第038話 また失敗
橘さんは左から刀を振り下ろし、ユウセイ君は右から掌底をフィルマンに当てようとしていた。
だが、フィルマンは橘さんの剣を普通に掴み、一ノ瀬君の腕も掴む。
「くっ!」
「マジかよ……」
2人の動きが完全に止まった。
「この程度ですか……あ、いや、人間としては素晴らしいです。でも、残念ながら私は上級悪魔なんですよ」
フィルマンがそう言うと、何かの魔力が爆発した。
すると、2人が吹き飛んでいき、壁に激突する。
「っ!」
「痛っ!」
壁に激突した2人はそれでも何とか立ち上がろうとしていた。
「無理に立ち上がってはいけませんよ。肋骨が何本か折れてます。内臓を傷つけてはいけません」
フィルマンが立ち上がろうとしている2人を止める。
「食べるから?」
「もちろんです。鮮度が落ちます」
「それはやめてほしいな。2人は仲間なんだ」
「そうですか……でも、そう言われましてもね」
だろうなー。
「ミリアム、俺はこいつに勝てるか?」
「たいした相手じゃないにゃ」
「ん? 猫?」
フィルマンがミリアムに気付いた。
「どうすればいい?」
「冷静に動くにゃ」
「それだけ?」
「それだけで十分にゃ。大魔導士であるお前の敵じゃないにゃ」
え? そうなの?
「生意気な猫ですね……あれ? 猫ってしゃべりましたっけ?」
「この程度にゃ。私の力も山田の力も見抜けない。でも、確実に仕留めるにゃ」
それはわかっている。
この悪魔は理性的だし、対話もできる。
だが、残念ながら主食が人間の子供なんだ。
やるしかない。
「来ますか……」
フィルマンが構える。
俺は喧嘩なんかしたことないが、見よう見まねで構えた。
「強くはなさそうですが……ん?」
俺が足に魔力を込めると、フィルマンが俺の足を見る。
次の瞬間、魔力を込めた足で踏み込み、フィルマンに向かって殴りかかった。
「え? ぶっ!」
俺の拳はフィルマンの頬に当たり、フィルマンが数歩下がる。
「なっ!? なんだ!?」
俺はさらに踏み込み、もう一回殴りかかった。
「ぐっ! み、見えない!? なんだお前は!?」
「退魔師だ。悪いが祓わせてもらう」
「ふ、ふざけるな!」
フィルマンが手をかざす。
「火魔法にゃ。水魔法で対抗するにゃ」
「こう?」
俺はミリアムに言われた通りに手をかざすと、ルリに教えてもらった水魔法を使う。
すると、ルリのかわいいシャワーとは程遠いものすごい量の水が勢いよく噴き出していき、フィルマンの手の前にあったわずかな炎をかき消した。
もちろん、フィルマンはずぶ濡れになる。
「なっ!? 無詠唱!? それなのにこの威力だと!? くっ! 本当に大魔導士か!? クソッ!」
あ、この悪魔にも大魔導士認定された。
「山田、あいつ、逃げる気にゃ。絶対に潰せ」
ミリアムにそう言われたので指をフィルマンに向ける。
「――山田!? 山田! 魔力を落とすにゃ!」
え?
俺は慌てて魔力を止めようとするが、時すでに遅しで魔法が発動した。
「何ですか? え? あ、あっ、熱いっ! ギャーー!!」
フィルマンはいつぞやも見た火柱に焼かれていく。
そして、一向に衰えることがない炎に焼かれると、ついには動かなくなり、そのまま完全に燃え尽きてしまった。
「ディスペル」
ミリアムがそう言うと、火柱が消える。
「お前は2人を見てくるにゃ。私はあれをどうにかする」
燃えて穴が空いちゃっている天井を見上げたミリアムが飛び降りたのでそっちは任せることにし、2人のもとに行く。
すると、2人は気を失っており、ぐったりとしていた。
「マズいな……救急車か? それとも協会? あ、回復魔法があったわ」
俺は自分以外に使ったことがないが、魔法で回復させることにし、2人に触れる。
すると、優しい光が2人を包み込んだ。
チラッとミリアムの方を見ると、天井の穴も焼けた跡も残ってない。
もっと言えば、濡れていた床もきれいになっており、ミリアムがこちらに歩いてきていた。
「……ん? あれ?」
「痛たた……くない?」
2人が目を開けて、起き上がった。
「大丈夫?」
2人に声をかけると、俺を見てくる。
「山田さん?」
「あれ? あの悪魔はどこです?」
2人が部屋を見渡した。
「悪魔は倒したよ」
「マジ?」
「す、すごいですね……」
どうでもいいけど、橘さんは暗示が解けてるな。
「強かったけど、どうやら魔力がそんなに残ってなかったみたい」
そういうことにしておこう。
「そうか……運が良いやら悪いやら」
「良かったでしょ。それにしても、山田さん、ありがとうございました」
「2人が無事で良かったよ。今日はもう帰ろう。でも、明日、一応、病院には行った方が良いよ。身体を打ったでしょ?」
そんなレベルではなかったけど。
「あー、それもそうか……しかし、もっと派手にダメージがあった気がするんだが」
「だよね? まあ、無事ならそれでいいけど」
2人はそう言いながら立ち上がった。
「あのさ、火魔法で燃やしちゃったんだけど、この場合、討伐した悪魔のランクの証明とかはどうなるの?」
「あー……厳しいな。見た感じ、少なく見積もってもBランクだったと思うけど……」
「私達が証言してもいいですけど、どうします? 正直、認められるかは微妙なところですけど」
新人が高ランクの悪魔を倒しました。
でも、証拠はないです。
うん、無理だな。
「Dランクくらいなら信じてもらえるかな?」
「そのくらいならまあ……」
「その方が良いかもしれませんね。褒賞金は下がっちゃいますけど」
それでも信じてもらえなくてゼロよりかはいいだろう。
「じゃあ、それで」
「わかった。そういうことで」
「はい」
まあ、仕方がないだろう。
今回はイレギュラーすぎたわ。
「帰ろう」
そう言うと、3人で多目的ホールを出て、引き返していった。
なお、道中で橘さんが俺にしがみついたまま気絶してしまったので結局、協会の人間を呼ぶことになってしまった。
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