誤解から始まる関係もあるとか何とか
なんやかんや友人たちとの楽しい時間を過ごして、先ほどの悲しみを忘れかけていた頃にはすっかりと日が落ちていた。まだ寝るには早いが明日も早い、ボチボチ解散の流れになったきたのだが、和光は次の遊び場に向かう事を提案する。
「オイオイこれで終わりじゃないだろ! もっと遊ぼうぜ!」
だが周りは皆渋い反応だ。
「いや帰ろうぜ。明日一コマ目から授業じゃん」
「帰って課題しないとだし」
そんな消極的な皆に和光は必死ですがる。
「そう言わずにさ! じゃあ誰かの家で課題とかどうだ!?」
なぜそんなに遊びたがる、いや誰かといたがるのだろうか。橘だけでなく皆も疑問に思ったようだ。そういえば以前友人の一人が、和光の様子がおかしいと言っていたことを思い出す。あの時は気にしていなかったが何かあるのだろうか。
(まあ別にどうでもいいや)
和光に関しては若干ドライな橘は、少し気にはなりはしたものの、その疑問を解決しようとすることは無くさっさと家に帰ろうとした。最後に飲みかけの炭酸だけでも空にしようとする。だが友人の一人は気になっていたのだろう。疑問を和光にぶつける。
「午前中も言おうとしたんだけどさ、和光何かあったのか?」
その問いに難しい顔をして固まる和光。だが言葉が重ねられる。
「そうだよ、彼女居るだろうに俺らとばっかり遊んでいるし」
「ゴールデンウイークも誰かんちで遊んで泊まってばっかりだったな」
そんな風に矢継ぎ早に攻め立てられ観念したかの様に、しかし恐る恐る友人らを見回し和光は告げる。
「なあお前ら……幽霊って信じる?」
その言葉に橘は飲んでいた炭酸をぶちまける。周りから迷惑そうに見られるも誤魔化すように声を上げた。
「ゆ、幽霊!? オイオイ良い年してお前そんなの信じてるのかよ!?」
それは幽霊どころか妖怪も見たことのある男の発言とは到底思えない物だったが周りも概ね同じ気持ちのようだった。
「いやさすがにこの年になるとな……」
「心霊スポットとか冷やかしに行くけど、居るわけ無いと思ってるから行くわけだし」
そんな周りの鈍い反応を見て和光は力なく下を向いたがすぐに顔を上げ、
「悪い、冗談冗談! じゃあ今日は帰ろうぜ、お疲れ!」
そう言って解散に取り掛かろうとした。だが橘がそれを阻止する。
「待て和光。良く分からんが、お前がくだらない嘘や冗談を言う奴じゃないって事は、ここにいる皆知っている。俺らを友人と思っているなら詳しく話してみるのも良いんじゃないか」
それは、真っ先に和光の発言を鼻で笑って否定した男の発言とは、到底思えない物だったが周りも同意し和光はそれを見て、
「橘、みんな……! ありがとう」
感謝の言葉を発した。それを聞いて橘は安堵のため息を心の中でつく。
(あぶね! 幽霊の存在知ってるからつい過剰に否定しちまったけど、本当に幽霊関係の問題があるのならここで話を聞いておくのが助手としての役目だろう。面白そうだし)
最後が本音だったようだがそんなことは露知らず和光は話し始めた。
「実はゴールデンウイーク辺りから家の様子がおかしくてな。深夜になると最初は何かの視線を感じるだけだったんだが、次は足音が聞こえるようになってきたんだ。そして夢に女の子が出てくるようになって俺に言うんだ。『私以外の女と仲良くするな』って。それ以来彼女とはあまり連絡も取っていない。なのにとうとう夢じゃなくて現実にも現れるようになって……!」
和光は悲痛な声で語ったが周りはやはり半信半疑のようでコメントに困っていた。そんな周りの空気を察して橘がとある提案をする。
「じゃあ今から暇な奴らで和光の家に泊まりに行こうぜ!」
「な……! 馬鹿、危ないぞ!」
和光は慌てて拒否したが他の友人らも橘の意見に賛成の様だった。
「良いね、肝試しみたいな感じがして!」
「何もいなかったら和光に奢ってもらおうぜ」
「俺は女を紹介してほしい!」
そんな反応を受けて和光は深く頭を下げたがそれを見てまた友人らに茶化されるのであった。
和光の家に集まった橘たちは、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。課題をする者、ゲームをする者、部屋の中に何か面白い物が無いか探すもの。最初友人らは少々怯えていたが、結局何も起きなかったのでただのお泊り会になっている。
やがてゲームにも飽きて、何の生産性の無い深夜のテレビが流れ始めた頃、橘は眠りに落ちる。
(結局何も起きなかったな……。和光の勘違いか何かか?)
そう思い安心して寝てしまった。だがそれからしばらくした後、急に何か変な感じがして、橘は目を覚ます。周りが静か、いや静かすぎるのである。まるで別世界に行ってしまったようなそんな嫌な感覚が橘にはあった。
周りを見るとテレビは付いているもののただ黒い画面が映っているだけ、友人らは深い眠りに落ちているようだった。だがよくよく観察すると寝息もいびきも聞こえない。無茶な体制で机に倒れている者もいる。睡眠というよりは失神に近いようだった。そして一人かけていることに気が付く。
「あ? 和光はどこ行った?」
橘が和光の行方を探そうとしたとき、
「や、やめろ!」
洗面台の方から和光の必死な声が聞こえてきた。すぐに和光のもとへ向かう橘。
「和光、どうした!?」
「やめてくれ……! お願い、お願いだ!」
どうやら橘の声が聞こえていないようだ。誰も居ない空間に向かって懇願している。だが、橘にはこの光景に見覚えがあった。あの時は懇願ではなく会話だったが、とにかく如月が幽霊とコミュニケーションを取るときの痛い光景だ。つまり幽霊はそこにいて、和光にはそれが視えているのだろう。
「くそっ! イケメンで性格も良くて幽霊が視えるなんてどんだけずるいんだお前は!」
そんな謎の怒りと嫉妬に満ちたまま橘は和光のもとへと近づき、
「おいしっかりしろ馬鹿野郎!」
思いっきり顔面を引っ叩いた。すると和光の眼に光が戻ってきた。橘をジッと見つめる。
「た、橘……?」
「おう」
「あ、あぁ……! 逃げろ橘!」
だがまたすぐ和光の様子がおかしくなる。どうすればいいのか分からなくなって、橘は咄嗟に和光を抱きしめた。
「何か良く分からんが大丈夫だ、落ち着け」
「橘!? え……? 女が近づいてこない?」
どうやら何かの効果があったようで和光はそれ以上おかしくなる事は無かった。しばらく気色悪さに耐えながら男同士抱き合っていると和光が呟く。
「いなく、なった……」
「そうか、もう大丈夫だな」
そう言って橘は汚いものを払いのけるかのように和光から離れた。だが和光がそうはさせなかった。
「ま、待ってくれ橘!」
「気色悪いんじゃあ!」
そうやって洗面台の近くで二人倒れながら抱き合って離れてを繰り返していると、いくつかの視線に気が付く。視線の方を見ると失神から回復した友人らが冷たい、いや生暖かい眼を向けていた。
「お、俺らもう帰るからさ……!」
「和光、橘……。幸せにな」
「彼女と疎遠だったのはそう言う事だったのか」
「あ、ちょっと!」
そうしてその場に残される二人。
「橘……。俺ら、とんでもない誤解をされたんじゃないか?」
「お前のせいだ!」
次の日の朝が来るのが、こんなに怖いことがあるなんて思っていなかった。せめて仲間内だけで留まっていてくれる事を祈る二人だった。