第028話 強い
一ノ瀬君にティッシュを渡し、口を拭わせると、そのまま待つことにする。
すると、3人のいかにも悪そうな不良が公園にやってきた。
「あれか……」
「確かに悪魔に憑りつかれてるな」
一ノ瀬君はわかるらしい。
「よし! 準備、準備。ユウセイ君、刀を取って」
「ほい」
後部座席の一ノ瀬君が橘さんに刀袋を渡した。
すると、橘さんが刀袋から刀を取り出し、鞘から抜く。
そして、じーっと刀を見つめ始めた。
「あ、あの……刀はマズいんじゃ?」
「黙ってろ」
え?
今、橘さんが言った?
「山田さん、キョウカは気が弱いんでああやって自己暗示をかけているんだよ」
一ノ瀬君が説明してくれる。
「昔のアニメで見たことあるな……」
「多分、それ。キョウカの兄貴がその漫画を持ってるし」
マジ?
「……我、最強なり」
あ、マジだ。
確定演出きた。
「橘さん?」
「何?」
さっきの笑顔はどこに!?
人斬りの目をしてるし!
「猫、かわいいよね?」
「かわいいですよね! あっ……もう! やめてくださいよー。やり直しです」
橘さんが再び、刀を見つめ始めた。
「思ったより、暗示が弱いね?」
一ノ瀬君に聞く。
「あまり強くしたらマズいだろ。令和の人斬りってニュースになる」
それは嫌だわー。
しかも、それが知り合い。
「あのさ、刀って大丈夫なの? 悪魔が憑りついているとはいえ、人でしょ?」
「あの刀は霊体しか切れない刀だよ。人を切ってもすり抜けるんだ。代わりに魔法とかも切れる」
すごいな。
しかし、人斬りのくせに人は斬れないのか。
主人公の方じゃん。
「よし、2度もしてしまったが、問題ないだろう」
橘さんがまた人斬りの目になった。
「それでどうする? キョウカにやらせるか? 多分、すぐだぞ」
一ノ瀬君が聞いてくる。
一応、俺をリーダーとして認めているようだ。
「橘さんも見たいけど、今日はお互いの力を知るための仕事だからね。ちょうど3人いるし、皆でいこう」
「なるほど……確かに」
一ノ瀬君は納得したようだが、隣の女子高生は睨んでいる。
「私が3人斬りたいな」
堂々と人斬り発言だ。
「橘さん、俺と一ノ瀬君の話を聞いてた?」
「聞いていた……仕方がない。山田さんの言うことを聞いておくか」
橘さんは渋々だが、了承してくれた。
「じゃあ、行こうか。君らに言うことじゃないだろうけど、気を付けて」
「ああ。山田さんも」
「誰に言ってる? ふっ」
いやー、この子、心配だわー。
主に将来が。
俺達は車から降りると、公園のベンチの前でたむろっている3人の不良のもとに行く。
すると、近づいてきた俺達に気付いた3人が俺達を睨んできた。
「おい、なんかムカつかねーか?」
「ああ……なんでかすげームカつく」
「あの女なんて刀を持ってるぜ」
俺達のことがムカつくらしい。
憑りついている悪魔の影響だろうか?
「あー、はいはい。そういうのはいいから。おい、悪魔、そいつらからさっさと出ていけ。さもないと、祓うことになる」
一ノ瀬君が慣れた感じで勧告する。
「なんだ、このガキ!」
「ちょっとかわいがってやろうぜ」
「泣いても許さねー……からな!」
一人の男が何もしゃべっていない橘さんに殴りかかった。
俺はとっさに手を伸ばして、男の腕を掴む。
「あ?」
男が驚いたように声を上げると、手を引いて、こちらに向かってきた男の腹を殴った。
「っ! おぅ……」
男はロクにしゃべることにもできずに崩れ落ちる。
「かっこいいとは思うし、守ってくれたことに感謝もするが、私の獲物を取るな」
橘さんが無表情で告げた。
「とっさでね。ごめん、後は任せるよ」
そう言って、後ろに下がる。
「てめー! よくも!」
「絶対に許さねーぞ!」
2人の男が俺を睨み、怒鳴ってきた。
だが、まったく怖いと思えない。
「はいはい。いいから」
一ノ瀬君はそう言った瞬間、動いた。
すごいスピードで一人の不良の懐に飛び込むと、掌底を顎に打ち上げたのだ。
「ぐぅ!」
男は顔を上に向かせたまま、膝から崩れ落ちるように倒れる。
いや、死ぬんじゃない?
「なっ! お前ら、何だ!?」
最後の1人が叫ぶと、橘さんが刀を抜いた。
「私達はお前達を殺しにきたんだ」
「違うよー」
「いや、ちげーよ」
物騒なことを言う橘さんに俺と一ノ瀬君が同時にツッコむ。
「ク、クソッ!」
男は橘さんに向かって殴りかかった。
この男が悪魔に憑りつかれているんだろうなーというのがよくわかる。
普通、相手が女子高生であっても刀を持っている人間に殴りかかったりはしないからだ。
「遅い」
橘さんがぶれたと思ったら姿が消え、いつの間にか男の後ろに立っていた。
男は動かなくなると、そのままばたりと倒れる。
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
いやー……
数年後に思い出してベッドの上でバタバタしないでね。
「終わったな。じゃあ、回収班に電話するわ」
一ノ瀬君があっさりそう言って、スマホを取り出し、電話しだした。
俺は橘さんが倒した男の身体をまさぐり、腹部を見てみる。
「どうした? さすがに財布を取るのは看過できんぞ」
橘さんが睨んできた。
「いや、本当に斬れてないのかなと思って」
「人は斬れないってユウセイ君が説明していただろう。それにしても……」
橘さんが近づいてくると、上半身をかがめ、俺の顔をまじまじと見てくる。
正直、近い。
「何か?」
「私が腹を斬ったのが見えていたのか」
「まあ……」
「山田さん、すごいな。あそこまで魔力をコントロールできるうえに私の動きが見えたのか……それに私やユウセイ君より先に悪魔に気付いた。新人とは思えないくらいに優秀だな…………私は強い男がこの……山田さん、ちょっと私の頭を叩いてくれないか?」
は?
「何を言ってるの?」
「いや、戻りたい。2度も暗示をかけちゃったからちょっと刺激がいる」
あー、暗示か。
「猫、かわいいよね?」
「ですねー! あ、戻れた」
橘さんは笑顔を取り戻した。
「大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
橘さんがふぅと額を拭い、刀をしまう。
「山田さん、キョウカ。回収班がすぐに来るそうだから帰ろうぜ」
一ノ瀬君がスマホをしまいながら声をかけてきた。
「放っておいていいの?」
「俺達がここにいても意味ないしな。騒ぎになってもどうしようもない」
それは君達が高校の制服だからでは?
しかし、そう考えると、さっさと退散した方が良いな。
「わかった。戻ろう」
俺達は駐車場に停めておいた車まで戻ることにした。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!