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現代恋愛の短編作!

『不合格ヒーロー』〜戦隊モノ好きな幼なじみがヒーロー募集で失いかけた日常を取り戻す。不器用な僕のある日の物語〜

作者: 葉月いつ日
掲載日:2022/09/10

【急募!私だけのヒーロー】


 そんな文字をとあるSNSで見つけ、面接会場に指定された場所が、この学校だと分かった。


 そして、手書きで同じ文面が書かれた紙が貼られた扉の前で、僕は大きくため息を吐く。


 時は二月。


 澄み切った空気が、息を吸い込む度に鼻腔や喉元をチクチクさせる。

 思わず嘆きたくなるような早朝だった。


 午前七時。


 僕の通う県立高校の部室棟一階の廊下の奥にある用具室の扉の前で佇む僕は、ただ今絶賛憂鬱な表情で目の前の、コピー用紙に書かれた文字を眺めている。


【急募!私だけのヒーロー】(面接会場)


 文面もそうだけど、もう直ぐ二年生にもなろう者の書く文字としてはいささか幼すぎるし配列も蛇行している。

 人に見せるにはあまりにも忍びないものだった。


 こんな事をするのは、僕の記憶の中では一人しかいない。

 そして、この独特な文字を書く人物も、その一人と一致する。


 つまり、朱音あかねの仕業だろう。


 全くもう……と呟いて僕、高梨碧音たかなしあおいは用具室の扉に指を引っ掛けてゆっくりとスライドさせると、そこには緊張の面持ちでこちらを向く一人の女子高生の姿があった。


 この高校の冬用セーラー服の上に、薄いレモンイエローのカーディガンを羽織った女子生徒──西川朱音にしかわあかねがパイプ椅子に座っていたのだ。


「いらっしゃい! 貴方が私の……」


 ガタッと音を鳴らして立ち上がった朱音がそこまで言うと、急に目尻を釣り上げて声を荒らげる。


「はあぁっ!? 何で碧音がここに来んのよ!? ここに来たってことは、私が上げた投稿を見たってことでしょ? ちゃんと見た? 何て書いてた? あんたの目は節穴かっ!」


 えらい言われようだけど、ちゃんと見たからここに来たのであって、僕の目は節穴ではない。

 残念なことに、ちゃんと朱音の姿が見えている。


 それに、朱音が何をしようとしているのかも、僕は知っている。



 ◇




 僕と朱音は、家が向かい合っている典型的な幼なじみだ。

 産まれた月も、病院も同じ。絵に描いたような関係と言っていい。


 必然的に幼稚園も小学校も中学校も同じ。

 成績は、僕が中の下。朱音が、ぎりぎり下の上といったところだ。


 似通った成績の二人が何とか届きそうな偏差値の県立高校に入学願書を出したのはそれもまた、典型的と言えば典型的だ。

 もっとも、偶然だと言えなくもない……たぶん。


 実にあやふやな言い回しだけど、僕がこの高校に入試を決めたのは朱音のお母さんの影響が、少なからずあった。

 ただ、朱音本人には言ってないし言いたくもない。


『碧音と朱音が同じ高校の制服だったら嬉しいし、おばさんも安心しちゃうな』


 たったそれだけの言葉で入学願書を出したなんてとても人には言えないけど、何故か僕のお母さんは知っている。


 とは言え、僕が朱音のお母さんの事が好きとかではない。

 もちろん朱音の事が好きと言うわけでもないのだけど。


 彼女とは、物心ついた時から一緒にいた。

 小学校三年生くらいまでは、一緒に風呂に入るくらいには。

 だから、所謂いわゆる典型的に兄妹的な視線でしかないし。



 僕の方が一週間早く産まれたから『兄』なのだ。



 つまり、兄貴としては妹の暴走を止めるべく、朝が苦手な僕がわざわざ早起きしてまでこの用具室に来たってわけだ。


「だれが暴走よ、失礼ね! 私は正気ですぅ!」


 そう言って、右の頬をぷっくりと膨らませ、そっぽを向かれる。


 朱音の萌え要素のひとつだ。


 こう見えて、朱音は、校内で噂になるほど顔立ちもスタイルもいい。

 運動神経も抜群で、体育の時間などは何をやらせても上手にこなす。

 そのため、入学したての頃は運動部からの勧誘が殺到していた。


 どこの部活も断ったのだけど。


 対して僕はスポーツ全般平均値な為にどこの運動部にも所属してない。


 そんな、男子にも女子にも人気のある朱音が、何故にこんな人気のない用具室に、謎の文字を這わせたコピー紙を張ってまでヒーローを求めたか。


 実に残念な話であり朱音のイメージを根本的に崩してしまうことだけど、やっぱり説明しておかないといけないのだろう。



 今現在は二月であり、二月といえば、日曜朝に一年間放送されている戦隊モノが最終回を迎える月だ。

 そして、新シリーズが放映される月でもある。


 つまり朱音は大の戦隊モノ好きで、幼い頃から今現在までずっと見続けているのだ。


 しかも、何故かどちらかの家で朝食を摂りながら。


 そして昨日は、新シリーズの初回が放送された日だった。



 ◇



 先週の最終回の後はロスってた朱音も、昨日の初回を見て以降は興奮しっぱなし。

 こんな感じが毎年繰り返されるものだから、僕としては冷めた目で見守るのが常だった。


 ただ、今年は少し違っていた。



 初回の内容が悪かったとかでは無い。

 朱音は毎年のごとく新しく登場する新ヒーローをキラキラとした眼差しで興奮しながら観ていた。

 そんな彼女を、僕は毎回、冷めた目で見ているの。


 ただ、初回の放送が終わった後、例年とは違う出来事が起きた。


「ヒーローってさ、いつも困ってる皆んなのヒーローじゃない? でも、どうして個人の為のヒーローって居ないのかなぁ?」


 ──はぁ?


 突然何を言い出すのかと思いつつ、僕は冷めたコーヒー牛乳を飲み干した後で言った。


「個人のヒーローって言っても、物語は困ってる個人から始まるんだし。その人にとっては、そのヒーローは十分“自分だけのヒーロー”なんじゃないかな。」


 朝が苦手な僕なりに最大限の回答をしたつもりだ。


 それなのに朱音の反応は辛辣なものだった。


「……馬鹿みたい」


 右頬をぷっくりと膨らませた朱音は納豆を持ち上げて、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。

 そして容器を逆さまにし、ご飯の上に乗せて食べ始めた。


 僕の休日の朝はパンに目玉焼きとコーヒー牛乳が定番だけど、朱音はご飯に納豆のみで味噌汁はない。



 典型的に、真逆な好みの幼なじみだ。



 朱音は暫く無言で納豆ご飯を食べた後、お茶碗とお箸を持ったまま天井を仰ぎみて呟いた。


「はぁ……私だけのヒーローって居ないのかなぁ」


 そして僕は考える。


 あんな鮮やかな原色のピッタリスーツを着たヒーローが現実に存在した場合、当然ながら悪の秘密結社が怪人を出現させたり巨大化させたり……


 ──ないない。


 まだ覚醒しきれていない頭で、アホな想像をしてしまったことを嘆きつつ、マグカップをコトリとテーブルに置いて僕は言った。


「頼りがいのある人、ってことかな? だったら朱音のお父さんなんかは朱音のヒーローなんじゃない? 刑事なんだし」


「お父さんはどう変身したって私のお父さんなんだし、家に帰って来てのお父さんはヒーローなんて、程遠くてありえないわよ。」


「ふんっ!」と鼻を鳴らして残りの納豆ご飯をやっつける朱音を横に眺めつつ、ふと、一昨日会ったおじさんの言葉が頭をよぎる。


『スマン、碧音! 朱音が何を考えてるのか、さっぱり分からん。何が気に入らないのか知らないが、俺が帰ったらいつもツンケンしてて、トゲを感じるんだ。それとなく聞いてくれないか?』


 両手を合わせて懇願された。

 だけど、僕は思春期なんですから……とは言わない。


「刑事なんだから捜査のしがいがあるんじゃないんですか?」


『言うねぇ』と言ってニヤリとするおじさんだけど、確かに朱音は昔からよく分からない行動を取ることが、多々あるのは間違いない。


 今も、空になったお茶碗を降ろしてスマホを取り上げ、ブツブツ言いながら操作をしている。


「ヒーローって、居ないもんなのねぇ……」



 ◇



 そして、今日のこの所業だ。


 しかも、本気でヒーローを探そうとしていたことに気づかされた時は、内心プチパニックだった。


 そんな朱音を眺めていると、ようやくこちらに視線を向け、声を出してきた。


「全くしょうが無いわね……最初に来た人でって決めてたから、アンタで試してみるとするわ。」


 そう言って、ジト目をくれる朱音。


「はぁっ? 試す? 何を?」


 僕がそう返すと、朱音はさらに目を細めた。


「面接は碧音だけだから、合格にしといてあげる。そして、これからお試し期間に入るのよ。分かるでしょ?」


 そう言って、朱音は右頬をぷっくりさせた。


 ──いやまぁ確かに面接会場とは書いてはいたけど。


「僕は面接に来た訳じゃないよ。朱音の暴挙を止めようとしに来ただけだから。それに、そもそも僕は、すでに戦隊モノには興味を無くして……」

「四の五の煩い! とにかくお試し始めるからね! 期間は家に帰るまでだから! はい、スタート!」


 僕の言葉を遮って、パンっと手を叩いた朱音は、いつもの明るい表情を浮かべ、お試し開始を告げる。

 それから僕の手首を掴んで、用具室から移動しようとして……僕は急停止して朱音を嗜めた。


「ダメだよ、朱音。パイプ椅子とか、ちゃんと片付けないと。やりっ放しじゃ怒られるじゃないか」


 僕と朱音は用具室を片付けて軽く掃除し、扉のコピー紙を外してから移動する。


 その途中、朱音はスマホを操作していた。

 気になって声をかけようとすると、こんなことを言ってきた。


「査定表作ってたの。お試し期間中なんだから、ちゃんとチェックしとかなきゃね」


 何だか本格的になってきたなと思いながら、どうしてそんなに楽しそうでいられるのかと嘆息しつつ、部室棟を離れた。

 そして、お互いの教室に入っていった。


 さすがに都合よく、同じクラスの隣の席──なんてことにはならなかったようだ



 ◇



 朝のホームルームが終わった直後に朱音が僕の教室にやって来た。


 廊下側の最後尾に座る僕の真横の扉を開き、両手を合わせて懇願してくる。


「ごめん、碧音! 古文の教科書忘れちゃった。貸してっ!」


 その姿に苦笑いし、今年に入って、これで何度目だろうかと思てしまう。


「何で、いつも古文の時だけ教科書を忘れるのさ。時間割、ちゃんとしてる?」


 すると、朱音は口を尖らせて呟いた。


「だって……古文の教科書って分厚くて重いんだもん」


 ──全く……。


「そんなのは、入学前の教科書購入の時から分かりきってたことだろ? それに、みんなちゃんと持ってきてるのに、重いから忘れるなんて駄目じゃないか」


 僕がそう言うと、朱音は再び右頬をぷっくり膨らませ、不機嫌に声を出す。


「いいじゃない、ケチ! それに、今はお試し期間中なのよ? アンタのその態度、マイナス査定だからね!」



 すこぶる横暴な査定だった。



 無茶苦茶な発言をする朱音を眺めていると、クラスメイトの男子数人が、僕のことを冷やかしてくる声が聞こえた。


「おい! またやってるぞ、アイツら」

「おぉおぉ! 青春してるねぇ」

「痴話喧嘩なら、家でやってくれよぉ」


 僕は、いじめられているわけではない。

 むしろ、彼らは中学時代の友達よりも仲良くしている三人だ。


 ただ、僕が朱音といる時、こんな風に冷やかしてくるのがとても恥ずかしく、とても嫌だった。


 僕は、机の中から素早く古文の教科書を取り出して、朱音に差し出す。

 すると、彼女はご満悦な表情となり、教科書を受け取った。


「分かればよろしい。じゃあ授業が終わったら持ってくるね」


 そう言って踵を返し、数歩進んでから立ち止まり、上半身だけをこちらに向ける。

 そして、教科書を自らの顔まで持ち上げた


「教科書を貸してくれた事はプラス査定だけど、さっきのマイナスと合わせたら、チャラだからね」


 そんな言葉を残して、朱音は去っていった。


 一日が始まったばかりなのに何、だかドっと疲れが出たような気がする。



 ◇



 一時限が終わり、二時限目も滞りなく終わった、その直後だった。


 廊下側の扉が開いたかと思ったら、朱音は今にも泣き出しそうな顔で、両手を合わせて言ってきた。


「碧音、お願いっ! 次の現国で模擬試験があるのを忘れてて。碧音って、現国得意でしょ? 教えて!」


 得意って言われても、僕は朱音より、ちょっと毛が生えたくらいの成績だ。

 だから、あまり参考にはならないような気がする。


 ──確か、朱音のクラスには、現国では学年トップの子がいたような……。


「僕なんかに聞くよりも、朱音のクラス子に教えてもらった方がいいんじゃない?」

「いいからいいから」と言って、朱音は持ってきた教科書を開木、机の上に乗せた。


 それからの僅か五分間、僕は同級生の冷やかしを聞き流しながら、朱音の予習に付き合わされた。


 授業の始まりのチャイムが鳴った瞬間に朱音は慌てて教科書を閉じ、「ヤバいヤバい」っと言って立ち上がる。


 ──全く……。


 教室との移動を考えたら同級生に教わった方が合理的なんじゃないかとため息混じりに言うと、朱音は一瞬真顔になって暫し。右手の人差し指を目の下に当てクッと目尻を下げ、舌をちろっと出してきて──。


「べぇぇぇっ!」


 きょうび、あかんべーをする女子高生が、本気で生息しているとは思わなかった。


 しかもそれは、僕の幼なじみだったとは、あまり信じたくはなかった。


 朱音が自分の教室へ引っ込んでいき、僕も廊下側から体勢を戻した。

 そのとき、机の上に一枚の折られた紙切れがあることに気付く。

 周りを気にしながら開くと、そこには朱音の独特な文字で、こう書かれていた。


【ごめん! お昼は一緒に食べられないから】


 相変わらず文字の配列が蛇行してるけど、それを見て、何となく胸の奥がホッとした。


 というのも、僕は少食なのだ。

 そのせいで──かどうかは分からないけど──身長が百六十五センチしかない。


『成長期なんだから、いっぱい食べないと。朱音も、学校で気にしてあげてね』


 朱音が家に来て夕食を一緒に摂る時、僕の母親が度々そう言っていた。

 朱音も、それを真に受けていた。

 学校でお昼になると、『これも、これも』と言って、余分に作ってきたおかずを僕に食べさせる。


 結果、午後からの授業に体育がある時は、食べたものが出そうになることに、僕は頭を痛めていた。


 だからこそ、僕は、朱音と一緒に弁当を食べるのが嫌なのだ。



 ◇



 三時限目が終わり、クラスメイト四人で平和に昼食を済ませた後、校舎裏で馬鹿話に興じていた。

 すると、その中の一人がニヤニヤしながらこんな話題を振ってくる。


「碧音ってさ、ぶっちゃけ、西川と何処までいってんの? キス? それとも、それ以上?」


 ──またか……。


 はっきり言って、僕はこの手の話は大の苦手──するのも、されるのも、嫌いだ。


 こう言っては何だけど、僕は、高校生になった今でも『女子』という存在に嫌悪感とまでは言わないが、差別的に見ているところが残っている。


 だから、当然、下ネタも好きじゃない。


 とは言え、そういった行為には、年相応の興味はある。


 ただ、朱音の事だけは“女子“よりも、“妹“としてしか見えない。

 そういった感情は、全く持ち合わせていなかった。



 だからそう言われるのが物凄く嫌で、そんな時の僕は必死に話題を変えようとする。

 けれど、その態度すら冷やかされるのが本気で嫌だった。


 いくら説明したところで分かって貰えず、必ず最後には、誰か紹介してくれとお願いされる。


 そんな事を朱音に言える訳もなく、モヤモヤした気持ちでやり過ごす時間がたまらなく苦痛で逃げたくなる。


 暫くそんな話でイジられていると、校舎の脇からひょこっと朱音が現れた。

 僕と視線が合って直ぐに、笑顔で近づいてくる。


「いたいた、こんなとこに居たんだ碧音。お昼はゴメンねぇ、一緒に食べられなくって」



 ──なんてタイミングの悪い登場なんだ。



 朱音の姿を見たクラスメイト達は、一層ニヤニヤしながら一言ずつ残して移動して行った。


「仲良いねぇ、おじゃま虫おじゃま虫ぃ」

「あぁあぁ熱い熱い、二月なのにお熱いなぁ」

「いぃよなぁ彼女って。この裏切り者ぉ」


 ──人の気も知らないで好き勝手を言ってくれるもんだ。


「なぁにあれ? 失礼しちゃうわね。それより本当にゴメンね。一時限目が終わった後、沙耶達がどうしてもって言われて断れなくって」


 そんな弾んだ声に、僕は顔を反らせて呟いた。


「別にいいよ……」


 その呟きが小さくて聞こえなかったのか、朱音は言葉を続けてくる。


「何かね、沙耶ったら告られちゃったらしくってね。それで、奈緒と杏里と私で相談に乗ることにしたの」


 弾んだ声で話し続ける朱音に、ムッとした。

 だけど、彼女の話しはまだまだ終わらない。


「それでさ、お試しするのもアリなんじゃないってことに落ち着いたんだけど、碧音はどう思う?」


 そんな問いかけに、イラッとした。


「分かんないよ……そんなの……」


 その言葉の何が可笑しかったか分からないけど、朱音は何故かいやらしい表情を浮かべた。


「あぁ、やっぱこの手の話はお子ちゃまな碧音には早すぎたかぁ。ゴメンゴメン! 完全に話し振る相手を間違えちゃった」


 朱音の何気ない言葉に、僕は、過剰に反応してしまった。


「お子ちゃまで悪かったな! 僕なんかに、そんな話しても分かるわけないって、知ってて言ってきたんだろ! 馬鹿にすんなよっ! それに、人生相談なんてヒーローのやる事じゃ無いじゃないかっ! いい加減にしろよっ!」


 そこまで言って朱音を睨みつけた時だった。

 朱音は、悲しそうな表情となって俯いた。


 僕は、いたたまれなくて、情けなくて恥ずかしくて──震えそうで壊れそうで嫌われそうで……。


 それでも腹が立っていて──踵を返し、その場から逃げだした。



 ◇



 それから四時限目と五時限目、後悔の念に苛まれた僕は、どんな授業を受けたかも記憶に無いほど上の空だった。


 頭の中には、あの時の朱音の悲しげな表情がこびり付いて離れない。


 あの後、当然のごとくクラスメイトに冷やかされた。

 嫌な思いをしつつも、何もなかったを繰り返して席に座った。


 ひょっとして、朱音が教室の出入口から来るのではないかと少しは期待していた。

 だけど、そう上手くはいかないのが現実だった。


 僕が思うほど朱音は都合よく現れるわけでもなく、四時限目と五時限目の間も、結局彼女は来なかった。


 あそこで朱音が怒った表情をしてくれれば、こんな気持ちにならずに済んだのに──と悶々とするばかりだった。


 朱音からすれば何気ない話題を振っただけなのに、僕が過剰に反応した為に、あんな表情にさせてしまって。


 本当に申し訳ない事をして謝りたかったけど、自分から朱音の教室に行く勇気はなかった。


 ──僕は弱い。

 ──僕は臆病だ。

 ──ヒーローの資格なんてない。


 そんな事を鬱々と考えていると、突然横の出入口の扉が開き、聞きたかった声が、僕の耳に飛び込んできた。


「ごめん碧音、お願いがあるのっ!」


 そう言って、一時限前と同じく懇願する朱音の姿がそこにあった。


 朱音の、いつもの感じの話し方に、僕は大いに救われた。


 それでも無理やり平静を装って声を出した。


「今度は何?」


 普段通りに言えた──と思う。


 朱音は顔を上げ、縋るような面持ちで言ってくる。


「次の体育なんだけど、冬用の体操服忘れちゃって……だから、貸してっ!」


「はぁ? 今度は体操服?」


 朱音の忘れ物癖に、物凄く憤る。

 とはいえ、次の体育は僕のクラスと朱音のクラスの合同授業だ。


 つまり、冬用の体操服を貸すと言うことは、僕は冬用の体操服を着れない。


 ということは、二月の冷えきった体育館に、僕は冬用の体操服無しで授業に望まなければならなくなる。


 僕がそこまで考えていると、朱音は両手を合わせたまま、首をコテンと傾けて言った。


「駄目?」


 ──いや……その表情は違反だ。


 ──それにお昼の事もあるし。



「……はぁ」



 僕は、サブバッグから冬用の体操服を抜き取る。

 それを朱音に手渡すと、明るい表情を見せてくれた。


 朱音の表情に、息を飲む。彼女は片手を大きく振って、自らの教室に戻って行った。


 その後、僕は当然のごとく、例の三人に冷やかされる。

 無茶苦茶嫌だったけど、朱音の悲しげな表情が、笑顔に上書きされた事で、耐える事が出来た。



 ◇



 今日の授業はバスケットボール。


 運動神経のいい朱音は、試合でコートを縦横無尽に駆け回っていた。

 待機中は、女子同士で身を寄せ合い、時折、ブカブカの体操服を広げながら笑顔で談笑していた。


 僕は、冬用のインナーの上に半袖の体操服を着ていた。

 人の体操服ではしゃぐ朱音を、恨めしそうに眺めていた。


 ただ、僕のような格好をした男子生徒は少なくなく、仲のいいクラスメイト三人も同じ姿だった。


 どうやら、彼らも体操服を忘れたらしい。

 僕の姿を見て、「仲間がいた!」と喜んでいた。


 そんな彼らは塊になって、高い天井から落ちてくる寒さを凌いだ。


 その後、共に寒さに耐え抜いた僕たちは、授業終了と共にダッシュで教室に戻った。

 速攻で制服に着替える。


 そしてホームルームを迎え、帰宅の途についた。


「なぁ、駅前のゲーセン行かねぇか?今日、新作の音ゲーが導入されるらしいぞ」


 クラスメイトのひとりがそう言うと、後の二人も同調する。

 当然僕にも誘いが来るだろうと思ったのに、三人とも何故かニヤけた顔を浮かべて、言葉を出してくる。


「碧音は誘えねぇなぁ。そんな事をするのは、野暮ってもんだからな」


「そうだそうだ!」と残りの二人もそう言う。

 全く意味が分からない。


 不思議そうにクラスメイトを見ていると、その中のひとりが親指を僕の後方に向けて、ニヤリと笑う。


 その仕草で後ろを振り向くと、そこには通学カバンと紙袋を携えた、朱音が立っていた。


「今夜の逢瀬は明日聞かせてくれよぉ」


 一人がそういうと、三人が一斉に踵を返す。


「ごゆっくり」

「やりすぎ注意」


 一言ずつ言葉を残し、全員が廊下から姿を消した。


 日頃から仲良くしていても、冷やかされる時は、彼らのことが大嫌いになる。

 そして、朱音と居ることが無性に恥ずかしくなった。


 それでも、朱音がお昼の時のような表情になるのも耐えきれない。

 僕は、朱音に向き直って短く声を出す。


「何?」


 返事を聞いた朱音は一瞬目を瞑り、そして僕と視線を合わせて言った。


「帰ろっか」


 こうして、僕たちは互いに無言のまま校舎を出る。

 寒空の下で、部活に勤しむ生徒達を横目にグラウンドを横切って、校門を出た。


 紙袋の中には、僕の体操服が入っていた。

 そのまま返してくれてもいいのに、朱音は、洗って返すの一点張り。


「汗かいたままで、返せるわけないじゃん」


 ──別にいいのに。


 そう思った時だった。朱音が僕を見ずに声を出した。


「碧音って、いつも道路側を歩いてくれるね」


 彼女の言葉に、僕は、男としてはどうかと思う返事をしてしまう。


「朱音のお父さんに言われてるからね。『男は道路側を歩け』ってさ」


「碧音らしい」と言われ、何となく気まずくなった僕は、無言で歩き続ける。

 朱音は、満足気な表情で歩き続けた。



 ◇



 そのまま駅前通りを進み、とある店の横を通りすがろうとした時だった。

 朱音はピタッと足を止め、店の中を伺いながら、僕の制服の背中を摘んで声を出した。


「ねぇ碧音、ちょっと寄ってかない? 体育で頑張り過ぎてお腹空いちゃった」


 よく見ると、そこはドーナツのフランチャイズ店だった。


 はっきり言って、僕はあんまり甘い食べ物が好きではない。

 だけど、断ってまた昼間のような表情をされたらと思うと、断る気にはなれなかった。


「全く……僕はひとつしか食べないからね」


「おっけい!」と笑顔を見せる朱音に安堵し、僕たちは店に入った。

 僕は比較的甘くなさそうなドーナツをひとつとコーヒーを頼んだ。

 朱音は、トッピングでデコられたドーナツを四つと、キャラメルラテを注文した。


 その後、テーブルの上に並べられたドーナツの甘ったるい匂いに、僕は胸焼けを起こしそうになった。


 一つしか食べないようにしていたのに、朱音はいつもの如く、「食べろ食べろ」と言ってくる。


「要らない」と全力で拒否する。


 だけど、店の中には男が僕ひとりしか居ないのに気付き、周りの女性達の生暖かい視線に負け、派手にデコられたドーナツを二つも食べさせられた。


 ……吐きそう。


 結局、会計は朱音が済ませた。

 自分が食べた分は払うからと言っても、体操服のお礼だからと突っぱねられた。


 店を出ると、二月の夕方は早々に暮れていて、辺りはすっかりと暗くなっている。


 スマホを取り出して時間を確認すると、午後五時四十五分を表示していた。


 そこまでの時間じゃないのに──と思い、上空を仰ぎ見ると、分厚い雲に覆われていた。

 だからこそ、こんなにも暗くなっているのだろう──と腑に落ちた。


 すると、突然──。


「おぅおぅ、お熱いねぇ。こんな所でデートかぁ」

「ヒュウヒュウ!」

「おいおい、独り者にあんま見せつけないでくれよぉ」


 冷やかしの言葉に視線を戻すと、隣のゲームセンターからクラスメイトが、ぬいぐるみを抱えてこちらにやって来るのが見えた。


 どうやら、戦利品のようだ。


 彼らを見た瞬間、またあの居心地の悪さが込み上げてきて、朱音といる事が恥ずかしくなった。

 何となく俯きかけた、その時、朱音が僕の前に出て、クラスメイト達と対峙した。


「ちょっとあんた達、何を言ってんの? ばっかじゃないの? それにデート? これの何処がデートよ! あんた達の目は節穴じゃないのっ?」


 その言葉に虚をつかれたクラスメイト三人は、口を半開きにして立ち止まり、目を丸くして朱音を見つめた。


 そんな彼等に、朱音の言葉は止まらなかった。


「それに何よっ! 私が碧音と居ると、ヒソヒソとウッザい事ばかり言って! 聞こえてないとでも思ったのっ? ホント、馬鹿みたい! アンタらの思考は小学生並か! キモっ!!」


 朱音の勢いに押され気味だったクラスメイトのひとりが、抗議の声を上げた。


「誰がキモイんだ! それに、これがデートじゃなかったら何なんだってんだよ!? 言ってみろよ!」


 朱音は通学カバンと紙袋を持ったまま腕組みをし、言い返してきたクラスメイトに言い放つ。


「日常よっ! アンタらソロ男子には分からないでしょうけど、これは幼なじみとして生きてきた者の、典型的な日常そのものよっ!」


 あまりにも一方的な言い分に、クラスメイトは唖然とした。


「だいたいねぇ! 幼なじみだからって付き合うだとか、恋人だとか。キスだとか、それ以上だとかって、ホント、バッカみたい! くだらない妄想で、私たちのことを見ないで! 迷惑っ!」


 その勢いに引いたクラスメイトに、さらに勢いを重ねた朱音の怒りは、もう誰にも止められなかった。


「それにねっ! アンタらの幼稚な好奇心が、私たちの日常を壊してるって、分かってんのっ!」


 そこまで言って朱音は大きく息を吸い、そして、バズーカ砲を放つ勢いで、クラスメイト達に言葉をぶち当てる。


「アンタらの幼稚でくだらない好奇心で、碧音を日常から遠ざけるなぁっ!!」


 興奮しきった朱音は、腕組みのまま肩で息を上下させる。

 彼らと向かい合い、朱音の横に立っていた僕は沈黙した。

 その横を、無関心を装った通行人が通り過ぎていった。


 暫くすると、今度は少し抑え気味な声量で、朱音が口を開いた。


「後ね、女子的に言わせてもらうけどさ。例えば付き合ってる彼氏に冷やかしばっかやってるヤツに、誰が友達紹介すると思ってんの?」

「……え?」

「彼氏の友達が話し聞いたり、相談にのったり、応援してくれる様な男だったら紹介するのもアリだけど、冷やかしばかりするくだらないヤツに、友達紹介なんて絶対有り得ないんだからね。そんなくだらない男子に紹介してダメになって、気まずくなるのを女子は一番嫌うの! 女の友情は、男のそれと違ってデリケートなのよ! 覚えとけっ!」


 そう言われた三人は、気まずそうに顔を見合わせた。

 全員が言葉を無くし、視線を地面に固定する。


 朱音は僕に向き直り「行こっ!」と言って移動を始め、クラスメイトの横を通り抜けた。


 僕は、一瞬戸惑った。

 それでも、朱音の背中だけに視線を固定し、クラスメイトを見ないように歩き出した。


 彼らを通り過ぎた、その時だった。後ろからの、クラスメイトの声が僕の足を止めさせたのだ。


「碧音……」


 振り向くと、声を出したクラスメイトと視線が合う。

 気まずい空気が支配しようとした時に、彼が頭を下げた。


「ごめん、碧音。……その……冷やかして、ごめん」


 すると──。


「俺も……その……ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたみたい……」


 さらに、もうひとりも──。


「なんか……ホントごめん。ちょっと羨ましいなって思ってさ……ホント、ごめんな」


 突然の謝罪に、かなり驚いたのは事実だ。

 僕は、なんと言えばいいのかと思っていると、最初に謝ってきたクラスメイトが声を出す。


「早く行ってやれよ。待ってんぞ」


 そう言われて振り返る。

 二つ向こうの電柱の下で、真横を向いた朱音が待っている姿が、街頭の灯りに照らされていた。


「早く行けよ」と促され、「うん」と返事をして、僕は踵を返して歩き出す。


「明日なぁ」の声に左手を上げただけで返し、僕は朱音の元に早歩きで移動して行った。


 彼らの謝罪が本気だったのか、朱音にモテないからと言われたからか──。


 願わくば、両方がいいなと思いながら、僕は小さく微笑んだ。


 二月の夕方は冷え込みが厳しく、動いていてもかなり寒い。


 朱音は、セーラー服の上に薄いレモンイエローのカーディガンだけという姿だっただけに、少し震えているようだった。


 男らしく、上着を羽織らせなければいけないのかな──と思っていると、僕の思考を先回りするように朱音が口を開いた。


「馬鹿なこと考えてないで、行くよ」


 歩き始めた朱音を追いかけるように、僕は早足で歩く。真横に並んでから、少し歩く速度を落とすと、朱音がボソッと言った。


「碧音の横って、歩きやすい……」


「えっ?」


 そう言った僕を無視するように、朱音は真っ直ぐ前を見据えて歩く。

 僕も黙ったまま歩き続けた。



 ◇



 市街地に差し掛かり、護岸整備された川沿いを進む。

 住宅地の緩やかな坂道を半分くらい登った頃、突然立ち止まった朱音が声を出した。


「不合格だから」

「……はぁ?」


 そんな間抜けな声を漏らし、朱音より二歩ほど前に出ていた僕は振り返る。

 すると、ニヤリと笑みを浮かべた朱音が、僕に自分のスマホをかざし、再び同じ言葉を口にした。


「不合格だから」


 そのスマホ画面には、大きなバツ印が表示されていた。


 何のことだかさっぱり分からない僕に、朱音は呆れたように腰に手を当てる。


「忘れちゃったの? ヒーローのお試しよ。期間は家に帰るまでって言ったでしょ? だから、お試し終了! ハイ、おしまい!」


 そう言い放ち、朱音はスマホをカーディガンのポケットに戻した。

 朱音は通学カバンと紙袋を小脇に抱え、両手を「パンっ!」と叩いた。


 ──そう言えば、そんな話だったっけ?


 今日一日、朱音が何度もスマホを操作していたのを思い出す。

 最後の方は、それどころじゃなくなっていて、すっかり忘れていた。


 ──不合格って……何だよ、それ?


 別に、朱音のヒーローになりたいなんて、露ほどにも思っていなかった。

 彼女が僕のことをヒーローと認定するなんて、天地がひっくり返っても有り得ないことも知っている。


 ただ、何となく、いいように振り回された一日だったなと思い返しかけた、その時、朱音が声を出す。


「大体からしてさぁ、現実にヒーローなんて、居なくても良いのよねぇ」


 ──今更?

 そう突っ込みたかったけど、朱音の言葉はまだまだ続く。


「もし、本当にヒーローなんて仕事があったとしたらさぁ、当然悪の秘密結社と戦う訳じゃない? 大勢の雑魚隊員にボコられたり、派手な爆発に巻き込まれたり。挙句の果てに、巨大になった怪人と戦ったりしてさ。命がいくらあっても足りないじゃない? もし、私の彼氏とか旦那になる人がヒーローやってるって分かったら、きっと辞めろって言うと思うの」


 その言葉を聞いて、僕は、小学校の頃に朱音の家に泊まった時の事を思い出す。



 ◆



 夜中にトイレに起きて用を足し、朱音の部屋に戻ろうとした時だった。

 朱音のお母さんの大声が聞こえてきた。


 何事かと思い、リビングに向かった。

 扉が少し開いていて、そこからおばさんの悲痛な声が聞こえてくる。


『どうして、貴方だけがいつも危ないところにばかり行かされるのよ!

 いくら正義の為だからって、貴方に何かあった時は遅いのよっ!

 もう辞めて! 心配ばかりかけないで!

 貴方に何かあったら、私と朱音はどうやって生きていけばいいのよ!

 お願い……もう危ないことはしないで……』


 そう言ってすすり泣くおばさんの向こうで、おじさんは困った表情で黙っていた。



 ◆



 僕はその時だけしか知らないけど、きっと朱音は何度となくそんな話を聞いてたんだろうなと想像すると、何とも言えない気持ちになってしまう。


 そんな朱音にとってのヒーローに、本気でなれないかと考えた時だった。朱音がこんなことを言ってきた。


「だから碧音は不合格。そもそもアンタがヒーローなんてやって、私を守れると思う?

 おおかた、雑魚中の雑魚の見習い雑魚にやられるのがオチよ」


 ──酷い言われようだ。


 そう言って朱音は一瞬眉間に皺を寄せ、僕に聞こえないように呟いた。


「それはそれで心配ね……」


「えっ?」と聞き直す僕に、朱音は咳払いをしてから言ってくる。


「と・に・か・く! お試し終了、不合格! 以上っ!」


 そんな朱音を眺め、怒りよりも呆れの方が勝った僕は、ため息混じりに言った。


「全く……それじゃあさ、ヒーロー探しはどうするのさ? また明日からやり直し?」


 すると、朱音はニッと口角を上げて言ってきた。


「ヒーロー探しも、もう辞めることにしたわ。どうやら、日常が戻ってきそうだし。

 明日から私は、また日常を生きる女になるのよ」


 そう言って、朱音はドヤ顔を向けてきた。


 ──日常を生きるって……。


 全く訳の分からないことを言って、ドヤ顔を見せつけてくる朱音の思考が、謎すぎて逆に怖い。


 じゃあ、いつもは日常じゃないのかと突っ込もうとした時、朱音は再び声を出した。


「それにね、やっぱりヒーローは探すもんじゃないわ」


 その言葉に呆れながらも、ドーナツ店前での朱音の立ち回りを思い出す。

 そして今度は何を言い出すのかと内心冷や冷やしながら、ため息混じりに聞いてみる。


「全く……じゃあ何さ?」


 すると朱音は、こう言い放ってツンと自慢げに鼻を上げた。


「もちろん、観るものよ! そしてこれからも観続けるものよ!」


 ……『するものよ!』と言われなくて、心底良かったのだけど。


「全く……そろそろ戦隊モノから卒業してもいいお年頃なんじゃないの」

「冗談じゃないわ! 私は、これからも戦隊モノを観ることを辞める気は無いわよ。大学生になっても社会人になっても、子供が生まれたって、一緒に観続けるの! だから、碧音も覚悟しなさい」


 ここまで戦隊モノにハマるなんて──もう苦笑いしか出てこない。

 僕は、ため息混じりに言ってやった。


「子供が生まれてもとか……あのさぁ、子連れで僕の家に押しかけて来るのは勘弁して欲しいんだけど」


 すると、何故か朱音は僕の顔を真顔で眺めてきた。

 それからゆっくりと口角を上げ、楽しげに言い放ってきた。


「そのうち分からせてあげる」


 訳の分からない朱音の言葉を聞いていると、坂道の下からヘッドライトの光が現れた。


 僕は、自分の家の玄関側へと身を避けた。

 もちろん朱音も自らの家の玄関の方へ行くと思いきや、何故か僕の隣にやってきて、車をやり過ごす。


 それだけでも驚いたのに、朱音はさらに驚く行動を取ってみせた。


「いつまでそこに立ってるの? 早く入りましょ? 冷えるわよ?」


 そう言って、僕の家の玄関を開けたのだ。


 確か朝、出掛けにお母さんからそんな事を言われた気がする。

 朝が苦手な僕の脳では、記憶しきれない内容だったのかもしれない。


 それに、餃子と聞いて僕は嫌な予感に苛まれてしまう。

 果たしてどれくらいの量を作り、そしてどれくらいの量を食べさせられるのだろうか……。


 想像するだけで怖気が走る中、朱音は僕の家の玄関を全開にして、高らかに声を上げた。


「ただいまぁ! お腹空いたぁ!」


 いつも朱音が自分の家に入る時の定番の言葉だ。


 ──だから、ここは僕の家なんだって!


 そう思いつつ、もしこれから先もこの言葉を聞き続けるのも──それはそれでアリなのかな、なんて思いながら、僕は朱音の後を追うように家の中へ入った。


 その時は戦隊モノのヒーローのように、僕が先に立って玄関の扉を開く──。

 そんなことを思いながら、僕は朱音の背中を眺め、後ろ手で玄関の扉を閉じたのだった。



            〜〜〜おしまい〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


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