絆から、連絡があったんだ」



 俺はここに来る前、絆に安否確認の連絡を入れている。

 電話は通じなかったが、あとで留守電メッセージを聞いたか、スマホの読み上げソフトでメッセージを確認したのだろう。

 それ自体は不思議ではないが、あんなこと(・・・・・)があっても父さんに連絡を取ったのかと思うと、少し複雑な気分だ……



「そうか。それで、絆は? 連絡があったってことは無事なんだろうけど、今どこに?」


「そ、それが……、絆は夜中に避難所からいなくなってしまったと……」


「っ!? なんだって!?」



 絆がいなくなった?

 一体何故?


 一瞬、嫌な想像が頭を過る。

 災害発生時、ニュースにはなっていないだけで強姦などの事件が発生することが多いと聞いたことがあったからだ。

 もしかしたら、攫われたという可能性も――



「い、一応目撃証言があって、絆は夜中に、厚着をして避難所から出ていったらしい」


「っ!?」



 絆が、自ら避難所を出ていった……?

 それは、まさか……


 慌ててスマホを確認すると、そこには何件もの不在着信が表示されていた。

 半分は職場からだったが、もう半分は絆からの着信のようである。

 普段はアプリ用のマナーモードにしているため、生き埋めになっている間は全く気づかなかった。


 折り返し電話をかけてみるも、反応はない。

 もしかしたら着信音が聴こえるかもしれないと期待したが、耳を澄ませても音を拾うことはできなかった。

 辺りには大雨の影響で水が流れる音もしているため、距離が離れていれば着信音がかき消されているという可能性もある。

 ……いや、もしかしたら俺のように、生き埋めになっている可能性だってあるかもしれない。



「父さん、避難所の方向は?」


「あっちだが……、探すつもりか?」


「当たり前だろ」


「しかし、お前とは違ってどこにいるか――」


「関係ない」


「戒人! お前だって今の今まで生き埋め状態だったんだぞ!? 救助を待つべきだ!」



 スマホの時間を確認すると、午前11時と表示されていた。

 暗闇の中では三日以上経っている気さえしていたが、まだたったの一日しか経っていなかったのである。

 ……たった一日暗闇の中を一人過ごしただけでコレなのだ。

 一秒でも早く、絆のことを見つけてやりたい。



「……父さんは、なんで俺が救助されるのを待たなかったんだ?」


「そ、それは……」



 父さんの顔を見れば、俺のことを本当に心配してくれていたことくらい理解できる。

 なんだかんだ言っても、血の繋がった俺のことを大事に思ってくれていたのだろう。

 できればその愛情を絆にも向けて欲しかったが、家庭崩壊の引き金となった絆に対し思うところがあることも、一応は理解できた。

 だから今更、そんなことに期待するつもりはない。



「俺にとっては、絆がそうなんだ。どの口が言うのかと思うかもしれないけど、俺は、本当に絆のことを――」



 愛している。

 そう口にしようとした瞬間、再び強い罪悪感と拒否反応に襲われる。

 この強い拒否反応は、恐らくPTSDなどのストレス症候群なのだろう。

 俺はこれのせいで、絆から逃げざるを得なかったのだ。


 自分が加害者だというのに、まるで被害者であるかのうようにトラウマを抱えているのだから、情けないのを通り越して絶望するレベルである。

 絆のことを愛玩動物(ペット)のように扱っていた俺に、そんな資格があるハズないのに――――っ!?


 頭を過った愛玩動物という言葉から、ある物の存在を連想する。

 ――そう、首輪(チョーカー)だ。



 慌てて電話のコールをキャンセルし、アプリ一覧を開く。

 もう長らく起動していなかったが、そこには絆の首輪に付けられたGPSと連動するアプリが残されていた。

 GPSに使用する電池は一年以上変えていないが、交換周期は大体一年くらいなので、まだ反応する可能性がある。


 一縷の望みをかけてアプリを起動すると――地図上にマークが表示された。









 絆は、俺の実家から大分離れた位置に倒れていた。

 ただでさえ盲目の絆が一人で長距離を歩くのは困難だというのに、大雨や土砂で荒れ果てた道では杖も役に立たなかったハズだ。

 だというのに、絆は俺を探してこんな所まで……



「絆! しっかりしろ!」



 倒れている人の体を強くゆすることは良くないとされているが、俺の腕はガクガクと震えており、ほとんどゆすっているのと同じ状態になってしまっている。

 なんとか震えを抑えようとするが、その前に絆がピクリと反応した。



「……戒人、君?」


「っ! ああ! 俺だ! 戒人だ!」


「良かっ……、た、無事だったんだ、ね……」


「俺のことなんてどうだっていい! なんでこんな、一人で……」


「だって、心配、だったから……」



 絆の乾いた唇に、父さんから貰ったペットボトルの水を注ぎこむ。

 正確な時間はわからないが、深夜から探していたのでのであれば10時間近くは水分を摂ってなかったハズだ。

 ついさっきまでの俺と同様、絆の口内や喉は乾ききっており、掠れた声を発していた。



「絆、もう無理して喋らないでいい。まずは避難所に――」


「ダメ」


「……絆?」


「私を避難所に預けたら、戒人君は、また私の前からいなくなっちゃうんでしょ?」


「そんなことは……」



 ないとは言い切れなかった。

 俺が一緒にいれば、絆にまた辛い思いをさせるかもしれない。

 たとえ絆が受け入れてくれたとしても、俺自身がそれを許せそうになかった。



「戒人君、お願いだから、私の言うことを信じて? 私は本当に、本当に嫌じゃなかった! 戒人君にされることはなんだって嬉しかったし、戒人君と一緒に過ごせるだけで、凄く幸せだったの!」



 滅多に大きな声を出さない絆が、絞り出すようにして声を張り上げる。

 その必死さからも、絆は本気で言ってるのだと伝わってくる気がした。

 しかし同時に、あの日の悲痛な声と姿がフラッシュバックされ、絆の言葉を否定する。



「……それは違うよ。その感情はきっと、絆の境遇が、自己防衛のためにそう錯覚させているだけなんだ」



 人間を含む動物の赤子は全て、弱いその身を庇護してもらうべく可愛らしい仕草をしたり、無邪気な愛情をしめすものだ。

 そしてその記憶は成長してからも残ってることが多く、自分の世話をしてくれた者に対しては感情や本能を抜きにして好いてしまうこともある。

 肉食動物が自分より小さく力の弱い人間を親のように慕うこともあれば、どんなにダメ人間でも育ての親だからというだけで愛情を感じることも多い。

 絆の感情も、きっとその類なのだと思う。



「戒人君こそ、自分にそう言い聞かせようとしてるだけでしょ? 自分が最低だと、思い込んでいるから」


「思い込みなんかじゃない。俺は本当に、最低最悪のクズ野郎だ」



 たとえ絆がどう思おうと、世間から見れば俺はただの犯罪者だ。

 子どもや、か弱い女性を食い物にし、物のように消費する性犯罪者と何も変わらない。



「思い込みだよ。だって、本当は私こそが最低最悪の卑怯者で、疫病神なんだから」


「っ!?」



 絆の閉じた瞼から、涙が流れ落ちる。

 事故の影響なのか、絆は滅多に涙を流さない。

 いや、滅多にどころか、過去に一度しか涙を流しているのを見たことがない。

 その一度とは、父さんに襲われたあのときだけだ。



「私、子どもの頃からちゃんと理解してたんだよ? 戒人君の家をメチャクチャにしたのは、私なんだって」


「……」



 それは違う、という言葉は出てこなかった。

 今の俺にはそれを否定するための上手い言葉は浮かんでこなかったし、何より、そうだと認めている部分が自分の中にあったからだ。



「理解していたのに、私は戒人君に甘えることを遠慮しなかった。戒人君のお母さんとお父さんが喧嘩してても、気付かないフリしてた。二人が私のことをどう思っていようと、戒人君さえいれば何もいらないと思ってた」


「絆……」



 絆はあまり本心を表に出すタイプではないが、それでも子どもの頃は無邪気に感情表現をしていると思っていた。

 だから、そんなことを考えていただなんて全く想像していなかった。



「私は本当に本当に戒人君のことが好きだったし、触られるのも、何をされるのも全部嬉しかったし、気持ち良かった。パパもママも死んじゃって、目も見えなくなちゃったけど、それでも私は自分のことを幸せだと思ってた。だって、戒人君も私のこと好きでいてくれてるって思ってたから。両想いだと、思ってたから」



 絆が俺に触れられることを好み、喜んでいることには気づいていたが、それは羞恥を知る前の幼さと純粋さゆえと思っていた。

 ……いや、あの頃の俺はガキだったし、そこまで深い考察をしていたワケではなく、絆も喜んでいるし何も問題無いだろう、とくらいしか考えてなかった気がする。

 絆のことは好きだったが、少なくともあの時点では絆のような恋愛感情――に近しい感情は抱いていなかったと思う。



「戒人君に初めて抱かれたときも凄く嬉しかったし、求められるたびにこんな自分でも戒人君の役に立てるんだって満たされた気分になってた。こんなこと言うとメンヘラとか思われるかもしれないけど、他に何もできない私は本気でそう思ってたんだよ?」


「……俺は、絆が何もできないなんて思ってなかったよ」


「ううん。私は戒人君なしじゃ何もできなかった。だからせめて、戒人君の役に立とうと頑張っていただけ。でも、戒人君に頼っているだけじゃずっと迷惑をかけることになっちゃうから、高校には行かないで手に職を付けようと思ったの」


「っ! ……少しでも生活費を稼ぎたいからと言ってたと思うが――」


「それもあったけど、一番の目的は戒人君のことを支えられるようになりたかったからだよ」



 それを聞いて再び罪悪感がこみ上げてくる。

 何故なら俺はあの頃、調子に乗ってとっかえひっかえ女を食いまくっていたからだ。

 そんな俺をよそに、まさか絆がそんなことを考えていたとは……



「でもやっぱり、結局のところ私は戒人君に依存していたんだって気づいたの。たとえ手に職付けようとも、ヘルパーさんを雇ってある程度一人で生活できるようになっても、全然生きている気がしなかった……。戒人君が家を出ていって、それを改めて思い知らされたの……」


「……」



 それは、俺も一緒だった。

 自分から逃げ出したくせに、罪悪感で押しつぶされそうだったくせに、それでも絆と一緒にいれないのことが辛くて気が狂いそうだった。

 名残惜しさから連絡先を消すこともできず、かといって連絡もできない臆病者。



「戒人君に迷惑をかけないよう我慢して連絡もしないでいたのに、いざ戒人君が戻ってくると知ったら居ても立っても居られなくなって、結局こうしてまた迷惑をかけてる。……私は本当に、最低最悪の疫病神だよ」


「……俺は自分から逃げたくせに、絆のことが心配で居ても立っても居られず戻ってきて、父さんや絆に迷惑をかけたよ」


「……ハハ、戒人君と私って、実は似た者同士なのかな?」


「多分な。俺も結局、絆に依存しまくりの、最低最悪のクソ野郎だし」



 絆に対する罪悪感が消えたワケではない。

 ただ、それでもなお絆が俺と生きることを望むのであれば、それこそ俺ができる唯一の罪滅ぼしなのかもしれない。

 ……だったら俺は、残りの生涯全てを絆に捧げることにしよう。



「お互い依存しあってるって、共依存っていうのかな?」


「少し違うな。共依存っていうのは、簡単に言えば依存されることに依存することで成立する関係だ。俺が絆に依存されることに喜びを見出し、その状況に俺が依存しているのであれば成り立つが……、俺達は違うだろ?」


「そうだね。私達は、お互いの存在自体に、それぞれ依存しているんだから」



 依存とは、それなしではいられない状態を表す言葉だ。

 つまりそれは、人に置き換えれば「アナタなしにはいられない」という意味でもある。

 健全とは言い難いかもしれないが、それもまた一つの愛情の行きつく先なのではないだろうか。


 俺は華奢な絆の身体を抱き起し、そのまま強く抱きしめる



「絆、もう俺は逃げない。ずっと一緒にいよう」


「戒人君、私も放さない。ずっと一緒にいましょう」





「「永遠に」」








>補足

スクリーンリーダーとはPC用の読み上げソフトのことです。

安価なものから高価なものまでありますが、精度の高いものを利用すれば目が見えなくともプログラミングや事務仕事などの仕事をすることが可能となります。


・障碍者への性暴力

許せないとことではありますが、現実にはあちこちで発生しており問題となっております。

中々明るみに出ることがありませんが、その理由は「障碍者が大げさに表現しているの」と疑われたり、知的障碍のために被害を認識しづらかったりするなど「なかったこと」にされたり、親族の手によるものだったりするからです。


・子どもへの性犯罪報告の実態

子どもへの性犯罪のイメージとしては変質者に襲われるというのがポピュラーと思いますが、2019年の報告では4分の1が親族による犯行となっていました。

また令和2年の犯罪白書では、強制性交等罪の被害者と被疑者の関係は、15.5%が「親族」、53.6%が「面識あり」となっています。

つまり、「見知らぬ誰か」よりも「よく知っている身近な人」のほうが多いということです。


本作はそういった背景から、警鐘の意味を込めて少しシビアな内容になっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)僕の感覚ですが、この物語そのものに感動をしましたね。確かに最悪な人間だと言えばそうかもしれないけど、だからって善人になれないワケでもない。そんな可能性のようなものを物語の先に感じまし…
[良い点] とても難しい題材にがっぷり四つに組んで書いてくださりありがとうございます。 私の夫は養子で、辛い経験があったらしいことは傍目にわかったのですが、最後まで語ってくれることはありませんでした。…
[一言] こういう家族、実際にいそうですよね( ˘ω˘ )
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