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おかしなオカルト研究部  作者: MUNO
第2章 理科室の骸骨模型はホンモノだった!?
16/30

第16話 理科室の骸骨模型

 学園祭も終わり、新入生は富詩木(ふしぎ)中学校での生活も日常のものになってきた。


 オカルト研究部では、二宮金次郎の像にまつわるオカルトを学園祭で展示。そして、商店街の人たちへの調査発表もすみ、一段落といったところだ。


(まだ入学して少しなのに、たくさんのことをしたなぁ)


 内気な性格だった渡島おしまマイは、商店街の大人の人たちを前に、二宮金次郎のオカルトについて発表するなんて、思ってもいなかった。


 オカルト研究部のアットホームな雰囲気は、居心地がいい。


 マイは、これまで本棚に無造作に押し込められていた本を、あいうえお順に並べて、何の本があるのかをリスト化しようと提案して、今はみんなでその作業に励んでいる。


 ほこりが出るので窓を開けていると、春から夏に変わりつつある、優しくふんわりと暖かい風が、マイの短い髪を揺らす。


 同じ一年生の石狩いしかりリン、二年生の北見きたみセンナとともに本の整理をする中、部長で三年生、普段はしゃきっとして清潔感あふれる、ロングヘアーの天塩てしおスズも、部室に持ち込んだ生徒会の資料を手にしたまま、ウトウトしている。


 スズの手からするっと落ちた資料が床に散らばり、スズがビクッとして目をさます。


 マイは落ちた資料を拾い集め、スズに手渡す。


「そういえばスズ先輩、最近疲れているみたいですね」


「ありがとうマイちゃん。うん。生徒会の仕事も忙しくてね。春の神社のお祭りへの協力のための資料や、早くも夏の運動会に向けた話し合いとか予算の割り振りとか、やらないといけない仕事が多いのよ」


 三年生のスズは、オカルト研究部の部長として、学園祭での展示や、その後の商店街での二宮金次郎の発表のための活動で力を発揮していた。それが終わると、今度は生徒会の仕事で本当に忙しそうにしていた。


「今日はセンナの家でお泊り会だから、仕事に一段落つけて楽しむために、ちょっと頑張りすぎちゃったわね」


今日は、オカルト研究部のみんなで、センナの家でお泊り会をすることになっている。


 スズは何度か泊まりにいったことがあるらしい。


 マイは学校の知り合いと一緒にお泊りするなんて、小学校の修学旅行で体験したくらいだ。なんだか、少し緊張してしまうが、楽しみの方が勝っている。


 机の上に立って本棚の一番高いところの本を並べている、後ろで髪を結び、どこか凛々しく見える二年生のセンナが手を止める。


「スズ先輩、体を壊すのだけはダメですよ。そんなことになったら、お泊り会を楽しむなんて言ってられないんですからね。まったく、生徒会の仕事を部室に持ち込むなんて」


「今年はわたし、家の用事とも重なっちゃってね。生徒会のみんなも協力的なんだけど、だからって、家の都合で仕事を頼んじゃうのも気が引けてね。なかなか大変なのよ。アハハ……」


 アハハ~と言うスズに、机の上のセンナに本を手渡していたリンが、


「アハハじゃないですよ。スズ先輩は頑張りすぎなんです」


 ときっぱり言う。


 吊り目で、少し怖い顔つきだが、思いやりのあるとっても優しい子だ。


「そうね。まあ、まだ生徒会の仕事も締め切りまで時間があるし、そろそろセンナの家に移動しましょうか。えーと、その前に一つだけ……生徒会の仕事でやっておかないといけないことがあるのよね。ちょっと理科室に行ってくるわ」


 そういって、スズは、一度伸びをして、まだ眠そうな目をこすりながら立ち上がる。


 するとセンナが、はぁ、とため息をつき、


「手伝いますよ。マイとリンもいいかな」


 もちろん、マイとリンは頭をコクリと倒した。


「ううん、いいわよ。これは生徒会の仕事なんだし……」


「ダメです。部室に生徒会の仕事を持ってきているだけでアウトですよ」


 スズは少し迷ったようだったが、上目遣いで、


「うん、ありがとう……」


 と照れた笑顔を見せて、理科室へと皆を導いた。


 他の部活も活発に活動している。


 音楽室からは、時々間違えたりする音が聞こえてくる。囲碁や将棋部からは、しきりに碁石や将棋を打つ音が聞こえてくる。


 色んな部活を眺めながら、玄関へと向かう。玄関前の理科室が見えてきた。


 マイはどうも、理科室の中にある骸骨がいこつの人体模型が苦手だった。なんとなく、なまなましい感じがする。


「ここの理科室の骸骨、夜中に歩き回るのよ」


 オカルト大好きのスズが楽しそうにマイとリンに話してくれる。


「マイとリンが入学してくる前に調べた、富詩木ふしぎ中学校の七不思議の話では、実は本物の人間の骸骨だ、なんて言われているんだ」


 センナがニコニコしながら言うが、マイはそれを聞いて、骸骨への怖さが増した。


「そう! あの時はセンナと骸骨をくまなく調べたんだけれどね。理科室を使って活動していた科学部が、オカルト研究部の活動は非科学的だ~なんて言って怒っていたわね」


 それを聞いて、マイはふと疑問に感じた。


「この学校って、科学部ってありましたっけ?」


「うん、春まではあったのよ。でも、みんな3年生で、卒業してなくなっちゃったの。だから、生徒会が、科学部が残していった備品を回収することになったのよね。まったく、前の3年生がもっとしっかりしていたらよかったのにね」


「去年までのオカルト研究部も、人のこと言えないじゃないですか」


「ううっ、センナ……。でも、わたしは生徒会の仕事はきちんとやっているじゃない」


 マイとリンは、スズとセンナのやり取りを聞いて笑ってしまった。


 オカルト研究部でも、去年センナが入部してくれるまで、部室の中は荒れ放題で、どうしようもなくなっていたらしい。センナが3年生を叱って、部室にようやくメスが入ったらしい。


「ついたわ」


 理科室に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、窓際に置かれた骸骨の人体模型だ。どこか古めかしく、堂々としている。


「会いたかったわ、ナイスガイさん!」


 などと言って、スズが骸骨にハグする。


 骸骨なだけにナイスガイとは、さすがスズらしい。


「動き出してくれたら嬉しいのだけれど!」


 やはりオカルトになると、元気を取り戻すスズを見て、マイとリンは、アハハ、と苦笑いを浮かべた。センナは、ヤレヤレといった顔で、


「さあ、早く片付けましょう。何をすればいいんですか」


「うん、隣の部屋の準備室の棚にある書類と備品を、全部職員室に運ぶのよ。ちょっと力仕事になるけれど、頑張りましょう!」


 スズが、理科室の教壇の後ろの小さな古びたドアにカギを差し込み、理科準備室のドアを開ける。


 埃っぽい部屋で、棚にはびっしりと書類をとじたファイルや、そもそも表紙が厚紙の、とても古いものが、壁一面に置かれていた。それに、床にも、備品や書類が置かれ、中に入ることもままならない。


「スズ先輩、これ一人で運ぼうとしていたんですか……」


「うーん、この前、生徒会で確認しには来たんだけれど、やっぱり一人じゃ無理だったようね……」


「いや、わたしたち四人でも、今日中に終わらないんじゃないですか……」


 スズとセンナが、書類と備品の山を見て、途方に暮れている。


「まったくスズ先輩、最近オーバーワークなんですよ。一体一人でどうしようと思ってたんですか」


 そんな二人のやり取りを見ながら、ふと廊下を見ると、白地に黒のストライブが縦に入っているユニフォームを着た野球部が、整然と二列に並んで、一斉に廊下を走り抜けていく。


 その列の最後尾を走っていた男の子と目が合う。


「あれ、渡島じゃん。それに、石狩も」


「ナツキ! さぼり?」


 すかさずリンが言う。


 野球部に入部した、同じクラスの古野(ふるの)ナツキくんだ。たしか、入学式の日の挨拶で、すでに野球部に入ることを宣言していた。


 クラスの平均よりも少し背が高く、スポーツマンタイプの子で、同じクラスではあるが、マイはあまり話たことがない。正直、声をかけられて驚いた。


「えーと、ちょっとたくさん荷物を運ぶことになって困っているんだ」


「ちょっとナツキ、手伝ってよ」


 マイとリンがそれを言うか言わないうちに、


「おい古野! 何サボってんだ!」


 行列の先頭から野太い大声が聞こえた。


「うわ、ヤバッ!」


 古野くんがあわてるが、野球部の廊下ランニングが中断されてしまった。


 ぬっと、大きな体つきで、ガタイのいい先輩が理科室の入り口から顔をのぞかせる。


「えーと……あのー……」


 先輩の男子とは、ほとんど口をきいたことがない。それに、野球部のユニフォーム姿の先輩は、なんだか迫力に圧倒される。


 だが、すぐにスズが後を引き取った。


「あら、部長の王嶋おうしまくんじゃない。生徒会の仕事で理科準備室の資料を職員室に運ぶことになったんだけれど、量が多すぎて、どうしようかって思ってたのよ」


 王嶋先輩は、ドカドカと理科室に入ってきて、準備室の中を見る。


「これ、天塩たちで全部やろうとしてたのか?」


「うん、今日中にやらないといけなくて……」


「それは大変だな。うん、2階の職員室まで運べば、いい運動にもなる。よし、じゃあ、野球部も協力しよう」


「いいの?」


「おう。生徒会に恩を売っておくのも悪くないからな。よし、みんな。廊下ランニングは一時中断だ。今日はこの資料と備品を2階の職員室まで運ぶぞ!」


 王嶋先輩に命じられた野球部は、オー! と大声を出して、次々に理科準備室から資料と備品を運び出していく。人数が多いし、さすが運動部で、あっという間に運び出していく。


「空いたスペースは掃除するぞ! 誰か雑巾を持ってこい!」


「そこまでしなくてもいいわよ、悪いわ」


「いや、これもトレーニングの一環だ。廊下ランニングばかりでもつまらないからな」


 王嶋先輩の指示は的確だ。


 そういえば、富詩木中学校の野球部は、強豪だと聞いたことがある。その強豪校の部長に選ばれる人は、統率力もあるのだろう。


 マイたちが理科準備室の資料や備品を職員室まで運んで1往復する間に、野球部は3回か4回往復してしまう。それも、山のように資料をかかえてだ。


 小一時間で、理科準備室はきれいに片付いた。埃が漂っていた室内も、もう普通の教室として使えるくらいにきれいになった。


「古野くん、ありがとう。一時はどうなるかと思ったよ」


 マイは、汗を腕で拭っている古野くんにお礼を言った。


「いや、別にいいんだ。たまたま渡島が目に入ったから。本当にこれ、四人だけでやろうとしてたのか?」


「アハハ……。ちょっと、ムリだったよね。本当は、スズ先輩が一人でやろうとしていたんだ」


「あの、生徒会長が……。なんか、すごいけど、ちょっと判断ミスだよな」


「いつもは、的確なんだけれどね、最近疲れてるみたいで」


「野球も、疲れてくると判断力が鈍って、エラーするんだ」


 古野くんと、こんなにしゃべったのは、はじめてだ。


 古野くんの汗がポタポタ垂れている。暖かくなってきているとはいえ、季節の変わり目で、夕方になると寒くなる。汗で体を冷やすと大変だ。


「あ、これ、よかったら使って」


 マイはハンカチを差し出した。


「いや、悪いよ……」


「汗かいたままだと、風邪ひいちゃうよ」


「えーと……」


 古野くんはハンカチを受け取ろかと悩んでいるようだったが、


「おい、古野。長居は無用だ。サッカー部とグラウンド交代の時間だぞ。急げ」


 王嶋先輩の呼びかけにあわてたのか、


「渡島、ありがとう」


 古野くんはマイの差し出したハンカチを受け取り、ほかの野球部と共に練習に向かった。


「マイ、ナツキにハンカチ貸したの?」


「うん。汗かいてたから」


「ふーん……」


 リンが、興味なさそうに聞こえる返事をする。


「みんな、ありがとう。野球部にも、今度わたしからあらためてお礼を言っておくわ。それじゃあ、職員室に鍵を返して、センナの家に行きましょうか……うん、リンちゃん、どうかしたの?」


 リンが、骸骨の人体模型をまじまじと眺めている。


「さっき野球部の人がこの模型にぶつかったんです。それが原因か分からないんですけど、なんだかこの人体模型、左右が対象じゃないような気がして」


「うん! さすがリンちゃんは細かいところに気が付くわね! まず、それは野球部の人がぶつかったせいじゃないから安心して」


 マイは、いったいどういうことだろうかと、スズをまじまじと見る。


「去年、七不思議の中でこの骸骨を調べていたら、やっぱり左右対称じゃないねっていう話になってね。定規や分度器でよく測ってみたのだけれど、リンちゃんの言う通りだったのよ。ほかにも、よく見ると、左右で骨の太さが少しずつ違ったりもしているの。でも、その理由までは分からなくてね。これも謎の一つよね」


 理科準備室と理科室にカギをかけて、職員室にカギを返却した。職員室では、


「理科準備室に、こんなに資料があったのか」


「この書類、日付が昭和のものもあるわよ」


 と話題になっていた。


「みんな、本当にお疲れ様」


 オカルト研究部顧問の、宗谷そうやサナエ先生がねぎらってくれた。


 この資料と備品の山をどうしようか相談している中に校長先生もいて、


「ああ、みんな。今日はありがとう。正直、こんなに資料や備品があるとは思わなかったよ。生徒会の仕事にするには、荷が重すぎたね。すまなかった。」


 校長先生に俺を言われると、なんだか照れてしまう。


 サナエ先生は、内緒でお菓子の詰め合わせをくれた。


「今日はセンナちゃんの家でお泊り会なんですってね。楽しんできてね」




 商店街までやってきた。商店街の入り口のところには、リンの家のおもちゃ屋さんがある。


 ただ、今日リンは、家には帰らない。


「もう、お泊りの道具は全部もってきたからね」


 リンはニコニコしている。


 リンの家の前を通り過ぎようとしたところで、ちょうどリンのおじいさんが店から出てきた。


「ああ、みんな、今帰りなのかな。おかえり」


「アハハ、今日はもうおじいちゃんとは会わないと思っていたのにね」


「リン、失礼のないようにするんだよ。センナさん、リンをよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ」


 センナは、恐縮して頭を下げた。


「ああ、そうだ。スズさんの神社へ届けるものがあったんだ。ちょっと届け物を頼まれてくれるかな」


 おじいさんのその言葉を聞いて、マイは首を傾げた。リンを見ても、ピンときていないようだ。そしてスズを見ると、なんと戸惑った表情を浮かべている。センナも同じく、戸惑っている。


「あ、スズさん、もしかして話していなかったのかな。申し訳ない。失言でした」


「あ、いえ、いつかわ分かることですので」


 スズは、すぐに笑顔に戻った。


「届け物、預かります」


 スズはおじいさんから届け物を受け取る。


「じゃあちょっと、わたしの家に寄っていくことにしましょう」


 道中は、少しだけ無言の時間が続いた。


「あの、スズ先輩。おじいちゃんがすみません。もし、言いたくないことなら、無理に言わなくてもいいですから……」


 リンが困ったような表情を浮かべながら、スズに言う。


「ううん、いいのよリンちゃん。いつかは言わないといけないことだからね。実は、私、富詩木神社の娘なの」


「え、あの大きな神社の!?」


 マイとリンは、驚いて、同時に同じことを言ってしまった。


富詩木神社は、アーケードで覆われた商店街の真ん中あたりから、道を曲がったところにある。この富詩木市の中心にずっと昔からある、由緒正しいと言われている神社だ。


「わたしてっきり、スズ先輩は、マイと同じ第一中学校の出身なんだと思ってました。商店街の人って、だいたいみんな顔なじみだし」


「わたしも、まさかスズ先輩が商店街側の人だと思っていませんでした」


 マイは、リンと顔を見合わせる。


「あはは、そうよね。富詩木神社は代々天塩の名字の人が管理しているから、薄々気づいている人もいると思うわ。でも、もう神社とは関係なくなった親戚も、富詩木市内に何人かいるから。案外、自分で言わなければ、皆分からないものなのよ」


 どうも、スズの表情が暗い。


 ただ、そうこうしている間に、富詩木神社の前についた。


「うん、この話はセンナの家でゆっくりするわ。まずは、荷物を渡していきましょう。みんな、入って」


 神社の鳥居とりいをくぐると、シンボルになっている、しめ縄をしめたくすのきの大木が目に入る。ほかにも、境内はきれいに掃き清められて、葉桜になった桜の木の手入れも行き届いている。ベンチで休んでいる人や、小さな子が駆け回って遊んでいる。賑やかな商店街とは一転、静かで涼し気な、違う世界に来たような気持ちになる。


「うちの神社には、なぜか松がないのよね」


 スズは、神社の中のものを、一つ一つ指さしながら、神社を案内してくれる。


 マイは、富詩木神社へは、お祭りの時に、たくさんの屋台が出ている時にしか来たことがなかったので、こんなに自然豊かなところだったんだ、とあらためて境内を見回した。


 見回すと、境内の脇に、古めかしい倉庫があるのが目に入った。


「大事なものが入っているんですか?」


「うん、この神社に伝わる資料や、祭祀さいしで使う道具が入っているの。お神輿みこしも、あの中にあるのよ」


 マイは、何十人もの大人が、ワッショイ! と威勢のよい掛け声で。お神輿を担いでいたのを思い出した。ただ、一度しか見たことがない。


「すみません、わたし、あんまりお祭りを見に来たことがなかったです」


「ううん、当然よ。最近は休みの日にお祭りをやることにしている神社が多いんだけれど、うちの神社、お祭りの日は昔から変えていないの。ぜったいに、日取りを変えることは許さないって、お父さんが言い張っているの。だから、平日の日になることが多いのよ、それだと、みんな学校があるから、見ることができないのよ」


「そうなんですね……」


「まったく、こういうの、過激派原理主義(げんりしゅぎ)って言うのよ」


 マイは、スズが、このことをあまりよく思っていないような気が下。


 そういえば、お神輿の正面には、よそではあまり見ないような、十字架じゅうじかが取り付けられていた記憶がある。たしか、「十字架お神輿」と言っていたのを、聞いたことがある。


「ここのお神輿って、十字架お神輿って言われてませんでしたか?」


「マイちゃん、よく知ってるわね。うん、キリスト教の十字架みたいなのがくっついているからね」 


 スズは、倉庫の前まで来て、ダイヤル式の南京錠なんきんじょうを開けた。


「いいんですか?」


「うん、いいのよ」


 スズが扉を開くと、すぐに神輿が目に入った。


 近くでみると、思ったよりも大きな金ピカの神輿だ。


 神輿を正面から見ると、鳥居が立てられ、その向こう側に扉が閉められたお社がある作りになっている。


(この中に、神様が入るんだよね)


 そして、鳥居とお社の間には、小さな、銀色のロザリオ、十字架のようなものがくっついている。


「首からかけられそうなくらいの大きさ。この十字架って、神社のしきたりと何か関係あるのかな?」


お神輿の作りとしては、異彩を放っている十字架がやけに気になる。


「どうして十字架なのか、よく分からないのよ」


 スズは、首をかしげながら、


「富詩木神社は、奈良時代にはすでにあったようなの。その時の文献にも、特に十字架の記録はないんですって。江戸時代に神輿を新調していて、この時の設計図は伝わっているんだけど、それを見ると、どうも神輿が作られた時には、この十字架がなかったようなのよ。いつから取り付けられたのか、どういういわれがあるのか、誰も分からないの」


 マイは、不思議なお神輿だな、と思った。


 さらにじっくりとお神輿を見ると、金ピカだったのは、立派な金箔を推してあるからだということが分かった。でも、その金箔の一部に穴が空いて、中の様子が見える部分がある。


「入学式の日、大きな地震があったでしょう。その時に、重たいものが落ちてきて、そこに穴をあけてしまったのよ。春祭りまでに修理しないといけないの」


 マイがその部分をのぞくと、金箔の下には、カラフルな色が塗られている。


「金箔がはがれたところの下、赤や青、緑の色が塗られてますね」


「マイちゃん、目の付け所が違うわね。そうなのよ。このお神輿、江戸時代に作られた時には、金箔はついていなくて、赤とか青、緑のカラフルな色で塗られていたみたいなの。明治時代になると、金ピカにするのが流行ったそうなの。昔の文献にも、元々はカラフルな色のお神輿だったってことが書いてあるんだけれど、今回の地震で穴が空いたことで、それが証明されたってわけ」


 マイは、これも一つの歴史なのだな、と思った。


(二宮金次郎の時もそうだけど、その時の人の考え方で、物って変化するものなんだなぁ)


 神輿の周りには、棚から落ちてきたと思われる、古そうな箱が、簡易的に脇に寄せて積まれている。


 スズはその中の一つの本をポンと手に取った。


 分厚い、ヒモで綴じた手書きの本だ。


「明治って書いてあるわね。詳しい年のところは、字がかすれてしまって分からないわ。倉庫に入れたっきり、誰も読んでいない感じよね」


そうこうしていると、神社の方から、作業服を着て汗だくの人がやってきた。


「お父さん、片付けしていたの?」


「ああ、スズ、お帰り。今日は直接お泊り会だったんじゃなかったのか?」


「富詩木神社の宮司ぐうじさんだよ」と、リンがマイの耳元で教えてくれた。


「これ、リンちゃんの家、石狩さんのお宅からの預かり物」


 スズは、明治時代の分厚い本を持ったもう一方の手から、宮司さんにリンのおじいさんから託された届け物をわたした。


「うん、ありがとう。リンちゃん、大きくなったね。おや、センナちゃん、久しぶり。えーと、きみは……」


「あ、1年生の渡島マイと言います。今日はオカルト研究部のみんなでお泊り会をすることになって、その途中で寄らせていただきました」


「オカルト研究部?」


 マイの言葉を聞くと、宮司さんの表情が険しくなった。


「スズ、今日はオカルト研究部の合宿のようなことをするのか? 卒業まではオカルト研究部にいてもよいとは言ったが、この前も二宮金次郎のオカルトのことなんかを商店街の皆さんに発表するなんて。少しは神社の娘としての自覚を持ったらどうなんだ」


 マイは、宮司さんがスズに対してたしなめるような強い口調になったので、驚いた。リンもそうだった。センナは、なんとも言えない表情でうつむいている。


「中学までは好きなことをしてもいいとは言ったが、最近は家に帰ってきてからも、オカルト雑誌ばかり読み漁って。そんなことをして何になるんだ?」


「勉強はちゃんとしているじゃない。成績だって落としてないわ。別に好きなことしたって、私の勝手でしょ」


 いつもは元気で活発なスズが、ふてくされた口調になる。


(えっ、これって、親子喧嘩?)


 スズが、明治時代の部厚い本を、ギュッと力を入れて握りしめたのが分かった。


「神社の娘がオカルトにうつつを抜かして。世間様、いや、それ以上にご先祖様がどう思うか考えたことがあるのか。それにスズ、最近では、浦安の舞の練習もしていないだろ」


「オカルト研究部とは関係ないでしょ。それに、浦安の舞なら、去年の秋祭でもきちんとできたし、たまに練習してるし」


「もし間違えるようなことがあれば、神社の一人娘として大恥なんだからな」


「…………」


「大恥って……。せっかく学校のイベントがあった日なのに、秋祭りの日は神社のために学校をお休みしないといけなかったじゃない。そっちの方が、生徒会長として、恥よ」


 スズは、顔をうつむかせる。


 宮司さんは、そう言われて、少し口ごもったが、すぐに、


「それに、この前は勝手に学校に進路調査書を出したらしいじゃないか。担任の先生から、本当に理系の高校に進学するんですかって電話がかかってきたぞ。お父さん、そんなこと一つも聞いてないぞ」


「お父さんには、関係ないわよ!」


 スズの口調が強くなった。


 宮司さんは、スズが大声を出したので、ビクッと驚いたが、今度は強い口調で続ける。


「関係大ありだ。理系なんて許さん。お前には最終的に國學院大學こくがくいんだいがくに行って神職しんしょくの資格をとってもらう。富詩木神社の一人娘として、神社を継いでもらわないといけないんだからな。高校は当然、文系に力を入れている所でないとダメだ。できれば、書道の部活がある高校がいいな。筆で文字を書く練習ができるから……」


 宮司さんがそこまで言うと、スズはキッと宮司さんを睨み、


「その話は前にもしたじゃん! わたし、こんなオンボロ神社なんて、継がないから!!」


「スズっ! 何を言っているんだっ! そんなんじゃ、神社のために尽くしてきた、天国のお母さんも悲しむぞ!!」


「お母さんは、こんなかび臭くて冬は寒い神社にいたせいで亡くなったのよ! 神社のせいで死んだの!」


 バシっ!


 宮司さんは、スズの頬をビンタした。


 マイは息をのんだ。ビンタなんて、ドラマの中でしか見たことがない。


 マイが、オカルト研究部のみんなの顔を見ると、みんなも啞然あぜんとその様子を見届けていた。


 スズは、叩かれた頬を片手でおさえ、


「わたし、こんな神社なんて絶対継いでやらないんだから! みんな、行きましょう!」


 涙目になって、そう声を張り上げると、明治時代の本を持ったまま、もう一方の手でセンナの手を引っ張って走り出す。


 センナは、そのまま引っ張られて、神社の入り口に鳥居をくぐっていった。


 マイはあっけに取られてしまった。


「あ、あの……」


 マイは、どうしていいか分からない。後に残されたリンも同じ表情だ。


「恥ずかしいところを見せてしまったね……」


 そう言うと、宮司さんは、開けられたままの、倉庫の中に入っていった。

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