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敵か味方か謎の女

 久野と色々なやり取りをしていたためか、帰り道に付くころにはすっかり日が暮れていた。今から材料を買って帰宅し、作り始めると言うのには少々遅い。


「あのアホのせいで、今日の晩御飯どうするか考え直さないとな」

 

 恐らく大妖怪である生き物に対して散々な言い方をするのは、世界広しと言えども橘だけだった。だが彼はそれだけ今日の晩御飯を楽しみにしていたのである。多少の暴言はやむをえまい。

 結局手作りは諦めて、スーパーのお惣菜で済ませる事にしたようだ。近所のスーパーに入り速足で惣菜コーナーを目指す。


(餃子五個で三百円の所、半額で百五十円……! これだ!)

 

 ちょうど予定だった餃子が半額で売っていたので、迷わず手を伸ばす。だが、ここで予想もしなかったことが起きる。恋愛ドラマで見るような本屋の出来事の様に、二人の手が重なったのだ。思わず顔を上げると、ファッション関係の仕事でもしているのかの様な、お洒落な服装をしているショートカットの女性と目が合う。


「あ、どうぞ」

「いやいや、悪いよー!」 


 日本人特有の譲り合い合戦が起きていたが、後ろから第三の魔の手が近づく。


「じゃあ私に寄こせ!」

 

 突如現れたオバサンによって、その平和な争いは終焉を迎える事になった。何となく気まずくなる二人。


「あの、すみませんでした」

「いえいえ! アタシの方こそ申し訳ないっ!」

 

 今度は謝罪合戦が始まり、しばらくしたところで気まずくなった橘は店を後にした。しょうがないので今日の晩飯を買う事を諦めることにした。


「こんなことなら久野の家で、一人分の食事を二人で分け合ってでも食べてきたら良かった……」

 

 お腹が減って思考が回っていないのか、結構変なことを言っていることに気が付いていないようだ。


「えっと、今からだと如月の家で食事もダメか。あと残っている選択肢は家に帰ってカップ麺か、和光に奢ってもらうか、いつもの定食屋に行くか、か」

 

 残された選択肢の中から選ぼうとしていると、後ろから声を掛けられる。


「おーい、そこのキミ!」

「あれ、さっきの」 

 

 振り返ると、先ほど合戦を繰り広げていた女性が手を振って追いかけてきた。何か落とし物でもしていただろうか。


「いやぁ、さっきは悪かったねー!

「いえお互い様ですので」

「いやいや、キミ学生さんでしょ? アタシお姉さんなんだから快く譲るべきはアタシの方だったの」

「はぁ……」

 

 何だろう。何が目的なのか要領を得ないので、若干警戒をする橘。可愛い女性が自ら近づいてくるなど、ろくな事が起きるはずが無いのだ。すると女性は気持ちの良い笑顔で告げる。


「というわけでアタシとラーメン屋、行かない? もちろんアタシのおごり!」

「行きます」

 

 即答だった。どれだけ警戒心を高め壁を厚くしようとも、可愛い女性に食事に誘われ、しかも奢られるというならば、そんな壁は即座に崩壊して良かった。




「いらっしゃい――あれ、須々田ちゃん久しぶり! そっちの若いのは……もしかして彼氏!?」

「久しぶりマスター! そんで違います! この少年は、アタシのせいで今日の晩御飯食べられなくなった哀れな子なんですよー」

「どうも哀れな少年っす」

 

 須々田と呼ばれた女性に連れられて来たのは、屋台のラーメン屋だった。こんなお洒落な人がラーメン屋に来ると言うのが既に不思議だったが、それが屋台となると更に不思議さが増した。

 店主と須々田は昔からの仲の様で、非常にフレンドリーだ。橘は最初少し居心地が悪く感じたが、何となく二人を見ていると心が温かくなりそうで、そこまで悪くは無かった。


「それで須々田ちゃん刑事のお仕事はどうなの、やっぱ大変?」

「あ、駄目ですよ、もう! あんまり吹聴しちゃいけないんですから」

「お姉さん刑事だったんですか!? 凄いお洒落だったから、ファッション関係のお仕事かと思ってました」

 

 どうやら須々田は刑事だったようで、橘は酷く驚いた。橘は自分の素直な気持ちを言うと、須々田は見る見る笑顔になっていって笑いながら橘の背中を叩く。思っているよりも力があるのか結構痛そうだ。


「えー!? もう嬉しいこと言ってくれるね、キミ! よし、トッピングもどんどん頼みなさい!」


 結局橘は大盛りのラーメンにトッピングを山盛りして最後に須々田と仲良く炒飯を分け合った。

 

「良い食べっぷりね! やっぱ男の子はそうでなくっちゃ」

 

 そういう須々田もかなりの食いっぷりで、こんな細い体のどこにあれだけの量が入るのか、橘は最後まで納得いかなかった。


「いやぁ、美味しかったですね!」

「でしょ! あそこのラーメンは隠れた名店なの!」

 

 二人で夜道を歩きながらラーメン話に花を咲かせていると、ふと自分が送ってもらっていることに気が付き橘は慌てる。


「俺なら大丈夫なんで須々田さんの家まで送りますよ」

「あはは、ありがとね! でもアタシ年上だし刑事だからね、そういうのは不要です!」

 

 とはいえ、何となく警察に自分の家を知られると言うのはそれはそれで抵抗感があった。いや、悪いことは何もやっていないのだがそれでも。だが、既に古河の車で送ってもらっていたことに気が付き今更だと思い諦めた。


「でも最近この辺物騒らしいんで、気を付けた方が良いですよ」

 

 土御門市に引っ越してきてからの約三ヶ月、妖怪に始まりいくつかの事件に遭遇した橘。そのほとんどは普通の人間にはおよそ関係ないモノだったが、廃屋で見た凄惨な光景は未だ忘れる事が出来ない。

 橘が暗い顔をしていることに気が付いたのか、前を歩いていた須々田が振り返り頭をポンポンと撫でる。その顔は先ほどまでと違って思いやりに満ちていた。


「大丈夫、お姉さんが守るからね」

「……そんなに年変わらないでしょ」

「黙りなさい! 学生と社会人の差は大きいのよっ!」

 

 そう言って須々田はまたすぐに明るい顔に戻ってしまった。今の明るい顔は、橘が言った通りそれほど年齢差を感じないが、先ほどの須々田は余裕のある大人の表情だった。それを見た橘は自分がまだまだ幼い人間だという事を実感し、早くこの須々田や古河のような大人になりたいと強く願った。

 

「もうこの辺で結構ですよ、すぐそこなので」

 

 そう言って橘は適当なアパートを指さす。実際橘の本当のアパートまでは近いので嘘は言っていない。


「そっか、じゃあまたね橘くん!」

「ええ、須々田さんもお気をつけて」 


 またね、須々田の発した言葉が気になった。まあ確かにそんなに大きくない街だし、また出会う事もあるだろう。それこそさっきの屋台に行ったら会えるかもしれない。そんな事を考えながら残りの道を歩き、部屋の前に立ち、鍵をさしたところでふと気づく。


「俺、自己紹介したっけ」

 

 そう言えば、帰り道も須々田が前を歩いていた、帰り道を教えていないのに。橘は薄ら寒い思いをしつつも、部屋に入り鍵を閉めインスタントコーヒーで心を落ち着ける事にした。お湯を沸かす時間が嫌に長く感じた橘は、何となくスマホでメッセージのやり取りをして待つことにする。和光とのくだらないやり取りが今は有難かった。

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