第070話 水面下の攻防
「それでは具体的な話を進めさせていただきます。クロード様より月に100個以上はお約束できると伺っております。少なく見積もられているでしょうが、どのくらいは用意できそうですか? これを聞いておかないと運搬用の馬車を用意できませんから」
リンゴ100個分が入る馬車を用意して、200個だったら持って帰れないからだな。
「月に300個はいけると思います」
「ほう……! そんなに?」
「ええ。もちろん、多少前後することもありますし、自然のことなので断言はできませんが……」
「それはもちろんでしょう」
その辺は商人なら当然、織り込み済みだろう。
「何かあった時はもちろん、連絡します。そんなに離れているわけではありませんから」
「わかりました。お願いします。他にも売りたいものや仕入れたいものがあればご相談ください。私は商人ギルドのギルド長も務めておりますから他の商人も紹介できます」
これも昨日、モニカが言ってた通りだな。
「そうですね。その時はできたらエリクさんにお願いしたいですね」
「さようですか。では、私にできることならば対応いたしましょう」
「よろしくお願いします」
「ええ。今後とも末永くお付き合いしてもらいたいですね。ちなみに、山田殿はご結婚をされていますかな?」
これはさっき言ってた通りだな。
「ええ。妻と娘がおります。妻はあまり表には出てこないんですがね……」
そう言うと、何故かモニカが頭を俺の肩に預けてきた。
「そうですか……わかりました。それでいつ頃にリンゴを納品できますかね? 先程も言いましたが、急かされておりましてね……中には貴族の方もおりまして急ぎたいと思っているのです」
貴族もか……
そりゃクロード様も急かすわ。
「その辺のことはモニカと話してもらえますか? 私はこの村にずっといるわけではございませんから」
「ああ……大魔導士様でしたね。わかりました。モニカ様と話しましょう」
エリクさんがそう言った瞬間、モニカが俺から離れ、姿勢を正した。
「では、ここからはこの私が話しましょう」
「ええ。よろしくお願いします。それでいつ頃、納品できますかね?」
「いつでも可能です。今は302個のリンゴを用意しています」
そんなにあるんだ……
「302個ですか……明日でも大丈夫ですか?」
「今夜でも結構ですよ」
今から帰ってすぐに出れば夕方か夜には来れるだろうな。
「なるほど……では、今夜にでも取りに来させていただきます。料金はその時にでも?」
「もちろんです。もしよろしければ先行して、今、持って帰れるだけお渡しすることも可能ですよ」
「では、30個程、お願いしたいですね」
「かしこまりました」
モニカはそう言うと、奥にあるデスクに向かう。
すると、デスクの下から籠を取り、戻ってきた。
「リンゴが30個です。ご確認を」
モニカがそう言いながらテーブルに置くと、これまで笑顔を貼りつかせていたエリクさんが目を細める。
「では、確認させていただきます」
エリクさんは籠からリンゴを取り出し、数えていく。
俺も同じように心の中で数を数えていたが、確かに30個あった。
「確かに……では、これは先行して引き取らせてもらいます。すぐにでも王都のお貴族様に送ります」
「よろしくお願いします」
これ以上、貴族様を待たせるわけにはいかないわけね。
「では、私はこの辺で失礼します。夜に残りのリンゴを引き取りにくると思いますが、別の者を遣わせます。私はこれから王都に行かないといけませんので」
エリクさんがそう言って、立ち上がったので一緒に家を出る。
そして、停車している馬車まで向かった。
「エリクさん、今後もよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします。それでは……」
エリクさんが馬車に乗り込むと、ハンターの男が馬車を動かし、去っていく。
俺とモニカはそれを見送る。
「昨日、言われた通り、俺が話したけど良かったの?」
昨日の夜、今日のことを話したが、交渉は俺がやるように言われたのだ。
「問題ありません」
「あと、なんであんなに近かったの? しかも、太ももに手を置くしさ……ドキドキしたよ」
モニカは美人だし、スタイルも良いから焦ったわ。
あんなに近いと、どうしても大きなふくらみが目に入ってしまう。
「申し訳ありません。バカな女を装っていました。エリク様がそれを見て、どういう交渉をするのかを見たかったのです」
「どうだったの?」
「真っ当でしたね。御しやすいと考えて、リンゴを買い叩くかと思ったんですけど……」
「買い叩かれたらマズいでしょ」
高い方が良いに決まっている。
「昨日も言いましたが、専売契約が向こうの絶対条件です。ならば、こちらとしては信用できる商人にしか任せられません。それを見極めたかったのですが……思ったより、冷静な方でしたね。さすがはオベール商会の商会長でギルド長です」
昨日の夜、モニカからオベール商会が出すであろう条件を聞いていた。
その一つが専売契約だ。
大手とはいえ、地方の商会が王都の商会に勝つためには専売にしないといけないらしい。
「買い叩かれそうになったらどうするの?」
「その時はそのことをクロード様に報告し、王都の商人と契約します。クロード様もそういう事情なら文句を言えませんし、我らとしては義理は十分に果たしています。そちらの方がこちらにメリットがあったんですけどね……さすがにそれはさせてもらえませんでした」
そういう見えない攻防があったわけだ。
「あまりケンカを売るようなことはしないでよ?」
「交渉の範疇ですよ。予測しますが、今日の夜、リンゴを引き取る際に無料でくれると言っていた馬車と馬を持ってきます。それは新品の馬車と若い馬ですね」
「そうなの?」
「エリク様はタツヤ様を金のなる木と見られましたよ」
金かー。
商人はそれを嗅ぎ取るのが仕事のようなものだしな。
「まあ、任せたよ」
「はい。私はリンゴの用意などをしますのでこれで……また夜に報告がてら御馳走になりに行きます」
モニカが微笑んだ。
「うん。おいでよ。じゃあ、俺は帰る」
「お疲れ様でした」
モニカが頭を下げたので俺はミリアムを連れて家に帰ることにした。
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