第152話 反面教師
「さて、素晴らしいお菓子でしたね」
アップルパイを食べ終わったマリエル様が口を拭った。
「ありがとうございます」
「では、本題に入りましょうか」
「はい」
アップルパイはお土産にすぎない。
「以前、あなたは彫金もやると言っていましたね?」
マリエル様はそう言いながらチラッとキョウカの胸元にあるネックレスを見る。
「ええ、修行中ですが……」
「あなたは多芸ですね。さすがは大魔導士と呼ばれるだけはあります」
ネックレスと大魔導士は関係ない気がするけどな。
「ありがとうございます。マリエル様もご所望でしょうか?」
「そうですね……実は前にその話をした後に夫にそのことを話したのです」
そうなんだ……
武器を作れって言われませんように……
「ラヴェル侯爵は何と?」
「あっそ……ですって」
興味ないんだな……
「えーっと……つまり?」
「まあ、その後の話は割愛しますが、色々あって夫が私に来月の結婚記念日にネックレスを贈ってくださると言いました」
色々……
聞かなくて良かった気がする……
「結婚記念日でしたか……おめでとうございます」
「まだ若いあなたに忠告をしておきましょう。男性の方は年数が経つにつれてどうでもよくなるかもしれませんが、女の方はずっと覚えています。これを忘れないように」
それ、あなたと侯爵だけでは?
いや、覚えておくけども……
「肝に銘じておきます」
「よろしい。そういうわけであなたにネックレスを依頼したいのです」
なるほど。
「ラヴェル侯爵は? おられないんですか?」
贈り物ならいないとマズいんじゃ……
「自分はわからないからお前が適当に選べ、だそうです。期待はしていませんでしたが、できたら御自分で選んでくださったものを頂きたかったですね。まあ、野暮な軍人と結婚した私がバカだっただけです。若い時はそれが男らしいと思ったんですけどねー」
この夫婦、仲は良いんだろうけど、お互いに愚痴ばっかりだな……
「わ、わかりました。では、どのようなものがよろしいのでしょうか?」
「そこです。逆に聞きたいのですが、どういうものが作れるのですか? サンプルがキョウカさんのネックレスしかありません」
そりゃそうだ。
「でしたら後日、サンプルをお持ちしましょう。その中から選んでいただき、他に希望があるなら沿ったものを用意しましょう」
「用意、ね……わかりました。では、そうしてください」
俺は外に出られないし、キョウカ、ルリ、モニカに頼んで適当に見繕うか……
あ、いや、名古屋でも買えるわ。
「少し時間を頂くかもしれませんが、よろしいでしょうか? もちろん、結婚記念日に間に合わせないといけないので次週にでもお持ちします」
「わかりました。それで構いません。代金の話は夫と話してください」
まあ、そうなるか。
「ラヴェル侯爵はどこに?」
「執務室にいますよ。勝手に行って構いません。私達はお茶会をしていますので」
あ、はい。
「では、失礼します」
立ち上がり、礼をすると、キョウカとモニカを残し、退室する。
すると、扉のすぐ近くにここまで案内してくれたメイドさんが立って待っていた。
「マリエル様からラヴェル侯爵のところに行くように言われたんですけど……」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
メイドさんに案内され、階段を上がると、前にも来た奥にある部屋の前まで来る。
「旦那様、山田男爵様をお連れしました」
『ああ……入ってもらえ』
部屋の中からラヴェル侯爵の声が聞こえてくると、メイドさんが入るように促してきた。
「失礼します」
そう言いながら扉を開けて中に入ると、ラヴェル侯爵が俺に背を向け、窓の外を見ていた。
「まあ、かけてくれ」
ラヴェル侯爵はそう言って振り向くと、対面式のソファーに向かう。
俺もソファーに向かうと、同時に腰かけた。
「山田殿、まずはリンゴ酒の件だが、陛下は大変、気に入ったようだ」
リンゴ酒を陛下に渡してもらうようにラヴェル侯爵に託したのだが、気に入ってくれたらしい。
「それは良かったです」
「まあ、気に入りすぎてその日のうちに飲んでしまわれたがな……」
ありゃりゃ。
1本とは言わずにもうちょっと贈ればよかった。
「用意しておきます」
「それがいい。多分、隣国から帰ってこられたらすぐに呼び出しが来るだろう」
ラヴェル侯爵が苦笑いを浮かべる。
陛下がリンゴを気に入っているというのは本当のようだ。
「すぐに準備します。それとマリエル様から贈り物のことを聞いたのですが……」
「うむ……贈ることになった」
ラヴェル侯爵が目線を横に逸らした。
「……何かあったんです? マリエル様は色々あったと濁されましたが……」
「たいしたことではない。貴殿が妻にそういう贈り物をしたという話をした際に私が結婚記念日を忘れていたという事実が発覚しただけだな」
だからマリエル様が俺に忠告してきたのか……
「まあ、そういうこともありますかね?」
「あの時の妻の信じられないものを見る目を忘れられんな。昨日も夢に出てきた……ふぅ」
いやー、この夫婦、すごく反面教師として助かるわ。
「それでネックレスを贈ると?」
「まあ、そうだな。ご機嫌取りだ」
「なんか私が悪いような気がしてきました……」
余計なことしてない?
「いや、貴殿はよくやっている。実際、最近の妻は機嫌がえらく良いのだ」
整髪料かな?
もしくは、キョウカ。
「そうですか……なら良かったです。しかし、侯爵、贈り物は御自分で選ばれた方が良いのでは? マリエル様もそうおっしゃっておられましたし、私の妻も前にそう言ってました」
キョウカはルリへのプレゼントの時だけど。
「軍人の私からするとネックレスの存在意義すらわからん。あんなもん、後ろから引っ張られたらそれだけで死ぬだろ」
ダメだこりゃ……
「それ、絶対にマリエル様に言わないでくださいよ」
「言うわけないだろ」
まあ、そうか。
「それでマリエル様から侯爵と代金の話をしろと言われたんですけど……」
「金はいくらでも出すし、貴殿の言い値でよい。とにかく、妻が気に入るものを用意せよ」
そう言うと思ったよ……
「わかりました。マリエル様を第一に考えればよろしいのですね?」
ご機嫌取りね。
「そういうことだ。ところで、貴殿は武器なんかを作らないのか?」
来たか……
「それについては無理です。技術がないことはもちろんですが、武器を作りたくないのです」
「作りたくない? それが一番売れるぞ?」
「強力な武器はそのまま自分に返ってきます。エンチャントを専門にする魔法使いならともかく、普通の魔法使いは自分を殺す可能性のある武器を作りません。魔法使いは弱いですからね」
これは前からルリやモニカと相談して決めていた断り文句だ。
「ふむ……そういうものか」
「たとえ、陛下に命じられてもこれだけは拒否します」
というか、日本では武器を売ってないから用意できないんだよね。
「わかった。まあ、その方が良いかもしれんな。死の商人は恨まれやすいし、貴殿は私の妻のような夫人連中に物を売り込んで取り入った方が良いだろう」
そっちの方が平和そうだし、そうするかな。
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