第204話 空気
馬車に乗り込み、しばらくすると、お城の中庭に到着した。
最初にマリエル様が降り、その次にモニカが降りる。
そして、昨日と同じように俺が降り、キョウカの手を取った。
すると、マリエル様が俺達をじーっと見てくる。
「どうしました?」
「いえ……若さって良いですね……ハァ」
夫への愚痴っぽい。
ラヴェル侯爵は悪い人ではないのだが、そういう気遣いがまったくできないからなー……
「私達は見よう見まねでやっているだけですよ。普段はしません」
「まあ、そうでしょうね。ハァ……参りましょう」
マリエル様がお城の中に歩いていったので俺達もついていく。
そして、城の中を歩き、何度か階段を昇っていった。
「遠いし、複雑ですね」
「王族の方の部屋ですからね。万が一のための用心です」
絶対に住みたくないな。
俺達はその後も歩いていくと、2人の兵士が番をしている扉の前までやってきた。
「これはマリエル様に山田辺境伯」
兵士が声をかけてきたが、マリエル様はともかく、俺も知ってるのか。
「王妃様は?」
「話は伺っております。少々、お待ちを…………陛下、王妃様、マリエル夫人と山田辺境伯がお見えになりました」
兵士は扉をノックし、声をかける。
『おー、入ってもらえ』
部屋の中から陛下の声が聞こえると、兵士が一歩下がり、入るように促してきた。
「失礼します」
マリエル様が声をかけ、扉を開ける。
部屋の中は壮麗な装飾と高貴な雰囲気に包まれていた。
壁には絵画や装飾品が飾られており、部屋全体が明るく見える。
見たこともないし、知らないけど、中世ヨーロッパの王族の部屋はこんなものなのかと思わせる雰囲気だった。
そして、そんな部屋の真ん中にはこれまた豪華な装飾が施されたテーブルがあり、陛下と共に長い金髪をまとめ、白いドレスを着た女性が椅子に座っている。
間違いなく、王妃様だと思うが、お美しいし、高貴な雰囲気があり、マリエル様が言うような普通とは思えなかった。
「やあ、マリエル夫人、久しいな」
陛下がマリエル様に声をかけた。
「お久しぶりです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ああ、クラリス嬢はどうした?」
「今日は連れてきてません。山田辺境伯とキョウカさんですね」
というか、クラリス様って完全にマリエル様とセットなんだな。
「それもそうか。山田、昨日ぶりだな。持ってきたか?」
陛下が今度は俺に声をかけてくる。
「陛下、まずは挨拶をさせてください」
王妃様が初めて、口を開き、陛下に苦言を呈する。
「おー、それもそうだったな」
「まったく……皆様、おかけください」
王妃様に促されたので席についた。
なお、モニカはキョウカの後ろに控え、ミリアムはキョウカの膝の上にいる。
「ヴィオレット、昨日より辺境伯となった山田だ。それと先日の悪魔を討伐した夫人だな」
王様が簡潔に紹介してくれた。
「山田です。本日はお招きいただきありがとうございます」
「妻のキョウカです。お会いできて光栄です」
俺とキョウカがそれぞれ頭を下げる。
「ヴィオレットです。わざわざ遠方の地より訪ねてきていただき感謝します。またリンゴを頂きました。大変美味で素晴らしいものだと思います」
「ありがとうございます」
気に入ってもらえて何より。
「それだ。山田、出せ」
はいはい……本当に好きなんだな。
「どうぞ」
空間魔法からアップルパイが入ったカゴを取り出し、陛下に渡す。
すると、陛下は中身を確認すると、立ち上がった。
「確かに。ではな」
陛下はアップルパイを受け取ると、用は済んだとばかりに早々に立ち去ろうとする。
「陛下、例の件を」
「ああ、そうだった、そうだった」
王妃様が止めると、陛下が立ち止まり、席に戻った。
「どうしました?」
「うむ、実は辺境伯に頼みたいことがあるのだ」
頼み?
「何でしょう?」
「3日後にヴィオレットの30歳の誕生パーティーが開かれる。出席してくれんか?」
えー……
「誕生パーティーですか。それはとてもおめでたいことと思います」
30歳になったのがめでたいことなのかは知らない。
俺はちょっとへこんだし。
「お前はそういうのが嫌だろう? でも、辺境伯になった最初のパーティーだし、参加しとけ。以降は出なくていいから」
最初くらいは顔を出せってことか。
「他の貴族の方も参加されるんですか?」
「ラヴェル侯爵なんかの王都貴族やこの辺り近辺の領地貴族だけだな。遠い奴らは手紙と贈り物で済ませる。お前の隣のクロードなんかもそうだ。だから普段はそれでいいし、こっちも領地を放っておいて、わざわざ王都まで来いとは言わん」
そんなもんでいいのか。
「妻も参加でしょうか?」
「普通はセットで出るな。娘をお披露目したいなら呼んでもいい。そういう場でもある」
ルリはいいや。
「夜ですかね?」
「当然、夜会だ」
水曜の夜か。
ユウセイ君がバイトの日だから退魔師の仕事はない。
「少々お待ちを…………行ける?」
キョウカに耳打ちする。
「……大丈夫です」
キョウカも耳打ちを返し、頷いた。
「わかりました。参加しましょう。でも、たいして交流はしませんよ」
「それでいい。クラリス嬢と共にラヴェル侯爵夫妻にくっついておけ」
クラリス様はホント、腰巾着な人だな……
俺達もそうなるんだけど。
「わかりました」
「うむ。それとな、可能だったらでいいが、リンゴを提供してくれんか? パーティーのデザートとして振舞いたい」
それが本音というか、本当の用件な気がする。
「それはいくらでも提供しましょう…………というか、今、持ってますけど」
「ほう! どれくらいある?」
「100個くらいですね。献上しようかと思っていまして、念のため、数をお持ちしております」
リンゴ好きみたいだし。
「十分だ! お前は本当に用意が良い男だな」
「ありがとうございます。では、出しましょう」
そう言って、3つのカゴに入ったリンゴを取り出す。
「うむ。素晴らしいな……おい! 誰かおらんか!?」
リンゴを確認した陛下は扉の方に声をかけた。
すると、扉の前で番をしていた2人の兵士が部屋に入ってくる。
「はっ!」
「このリンゴを厨房に運べ。辺境伯が提供してくれた」
陛下はそう言いながらリンゴを2つ取り、アップルパイが入っているカゴに入れた。
「はっ!」
2人の兵士はリンゴが入ったカゴを持ち、部屋から出ていく。
「では、辺境伯、3日後に頼むぞ。詳しいことはマリエル夫人に聞くといい。ではな」
陛下はそう言って部屋から出ていった。
その後、お茶会が始まり、王妃様と話をしながらシャンプーやリンス、ネックレスの話なんかをし、今度のパーティーのために提供することとなった。
そして、お茶会もつつがなく終了し、お城をあとにすると、馬車に揺られる。
「…………マリエル様」
正面にいるマリエル様に声をかけた。
「何でしょう?」
「王妃様の顔と話が思い出せません」
あれ? おかしいな?
整髪料を渡したし、ネックレスを用意するという話もした。
その他にも王都に出た悪魔退治の話やリンゴの話、それに開拓村の話なんかもしたが、王妃様が何をしゃべっていたかが、微妙なのだ。
「だから言ったでしょう。存在感が薄いのです。それでいて自分のことをしゃべらないうえに聞き上手な御方なのでこうなります」
な、なるほど……
確かにキョウカとは正反対だ。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!