表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

151/228

第151話 アップルパイ


 翌日の土曜日はキョウカとユウセイ君がウチに来て、思い思いに過ごしていた。

 ユウセイ君がコタツに入りながら漫画を読み、キョウカがおしゃべりをしている光景はもはや日常となってきている。

 2人はこの日も夜までウチにおり、夕食を食べて帰っていった。

 そして、その翌日の日曜日も2人は朝からウチに来ていた。

 ただし、ユウセイ君はいつものようにコタツに入って漫画を読んでいるが、キョウカは異世界用のローブに着替えていた。


「うーん、ホント似合わないなー、お前……」


 ユウセイ君が漫画を机に置くと、キョウカを見ながらしみじみとつぶやく。


「そんなことないよ。かわいいでしょ? タツヤさんとモニカさんは似合っているって言ってるよ。ルリちゃんもかわいいってさ」


 キョウカがそう言うと、ミリアムがルリを見る。

 すると、ルリが無言で首を横に振った。

 多分、言ってないんだろう。


「いやー……なんでだろう? 昔から知ってるからかな? 多分、和服のイメージが強いせいか……」


 キョウカの和服といえば、いつぞや袴姿くらいだが、確かに似合っていた。

 むしろ、似合いすぎていたくらいだ。

 というか、刀との相性がバッチリすぎてちょっと怖かった。


「ユウセイ君、私は人斬りキョウカちゃんじゃなくて、男爵夫人なんだよ? 貴族婦人なの。おほほ」

「おほほって……じゃあ、まずは刀をしまえ」


 よく言ってくれた。

 俺もずっと気になっていた。


「向こうの世界は治安が日本ほど良くないから自衛のためなんだが?」

「そこは旦那に守ってもらえよ、男爵夫人」

「なるほど……弟子は良いこと言うね」


 キョウカは頷くと、空間魔法を使って、刀をしまい、腕を組んできた。


「あー……その格好だとまだ健全に見えるな。確かに良いかもしれん」


 いつも制服だもんね。

 協会の人達もパパ活って笑っているし。


「タツヤ様、奥様、そろそろ参りましょうか」


 モニカが笑いながら促してきた。


「そうだね。ルリ、ミリアム、ユウセイ君、留守番よろしく」


 なんでユウセイ君がいるんだろうと思わないでもないけど、この子は完全に飯目当てだ。


「わかりました」

「行ってくるにゃ」

「任せろ」


 3人が頷いたので転移魔法を使い、王都の借家に飛んだ。


「相変わらず、転移ってすごいなー。モニカさん、まずはクラリス様のところですか?」


 部屋の中をキョロキョロと見渡していたキョウカがモニカに確認する。


「いえ、クラリスは先にマリエル様のお屋敷に行っているそうです」


 あの人、我が物顔だしなー。


「なるほど。じゃあ、行きましょうか」

「はい」


 俺達は借家を出ると、マリエル様のお屋敷に向かう。

 そして、クラリス様のお屋敷の前を通り、隣のマリエル様のお屋敷にやってきた。


「おはようございます」


 マリエル様のお屋敷の前で番をしているいつもの門番に声をかける。


「おはようございます、山田男爵様。中で奥様がお待ちですのでどうぞ」


 門番が笑顔で挨拶を返し、促してきたので門を抜け、お屋敷に向かう。


「山田男爵様かー……やっぱり違和感がある」

「慣れですよ。私は誇りに思います」


 モニカが深く頷いた。


 以前、ラヴェル侯爵に自分についてくる者達のためにも自信を持たないといけないと言われたが、確かにそうだろうなと思う。

 でも、名前がなー……

 全国の山田さんに悪いけど、俺も一ノ瀬か橘か桐ヶ谷が良かった。


「自信、か……まあいい。そのうち出てくるだろう」

「はい。立場が人を作るのです」


 モニカが言うと、説得力があるな……


 俺達が屋敷の前まで行くと、メイドさんが待っており、マリエル様が待ついつもの客室の前まで案内してくれる。

 そして、ノックをし、部屋を開けると、マリエル様とクラリス様がお茶を飲みながら待っていた。


「マリエル様、おはようございます」

「ええ、おはようございます。まあ、かけなさい」


 マリエル様に勧められたので席につく。


「クラリス様もおはようございます」

「どうもー。持ってきた?」


 クラリス様は相変わらずのマイペースな挨拶をすると、急かしてきた。


「ええ。どうぞ」


 空間魔法から籠を取り出し、クラリス様に渡す。

 以前、要望があったクラリス様へのおみやげだ。


「何、何ー?」


 クラリス様は笑顔で籠を開けた。


「おー! おー……? ……パン?」


 クラリス様が首を傾げながら籠から献上品を取り出す。


「アップルパイですね。リンゴを使ったお菓子です」


 まあ、コンビニで買った菓子パンだけど……

 袋から開けてバスケットに入れただけだ。


「ふーん……朝ごはん食べたんだけどなー」


 クラリス様はそう言いながらもアップルパイを食べる。


「およ? ほろほろする?」


 クラリス様がアップルパイを齧ると、パイの細かい生地がテーブルにパラパラと落ちた。


「お行儀が悪いですよ。もっと丁寧に食べなさい」


 マリエル様が苦言を呈するが、パイはなー……


「いや、これ、すごいサクサクしているんですよ――って、美味っ! 何これ!?」


 クラリス様が驚きながらアップルパイを食べていく。

 なお、テーブルはパイ生地がボロボロと落ちていた。


「あなたという子は……」


 マリエル様がパイ生地が落ちまくっているテーブルを見て、呆れ切っている。

 クラリス様はそんなマリエル様を尻目にドンドンと食べ、ついには1つを食べきった。


「いやー、すごく美味しいです。これはいけるな、うん、いける」


 クラリス様はそう言ってバスケットに再び、手を伸ばす。

 アップルパイは4個買ったのだ。


「美味しいんですか?」


 マリエル様がじーっと見る。


「ええ。とっても! リンゴの味がする新食感のパンですね。あと3つかー……1つ食べて、残りは帰ってから…………マリエル様、お一つどうぞ」


 さすがのクラリス様もじーっと見てくるマリエル様を見て、空気を読んだようだ。

 俺はずっとさっさと渡せよって思ってた。


「では、一つ……確かに見たことがないパンですね。それにボロボロと落ちます」


 マリエル様がアップルパイを手に取ると、やはりパラパラとパイ生地が落ちていく。


「パイと呼ばれるものです。私もあまり詳しくはないのですが、そういうパンとでも思って頂けると……」

「まあ、これがクラリスの言う新食感なんでしょうね……」


 マリエル様はそう納得しつつ、アップルパイを一口食べた。


「…………ふむ。なるほど」


 マリエル様は一口食べると、ハンカチを取り出し、アップルパイをその上に置いた。


「お気に召しませんでしたか?」

「いえ、とても美味しいですし、こんなものは食べたことがありません」


 この世界にはパンがあってもパイがないんだろうな。


「ありがとうございます。リンゴはこのように加工しても美味しいのです。これはリンゴを砂糖で煮詰めたものが入っています」


 多分……

 詳しくは知らない。


「なるほど……これは素晴らしいものだと思いますし、リンゴの可能性も十分に理解しました。しかし、このアップルパイなるものはお茶会に不向きですね」


 マリエル様はそう言いながらテーブルに落ちたパイ生地を掴む。


「あー……確かにそうかもしれません。個人で楽しんで頂けると……」


 散らかるし、あまりお行儀は良くないかもしれない。


「そうなるでしょうね。数は用意できますか?」


 数……


「用意できるかできないかで言えば、できます。ですが、日持ちはしませんよ?」


 アップルパイの賞味期限は短いと思う。


「確かにそうかもしれませんね……では、ウチで作りなさい」


 つ、作る?


「えーっと、私は不得手でして……」

「誰もあなたに頼んでいません。あなたは男爵でしょうが。これを作った者は…………誰ですか?」


 マリエル様はチラッとキョウカを見たが、すぐに『こいつはないな……』って顔をして、俺に視線を戻し、聞いてきた。


「マリエル様、ひどーい。私だってその気になれば作れますよー」


 キョウカがマリエル様の表情を見て、不満を漏らす。


「そうですか……では、あなたに作ってもらいましょうかね」

「え? え? …………練習してから」


 最近はルリと料理をしているが、お菓子を作ったことはないのだろう。

 元々、キョウカは斬る……切るのが得意だけど、料理を得意とはしていなかったはずだ。


「マリエル様、こういうお菓子を作るのが得意なのは娘なんですよ」


 実際、ルリは上手。


「あー、そういえば、娘がいるんでしたね…………10歳の」


 気のせいではなく、マリエル様の目が冷たくなった。


「い、いえ……」


 キョウカの子じゃないってのに……

 普通に考えてキョウカが6歳の時の子になるぞ。

 ありえないだろ。

 …………まあ、だからマリエル様もクラリス様もドン引きしているんだろうけど。


「まあ、いいでしょう。今度、その娘を連れてきなさい」


 え?


「娘をですか? 遠いんですけど……小さな子に遠出はちょっと……」

「白々しい…………では、こう言いましょうか。あなた達夫婦は10歳の幼い娘を放ったらかしにして、王都に来ているんですか?」


 あ、そうなっちゃうね。

 っていうか、転移がバレているのは確実っぽいね。

 まあ、馬車で10日はかかるというのに呼び出したらすぐに来るんだからわかるか。


「娘に聞いてみます……」

「よろしい」


 マリエル様は頷くと、置いておいたアップルパイを食べだした。

 すると、クラリス様はすぐに残り2つのアップルパイが入っているバスケットを閉め、ささっと空間魔法に収納する。


「………………」


 マリエル様がアップルパイを食べながらそんなクラリス様をじーっと見る。

 しかし、クラリス様はけっして目を合わさないようにしながらガン無視し、優雅にお茶を飲んでいた。

 俺はそんな2人を見て、本当に仲が良いんだなーっと思った。


来週は月曜日も投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新作】
宮廷錬金術師の自由気ままな異世界旅 ~うっかりエリクサーを作ったら捕まりかけたので他国に逃げます~

【予約受付中】
~漫画~
35歳独身山田、異世界村に理想のセカンドハウスを作りたい ~異世界と現実のいいとこどりライフ~(1)

【新刊】
~書籍~
左遷錬金術師の辺境暮らし 元エリートは二度目の人生も失敗したので辺境でのんびりとやり直すことにしました(1)
左遷錬金術師の辺境暮らし 元エリートは二度目の人生も失敗したので辺境でのんびりとやり直すことにしました(2)

【販売中】
~書籍~
35歳独身山田、異世界村に理想のセカンドハウスを作りたい ~異世界と現実のいいとこどりライフ~(1)
35歳独身山田、異世界村に理想のセカンドハウスを作りたい ~異世界と現実のいいとこどりライフ~(2)

【現在連載中の作品】
その子供、伝説の剣聖につき (カクヨムネクスト)

週末のんびり異世界冒険譚 ~神様と楽しむ自由気ままな観光とグルメ旅行~

左遷錬金術師の辺境暮らし ~元エリートは二度目の人生も失敗したので辺境でのんびりとやり直すことにしました~

バカと呪いと魔法学園 ~魔法を知らない最優の劣等生~

35歳独身山田、異世界村に理想のセカンドハウスを作りたい ~異世界と現実のいいとこどりライフ~

最強陰陽師とAIある式神の異世界無双 〜人工知能ちゃんと謳歌する第二の人生〜

廃嫡王子の華麗なる逃亡劇 ~手段を選ばない最強クズ魔術師は自堕落に生きたい~

【漫画連載中】
地獄の沙汰も黄金次第 ~会社をクビになったけど、錬金術とかいうチートスキルを手に入れたので人生一発逆転を目指します~
がうがうモンスター+
ニコニコ漫画

廃嫡王子の華麗なる逃亡劇 ~手段を選ばない最強クズ魔術師は自堕落に生きたい~
カドコミ
ニコニコ漫画

35歳独身山田、異世界村に理想のセカンドハウスを作りたい ~異世界と現実のいいとこどりライフ~
カドコミ
ニコニコ漫画

左遷錬金術師の辺境暮らし ~元エリートは二度目の人生も失敗したので辺境でのんびりとやり直すことにしました~
ガンガンONLINE

【カクヨムサポーターリンク集】
https://x.gd/Sfaua

― 新着の感想 ―
[気になる点] 6歳でも……生産行為ができるといえば入ればできるし、リナ・メディアという5歳の子の出産例があるから、一桁でも産むことは不可能ではないです(あとの話はノクターンで) [一言] ♪会いたい…
[気になる点] お、とうとう書籍化ですか??
[気になる点] リンゴを特産にしている村の村長なのに、そのリンゴを使わずに出来合いの物を買ってきてお茶を濁すからややこしいことに。 世界間で物をやり取りする話で登場人物が一番苦労する部分ですね。 ご…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ