婚約破棄されたのはいいんだけれども…何だか様子が変だわ。
屋敷に帰って見たら、父のクレール伯爵は一言。
「リリアーナ。カーソン伯爵令息ギルバートに、婚約破棄されたから。」
「えええええ?どうしてよ。」
「お前だって、気に入っていなかっただろう?ギルバートの事。文句ばかり言っていたはずだが。」
「誰があんな浮気者っーー。こっちから願い下げよ。」
一年前に家同士の話し合いの末、婚約する事になったギルバート・カーソン。
しかし、彼はリリアーナという婚約者がいながら、浮気が絶えなかった。
色々な女性を連れて、夜会に行ったり、デートに行ったり。何でも学生のうちは遊ぶのが華らしい。
とんでもないわっーー。
あのクズ男っ。
クズ男と思っていたが、あちらから婚約破棄してくるとは。
「お父様、婚約破棄の原因は?」
「お互いに愛を感じないからだと…。慰謝料は貰える事になっているから。」
「慰謝料貰えるなら、まぁいいかしら。次の婚約者を探さないと…」
「それはちょっと待ってくれ。」
「え?」
「こちらでじっくり吟味して探してみるから、な?ギルバートの事は悪かった。
あんなひどい男とは私も思わなかった。だから、今度はじっくりと…だから、ちょっと待てだ。」
「解りました。お父様。」
何かしら。次の婚約者の辺りで凄く慌てていたような…。何か、マズイ事を言ったかしら。
「ともかく、フリーになったお祝いに、街のカフェで美味しいケーキと珈琲でも楽しんで来るわ。」
「どこのカフェに行くのかね?」
「え?いつものカフェよ。横道の外れにある、あの赤い建物のカフェ、ルルシェ」
「カフェ、ルルシェだな?」
やけに念を押してくるのが気味悪い。
リリアーナは屋敷を出ると、カフェ、ルルシェに行き、テラス席に座り、珈琲とケーキを頼んで、ふと、持ってきてしまった本を取り出した。
「ああ、この本、どうしよう。何で私の席に置いてあったのかしら。」
悩んでいたら、珈琲とケーキが来たので、さっそくケーキを食べる事にした。
「うううん。美味しい。」
「これは奇遇だな。」
後ろを振り返ると、レオンフィード皇太子が立っていた。
って、私、皇太子殿下と面識はないはずですけど…。
「あ、あの…。」
慌てて、あたりを見渡す。他の人に挨拶したのではないかと、思ったからだ。
しかし、レオンフィード皇太子はまっすぐリリアーナを見ているようで。
「相席してかまわないか?」
「え???相席する程、混んでいないと思いますがっ…。恐れおおいっ…」
レオンフィード皇太子は席に座り、珈琲をウエイトレスに注文して、
「リリアーナ・クレール伯爵令嬢。クラスは違うが、俺は良く知っている。」
「えええ?私、そんな目立つ生徒ではないはずですが…」
「銀髪の生徒は少ないからな。その長い銀髪の可愛らしい姿で廊下を走っている小柄なリリアーナは、嫌でも印象に残るものだ。」
「ま、まぁ…。授業に遅れないように走ってしまった姿を見ていたのですね。恥ずかしいですわ。」
その時、どこからかピンクの花びらが多量に降って来た。
「あら?秋なのに、こんなに沢山の花びらが…」
「どこかで花が咲いているのだろう。ロマンティックな光景だな。」
しばらく降る花びらを眺めていたが、レオンフィード皇太子が、
「そのテーブルの上の本はなんだ?」
あああああっーーっ。しまうのを忘れていたわ。
「な、何でもないんですっ。」
しまおうとしたら、取られてしまった。
「「血塗られた皇太子と白竜族の姫」」と、書かれた本を開いて、レオンフィード皇太子は中を読んでいるようで。
「成程、君はこのような妄想をするぐらいに、俺の事を気に入ってくれている訳だ。」
「ち、違いますっ。私の机の上に置いてあっただけで、持ってきてしまったのですわっ。」
「死地で出会った二人の恋…ロマンティックな…。俺ならば、抱き締めただけで、終わりはしない。リリアーナと情熱的な夜を過ごして悔いのないようにするが…。」
「きゃっ…な、何ていうっ…恥ずかしいお言葉。」
「それにリリアーナ、名前も同じだが、容姿も似ているな。君も小柄で可憐な姫君のようだ。」
「ちょっと待ったっ…。私は姫君ではありませんっ。」
レオンフィード皇太子の顔が近づいて、唇にキスを…
「何するんですかっ???」
「リリアーナは可愛らしい。また、会おう。それでは…」
レオンフィード皇太子は行ってしまった。
何だか、ドキドキの体験だった。
リリアーナはしばらくボンヤリとレオンフィード皇太子が去っていった道筋を見つめていた。この辺りだけ、妙にピンクの花びらで埋め尽くされているなと思いながら。