第079話 残滓
俺達は階段を昇り終えると、屋上への扉の前にやってきた。
「当然、鍵がかかっている……あれ?」
確認のためにドアノブを捻り、引くと、何の突っかかりもなく開く。
「開いてるにゃ」
「少なくとも、1ヶ月前は確かにかかってたよ。友達と来たからね」
キョウカが確認したのが1ヶ月前……
その間に誰かが開けた?
「うーん……ミリアム、鍵を開ける魔法ってそんなに難しくないんだよね?」
「内部に力を加えるだけからにゃー……複雑な構造なら時間がかかるけど、それでも難しくはないにゃ」
教師がここを開けたのではないとしたら……
俺はドアノブをさらに引き、扉を開けた。
すると、外の風が入ってきてちょっと肌寒い。
俺達は屋上に出ると、周囲を見渡す。
「見えないなー……懐中電灯を持ってくれば良かった」
「山田さん、この前の魔法は? ほら、ビルで使ってたやつ」
キョウカが聞いてくる。
「ちょっと待ってね……ライト」
灯りを照らす魔法を使い、光球を出すと、周囲が明るくなった。
「すげー」
「これなら怖くないね」
でも、手は握ったままなんだね。
「山田、あれにゃ……」
ミリアムが前を向く。
そこには例のアパートでも見た赤い線で描かれた魔法陣があった。
「本当にあったね」
俺達は魔法陣に近づく。
「山田さん、協会に電話するわ」
「お願い」
ユウセイ君はこの場を離れ、電話をするために階段の方に戻っていった。
残った俺達は腰を下ろして、魔法陣を見る。
「魔力を感じないな」
アパートにあった魔法陣からは魔力を感じられたが、この魔法陣からは何も感じない。
「壊れてるにゃ。上級悪魔を呼び出して壊れたか、あのフィルマンが壊したかはわからないけど、この魔法陣はもう起動してないにゃ」
「じゃあ、新たに悪魔は出てこない?」
「そうなるにゃ」
とりあえずは一安心か。
「この魔法陣って、山田さんもできるのかい?」
キョウカが聞いてきた。
「さあ? できるの?」
ミリアムに確認する。
「できるにゃ。でも、指定の悪魔を呼び出すのは非常に難しいにゃ。例えば、あのフィルマンレベルを呼び出そうとしても大概は失敗するにゃ。低級ならまあ、呼び出すこともできるだろうけど、それでも指定した悪魔が来るかはわからないにゃ」
「フィルマンの呼び出しは狙ってないのかな?」
狙ったのか狙ってないのかで敵の脅威度が変わってくる。
何しろ、フィルマンは人間の子供が主食な悪魔だし、そんなものを狙って呼び出す奴なんてロクな奴じゃない。
「さあにゃ。それはこれを作った者に聞くべきにゃ」
そりゃそうだ。
「山田さん、協会に連絡したぞ。すぐに調査員を派遣するってさ」
ユウセイ君が戻ってきた。
「後は協会に任せるか……とはいえ、起動してないってことはただの落書きかな」
「まあにゃー……んー? ちょっと待て」
ミリアムが魔法陣をじーっと見る。
「どうしたの?」
「わずかにだが、魔力の残滓があるにゃ……」
「そうなの? 全然、わかんない」
「これは人間には無理なレベルにゃ。私は猫だからわかるにゃ」
感覚的なものなんだろうか……
ミリアムは魔法陣の中をぐるぐると歩くと、匂いを嗅いでいった。
「猫みたい……」
「猫だろ」
「猫だね」
まあ、猫か……
「うーん、なんとなくわかったにゃ……あっちにゃ!」
ミリアムが尻尾で右の方を指差す。
「えーっと……」
俺は地図を取り出すと、ミリアムが指した方を見始めた。
「ミリアムちゃん、どのくらいの距離なの?」
一緒に地図を見ているキョウカが聞く。
「5キロくらいかな」
5キロか。
そんなに遠いのによくわかるな……
「この辺かな? 住宅街みたいだ……」
「どうせだし、行ってみない? この場はユウセイ君が呼んだ協会の人に任せればいい」
キョウカにそう言われたので腕時計を見た。
時刻はすでに9時を回っている。
「大丈夫? 明日も学校でしょ」
「問題ない」
「俺も大丈夫。というか、気になるわ」
この前は単独行動しちゃったし、連れていくか……
「じゃあ、行ってみよう。とはいえ、協会の人が来るのを待ってからだね。説明もしないとだし」
「それもそうだね。さっさと学校を出よう」
キョウカはそろそろ限界かな?
俺達はこの場を後にすると、階段を降り、校舎を出た。
そして、車まで戻り、協会の人が来るのを待つ。
そのまましばらく待っていると、学校の敷地に車が入ってきたので車から降りた。
すると、車が俺の前に停まり、助手席からスーツを着た男が降りてくる。
「あ、須藤さんじゃないですか」
「どもっす」
車から降りてきた調査員はこの前のビルで会った須藤君だった。
「遅くまでご苦労様」
「山田さん達もお疲れっす。しかし、夜の学校ですかー。何か怖いっすね」
須藤君が真っ暗な校舎を見る。
「1人だったら絶対に嫌ですよ」
無理無理。
「橘さんがいますからラッキーですもんね。俺も1人は嫌なんで先輩を連れてきましたよ」
運転席にいる男の人が先輩だろう。
あと、ラッキーって言うな。
「一ノ瀬君に聞いたかもしれないけど、屋上に魔法陣がありましたよ」
「ええ。アパートにあったやつと同じですか?」
「ですね。ただ魔力は感じませんし、もう悪魔が出ることはないでしょう。ネームドの悪魔を呼び出したことで壊れたか、あの悪魔が壊したかってところです」
って、ミリアムが言っていた。
「なるほど……そりゃ、一安心ですね」
須藤君が胸を撫で下ろす。
「須藤さんも悪魔退治とかしないんですか?」
「基本的に調査員はしませんよ。我々は魔法や術を使えますが、退魔師じゃないですからね。戦いなんて怖いからしたくないです」
色んな役割があるわけか。
「なるほど。ちなみに、桐ヶ谷さんはまだ協会にいます?」
「いや、今日はもう帰りましたよ。どうかしたんですか?」
「実は魔法陣自体は機能を失っていると思うんですが、魔力の残滓を感じましてね。これから追おうと思っているんです」
「マジっすか……うーん、じゃあ、とりあえず、こっちで協会に連絡はしときます。でも、無理はしないでくださいね。山田さんはともかく、あの2人に何かあるとちょっとマズいんで」
だろうなー……
未成年だし、一ノ瀬の家と橘の家から預かっているお子さんだもんな。
でも、置いていって馬乗りで刀を抜かれるのも嫌だ。
「わかってますよ。そういうわけで行ってきます。あとをよろしくお願いしますね」
「ええ。お気をつけて」
須藤君との話を終えると、車に乗り込む。
そして、キョウカの膝の上に乗っているミリアムの案内で車を走らせていった。
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