第18話 夢と骸骨
一面が真っ白だ。手を前に突き出すと、その先がかすんでしまうほど、何かが立ち込めている。
霧? ううん、違う。これは、雪だ。それも、吹雪ってやつ? ホワイトアウトっていうのかな?
向こうの方から、シャンシャンシャンシャンと音が近づいてくる。
大きな馬だ。だけど、よくテレビで見るようなサラブレットではない。とてもガタイが良くて、ずうたいの大きな馬だ。
馬の後ろには、荷物を載せる台がついている。
(これが、そりってやつなのかな?)
霞んではいるが、そりに何かがのっている。
人が一人、荷台に乗っている。なんだか、キリスト教の人が着るような修道士の服を着ている。その前に、荷物が置かれている。むしろをかぶっていて、中が見えないが、次の瞬間、強風が吹いて、むしろがめくれ上がる。
(箱……きっと、骨が入っているんだろうな。あれ、何で骨って分かるの?)
荷物だと思ったそれは、骨箱だった。なぜ骨箱だと認識できたのかは分からない。骨箱には十字架が結ばれている。
修道服を着た服の人は、やさしくそのめくれたむしろを元に戻した。
(よかった……)
なんとなく、そう思った。
(夢の中なのに、また眠くなってきた……)
その後は、マイは何か、楽しい夢を見たような気がする。
目を開けると、隣で、リンがまだ眠たそうな目をこすって、布団の上に座っている。センナは、まだスヤスヤと寝ている。
(なんか、変な夢を見ちゃったな)
カーテン越しに、もう外は明るくなっているのが分かった。時計を見ると、6時になろうとしている。
リビングの方を見ると、スズがソファーに座って、本をめくる音が聞こえた。
ふと、スズが、マイとリンが起きたのに気付いて、本をパタンと閉じて、おはよう、と声をかけた。
マイとリンは、起きて、リビングのソファーに座った。
「昨日は、わたし寝落ちしちゃったのね。朝までぐっすりだったわ。変な夢を見ちゃって、ちょっと早くに眼が覚めたから、この本を読んでいてね」
マイは、自分も見てしまった妙な夢は、昨夜この本で北海道とか刑務所という文章を読んだからだろうかと思った。夢のことを話そうとしたが、それはセンナが起きた声にはばまれた。
「うーん、むにゃむにゃ……スズせんぱ~い、おはようございま~す。朝ごはんまだですか~?」
それは、いつものキリっとした、センナではなく、どこか甘えた声だった。
「今日は和食~? 洋食~? まだできてないなら、もう少し寝ていいですか~?」
マイとリンは顔を見合わせた。
「う~ん、スズせんぱ~い~、聞いてますか~? 今何時ですか~? 昨日少し濡れたまま寝ちゃったみたいです~。後で髪とかしてくれますか~?」
そこまで聞くと、スズがブハっと笑いを吹きだした。
すると、すぐにセンナがジャンプして飛び起きたようで、ドタドタとリビングに入ってくる。顔を赤らめて、あわてている。
「い、いまのは無し無し!! マイ、リン、違うんだ、聞かなかったことにしてくれ!!」
「残念センナ、もう全部聞かれてます」
「ううぅ~」
センナが、その場にペタンと座って、上目遣いでマイとリンを見る。
なんだか、センナの新しい一面だ。
「センナは、とっても寝起きが悪いのよ。それに、家の中では、けっこうな甘えん坊さんなの。まだ朝食はできてないわよ。マイちゃん、リンちゃん、手伝ってくれるかしら。それから、センナはちゃんと髪を自分でとかしてきなさい。今日は遅刻ギリギリなんて、許さないからね」
「うぅ~」と言って、センナは洗面所へ向かった。
ドライヤーの音が聞こえてくる。
「センナって、とってもしっかり者でしょ。ご両親がいないから、家でもいつも一人で家事をやっているの。だから、わたしが来た時くらい甘えていいのよって言ったら、本当に甘えるようになっちゃって。なんだか、かわいいわよね」
昨日は、とても落ち込んでいたスズが、とても楽しそうだ。
マイは、なんだかほっとした気持ちになった。それに、しっかり者のセンナも、こうして気を許せる場所があってよかったな、と思った。
センナの家から、みんなで登校する。なんだか、四人そろっての登校はワクワクする。
ただ、ここにきて、スズはなんだか憂鬱そうだ。
「なんていうか、今日の学校が終わって帰っても、お父さんに合わせる顔がなくてね」
それを聞いてしまうと、マイはなんだか、授業に集中できなくなった。
授業が終わって放課後になった。マイは、掃除当番に当たっているリンより先に、オカルト研究部に入った。すでにスズは部室にいて、明治時代の日記を読んでいる。
「スズ先輩、何か分かりましたか?」
「ええ。これ、なかなかすごいのよ。たぶん、北海道に送られた囚人の日記ね」
マイは、昨日集治監という意味が分からなかったことを思い出した。
「あの、集治監ってなんのことなんでしょう」
「うん、辞典で調べたわ。今でいう刑務所のことね」
「網走監獄とか有名ですよね」
「うん。どうやら、集治監っていうのは国営で、監獄っていうのは、都道府県で運営されていたもののようね」
さすがスズだ。このあたりの素早いリサーチ力には、いつも驚かされる。
「けっこう、寒い北海道で亡くなった人も多かったみたいね」
スズが言うと、マイは今日見た夢のことを思い出した。
「あの、実はわたし、変な夢を見たんです。吹雪の中を、馬がそりを引いていて、そこに死骨の入った箱が乗っているっていう」
「えっ、マイちゃんも!?」
驚いた声をあげる。
そこに、「こんにちは」と、リンが入ってきた。センナも、その後ろから入ってきた。
「みんな、センナもリンちゃんも、いいところにきたわ。マイちゃん、続けて」
マイは、今日見た夢の話をみんなに聞かせた。
「マイ、それ、わたしも見たよ!」
「えっ!? リンも見たのか? わたしもだよ」
なんと、みんなが同じ夢を見ていたようだ。
するとスズが、手をパンと叩いて、
「これはオカルトの予感がするわ。いえ、もうオカルトと言ってもよいできごとだわ。そのきっかけは、きっとこの明治時代に書かれた日記ね。この謎を解くには、この日記を解読する必要があるわ。オカルト研究部の活動として、どうかしら」
スズが皆の顔を見回す。
「えーと、ちょっと怖いですけど……本は興味深いですし、調べてみたいです」
マイは正直に言った。
リンも、少し考えて、
「うん、確かに面白そうですね」
「本の解読をすると、色々な情報が分かるかもしれませんからね。わたしも賛成です」
センナもうなずく。
スズは、うんうん、とうなずいた。
「じゃあ、この本の解読作業のはじまりね!」
スズが勢いよく言ったところで、部室のドアがノックされた。
「生徒会長の天塩はいるか?」
入ってきたのは、富詩木中学校で理科を教えている先生だった。
「あら、どうしたんでしょう?」
スズは、きょとんとしている。
「実は、理科室のことでお客さんがくることになってだな。昨日の理科準備室に続いてなんだが、理科室の方の整理もお願いしたいんだ。ちょっと一緒に来てくれるか? すぐに終わる作業だから」
「えーと、分かりました。みんな、解読作業、先に進めておいてね」
そういって、スズは理科の先生とともに理科室に向かった。
マイとリン、センナは、三人で明治時代の日記の解読にあたる。
にょろにょろとした字だが、意外と読める部分もある。
かなり、熱中してしまい、夕方近くなった。
「スズ先輩、遅いですね……」
みんなは、理科室を見に行ってみることにした。
「スズ先輩、入りますよ」
センナが理科室のドアを開けた。
すると、机に突っ伏して、スズがすやすやと寝ている。
「スズ先輩、また寝てる。やっぱり、疲れが取れてないんだな」
「昨日の、親子喧嘩の影響もあるんですよね……」
「完全下校の時間までまだあるし、もう少し寝かせてあげようか」
みんなは、スズの周りの椅子に腰かけた。
マイが座った椅子の正面に、あの骸骨の模型がある。
当然眼もないのだが、こちらをジッと見つめているような気になって、不気味だ。
リンがそれに気づいたのか、
「マイ、ひょっとして、骸骨の模型が怖いの~」
と、冷やかしてくる。
「ううっ、リンちゃん。でも、この骸骨の模型、昨日スズ先輩も言ってましたけど、左右対称じゃないし、そこがまた、妙にリアルですよね」
みんなは、骸骨の模型をじっと見つめて、しばらく無言になった。
そんな時、
「ウー……ウー……」
と唸り声が聞こえたので、マイは、まさか骸骨がしゃべったのかと思って、びっくりしてしまった。
しかし、それはスズがうなされている声だった。
「スズ先輩、スズ先輩」
センナが、スズの背中を手で揺さぶって、起こした。
「ウーン……!」
スズが目を覚ました。
「スズ先輩、うなされていたみたいですけど、だいじょうぶですか? 疲れがたまっているみたいですけど……」
スズは、オカルト研究部のみんなを見回した。
「スズ先輩、いま精神状態もあんまりよくないから、悪夢を見るのかもしれません。今日はもう帰ってゆっくりした方が……」
センナが言うと、スズは頭をおこして、
「えーと、なんていうか、ちょっと、違うの……」
みんなは、スズの言っていることがよく分からないと言った様子で、顔を見合わせた。
スズは、ふう、と一つ息をついて、
「あの、こんな話、おかしいと思うかもしれないんですけど……ちょっと、オカルトみたいな状況で……」
みんなは、スズをまじまじと見る。
「さっきまで、先生と一緒に整理をしていたのよ。うん、すぐに終わったわ。このまま鍵を開けておいていいからって、先生が先に部屋を出たの。わたしも、その後ろから部屋を出ようとしたら、急にすごい眠気に襲われて。その時、あっ、この感覚、あの夢を見るわっていうのが感じられて……」
「あの夢って、今日みんなが見た夢ですか?」
スズは、うなずいた。
「今回の夢は、やっぱり雪深いところで。男の人が、道路を作る作業をしているの……。その人、なんだか、私に伝えたいことがあるみたいで……。でも、何を伝えたいのか、イマイチはっきりと分からないの。そして……」
スズは、頭に手を当てて、
「直感的に、その人、あの骸骨のような気がしていて……」
みんなは、一斉に、骸骨の模型を見た。
骸骨は、こちらを直立不動の姿勢で、ジッと見ている。
マイは、背筋が寒くなるような気がした。
「アハハ、変よね。センナの言う通り、疲れがたまっているんだわ。うん、今日は帰りましょう。お父さんとも、きちんと話し合わないといけないしね」
スズがそういったところで、理科室に、理科の先生と、校長先生が入ってきた。
「うん? 天塩、まだいたのか。それに、オカルト研究部のみんなか」
そして、先生たちに続いて、警察の制服を着た人と、警察と書かれた作業着を着た人が入ってきた。
「えっ、何か事件でも!?」
「いいや、事件というほどのものでもないんだけれどね。今日は、そこの骸骨の模型に用があってね。では、お願いします」
校長先生に言われて、作業着を着た方の警察が、まじまじと骸骨に顔を近づけてみていく。そして、ペンライトで、照らしていく。
もう一人の、制服を着た方の警察官は、校長先生と並んで、その様子を見ている。
とっさのことで、みんなは黙って状況を見つめている。
マイは、沈黙がきまずくて、
「あの、事件というほどのものではないということですけど、どういうことですか?」
と、校長先生に向かって聞いてみた。
「えーと、それは、また今度……」
と、校長先生は言葉を濁したが、校長先生と並んでいた警察官が、
「先ほど、教育委員会からこの骸骨がもしかしたら、実物の人間の骨かもしれないと連絡があってね」
「えっ! 本物の骨!?」
「うん。昨日この富詩木中学校で、理科準備室の整理をしていたら、富詩木中学校の骨格標本が、昔の囚人の骨で作ったと書いた資料が出てきたらしいんだ」
「昔の、囚人!?」
みんなは、驚いて、顔を見合せた。それは、自分たちが、まさに昨日整理していた資料のことではないか。
「ああ、これはほぼ間違いなく、本物の人間の骨だ」
ペンライトを骸骨に当てていた、作業服を着た警察官が言った。
「結構しっかりしてるなぁ。屈強な男性だったと思うなぁ」
作業服を着た、警察官がそう言うと、
「うそ……」
と、スズがつぶやき、
ガタン! と、座っていたイスから勢いよく立ち上がった。あまりの勢いで立ち上がったので、スズの座っていたイスは勢いで後ろに倒れた。スズの表情は、蒼白だ。スズは、走って理科室を出て行った。
「スズ先輩!」
センナが追いかける。
二人が出ていった様子を見て、みんなは驚いてしまった。
校長先生は、ヤレヤレ、といった顔をして、
「渡島さん、石狩さん、今日のことは、心配する人もいるだろうから、しばらく誰にも言わないでほしいんだ。時期がきたら、わたしから発表するから。そして、警察のお二方も、生徒の前で、あまり迂闊なことは言わないでいただきたい」
警察官の二人は、罰が悪そうに、骸骨の模型と校長先生の顔を見比べ、
「とりあえず、骸骨はいったん警察であずかり、詳しく調べます。事件性はないようですので、もし本物の骨だと証明された場合、どのように処理されるかは、そちらで話し合っておいてください」
と言って、骸骨の模型を、よく犯罪現場のニュースで見るような、ブルーシートにくるんで、運び出していった。