もうすでに始まっていた
爽:う〜ん……なんだっけ、忘れた!
ここまで引っ張っておいて、これ。
まさかの寸止め。
夏帆:え〜っ!何よ〜!はぐらかすつもり?
爽:違うって!ほんとに忘れちゃったんだって!
夏帆:そう中途半端に言われたら、気になっちゃうじゃない!
爽:ほんとほんと!全然覚えてないんだってば〜!
と言っても本当にただ忘れてるだけなのか怪しいけど……
そう言えば確か、前聞いた話だと漫画しか読まないんじゃなかったっけ。怪しいなぁ。
わざと面白がって演技してるだけな気もする。
ほんと、性格悪いんだから。
爽:そろそろ午後かぁ。
そう言って、ふぁ〜あとなんとも気の抜けたあくびをしながら大きく伸びをする。
つられて私まで……
夏帆:ふあぁ〜……
爽:……ぶふっ!顔、ぶっさ!
夏帆:なっ……?!ちょっと、何見てんの!
爽:えっ、顔やばっ!なにそれ!あははははっ!
突然吹き出したかと思えば、机をバシバシ叩いて大爆笑。
もう、ほんっっっとに!失礼なやつ!もう!
夏帆:う、うるさいっ!そう言われたって、私だって好きでこんな顔した訳じゃないんだから!
爽:あはははははっ!
夏帆:あくびなんて誰だって変な顔になるでしょ?
さも私がおかしな顔をしたかのように笑ってるけど。
あくびしてる時の無防備な顔を見てくるなんて、ほんとに最低な野郎だ。
爽:ああ、笑った笑った……はぁ、はぁ。腹いてぇ。めっちゃ涙出た……
夏帆:人の顔を笑うなんて!
爽:面白いんだもん。
夏帆:もう、そういう変な時ばっかり狙って……
爽:いや、狙ってないよ?
夏帆:は?狙ってないとあくびなんてそんな見ないでしょ?
爽:ううん、いつも見てるから。
『いつも見てる』。
そういえば、確かに……
髪切った時とか、新しい服着てきた時、具合悪い時、化粧失敗した時とか。
いつも彼はすぐに突っ込んできた。
ちょっとした変化によく気づくなぁとは思ってたけど。
毎日職場でこうして会うたび、いつも彼は私を見ていたようだ。
相当の物好きなのか、それとも……
夏帆:なんでよ?そんな毎日見てたって、何もないでしょ?
爽:ネタに事欠かないからね、一宮さんは。いつ見ても面白いもん。
夏帆:面白いって、そんな!私、芸人じゃないし!それに水瀬くんだって、たまに変な寝癖つけて来るじゃない。
爽:でも、干物マンには敵わないよ〜。
夏帆:あっ!またその話を!
しれっと話を逸らされた。
爽:あっ、干物ウーマンか。
夏帆:どのみち違うから!まだ枯れてませんっ!
爽:今日のスカートだって、完全におばあちゃんカラーじゃん。
おばあちゃんの肌着の色って事?
そう言われれば、確かに似てるけど!そうだけど!
夏帆:おばあちゃんじゃない!まだ私、おばあちゃんじゃないから!ただ落ち着いたベージュ色なだけ!
爽:あれ?これ、もしかして新しいやつ?初めて見た。
夏帆:そうだけど、何か?
爽:ふ〜ん。可愛いじゃん。
褒められてるんだか、馬鹿にされてるんだか。
真っ直ぐこっちを向いてはっきり言うから、変にドキッとしてしまう。
夏帆:それはどうも。
皮肉たっぷりにそう答えると、彼は軽く俯いた。
しょげてるようにも見えるけど……
いやいや、どうせこれも演技でしょ。多分。
爽:でも……
夏帆:でも?
爽:でもさぁ。他にも色、あったんでしょ?
夏帆:……?ええ、まぁ……
爽:そんな中でわざわざ、このおばあちゃんカラーを選ぶなんて……はぁ〜。
爽はおもむろに両手を挙げて、やれやれと言いたげに首を振る。
センスがないとでも言いたいのか。
夏帆:だからおばあちゃんじゃないってば!好きで買ったんだから!いいでしょ、ベージュだって!
爽:でもさ、でも……むぐっ!
またおばあちゃんカラーがどうの、とか言い出しそうだった彼の口に、何個かまとめてグミを押し込む。
騒がしい声はピタッと静かになり、グミ達はもぐもぐもぐと吸い込まれていった。
う〜ん。ベージュはやめて、次はもっと別の色にしようか。
何だろう、無難にネイビーとか?
いや。でも待てよ、この場合……
夏帆:どうせ何色着てきたって、イジるつもりなんでしょ。こうやって。
爽:そうだよ。
なんの悪びれもなくさらりと返ってくる声。
ああ、やっぱり。ですよね〜。
どうあがいても無駄ってか。
がっくりと肩を落とし、頭を抱える私。
どうしたもんか……ああ、頭痛い。
なんとかならないもんかな、コイツ。
爽:えっ何?なんか悩んでる?
夏帆:そりゃ、悩むわ!これだけ被害受けてるんだから、対策くらい考えるわ!
爽:えっ、そんな〜!俺の楽しみ取らないでよ!一宮さんイジるの、俺の生きがいなんだから!
夏帆:どんな生きがいだよ。こちとら迷惑してんだから……
ふと時計を見ると、結構いい時間。
そろそろ午後の業務が始まる。
夏帆:喋ってたら、もうこんな時間だ。
爽:ほんとだ。いや〜、今日も楽しいなぁ。
わざとらしく私の目を見てニヤリと笑う。
夏帆:もう!こっちは全然楽しくないから!
会話はまだ続けつつも、午後始業の準備を進める。
大きく引いていた椅子を机に引き寄せ、姿勢を正して。
弁当を広げるために退かしておいた書類を目の前に軽く広げ、パソコンのスリープを解いておく。
なんか急にぺたんこになったなぁと袋の中を広げて見ると、もうあと残り一個だった。
午前中から少しずつ食べてたとはいえ、かなりのハイペース。
夏帆:あ〜あ、随分減っちゃった。もうほとんど終わりじゃない。誰かさんのせいで……ってあれ?
よくよく見ると、その粒は角がなくて丸っこい形をしている。
これはまさか。
もしかして、ハート型……?
急いで取り出そうと指を突っ込むも、彼の声に制止をかけられる。
爽:そっか〜久しぶりなんだ……それじゃあ、頑張っちゃおうかな。
一瞬爽の顔が真面目になった気がした。
笑顔は消え、キリッと目に力が入って。
ほんの一瞬だったから、もしかしたら見間違いかもしれないけど。
でも、あれ?と思った時にはもう、すぐに元のニヤニヤ顔に戻ってしまった。
夏帆:何、『そっか〜』って?『頑張っちゃう』って?なんの話?
爽:よかったじゃん。枯れなくて済んだよ?
夏帆:は?何、急に。いきなり何言って……
爽:今日の夕飯、決まってる?
夏帆:まだだけど……?えっ、何?
爽:ならよかった。そんじゃ、今晩予約しといたから!食べに行こ!
はぁ?どんだけ王様なんだ、この男。
自分勝手にも程がある。
夏帆:はぁ〜?!何よそれ!そもそも、いつ予約なんか……
爽:今ポチった。
私が気づかない間に、彼は夕ご飯のお店をスマホで見ていたらしい。
夏帆:いや、それ……私の予定空いてなかったら、どうするつもりだったのよ。
爽:う〜ん?まぁ、なんとなく今日は空いてるだろうなって思ってさ。多分いけるかなって。
夏帆:とんだギャンブラーね。っていうか、予約って……どこなのよ、それ?駅前の居酒屋とか?
爽:ん〜?ううん、なんか……一宮さんが好きそうなイタリアンのお店。ほら。
彼が見せてきたスマホの画面には、程よく薄暗い照明の元にシックなインテリアの並んだ、なかなかお洒落なレストランの写真が映っている。
添えられていた文章には、『料理やお酒は文句なしにおいしくて、雰囲気も最高。窓から見える夜景が綺麗で、デートや女子会におすすめ』とあった。
デートや女子会におすすめ。
ふ〜ん。結構雰囲気良くて、落ち着いたお店なんだなぁ。
彼の事だから、てっきり適当な居酒屋かと思った。
ふ〜ん。
『デート』や女子会に……
……デート?
まさか、いやまさか。
夏帆:えっ!えっ……ちょっと、ねぇ!これって……
バッと彼の方へ振り向くと、急にタイミングを見計らったかのように机の電話が鳴った。
爽:お電話ありがとうございます。株式会社三伏の水瀬でございます。
彼は電話の方へ駆け寄り、受話器を取って答える。
ごくごく普通のビジネス対応。
爽:丸山様ですね、いつもお世話になっております。はい、はい……
あのさっきまでの生意気さはどこへやら。
電話に出る彼の声はまさに好青年そのもので、全くの別人にすり替えられてしまったみたいだ。
しかし、その顔はこちらを向いてニヤリとしていて。
さっきの言葉の意味、やっと分かった?とでも言いたげに。
またもや、完全に遊ばれてしまっているみたいだ。
夏帆:もう!ほんとムカつく!
しかし、不本意ながらも頬はほんのり染まっていた。
これからを予知して舞い上がる心は、まるで学生の頃と変わらず。
夏帆:な、何よ……何なのよ、もう……!
そう毒突くので精一杯。それすら悔しい。
苛立つ気持ちのままピュアグミの最後の一粒を自分の口に放り込み、空袋を乱暴にゴミ箱へ押し込む。
口の中にじゅわっと広がっていくその味は、なんだか今までのどの一口よりも甘い気がした。
恋の始まりはいつだって突然で、とっても甘酸っぱい。
読んでいただきありがとうございます!
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あと、ピュ〇グミおいしいよね。たまに食べたくなる味。
個人的にはグレープ味が一番好きです。




