第169話 良い意味でも悪い意味でも成長 ★
私達は屋敷を出ると、馬車に乗り、街中を進んでいく。
「本当にリンゴ村とは違うなー」
「比べるものじゃないにゃ」
キョウカさんは楽しそうに窓から外を眺めている。
本当に明るい子だ…………あれ?
「んー?」
まじまじとキョウカさんを見る。
「どうしました?」
キョウカさんが私の視線に気付き、聞いてきた。
「え? あ、いや……なんでもありません。すぐに到着しますよ」
何かいたような気がするが気のせいか?
私はチラッとクラリスを見るが、クラリスは気にせずに窓の外をあくびをしながら眺めている。
「こっちの服屋は初めてですねー」
初めてなのか?
あ、いや、開拓村だったんだものね。
「キョウカさんは服とか興味ないんですか?」
「ありますよー。いっぱい持ってます」
いっぱい持ってるけど、お茶会で着れる服は一着か……
「そうですか、好きに買ってもいいですが、オーダーして作らせた方がいいかもしれませんね」
「オーダー! すごそう!」
うーん、さっきとは全然違う……
あの怖いキョウカさんは何だったんだろう?
私がうーんと悩んでいると、急に馬車が止まった。
「ん?」
「あれ?」
「どうしましたか?」
モニカ、クラリス、私が反応する。
「奥様、前方に人が集まっていて馬車が通れません」
御者が報告してくる。
「はい?」
何だろうと思い、窓から前方を見ると、確かに人だかりができていた。
「――キャー!!」
「な、何だぁ!?」
「あ、悪魔だ!」
え?
前方の人だかりが急に騒ぎ出し、一斉にこちらに駆けてきた。
そして、馬車を通り過ぎていく。
「すぐに逃げてください!」
モニカが御者に命じる。
「人が邪魔で……それに急に方向転換ができません!」
え? え?
「マリエル様、クラリス様、モニカさん、動くな」
キョウカさんが先程のように無表情になって告げてきた。
「キョ、キョウカさん?」
「どうやら本当に悪魔のようです……それに……」
キョウカさんがニヤーっと笑う。
正直、ものすごく怖い。
「キョウカさん、いかがしますか?」
モニカがキョウカに確認する。
「決まっている。悪魔は祓う。ミリアムちゃん、ここをお願いね」
ミリアムちゃん?
「わかったにゃ」
あれ?
何か声が聞こえたような?
あれ?
「さて、行くか……」
キョウカさんは空間魔法を使い、見たことがない細剣を取り出すと、馬車から降りてしまった。
◆◇◆
私は馬車から降りると、前方に向かって歩き出す。
前方には倒れている人としゃがんでいる男がいた。
「腕の回復のためか?」
しゃがんでいる男に向かって声をかける。
「んー? この声と魔力は?」
男がゆっくりとこちらを振り向いた。
振り向いた男の口元は真っ赤に染まっており、倒れている人を食べているのは誰が見てもわかる。
「なんで貴様がここにいる?」
その男は隻腕であり、太った男性だった。
どう見ても残虐の悪魔ディオンだ。
「それはこちらのセリフですね。人間が次元転移を使えるとは思えません。それにその服装はなんですか? あなたは制服を着ていましたし、女子高生でしょう?」
制服や高校のことを知っているらしい。
「私は男爵夫人なんだよ。なお、夫はタツヤさん」
「タツヤ? 昨日の魔法使いですか? へー……夫婦だったんですか。それも貴族ですか」
そう、夫婦。
「そんなことより貴様は何故、ここにいる?」
「何故って見てわかりませんか? 回復中です。あなたの旦那さんを倒すためには腕がないと厳しいですからね」
腕があっても無理だわ。
「ゴミが」
そう言いながら刀を構えると、ディオンが立ち上がった。
「そういえば、あなたを殺したいと思っていたことを思い出しました。魔力も高そうですし、あなたを食べれば回復も早そうです」
「死ぬ方が早いだろうな、雑魚」
「…………人間風情が偉そうに」
その人間風情に腕をやられたのが自分だろうに。
「いいからかかってこい。今日はタツヤさんもいないし、引く人はいない、バラバラに切り裂いてやろう」
「ふふふ、私も残虐の名前を上げたいですね…………死ね! 小娘!」
ディオンが挑発に乗り、突っ込んできた。
昨日の山田さんの時と同じく、直線的な動きだ。
「バカが!」
私はタイミングを合わせて踏み込み、ディオンの腕がない左に回った。
そして、剣を振る。
「チッ! 小娘もこんなに強かったとは……」
ディオンが舌打ちをしながら私を睨んでくる。
ただし、しゃべっているのは胴体と分かれ、宙に飛んでいる頭だ。
「私なら簡単に殺せると思ったか? 私はお前みたいな相手が得意なんだ」
嘘ではない。
私は遠距離魔法を使ってくる相手には弱いが、こいつやバルトルトみたいな近接タイプには強いのだ。
「クソッ!」
地面に落ち、転がったディオンの頭部は胴体と分かれてもなお、生きている。
「終わりだな」
「そのようですね。ムカつく。そこまでの魔力ではないと思ったのに……」
私とユウセイ君はかつて、学校で遭遇したフィルマンになすすべもなく敗れた。
だからそれまで以上に努力してきた。
ルリちゃんやミリアムちゃんに魔力のコントロールのやり方を教えてもらいながら毎日、修練を積んできた。
タツヤさんに並ぶのは無理だとわかっているが、せめて足を引っ張りたくなかったから。
「貴様は人間を舐めすぎだ」
「みたいですね」
首だけのディオンが笑う。
「ディオン、お前はあっちの世界の悪魔だろう? なんでこっちの世界にいる?」
「あっち? こっち? ああ……なるほど。あなた達は何も知らないんですね。これは面白い」
「何がだ?」
「教えてあげません。では、さようなら。今度は逃げるのではなく、死ぬんですがね……」
ディオンはそう言ってニヤリと笑うと、灰になって消えていった。
「キョウカ……」
声がしたと思って振り向くと、ミリアムちゃんがいた。
「3人と御者さんは?」
「無事にゃ」
「そう……」
つぶやきながら刀を見る。
「どうした?」
「悪魔教団が召喚していた悪魔ってどこから来てたのかな?」
「わかっているだろう。この世界にゃ」
だろうね。
まあ、そういう可能性も考えないでもなかった。
「さっさと帰ってタツヤさんに報告した方が良いね」
「そうするにゃ」
その前にマリエル様を屋敷に送り届けないとね。
服は残念だけど、今度だろう。
「ミリアムちゃんはお姉ちゃんの味方だよね?」
「山田の味方にゃ」
100点満点の答えだよ。
ふふ、ふふふ……
「あーあ……あのクソ悪魔さえ邪魔しなければなー」
「何のことにゃ?」
「何でもないよ」
何が愛を司る悪魔だ。
あの邪魔さえなければ本当の夫人になれたのに……
ここまでが第4章となります。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
引き続き、第5章もよろしくお願いいたします。
また、本作の第1巻が発売中です。
地方によっては今日からということもあるでしょうし、書店に立ち寄った際は手に取ってもらえると幸いです。
よろしくお願いいたします!




