一人じゃない
早速、和光の家にやってきた三人。日は傾いては居るものの、まだ女の霊が現れる気配はない。橘はふと疑問に思ったことを如月に尋ねる。
「そういや、何で深夜だけ現れるんだ、その女の霊は?」
「多分だけど、日中は和光さんが学校とか行っているから、確実に寝静まっている所を狙っているんじゃないかしら」
「ストーカーみたいだな」
疑問は解決したが、もう一つ言っておきたいことが橘にはあった。和光もチラチラと不安そうに如月を見ている。
「お前、部屋の中でもその木刀振り回すつもり?」
「当然よ」
和光が一層不安そうな顔になったが橘はもう気にしないことにした。多少壁に穴が空いたとしても和光にはそれを埋めるだけの金がある。これで元の生活が戻って来るなら安いモノだろう、似たようなことを和光もさっき言っていたし。
しばらくして和光がトイレへと消えていく。ふと橘は気になっていることを如月に話す。
「如月、お前から見て和光はどうだ?」
「は?」
如月がポカンとした顔を向けるが橘はもう一度繰り返す。
「やっぱり女性から見てアイツって格好いいか?」
「そりゃあ、ね。あなたと違って彼女が居るのも納得よ」
「黙れ」
一体何を聞きたいのか分からなくて戸惑いながらも橘の方を見る如月。
「何が聞きたいのよ」
「いや同じ学年に物凄い可愛い子がいるんだけど、和光と満更でも無い感じでさ、俺に脈は無いかなって」
「無い」
キッパリとそう告げる如月に、何故だと詰め寄る橘。距離が近いのか、如月は橘を腕で遠ざける。
「彼女がいると分かっていても満更でも無い空気を出しているのなら、二番目でも良いからあわよくば、とか思ってるんじゃない。私の周りにそういう娘いるし」
「な、彼女はそんなふしだらじゃない! 清楚な女の子なんだ……!」
「知らないわよ」
そう言って如月は疲れたのか、床に落ちている雑誌をめくり始める。橘はショックを受けつつチャンネルを回す。テレビでは恋愛ドラマがやっていて、イケメンの男を奪い合う強い女の話のようだった。
「結局女はイケメンが良いんだな」
「当たり前。男だって可愛い子が好きでしょ」
「確かに」
そう呟いてチャンネルをまた回したが、あまり面白そうなテレビはやっていなかったので情報番組で手打ちとする。生気の抜けた顔で橘がそれを見ていると、如月が雑誌を読みながら呟く。
「――でもあなたも別に悪くは無いわよ」
「それはどうも」
橘はお世辞と受け取ってそのまま流した。だが如月がお世辞とか言う女だったろうか、と思い直し真意を問おうとした。そのタイミングで和光がトイレから帰ってきて結局そのままそれっきりとなった。
深夜になり霊の現れる時間になる。しばらく構えていると如月が来た、と呟き和光も顔を青くする。どうやら現れたようだ。
かなりの確率で悪霊なのは違いないだろうが如月は会話を試みる。これは事前に相談しており和光も受け入れた。出来れば穏便に済ませたいという優しさが如月にはあったし、なぜこんなことをするのか和光も知りたかったからである。
「はじめまして。本来なら問答無用であなたを除霊するんだけど聞きたいことがあるの。いいかしら?」
だが、その答えなのか如月が何かの衝撃を受けたと同時に部屋の電気が消えた。交渉は失敗なのだろうか。
「お、おい橘! 大丈夫なのか! 彼女は、俺たちは……!」
和光には何か不味いものが視えているのかそれは分からないが、とにかく落ち着かせるために嫌々手を握る。
「安心しろ。如月を信じるんだ」
「橘……」
和光はその橘の様子を見て冷静さを取り戻した。すると、暗闇から如月の声が聞こえる。
「一方的にやられてると思ったかもしれないけど、逆にあなたが追い詰められている事に気が付かなかったようね。もうあなたは動けない。このままあなたの想いも告げずに消滅する?」
すると霊は大人しくなったのか、如月は力を抜いて霊の言う事に耳を傾けているようだった。ややあって如月から言葉を向けられる和光。
「この子、和光さんに一目惚れしたんだって。一日だけで良いからデートしたいんだそうよ」
「何だそれ」
その言葉は和光のモノではなく橘から放たれたセリフだった。あまりにもお花畑なセリフに力が抜けて座り込む。だが和光は真剣な顔をしていた。
「悪いけどそれは出来ない。オレは彼女を愛している。だから彼女を裏切ることは出来ない。例えそれがあなたの最後の願いだとしても」
その言葉を聞いて怒ったのか、和光曰く霊が再び何かをしようとしているようだ。だがすぐさま如月は、木刀を構えて切る動作をする。
「本当に好きなら相手に彼女がいても幸せを願わなくちゃ、ね」
如月がそう呟いた時にはもう全てが終わっているようだった。和光は手を合わせる。迷惑を掛けられたというのにそんな事が出来るなんて良い奴にも程がある。橘は立ち上がり帰る準備に取りかかった。それにしても、
「モテるって言うのも大変だなぁ。まさか幽霊の一目惚れなんて」
橘がそう呟くと如月はいたずらっぽく笑った。
「良かったわね橘は」
「どういう意味かな?」
和光はそんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたが、やがて頭を下げる。
「橘、本当にありがとう! お前が居なければオレはどうにかなっていたかもしれない。あの時オレを助けてくれて、如月ちゃんを紹介してくれて、感謝してもし尽せない! 如月ちゃんもありがとね!」
「そんなの良いから、早く彼女と幸せな姿を皆に見せろ」
橘は本気だったが和光は冗談と受け取って背中を叩いた。
和光の家からの帰り道、橘は先ほどのやり取りで納得できなかった事を告げた。
「アイツ馬鹿なのか? 今回の事件を解決したのは如月なのに、なんで俺に感謝してるんだ」
それを聞いて呆れたように如月はため息を吐く。何を言っているの、と言わんばかりな顔だ。
「馬鹿ね、和光さんも言っていたでしょ。あなたが和光さんの為に立ち回ったからこういう結果になったのよ。確かに幕を下ろしたのは私だけど、その舞台を整えたあなたに感謝するのは当たり前じゃない」
「……俺はそんな事考えていなかったんだけど」
「それでもよ。――それにね、結果が伴わなくても、和光さんはあなたに感謝していたと思うわ。困った時に手を差し伸べて、一緒に悩んで、同じ想いをして、自分の境遇をどうにかしてくれようとしたんだから」
素敵な友人じゃない、と如月は最後にそう呟いた。そう言って前を歩きだす少女の背中が妙に寂しそうだったので、橘はすぐに走って追いつき隣を歩く。一瞬如月は橘を見上げたが、またすぐに前を向く。月明かりに照らされた影が二つ仲良く並んでいた。