第19話 【事案】人気コスプレイヤーに絡まれたら、大変なことになった 1/2
俺と結花と二原さんで、コスプレ広場の中央に来たところで。
黄色い声援を浴びていた、執事服の麗人――綿苗勇海が、俺たちに爽やかな笑顔を向けてきた。
勇海を囲んでる女性陣の視線が、一斉に俺たちへと注がれる。
そんな状況下で、勇海の姉である結花は――。
「あー、もうこんな時間だー。早く帰らないとー」
演技丸出しな感じでそう言い放つと、俺の手を引いて勇海に背を向けた。
「え? ちょい結ちゃん? いきなりどったの? てか、あそこの人、結ちゃんの名前呼んでなかった?」
「ん? 『結花』と『豊か』を聞き間違えたとかじゃない? ファンの数が豊かじゃないかー、みたいな」
ちょっと何言ってんのか分かんない。
そんな、無理やりな理屈をこねてでも、結花は勇海と距離を取ろうとするけど……。
「スルーなんてひどいなぁ……実のきょうだいなのに」
「きょうだい!? 勇海きゅんの!?」
「勇海さまと同じ遺伝子を持った御方が、いらっしゃると言うの!?」
勇海のたった一言で、ギャラリーが尋常じゃないほど沸き立つ。
勇海……後で後悔するの、自分だからね?
結花を見ろよ。めちゃくちゃ怒ってる顔だぜ、これ。
そうこうしてるうちに、勇海の女性ファンたちが、黄色い声を上げながら俺たちのことを取り囲んだ。
「あ、あの! 勇海きゅんの妹さんですか!?」
「あ、あたしは勇海さまを愛してます! 妹さん……どうかあたしを、家族公認の関係に! 勇海さまを、あたしだけのものに!!」
「ちょっと、調子乗らないの。妹さんも困ってるでしょ。ダーリンは、私たち――みんなのものなのよ!!」
凄い世界観だな。めまいがしてきた……。
「え、結ちゃん? あの人の妹とか、マジ系なやつ?」
事情を呑み込めてない二原さんが、首をかしげつつ結花に尋ねる。
結花、ここはノーコメントを貫こう?
そして、早くこの空間から脱出を――。
「わ、私は勇海の『お姉ちゃん』なんですけど! 私の方が勇海より年上だし、妹要素なんて、これーっぽっちも、ないんですけどっ!!」
言っちゃった。
『妹』扱いされるのが嫌な結花にとって、この流れは腹に据えかねたんだろう。
うん、分かる。分かるけど……。
結果的に結花は――大人気コスプレイヤーの姉だと、自ら暴露してしまったわけで。
「お、お姉さま……!? 勇海お姉さまの、お姉さまってことは、大お姉さま!?」
「お姉さま――あたしとダーリンの結婚を、認めてください!! なんでもしますから。ダーリンのためなら、なんでもしますから!!」
さらなるカオスが、俺たちを包み込む。
嘘だとは思ってなかったけど、勇海ってマジで女性人気が半端ないんだな。
まぁ、それは人の趣味だから、とやかく言う気はない。
ただ……これ以上巻き込まれるのは、マジで勘弁してほしい。
万が一にでも、結花の正体が和泉ゆうなだってバレたら、とんでもない騒ぎになるし。
それに俺は――三次元の女性という存在が、基本的に苦手だから。
「――そういえば、大お姉さまのそばにいる男の人は、誰?」
一人の女性が、何気なく呟いた。
それと同時に、三次元女性の視線が、一斉に俺の方へと降り注ぐ。
「ま、まさか……勇海きゅんの、お兄さまなのでは!?」
「そ、そうなんですか! 勇海さま!?」
勇海! ここはうまくフォローしてくれよ!!
こんなところで注目を浴びるとか、俺としては本当に勘弁してほし――。
「ああ、そうだね。僕の尊敬する――『おにいさま』だよ」
勇海ぃぃぃぃぃ!?
人気コスプレイヤーのとんでも発言に、ファン一同が一気に沸き立った。
「や、やっぱり勇海お姉さまの、お兄さま……!!」
「言われてみると、お顔立ちもどこか似てるような……」
似てないよ!? 義理だからね、義理!
「ち、違いますからっ!!」
そんなカオスな様相を呈したコスプレ広場で。
結花が――声を張り上げて、必死に主張する。
「遊くんは格好良くって可愛くて、世界で一番素敵ですけど……あくまでも、勇海の『義理』の兄ですから! ぜーんぜん、似てなんかないですっ! だから……ファンになっちゃ、駄目ですからねっ!?」
「……義理?」
「義理って、一体……? なんだか禁断の香りがするわ……っ!」
『義理の兄』というフレーズに、今度はファン一同、妙な詮索をしはじめた。
「えっと……結花? まず前提として、勇海のファンなんだよ? この人たちは」
「……でも。遊くんの方が、勇海より断然素敵じゃん……好きになっちゃうよ……」
なんという主観。
自分で言うのも虚しいけど、勇海より俺の方を推すのなんて、結花ぐらいだからね?
「さぁ! お前のショータイムを変える、通りすがりの唯一人……参上! 仮面ランナーボイス!! ぶっちぎるぜぇ!!」
『ボイスバレット【チェンジ】』
そんなカオスな状況下で。
声高な『仮面ランナーボイス』の決めゼリフとともに、声霊銃『トーキングブレイカー』の音声が響き渡った。
あまりの唐突さに、俺たちも勇海ファン一同も、反射的に振り返る。
そこには――『トーキングブレイカー』をかまえ、『仮面ランナーボイス』のお面をかぶった、謎の少女が立っていた。
お面の隙間から、茶色い髪がふわふわと揺れている。
「さぁ、今のうちだ! 二人とも……ここは任せときな!!」
ヒーローのごとく凜々しく言い放つ、お面の人。
ありがとう、お面の人。
俺は心からの感謝とともに……結花の手を引いて。
みんなの注意が逸れている隙に、その場から全力で逃走した。




