第041話 お願い
俺は橘さんに話があると言われ、例のファミレスにやってきた。
すると、すでに橘さんが待っていたのでテーブルに向かう。
橘さんはいつもポニーテールなのに今日は髪を下ろしていた。
「やあ、橘さん。ケガがなかったみたいで良かったよ」
そう声をかけながら対面に座った。
昨日、病院に行った橘さんと一ノ瀬君から大丈夫だったという連絡が来ていたのだ。
「あ、はい。おかげさまで助かりました。ありがとうございます」
橘さんが頭を下げたところで店員さんが来たのでドリンクバーを頼む。
「この前のことは気にしなくていいよ。それで話って?」
「あ、その前に何か飲まれます?」
「あー……コーヒーを淹れてくるかな……」
そう言って腰を浮かせる。
「私が淹れてきますよ。ブラックですよね?」
「え? あ、うん」
「わかりました!」
橘さんはドリンクバーのコーナーに向かった。
「……山田、あの女、メスの匂いをプンプンさせてるぞ」
ミリアムが耳元でこそっとつぶやく。
「……メスって……香水か何か? 年頃の子だし、仕方がないよ」
「いや、そういうのじゃなくて本当に……」
本当に?
「お待たせしました。どうぞ」
橘さんが持ってきたコーヒーを俺の前に置いてくれる。
早いね……
「ありがとう。それで話って?」
「はい。一昨日は本当にありがとうございました。それと役に立てなくてごめんなさい。特に私は足を引っ張り、最後には気絶までしてしまって……」
橘さんが落ち込む。
「仕方がないよ。おばけが苦手なわけだし」
俺も得意ではないが、あそこまで動揺している人を見ると、冷静になってしまう。
「本当にすみません。一昨日のことで自分の未熟さを痛感しました」
真面目な子だなー。
「本当に気にしなくてもいいよ。そういうこともあるから」
「すみません。それでお願いがあるんです」
お願い?
勉強は見ないぞ。
「お願いって?」
「私達のチームって1ヶ月限りだったじゃないですか? もし、よろしければ今後もお願いできませんか? 一ノ瀬君もそう言っています」
意外だな……
この2人の口からその言葉が出るとは思わなかった。
「なんでまた? 君らは経験もあるし、家のこともあるから各自でやると思っていたよ」
一ノ瀬の家と橘の家の関係性がわからないが、2人が組むとは思っていなかった。
一ノ瀬君と橘さんって仲は良いんだけど、どことなく、距離があったし。
「いやー……この期間で自分の未熟さを痛感しまして……特に一昨日は山田さんがいなかったら確実に死んでました」
まあ、確かに俺が撤退を指示し、後で単独で向かっていたらフィルマンに食い殺されていたかもしれない。
「他の人とは組まないの? それこそ家の人とか……よくわからないけど、そういう家なんでしょ?」
「その辺りが複雑なんですけど、ウチの家で協会に所属しているのは私だけです。ユウセイ君の家もユウセイ君だけですね。まあ、協力はしているんですけど、その辺が複雑でして……」
利権かメンツか……
まあ、その辺りだろう。
「なるほどねー……」
どうしよ……
これは想定外だ。
絶対に1ヶ月でお別れだと思っていたんだが……
「ダメ、ですか……?」
橘さんが不安そうな目で見てくる。
断りづらい。
「うーん……」
まあ、どうしても1人が良いというわけではないからなー。
この数週間だって十分に稼げているし、時間的に余裕もあった。
一ノ瀬君も橘さんも問題を起こす子じゃないし、そこも問題ない。
「迷惑はかけませんから……」
「まあ、そこは心配してないよ。君らは年齢の割にちゃんとしているしね」
俺が高校の時よりずっと大人だ。
「やっぱり一人がいいですか?」
「そういう家の子である君らに言うと悪いんだけど、俺はそこまで真面目にやるつもりがないんだよね。他にやることがある」
「そこは山田さんのペースで構いません。私達も学校がありますし、山田さんのペースで構いません」
まあ、この子達は学校が第一だわな。
高校生だし。
うーん、まあ、いっかー……
嫌になったらまた考えればいいし。
「いいけどさ、条件がある」
「条件?」
「俺の指示には従ってね? 一昨日みたいに個人で動こうとするのもなし」
単独で動かれて何かあったら嫌すぎる。
「わかりました。ユウセイ君も問題ないと思います」
本当かね?
「じゃあ、それで」
「ありがとうございます! それで今後はどうします? また私達で適当な依頼を探しておきましょうか?」
「そうだねー……基本はそれでいいんだけど、ちょっと一ノ瀬君を交えて話し合いをしたい。特に一昨日の悪魔が言っていたことについて」
仕事をする前にまずはそれだ。
「誰かに呼ばれたってやつですか?」
「それ。協会にも報告しないといけないし、その辺りを話そう」
「わかりました。一ノ瀬君に言っておきます。空いている時間を相談してまた連絡しますので」
「お願い」
俺達はその後、少し他愛のない雑談をすると、帰ることにした。
席を立ち、会計を終えると店を出る。
「ご馳走様でした。それと今後もよろしくお願いします」
橘さんが恭しく頭を下げた。
「いいよ。それにこちらこそよろしくね。じゃあ」
「はい。また今度……ばいばい」
橘さんはそう言って、手を振ると、歩いていったので俺も家に帰ることにした。
「……山田」
歩いていると、ミリアムが声をかけてくる。
「……どうした?」
「橘だけどな、完全に私が見えているぞ」
「え? 魔法は?」
「効いてないっぽい。何度も目が合ったし、さっきなんか私に向かって手を振っていたにゃ」
マジ?
「どうしよ?」
「まあ、あれは放っておいても大丈夫にゃ」
「そうなの?」
「お前を見る目を見ればわかるにゃ」
わからないんですけど?
「うーん……」
「気にするにゃ。それよりもリンゴの苗木が届いたわけだし、植えに行くにゃ。リンゴ農園を作るにゃ」
リンゴ好きだなー……
「明日ね。今日はもう遅いし」
「仕方がないにゃー」
俺達はルリに頼まれた夕食の買い物をし、家に帰ることにした。
お読みいただきありがとうございます。
本日もローファンタジー部門の日間1位になれました。
皆様の応援のおかげです。
そういうわけでお祝いに今日は21時頃にもう1話投稿します。
引き続きよろしくお願いいたします。