第160話 ロザリー「チッ!」
ロザリーは部屋に入ってくると、扉を閉めた。
「こんばんはー……初々しいカップルさん」
愛を司る上級悪魔であるロザリーはニヤニヤしながら俺達の対面に来て、座っている俺達を見下ろしてくる。
すると、キョウカがさっきまでの笑顔を引っ込め、無表情で立ち上がった。
「おやー? 私とやる気ですか、お嬢さん? 彼氏が嫌がるから生命線である刀を家に置いてきたくせにぃー?」
ロザリーがニヤーっと笑いながらキョウカを煽る。
どうやらキョウカは刀を持ってきていないらしい。
「キョウカ、座って」
「でも……」
「いいから」
俺はキョウカの腕を引っ張り、無理やり座らせる。
そして、キョウカの後頭部に手を置き、抱くように引き寄せた。
「………………」
キョウカは特に文句も言わずに無言で腕を俺の背中に回す。
「そうそう。あなたはそうしているのですよ。それがあなたにできること。じゃないと大事な彼氏さんが私に夢中になっちゃいます」
ロザリーの言っていることは事実だ。
刀がないキョウカは何もできないし、キョウカを抱きしめていないと俺はロザリーの魅了魔法に対抗できない。
「ロザリー、こんなところで何をしているんだ?」
「以前も言ったじゃないですか。湯治です、湯治。そして、栄養補給です」
栄養補給が何かは聞かない。
「前は違う旅館だったでしょ」
「ずっと同じ旅館にはいませんよ。あなただってそうでしょう? ふふっ、前回は別の子。今回はその子。どっちが本命ですかね?」
うざい……
「黙れ」
「おや、怖い。まあ、男の人はそんなものです。愛のアドバイスをすると、そのスタンスは正解です。後は女が勝手に話し合ってくれます」
マジで黙んないかな?
「何しに来たんだ?」
「ラブの匂いに敏感なんですよ。まあ、冗談はさておき、実は少し話がありましてね」
冗談が笑えない。
「何?」
「実は私、正式に悪魔教団を抜けることにしたんです」
は?
「どういうこと?」
「元々、そんなに熱心に協力をしているわけではなかったんですけど、どうも私とは方向性が合わないようです。さらには嫌いな悪魔を呼んだことが決定的ですね。実は悪魔にも相性というものがありましてね。簡単に言うと、残虐の悪魔ディオンが嫌いなんです」
残虐の悪魔ディオン……
名古屋支部を壊滅させた悪魔か。
「それだけで?」
「十分な理由ですよ。私が欲しいのは人の愛。それを壊す者は嫌いです」
残虐らしいしな。
「それで?」
「あなた方は悪魔教団と敵対しているわけでしょう? でも、これで私は敵ではなくなりました。仲良くしましょう」
「無理では?」
そもそもロザリーが仲良くって言うと、変な意味に聞こえる。
キョウカもそう思ったらしく、俺を抱きしめる力が強くなった。
ちょっと痛い……
「まあまあ。そんなに邪険にしないで。ちゃんとアドバイスを送っているじゃないですか。あまり聞いてくれませんけど……」
あ、それだ。
「ロザリー、俺に何かした? たまに脳内に変な声が聞こえてくるんだけど」
「愛のアドバイスですよ。私のアドバイスは定評があるんですよ? 実際、あのホムンクルスは可愛くなったでしょう?」
確かにそれはそう。
「俺にアドバイスはいらない」
「そうですか? 女性をロクに知らないくせに?」
うるさいなー……
「俺には俺のペースというものがある」
「ふむふむ……まあいいでしょう。では、そちらのお嬢さんにアドバイスを…………ん? んー?」
ロザリーがキョウカをまじまじと見た。
キョウカは俺に抱きつきながらロザリーを睨んでいる。
「どうした?」
「いえ……どうやらその子にはアドバイスは不要なようです。そのまま突き進めばいい」
なんかそれはそれで怖いんですけど……
「何それ?」
「男性は気になさらないように……うーん、あの愛人さんもアドバイスは不要のようでしたし、やっぱりホムンクルスか? いや、あれはまだ早いし…………タツヤさん、男子高校生に興味はあります?」
ユウセイ君、か?
こいつ、どっちでもいいのかよ。
「ないね」
「そうなると別の線か……わかりました。考えておきましょう」
「考えなくていいよ」
余計なことをするな。
絶対に愉快犯だし。
「まあまあ。それで名古屋はどうでした? 情報は掴めましたかね?」
帰らないかな……
「さあね」
「なるほど、なるほど。有力な情報が掴めましたか」
「何も言ってませんけど?」
「掴めたから東京に帰るんでしょう? まあ、あなたは転移魔法が使えるようですし、頻繁に帰っているようでしたけど」
こいつ、何をどこまで知っているんだろう?
本当に得体の知れない悪魔だ。
とはいえ、ミリアムが言うには相当上の上級悪魔らしいから下手に刺激しない方が良い。
「何のことかわかりません」
「まあいいでしょう。さっさと東京に戻って鬱陶しい残虐の悪魔を始末してください」
東京に戻って?
ディオンとかいう悪魔は東京にいる、のか?
「東京にいるの?」
「おーっと、口がすべりました。これ以上は御自分でどうぞ。攻略本はダメですよ。私はお助けキャラですけど、頼りきりはいけません」
お助けキャラなの?
ひっかきまわしキャラな気がするんだけど。
「じゃあ、もう帰ってください」
「釣れない男ですねー……あっ! これはすみません。私としたことがお邪魔でしたね」
ロザリーはわざとらしく何かに気付くと、ニヤニヤしながら立ち上がった。
「邪魔なのは確かだけど、違うよ?」
「またまたー……んー?」
ロザリーは並んでいる布団を見て、真顔になる。
「どうしたの?」
「おかしい……くっつけておいたのに……」
お前かーい!
いつの間に侵入したんだ!
「不法侵入はやめてくれない?」
「悪魔に法律はありません。えーい!」
ロザリーが布団を指差すと、一つの布団が浮き上がり、折りたたまれていく。
そして、部屋の隅に置かれると、枕が一つの布団に並ぶように置かれた。
それどころか枕元にはティッシュまで置かれている。
「いや、いやいや!」
「これが愛の魔法です。ではでは、あとはお若い御二人の時間ですのでこの辺りで失礼します。御二人の愛が永遠でありますよう……ふふっ、ごきげんよう」
ロザリーはいつもの決めゼリフを笑いながら言うと、部屋を出ていってしまった。
ロザリーが出ていくと、キョウカが離れたので立ち上がり、折りたたまれた布団のもとに行き、触れてみる。
「痛っ」
布団に触ると、指先に静電気のような痛みが走った。
「あいつ、マジかよ……」
そこまでするか?
「タツヤさん、あの人は何なんです?」
さすがのキョウカも呆れた感じで聞いてくる。
「下品な悪魔ロザリー。でも、ミリアムが言うにはかなり強い悪魔らしい。実は以前、温泉に来た時も出てきたんだよ」
「確かに下品でしたね……多分ですけど、見てますよ。まだ気配が消えていません」
出歯亀……
「無視して、飲み物でも買いに行こうか」
「そうですね」
俺達は部屋を出ると、自動販売機コーナーまで行き、飲み物を買った。
そして、部屋に戻ると、さっきのことを忘れて話をしながら過ごし、就寝した。
ロザリーのせいで布団は一つだったが、もちろん手は出さない。
だが、ロクに眠ることができない。
それは一緒の布団にいるキョウカにドキドキしたからではなく、脳内に響く声がうるさいからだ。
『ほら、いきなさい』
『キョウカさんは待ってますよ』
『覆いかぶされば後は流れです』
『抱けよ!』
『女に恥をかかす気ですか!?』
『チキン野郎!』
『おい……!』
『もしかして、その歳でイン……』
さっきからすげーうるさいが、完全に無視することにして、目を閉じた。
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