第107話 美への追及 ★
私はリンゴを手に取ると、じっくりと見る。
赤い……
それに重量もあるし、硬い。
この前食べた時はしっかりとした食感があり、それでいて甘く、非常に美味だった。
こんなものがこの世にあるのかと思った。
リンゴをカゴに戻すと、次に山田とかいう村長を見る。
歳は30歳前後に見え、まだ若い。
だが、見たことない上等の服を着ており、内包する魔力は底が見えない。
やはりこのリンゴはこの男が用意したものね……
どう考えてもこんな果実が今になって見つかるわけがない。
それにいきなり数百個を供給できるのも明らかにおかしい。
「山田さん、この果実は何故、リンゴと名付けたんですか?」
「すみません。意味はないです。ただ語感が良かっただけですね」
語感ねー……
山田タツヤ、山田キョウカ……
苗字が先にくる……
異国の者ね……
異国の魔法使いが何らかの方法で異国の果実を持ち込んだのだろう。
「そうですか……実は私や夫、息子達はもちろんですが、王妃様も気に入っています」
「言われるだけの数を用意しましょう。さすがに数百個と言われても厳しいですが……」
数百個も用意できるな……
やはり数を制限して価値を上げている。
「とりあえず、30個は欲しいです」
籠の中のリンゴは10個しかない。
「もちろんすぐにでも用意します」
すぐにか……
ここからリンゴ村まで相当な距離があるというのに……
この男を他所にやるわけにはいかないわね……
大魔導士の孫は大魔導士だ。
「お願いします。それで私に何を求めますか?」
見当はついているが、一応、聞いてみる。
「実はリンゴ村の近隣にあるクロード様が治めるハリアーの町に各地の商人や貴族様の使いが来ているらしいのです。ですが、我らはリンゴの売買をオベール商会に任せております。商人はどうにかなるでしょうが、貴族の方は……」
オベール商会では無理。
オベール商会は王都でも店を出す大手だが、さすがに貴族相手には厳しいだろう。
クロードもやり手の伯爵とは聞いているが、所詮は伯爵。
もっと上の貴族が出てきたらどうしようもない。
「私に庇護を求めますか……」
「庇護とまでは言いませんが、ぜひとも気にかけて頂ければ」
それを庇護という。
この男、遠回しな言い方を好むな……
下手に出るのは悪いことではないが、これほどの魔法使いがすると少し嫌味だ。
「まあ、良いでしょう。私が王妃様に一言言っておきます。それで貴族共は黙るでしょう」
王妃様もリンゴをいつでも食べられるとなれば、動いてくれる。
というか、実は王妃様以上に国王陛下が気に入っているという話も聞いている。
「ありがとうございます」
山田さんが頭を下げると、モニカ、そして、奥さんであるキョウカさんも頭を下げた。
この女……
私はキョウカさんの頭をじーっと見た後にモニカの頭を見る。
そして、最後に子供の頃から知っているクラリスを見た。
「どうかしましたか、マリエル様?」
かつて、私のことをおばちゃんと呼んだクラリスが聞いてくる。
「いえ……キョウカさんと言いましたか? あなたはおいくつかしら?」
クラリスから視線を切り、キョウカさんに年齢を聞いた。
すると、何故か、山田さんが目をそっと逸らす。
「25歳です。趣味はお花を愛でることです」
お花?
いや、そんなことはどうでもいい。
「25歳?」
嘘つけ。
どう見ても10代だ。
「25歳です」
この女、目をまったく逸らさないし、堂々としている。
だが、山田さんの方は明らかに目が泳いでいた。
「クラリス、この子の年齢は?」
「16歳だそうです。よくわかりませんが、山田さんが年齢差を気にしているようです」
クラリスに聞くと、あっさりバラした。
「山田さん、あなたはおいくつかしら?」
「35歳です。すみません……」
何故、謝る?
35歳と16歳で何を気にするんだろう?
いや、もしかして、ずっと前からそういう仲だったんだろうか?
それこそ一桁とか……
それならこの男が焦っている理由もわからないでもない。
「お子様はいらっしゃるのかしら?」
「え? あ、います」
山田、どうした?
汗がすごいわよ?
「おいくつ?」
「このくらい?」
山田さんが手で腰くらいの高さを示した。
「…………そうですか」
結構、大きくない?
キョウカさんの年齢ならいても赤子でしょう?
あー……この男が焦っている理由がわかった。
そういう趣味の男なわけだ。
「あ、いや、その、違うんですよ?」
「いえいえ。私は気にしませんし、色々とあるでしょう」
こわっ……
子供に手を出しただけでもドン引きなのに子供まで産ませているし……
「そ、その、実を言うと本当の娘ではなくて養子なんです。でも、それを娘に言ってなくて……その……」
「ああ、そういうことでしたか」
そういうことにしておくか。
性的異常者のことなどどうでもいい。
「そうなんですよ。ですので、他所に言いふらさないでくださいよ」
「言いませんよ」
言えるか、こんなこと……
「すみません……」
また謝った。
確定ね……
いや、そんなことはどうでもいい。
「キョウカさん、ちょっとこちらに来てもらえる?」
「え? あ、はい」
キョウカさんが立ち上がると、素直に私のところに来る。
私も立ち上がると、キョウカさんの後ろに回り、1本に結んでいる黒髪を手に取った。
「あ、あの……」
「黙ってなさい」
この髪は何?
サラサラしていて、1本1本が綺麗だ。
私は1本の髪の束を崩してみた。
すると、ハラハラと髪が舞い、元の1本の束に戻る。
香油ではない……
油はこんなに軽くないのだ。
私はモニカ、クラリスの髪をもう一度、見た。
「献上品はリンゴでしたかしら?」
そう聞くと、山田さんがモニカを見る。
モニカは軽く頷くと、山田さんのところに行き、何かを受け取った。
そして、私のもとにやってくる。
「マリエル様、リンゴはあいさつ代わりです。本日の献上品がこちらになります」
モニカがそう言って、3つの容器を渡してくる。
「これは?」
「1つはシャンプーという髪の汚れを取るものです。次にこちらがトリートメントというもので髪の内部に潤いを与えるものです。そして、最後にこちらがコンディショナーといって、髪の表面を保護するものです。これらを順番に使えば、奥様のような髪になります」
「あなたも使ってますね? それに……」
クラリスをじーっと見る。
「あ、ここに来る前にやられました」
ふーん……売り込むためか。
正直、モニカもクラリスもどうでもいい。
それよりもキョウカさんだ。
何故なら、私と同じ黒髪だから。
同じ黒髪でここまで差が出るものか……
「これを使えば私でも?」
「もちろんです。これを献上させていただきます」
モニカがシャンプー、トリートメント、コンディショナーをテーブルに置く。
「そうですか……売り込めばいいのかしら?」
モニカに確認する。
「いえ……実はこれについては売るだけの数が用意できません。ですので本当に献上になります」
売らない……
つまり、私だけ……
「お前は非常に上手いですね」
「何のことかはわかりませんが、ありがとうございます」
この女は部下に欲しい。
だが、以前、山田さん以外に仕える気はないと断られている。
多分、愛人だろう。
ペド野郎のくせにこういう女も好きなんだろな。
まあ、男はそんなものだ。
「献上品は以上ですか?」
「はい」
頷いたな?
私はモニカが頷いたのを見ると、すぐにキョウカさんの腕を取った。
「え?」
キョウカさんが首を傾げる。
モニカは無理だ。
こいつは優秀すぎる。
落とすならいかにもアホそうなこっち。
「キョウカさん、綺麗な肌をしていますね?」
「そうですかね?」
「何か使ってらっしゃる?」
そう聞いた瞬間、モニカはまったく表情を変えなかったが、わずかに指先が動いた。
「特には……」
「そうかしら? 何か塗っているんじゃなくて?」
そう言いながら腕を撫でる。
「別に何も……お風呂から上がったら保湿クリームを塗るくらいです」
ほら、吐いた。
「保湿クリームとは?」
「そう言われても……タツヤさんも塗ってますよね?」
キョウカさんが旦那を見る。
「え? 何それ?」
「はい? 乾燥しますし、塗りますよね?」
「あー……ルリが塗っているかも」
ルリ……娘の方か。
「男の人はホント……」
それはそう。
男はまったく興味がないだろう。
私の旦那も息子達もそう。
あの人達は下手をすると、風呂も入らずに寝る。
信じられない。
「マリエル様、保湿クリームはまだ試作段階でして……」
モニカが言い訳をし始めた。
「構いません。用意しなさい」
何が試作段階だ。
試作段階のものを嫁と娘に使わせるわけがない。
どうせ今回のことで王妃様と繋がり、直接王妃様に売り込むつもりだったんでしょ。
「かしこまりました。すぐにでもご用意します」
モニカが頭を下げる。
「そうしなさい。話は以上ですか?」
「はい。これからもよろしくお願い致します」
「わかっています。お前達の誠意はよくわかりました。私にすべて任せておきなさい」
早く帰れ。
私はお風呂に行くんだから。
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