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「血塗られた皇太子と白竜族の姫」という本が机の上に置かれていた件について

リリアーナは、白竜族の最後の生き残りの姫君である。

銀の長い髪に、鹿のような角、尖った耳、美しい衣を着せられて、

手足には鱗が生えていたが、それはもう美しき少女であった。


その少女が、沢山の兵に囲まれて檻に入れられ、運ばれているのだ。

そう、血塗られた皇太子として名高いレオンフィード皇太子の元へである。


レオンフィード皇太子の父、アレフレナルド皇帝が納めているシーフ帝国は、小さな海に面した国であった。だが、隣国のゾガルド帝国がシーフ帝国を我が物にしようと、国境を犯して頻繁に攻め込んで来た。それを戦闘で兵を率いて、防戦しているのがレオンフィード皇太子である。皇族でありながら、自ら剣を振るい、戦場を駆ける姿は血塗られた皇太子として、知られ、殺した敵兵は数知れず、敵国に恐れられていた。


その最前線に送られてきたのが、リリアーナである。

皇帝である父が、珍しい姫君を手に入れたので、最前線で戦うレオンフィードの褥を共にする者として送ってきたのだ。


「どういうつもりだ。父上は…。褥の相手などいらん。それも何故、竜神族の姫を?」


竜神族は今やその姫君を最後として滅びようとしている一族である。


最前線に設置された幕の中で苛つくレオンフィード皇太子。

銀髪で精悍な顔つきのこの男は、側近の兵に向かって、


「送り返せ。俺には必要はない。」


「そういう訳にも参りません。皇帝陛下の送ってよこした者。丁重に扱わねばなりません。」


「褥を共にする為に送ってきたのだろう?それで丁重にか?褥で女に優しくしてやるつもりはない。」


その時、幕の外から声がかかる。


「姫君をお連れしました。」


「解った。来てしまったのでは仕方ない。」


外へ出れば、檻に入れられた、それはもう美しい銀の長い髪の少女がこちらを見ていた。


「あ、あの…。私っ…」


「何の為に送られてきたか解っているのか?」


少女は真っ赤になって。


「とても…素敵な方ですね…」


「何を言っているのだ。お前は…俺に身体を…」


「貴方様ならかまいません。なんて真っすぐな方…とても綺麗な光が見えます…」


「俺は血塗られた皇太子と呼ばれている。」


「それは国の為に仕方なくでしょう。皆さん、一生懸命、攻め込んでくる敵を防いでいるのですから。ああ、お願いです。私、逃げませんからこの檻から出してくれませんか。皇太子殿下のお役に立ちたいです。」


「信頼した訳ではないが、出してやれ。」


兵に鍵を開けさせて少女を出してやると、少女はレオンフィード皇太子の顔を見上げて。


「私、リリアーナと申します。わ、私をお望みなら…その…」


「こっちへ来い。」


レオンフィードは、この少女をとりあえず自分の幕へ連れていった。

父の皇帝陛下が送ってきた少女をその辺に放っておくわけには行かなかったからである。


「残念ながら、風呂はない。水が汲んであるから、布を浸して身体や髪を拭いてくれ。

着替えは…。」


レオンフィードは幕の外の兵に向かって。


「女物の服は無いのか?」


「そのような物はあるはずありません。」


「ああ…仕方ない。洗濯して着るものがない時は俺の服を着るがいい。ただし、サイズは合わないと思うが。」


「有難うございます。」


兵に食事を運んでもらう。パンと肉と飲み物で、それ程、豪華な物ではない。

幕の中に簡易ベットをもう一つ、兵に作らせて、そこに少女、リリアーナを座らせる。


リリアーナに食事を渡せば、パンをちぎって食べ始めた。


「あの…食べ終わったら、身体を拭いて支度しますから。」


「お前は…慣れているのか?こういう事に。」


「いえ、初めてです。だって…私は望まない人を拒否する力はありますから。

皇太子殿下のような、素敵な方に初めてを捧げられて嬉しいです…」


リリアーナは真っ赤になってうつ向く。


「今宵は必要ない。さっさと食ったら寝るがいい。俺はあっちのベットで寝る。いいな。」


何だ?あの女は…なんか調子が狂う。


レオンフィードは、パンと肉を食べ食事を終えると、先にベットに横になった。


リリアーナは、何やらゴソゴソとやっているようだ。

水音がするので、身体でも拭いているのだろう。


ふと、背後に気配を感じ、飛び起きる。枕元の剣を手にし、相手の首元へ突き付けた。


リリアーナが立っていた。


「ど、どうか…でないと私、皇帝陛下に叱られてしまいます。」


「父がお前を脅していると言うのか?」


「脅されていません。ただ…私は自分を守る事は出来ます。でも…」


「そうか…。お前が俺の言う事を聞かないと、罪もない民を、痛めつけるとでも脅されたか。父上がやりそうな事だ。」


「子供が鞭打たれるのを見るのは辛いですわ。」


リリアーナが涙を流す。


「その子供は知り合いなのか?」


「いえ…私に知り合いなんていません。でも、知らない子供達だって、あまりにも可哀想で…可哀想で。」


「だったら…。」


リリアーナの手を引いて、ベットに引き込む。

そして抱き締めて。


「添い寝してやる…。これで俺と寝た事になるだろう。」


「え?」


「それじゃ、おやすみ…。」


何故、このような気持ちになったのか。レオンフィードは解らなかった。


情熱が赴くままに、この少女を抱くことが出来ない。

自分にもこのような優しい心があったのか…レオンフィードはそう驚きながら、

瞼を瞑って眠りにつくのであった。


敵襲っーーー。敵襲っーーーー。


その声にレオンフィードは目を覚ます。

手に剣を持ち、外へ飛び出ようして、横で震えている少女に気が付く。


「ここで大人しくしていろ。いいな。外へ出るな。」


雲霞の如く、押し寄せて来る敵。

味方の兵達を支持し、レオンフィードは剣を振るって、敵兵をバタバタと斬って行く。


「ええい。くらえっ。」


手を翳すと、爆発魔法を詠唱し、敵兵に投げつければ、数人が吹っ飛んだ。

大して威力がある魔法が使える訳がない。

それでも、この状況を切り開くのに、役に立つのだ。


どの位、戦っていただろう。レオンフィードは強い。

周りには敵兵の死骸が、雲霞の如く転がっている。


味方にも死者や怪我人が出ていて、あたりは酷い有様だった。


「退却っーーーー。」


敵兵を支持していた大将らしき声が響いて、敵兵が退却して行く。


何とか今日も生き残る事が出来た。


しかし、明日はどうなのだろう… こんな状況が二月も続いているのだ。


怪我人の手当てを、生き残っている兵達に任せる。


幕へ戻れば、リリアーナが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。」


「ああ…戻った。」


「水で身体を拭きますか?血だらけでございますわ。」


「疲れた…」


剣を床に転がし、そのまま寝転がる。

眠気に抗えずウツラウツラとしていると、優しい手がその髪を、額を拭くのが感じられた。


「リリアーナ…」


「はい…」


「有難う…。」


「いえ。何か掛ける物を持ってきましょうか?飲み物はいりますか?」


「寒い。このまま寝る。掛ける物を…」


「かしこまりました。」


あまりの疲れに、レオンフィードは眠ってしまった。


ふと、目を覚ましてみれば、自分を膝枕したまま、瞼を瞑っているリリアーナの顔が目に入った。


身を起こせば、リリアーナが寝ぼけた顔で。


「ああ…お目覚めですか。何か手伝いましょうか?」


「膝枕していてくれたのか…ずっと。」


「私に出来る事と言えば、このくらいしか…」


「まだ朝早い。お前はベットで寝直したらいい。」



日差しが幕の間から差し込んでいる。


今日は戦が無ければいいのだが…。


このような毎日、皆、疲れ果てている。


血がこびりついた服を脱いで、水で身体を拭き、改めて着替える。


リリアーナが、食事を盆に入れて持ってきてくれた。


「気を遣うな。食事位、用意出来る。」


「私は貴方のお役に立ちたいのです。」


むしり取るように、盆からパンを取り、口に放り込む。


ああ…降伏が許されるなら降伏出来たらどれだけ楽か…

しかし、降伏したら最後、皆、奴隷としてコキ使われる定めである。


「お前も気の毒な女だな。我が軍が負けたなら、お前はどうなると思う?」


「敵兵の慰み者になって殺されるでしょう。覚悟は出来ています。」


「覚悟が出来ている割には、震えているではないか。」


レオンフィードは、リリアーナに一振りの小刀を与えた。


「いざという時はこれで命を断て。」


「戦況はまずいという事ですね…」


「俺が一騎当千と言えども、限度がある。お前を守ってやる事は出来ない。」


「それまで…傍にいさせて下さい。出来る事をさせて下さい。」


「父の命で来たならば、ここから戻る事も出来ぬのであろう。それまで、傍にいさせてやろう。」


震えるリリアーナの手に小刀を握らせる。そして抱き締めてやった。


「もし、来世があるなら、お前は、こんな所に生まれてくるなよ。今度こそ、幸せになれ。

いいな…」


「来世なんて信じませんわ。でも、もし今度生れてくることがあるとしたら、又、貴方様と知り合いたいです。そして…貴方様の…」


まっすぐに見つめてくる銀の瞳、

レオンフィードは、そっと触れるだけの口づけをリリアーナにした。


「そうだな。もし、出会えたなら伴侶にしてやろう。それでいいか?」


「ええ、約束しましたわ。忘れないで下さいませ。」


レオンフィードは、それでも、リリアーナにこれ以上の事は出来なかった。


「むごい事はしたくはない。」


「私は、貴方様の物になりたい…。怖くはないのです。貴方の事が…」


「こうして抱き締めているだけでいいか…」


リリアーナの細い身体を抱き締める。


「解りました。」


絶望的な予感であった。多分…もうすぐ、自分の命は尽きるであろう。

今はただその温もりを感じるだけでいい。

レオンフィードは、リリアーナの温もりを、覚えて置こうと、長い間、こうして抱き締めているのであった。




それから数日後の事である。


再び、敵軍が攻めよせて来た。


レオンフィードは、幕を飛び出し、兵達を率いて、敵兵に立ち向かった。


身体が重い。あまりにも敵が多いのだ。血煙を上げて、敵を次々と斬っていく。

どこまで続く?この地獄は…。


ふいに、腹に強烈な痛みを感じた。

刺されたのだ。


膝をついて、俯く。


次から次へと敵兵に斬り付けられる。

意識が朦朧としてきたその時…


空を駆ける白竜を見た。

黒雲を伴って、雨を降らし、白竜は地へ降りて来て、兵達を蹴散らしていく。

兵達は悲鳴を上げて逃げ惑い、あたりは修羅場と化した。


ああ…あれは…リリアーナ…


- 死なないで… レオンフィード様 -


白竜に銜えられて空高く舞い上がる。


リリアーナ…すまない…もう…俺は…


レオンフィードは意識を手放した。



白竜に銜えられたレオンフィード皇太子がどうなったのか、知る者は誰もいない。

レオンフィードはどこかで生きているのか?リリアーナと幸せになったのか…

戦場で束の間の時を過ごした男女の恋の物語である。




「「血塗られた皇太子と白竜族の姫」」


リリアーナ・クレール伯爵令嬢は、学園の自分の机の上に置かれた本を見つけたのは、今から丁度、一時間前である。


題名を見て、何だろうと思って、広げて見たら、とんでもない物語が綴られていた。


何これ????

名前がリリアーナって自分の名前と同じじゃない?

レオンフィード皇太子って、レオンフィード皇太子よね…。

学園一のモテる銀髪の皇太子殿下。


このわざとらしい、展開の駄作は…。それも手書きじゃない?

誰かに見られて、私が書いたって誤解されたらどうするのよ。

皇太子殿下に夢見るイタい女決定じゃない??


慌てて、本をカバンに押し込む。


そして、リリアーナは教室を急いで出た。


この日を境に、リリアーナの身に不可解な事が起こるとは、この時のリリアーナには予想する事も出来なかった。


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