第159話 愛は美しい
名古屋のスーパーの駐車場に戻った俺達はスーパーで飲み物を買い、出発した。
天気も良かったし、キョウカがいつものように楽しい話をしてくれたので気分よくドライブすることができた。
道中に観光地に寄ったり、サービスエリアに寄ったりと急がずゆっくりと旅をした。
そして、夕方くらいには予約していた旅館に到着した。
当たり前だが、この前行ったところとは別だ。
俺達はチェックインをし、部屋に案内されると、一息つく。
「お茶も美味しいですねー」
キョウカは席につくと、温泉まんじゅうを食べながら仲居さんが淹れてくれたお茶を飲んだ。
「まあねー」
運転で疲れた身体に糖分が染みる。
「お疲れさまでした。連れてきてもらってありがとうございます」
「いや、いいんだよ、運転は楽しいしね」
憧れのマイカーだし。
「へー……私も来年、免許取ろうかな……」
いいけど、頼むから運転中に人斬りキョウカちゃんにならないでほしいね。
「卒業したら協会で働くんでしょ? 自由の利く職場だし、ゆっくりと取りなよ」
「あー、それもそうですね。卒業したら適当な時間にユウセイ君と取りに行こうかなー。ユウセイ君も車欲しいって言ってました」
まあ、そのくらいは余裕で儲けられる仕事だからなー。
「実家出るのかな?」
「ユウセイ君は出るみたいなことを言ってましたね。一人暮らしに憧れているそうです」
それはすごくわかるな。
俺は大学も実家から通ったが、一人暮らししていた友人が羨ましくて仕方がなかった。
就職して一人暮らしをしたら実家に帰りてーって思ってたけど。
「そっかー」
ここで普通なら『キョウカは?』って聞く流れだろう。
だが、あえて聞かない。
何故なら、俺の頭の中のロザリーが『聞け! 聞ーけ!』って言ってるから……
……いや、これマジで何?
今度会ったら聞いてみるか。
「タツヤさんはこの前もこの辺の旅館に来たんですよね? こんな部屋でした?」
キョウカにそう聞かれたので部屋を見渡してみる。
「だね。あそこの謎の空間もあったし」
部屋の奥の窓際の空間を指差した。
「あー、あれって旅館にありますよねー」
うん、あれね。
名前は知らない。
「だよねー」
「うーん、直近で二度も来て、大丈夫でした?」
「何回でも来たいよ。リンゴ村に温泉を作る計画をしているくらいだし」
温泉大好き。
「確かにそう言ってましたね。よし、じゃあ、温泉に行きましょうか」
「そうだね」
俺達は着替えを用意すると、部屋を出て、大浴場に向かった。
そして、キョウカと別れると、温泉に入り、身体を癒す。
この前来た時と違うのは土曜日のため、お客さんが多いことだが、それでも気にせずにゆっくりできた。
十分に温泉を満喫した俺は待ち合わせ場所でキョウカと合流する。
キョウカはいつものポニテではなく、髪を下ろしていたし、浴衣だった。
「キョウカ、浴衣が似合うね」
「あはは。それ、中学の時の修学旅行でも言われましたよ」
言うのはわかる気がする。
やっぱりキョウカは和服系の方が似合うと思う。
俺はやっぱり刀を持ってないキョウカは可愛いなと思いつつ、部屋に戻る。
「温泉、すごかったね」
「でしたねー。久しぶりでしたけど、すごく良かったです。これは確かにリンゴ村でも作るべきですよ。あそこは星空がすごかったですし」
確かにすごい。
「いいよねー」
「ですねー」
俺達が風呂上がりでまったりと過ごしていると、料理が来たので食べていく。
料理はやはり美味しく、満足するものだった。
そして、料理を食べ終えると再び、温泉に行くことにした。
「タツヤさん、多分、私の方が長いので先に部屋に戻っていいですよ。タツヤさんも飲みたいでしょ」
部屋を出る前にキョウカが勧めてくる。
「いいの?」
「ええ。ルリちゃんに聞きましたけど、前回は飲んでたんでしょ? モニカさんが引くくらいに飲んでたって言ってましたよ」
飲んでたねー。
ロザリーに魔力の低さをバカにされて、やけ酒を食らってたねー。
「キョウカ、あんまりモニカの魔力には触れないであげてね。めちゃくちゃコンプレックスだから」
「そうなんですか? あんなに頭が良いんだから気にしないでもいいのに」
俺もそう思う。
「あっちの世界は魔法使いが優遇されるみたいなんだけど、本人曰く、落ちこぼれなんだってさ」
「ですか……わかりました。なんとなくそういう自虐を聞いたことがあるのでそうします」
自虐……
「ちなみに、何て言ってたの?」
「私は魔法方面では何の役にも立たないし、愚図でのろまなんで…………って電話で言ってました」
あ、以前のモニカだ。
「信じられないかもしれないけど、最初に会った時はそれがデフォだったんだよ」
「まあ、気持ちはわからないでもないです。誰しもコンプレックスはありますから」
確かにあるだろう。
俺もある。
「キョウカもあるの?」
「ありますよー。言いませんけどね」
聞かない方が良さそうだな……
脳内のロザリーさんもそう言っている。
「温泉に行こうか」
「そうですね」
俺達は話を打ち切り、温泉に向かう。
そして、またゆっくりと温泉を満喫すると、一人で部屋に戻り、途中で買ってきた缶ビールを飲み始めた。
「………………」
俺はビールを飲みながらいつの間にか敷かれている布団を無言で見る。
布団はくっつくように敷かれており、しかも、枕までぴったりだ。
ちょっと想像してしまった。
「今のうちか……」
缶ビールをテーブルに置き、立ち上がると、布団の方に行く。
そして、並んでいる布団を少し離し、テーブルに戻った。
「健全、健全」
そのまま再び、ビールを飲んでいると、キョウカが戻ってきた。
「いやー、温泉っていいですねー。特にこの時期は格別です」
キョウカはルリを思い出すホクホク顔で戻ってくると、隣に座る。
「良かったねー」
「はい。こんな良い旅館に連れてきてくれてありがとうございます」
キョウカが礼を言う。
「いいよ。キョウカのおかげで昇格しそうなうえにボーナスまで出そうだし」
「それは良かったです。私も嬉しいですよ。月曜に桐ヶ谷さんから話があるんですよね?」
これはキョウカにもユウセイ君にも伝えてある。
「そうだね。だから月曜の放課後に集合ね」
「わかりましたー」
キョウカは頷くと、俺の腕を取り、くっついてきた。
キョウカからは風呂上がりなせいかすごく良い匂いがするし、柔らかかった。
「キョウカ、明日だけど、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。明日、誕生会をしてくれるんですよね? 楽しみです」
「ルリが気合を入れてるよ…………これ、誕生プレゼント。一日早いけど、あげる」
そう言って空間魔法から小さな箱を取り出した。
「ありがとうございます……」
キョウカは小さな声で礼を言うと、小箱を受け取り、開ける。
そこにはシルバーの指輪が入っていた。
「指輪ですね……」
ユウセイ君が調査の結果、指輪以外にはありえないと言ったのだ。
「うん。そんなに大層なものじゃないけどね」
「大層ですよ」
キョウカはそう言うと、指輪を手に取り、左手の薬指にはめようとした。
しかし、指輪の大きさ的に入りそうになかった。
「なるほど……ピンキーリングでしたか」
キョウカは小指に指輪をはめ、頷く。
これはユウセイ君と電話で1時間以上も相談した結果だ。
「気に入らなかった?」
「いえ、そんなことはないですよ。すごく嬉しいです。こういうものをもらったことは一度しかないですから」
一度……
あ、俺がクリスマスに贈ったネックレスのことか。
「違う指輪はまた今度かな……」
「ふふっ、期待してます」
キョウカは可愛い笑顔で笑うと、再びくっついてくる。
しかも、さっきよりも力が強く、身体全体を押しつけてくるようだ。
正直、理性を抑えるのが大変だ。
「キョウカも何か飲む?」
「うーん……今日はいっかー……リンゴジュースでも買ってこようかなー」
いつもの水ではないようだ。
「じゃあ、買いに行こう……ん?」
キョウカを誘おうと思っていると、ノックの音が聞こえてきたため、扉の方を見た。
「はーい?」
仲居さんかなと思って、扉に向かって声をかけると、ゆっくりと扉が開かれる。
すると、そこには浴衣を着崩し、豊満な胸を見せつけるようにしている妖艶な女性が笑いながら立っていた。
「ふふふ、ラブの匂いがしますねー……美しく、そして、微笑ましすぎてドーパミンが爆発しそうです。脳汁ドバドバ」
「ロザリー……」
笑いながらアホなことを言っている女は愛を司る悪魔、ロザリーだった。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!