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第043話 下話 ★


『クロード様、少しよろしいでしょうか』


 私が仕事をしていると、ノックの音と共に執事の声が聞こえてくる。


「構わん」


 そう答えると、執事が部屋に入ってきて、一礼した。


「失礼します」

「何かあったか?」

「はい。南の開拓村の監査官を務めていた者がクロード様にお会いしたいと訪ねてきております」

「監査官?」


 しかも、務めていたという過去形だ。

 何かあったか?


「用件は?」

「直接、クロード様と話したいと」


 直接……


「バカか? それとも無礼者か?」


 私はこの辺りを治める領地貴族だぞ。


「いえ、そのどちらでもないかと……私としても会うべきと判断し、クロード様に伺っております」


 会うべき……

 何か問題ごとか?


「わかった。会おう。連れてこい」

「はっ」


 執事は頭を下げると、退室していった。


「ふう……」


 ペンを置くと、一つ息を吐く。


 南の開拓村か……

 あの大森林を開拓なんて国も無茶なことを考えると思ったが、何かあったのだろうか?

 不正か?

 いや、監査官だったというセリフから何かの密告かもしれない。


 私が何だろうと考えていると、ノックの音が響いた。


「どうぞ」


 そう声をかけると、扉が開かれ、執事と共に女が入室してくる。

 その女を見た瞬間、執事が会うべきと言った理由がわかった。


 女は白と青を基調とした上質なローブに身を包んだ金髪の女だったのだ。

 端正な顔つきであり、髪質もきれいで輝いている。


 チッ! 貴族か……

 監査官と聞いたから庶民の魔法使いかと思っていたが、こいつはどう見ても貴族だ。


「お初にお目にかかります。南の開拓村で監査官を務めていたモニカ・アーネットと申します」


 モニカと名乗った女が恭しく頭を下げた。


 アーネット?

 聞いたことがない……

 貴族じゃない、のか?


 いや、そうか。

 貴族なわけがない。

 貴族があんな開拓村の監査官に任命されるわけがない。

 だとすると、こいつは……


「クロード様?」


 執事に声をかけられてハッとした。


「いや、申し訳ない。私はこの辺りを治めているクロードだ」

「もちろん、存じております。この度はお忙しい中、お会いできて光栄です」


 貴族ではない……貴族ではないが、貴族にしか見えんな。

 あまり無下にはしない方がいいだろう。


「うむ。それで監査官を務めていたというのはどういう意味かな?」

「はい。実は南の開拓村ですが、皆様のご協力もあり、村としての目途が立ちました。そこで先日、そのことを国に報告してきたのです」


 目途が立った?

 あの森で?


「本当か?」

「はい。本日はこれまで多大な援助をしてくださったクロード様にもその報告と御礼を伝えに参りました」


 援助と言ってもたいしたことはしてない。

 国はダメで元々と考えていただろうが、私は絶対に無理だと思っていた。

 何故なら我が家にはこれまで何度もあの森を開拓しようとしてきた歴史があるのだ。

 だが、すべて上手くいかなかった。

 理由は簡単。

 あの森の土壌では作物が育たないからだ。

 だから援助と言っても対外的に援助をしているというポーズのためだった。


「そうか。目途が立ったか……いや、そういうことならめでたいことだ。私も嬉しい」

「ありがとうございます」


 モニカがうっすらとほほ笑む。

 どう見ても上流階級のそれだ。


「して、その村はどうするのだ? 私の領地として管理してもいいが……」


 正直、微妙だ。

 いくら目途が立ったと言ってもどれほどなのかわからん。

 何とか食い繋ぐ程度ができるようになったくらいなら税収は期待できないし、下手に責任者になると、何かあった時に見捨てるわけにはいかないから出費の方が大きくなる可能性がある。


「いえ、村長が代わりまして、その新しい村長がその地を治めることになりました」

「そうなのか……ん? 村長が代わったのか? 聞いていないが」

「事後報告になって申し訳ありません。前村長が高齢だったこともあって、この機会に代わったのです。その報告も併せて国に報告した帰りなのです」


 なるほどな。

 確かに村長は爺さんだったし、これを機会に代わるのも理解できる。


「わかった。しかし、大丈夫か?」

「はい。問題ありません。皆で協力していこうということになりました」


 うーん……甘いなー。

 それで上手くいくわけがない。


「新村長はどのような人物なのだ?」

「あの村に住んでいた者の孫ですね。その者が亡くなったので代わりにやってきた者です」


 なるほど。

 よそ者か。

 学があったんだろうな。


「まあ、わかった。そういうことなら私は口を出さんし、好きにするがいい」

「ありがとうございます。これもひとえにクロード様のお力添えのおかげです」


 何もしてないがな。


「今日はその報告かな?」

「はい。村長が代替わりしたばかりのため、今の村長が動けそうにないので私が代わりに参りました」


 は?

 代わり?

 使者ということか?


「君は監査官ではないのか?」

「この度、辞表を出し、退職しました。そして、新しい村長にお仕えし、秘書を務めております」


 秘書……

 あんな開拓村に?

 こんな女が?

 あー……愛人か。

 庶民であろうこの女がこんな格好をしているのは貢がれたか趣味か……

 まあ、どうでもいいな。


「わかった。話は以上かな?」

「実はもう一つありまして……」


 まだあるのか……


「何かな?」

「これは国にも報告したのですが、目途が立った理由はある果物の栽培に成功したからなのです」


 果物?


「なんだそれは?」

「リンゴという赤い果実です。これの流通や卸先についてクロード様にご相談させていただきたいというのが我が主の言葉です」


 リンゴ……

 聞いたことがないな。


「ふむ。まあ、そのくらいなら構わんが……」


 たいした時間はかからんし、果物を卸す先なんかは簡単に見つかる……いや、待て。

 この女、なんでここに来た?

 冷静になって考えてみれば、そもそもこの女がわざわざここに挨拶に来る必要はない。


 そうなると、本題はこれか……


「ありがとうございます。それでは後日、我が主が実際にそのリンゴを持って相談に参ると思いますのでよろしくお願いします」


 モニカが恭しく頭を下げ、退室しようとする。


「待て」


 何かが引っかかり、モニカが退室しようとするのを止めた。


「何でございましょう?」

「その新しい村長は村人の孫と聞いたが、その村人とは?」

「村人とは申しておりません。住んでいた者と申しました」


 モニカがきっぱりと否定する。


 そうだ。

 こいつはそう言ってた。


「その者の名は?」

「タダシ様ですね」


 タダシ……!

 やはりあの偏屈魔法使いか!

 大魔導士と呼ばれ、何度も仕官を頼んだが、一切、頷かなかった偏屈爺だ。

 となると、その孫も……


「タダシ殿が亡くなったのか?」

「はい。90歳だったそうです」


 長生きだな……

 さすがは大魔導士と呼ばれた魔法使いだ。


「そうか……その孫が今の村長か?」

「はい。タツヤ様ですね」


 変な名前な爺さんだと思っていたが、孫も変な名前か。


「なるほど……君は監査官を辞めてまでその男に仕えるのかね?」

「はい。一生、お仕えする所存です」


 それだけ有望か。

 魔法使いだな。

 しかも、その辺の魔法使いじゃない。

 監査官ということはこの女だって魔法使いなのだろうが、それを遥かに超える魔法使いだろうな。

 それこそ大魔導士と呼ばれるほどに……


「そうかね。ちなみに聞くが、君は私に仕える気はないか?」


 私がそう聞いてもモニカは表情一つ変えない。


「大変名誉なことと思います。ですが、先程も申しました通り、私は生涯の主を決めております。ここでそんな主に弓を引くような者はクロード様もお求めになられないでしょう」


 上手い断り文句だな。


「いや、その通りだ。引き止めてすまない」

「いえ……それでは失礼します」


 モニカはそう言って退室していった。


「クロード様」


 モニカが部屋を出ていくと、執事が私のもとにやってくる。


「なんだ?」

「あの女は貴族ですか?」

「そっちの方が良かったな。貴族なんかよりずっと厄介だ」


 なんであんな女が監査官なんかしてたんだ?

 王都の人事は無能か?


「どういう意味でしょう?」

「さっきの女、かなり老獪だ。私もだが、お前、最初にあの女を見た時に見た目から有能そうだと思っただろう?」


 貴族にしか見えなかったし。


「はい。貴族かと思いました。ですから会うべきと……」


 貴族だったら追い返すわけにはいかないからな。


「私もそう思う。だが、すぐにそうではないと思い、ほっとしただろう? さらには『皆で協力していこう』という言葉で統治や村の維持がどれだけ大変か何もわかっていない無能だと思っただろ?」


 私は思った。


「そうですね。それが何か?」

「それらはすべてあの村の統治を認めさせるためのものだ。言質を取られたわ」


 クソッ!


「考えすぎでは?」

「いや、本来、あの女がここに来る必要はない。それでも来たのは挨拶や礼ではなく、リンゴとかいう果物だろう」

「果物……卸先を紹介してほしいと言ってましたね?」

「そうだ。それが目的。さぞかし自信があるんだろう。あの女は失敗なんて微塵も考えてなさそうだった」


 そうでなければ私の勧誘に少しは心が動くはずだ。


「新しい村長がタダシ殿の孫でしたかな?」

「そうだ。間違いなく、その孫もそれ相応の魔法使いだろう。そうでなければ、あの村の開拓なんか無理に決まっている」

「いかがいたしますか? 今からでもなかったことにすることも可能ですよ?」


 文書に残したわけではないからな。

 ただ、あの女は王都に寄ってからここに来ていることを忘れてはならない。


「いや、どちらにせよ、この領地に損失はない」

「まあ、確かにそうですな」

「とにかく、向こうから来ると言っているのだ。判断は話を聞いてからでもいいだろう」


 さて、どんな人間が来るか……


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