第229話 食い付き
翌日の土曜日は朝からキョウカがやってきて、ねこじゃらしでミリアムと遊んでいた。
俺とルリとモニカは温泉について話し合っている。
「穴は掘ったし、あとは石とセメントでいけると思うんだ」
「排水工事も済みましたし、いけるんじゃないでしょうか?」
「マリエル様とのお茶会の帰りに寄ってみませんか?」
そうするか。
「じゃあ、それで。石も集めないとなー」
セメントは買えばいい。
でも、雰囲気を出すためにはセメント多めでは良くないし、結構な量の石がいるだろう。
森にはいくらでも石は落ちているし、空間魔法があるとはいえ、ちょっと大変だな。
俺達はそんなこんなで話し合いをしていると、昼になったので昼食のパスタを食べる。
そして、準備をすると、転移で王都の借家まで飛んだ。
なお、ルリはお留守番だ。
「タツヤさん、悪魔教団のことは知らないということでいいんですね?」
キョウカが確認してくる。
「うん。俺達は何も知らないし、関係ありませんよーって感じで」
「わかりました。まあ、実際、全然わかりませんし、関係ないですからね」
まあね。
それがネックでもあるんだが……
「じゃあ、行こうか」
俺達は借家を出ると、ラヴェル侯爵のお屋敷に向かう。
そして、いつもの門番に挨拶し、屋敷に入ると、マリエル様の部屋を目指した。
「マリエル様、山田です」
扉をノックしながら声をかける。
『どうぞ』
マリエル様の声が聞こえたので扉を開け、中に入る。
すると、マリエル様と共にやっぱりクラリス様もおり、テーブルについて、優雅にお茶を飲んでいた。
「あら…………どうぞ」
クラリス様が声をかけてきかけたが、何かに気付き、マリエル様にしゃべるように勧める。
「そこまで言ったら最後まで言いなさい」
「あら、ごきげんよう。まあ、遠慮なく座りなさい」
あんたが遠慮しろよ。
ここ、クラリス様の家じゃないぞ。
「あなたが遠慮しなさい」
マリエル様も同じことを思ったようだ。
まあ、そりゃそうだ。
誰だって思う。
「失礼します」
俺達は空いている席に座った。
「なんだか久しぶりな気がしますね」
マリエル様がふっと笑う。
「そんな気がします。御二人共、元気そうで何よりです」
「あんなことがありましたが、生活自体は変わっていませんからね」
「私もね。いつもここにいる」
やっぱりそうなのか。
「クラリス様がご無事と聞いていましたが、顔を見ると安心しますね」
本当にいつも通りな人だ。
「いや、ケガするタイミングがないでしょ。山田さんとキョウカさんが狼男を瞬殺してたじゃないの」
まあ、瞬殺と言えば瞬殺か。
「錆びにしてやりました!」
キョウカが胸を張る。
「あんたは怖いわー。急に雰囲気が変わるんだもん」
「そんなことありませんよ。ふふ」
キョウカが偽令嬢キョウカさんになった。
「それそれ」
この2人、楽しそうだな。
「キョウカさん、その髪留めが王妃様から頂いたものですか?」
マリエル様がキョウカに聞く。
キョウカは髪をまとめており、それを例の髪留めで抑えているのだ。
「はい。素敵ですよね?」
「ふーむ……」
「どれどれ」
マリエル様とクラリス様が立ち上がり、キョウカの後ろに回った。
「細かいところまで細工がしてありますね」
「絶対に高いやつですね。あんた、この髪留めを血に染めるんじゃないわよ」
「後ろにあるから大丈夫ですよー」
大丈夫な理由がね……
クラリス様はそれを付けている時は剣を振り回すなと言っているのだ。
まあ、この前のパーティーの時もあるし、場合によっては難しいのは確かだが……
「まあいいわ」
2人は席に戻っていく。
「山田さん、整髪料の関係は上手くいっているようですね」
「ええ。パーティーの際にも宣伝になりましたし、多くの方からご依頼を受けています」
「それは良いことです。そこさえ押さえておけば問題ありません。令嬢がいる家は特にです。これから良いところを探そうとしているところは死活問題ですからね」
御婦人方よりそっちか。
「依頼が増えそうですね」
「実際、いくつかの問い合わせがウチに来ていますね。あなた方は遠すぎますから」
辺境です……
「すみませんが、後で問い合わせがあった家を教えてもらえますか?」
「わかりました。何ならこちらで対処しましょうか? 問い合わせがあった貴族の家はラヴェル家の派閥の家です」
マリエル様にそう言われたのでチラッとモニカを見る。
すると、モニカがゆっくりと頷いた。
「では、お願いします。シャンプー、トリートメント、コンディショナーで良いですか?」
「ええ。それを10ずつです」
「わかりました。すぐに用意致します」
「頼みます。こちらとしても派閥の者を優遇したいという思いがあります」
まあ、そういう政治的な考えはあるだろうな。
「派閥以外からは来ないんですかね?」
「いや、来るでしょう。ただ、ウチは通さずにあなたがこの前の夜会で交流した者をたどるということもあり得ます。そうやって人脈が広がっていくわけですね」
なるほど。
しかし、そうなると、大変だな。
連絡を取るのも一苦労だろうし。
「クラリス様、暇です?」
「へ? 私?」
「この子は暇です」
マリエル様が即答した。
「え? 私に窓口をやれって?」
賢い人だな。
もうこちらの意図を理解した。
「お願いしたいです。我々は基本的に王都にいませんし」
「えー……めんど」
「ほら、アップルパイでも何でもあげますから」
「クラリス、お願いします。昔、勉強を見てあげたでしょ」
モニカも圧力をかける。
「いや、まあ、そうだけども……うーん、じゃあ、キョウカさんを借りてもいい?」
キョウカ?
「いくら嫌いな相手でも殺しちゃダメですよ」
「なんでよ……人斬りに用はないわ。ってか、あなたの奥さんでしょうが」
あれ? 辻斬り要員ではない?
「キョウカに何か用なんですか?」
「うーん、ちょっと気になることがあってね。爪とかも綺麗だし、絶対に何かやってる」
そう言われて、キョウカの手を見てみる。
すると、確かにキョウカの爪が輝いて見えた。
「マニキュア?」
「違いますよー。ちゃんとネイルケアをしているんです。マニキュアは校則違反です」
ケアでこんなんになるの?
自分の手を見てみるが普通だ。
「うーん……」
「手を貸してください」
キョウカが俺の手を取り、テーブルに置いた。
そして、なんかザラザラしたヤスリみたいなもので俺の爪を磨いていく。
ミリアムにやってあげればいいのにと思いながら見ていると、マリエル様とクラリス様が真剣そのものの目でじーっと見ていた。
「ふー……こんな感じですね」
できたらしく最後に息を吐くと、俺の中指だけが輝いていた。
「おー! すげー……あ、すみません」
腕を上げて、爪を間近で見ていたが、立ち上がったマリエル様に手首を掴まれ、テーブルに抑えつけられた。
「それで磨けばこうなるの?」
クラリス様がキョウカに聞く。
「そうですね」
「ふーん……あんたいいもんを持ってるわね」
「キョウカさん、お茶のおかわりはいりますか?」
その後、キョウカによる美容講座が始まり、それは夕方まで続いた。
その間、俺は非常に暇だった。
剣を磨き始めたというラヴェル侯爵の気持ちが少しわかった。
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