第10話 【生まれてから】小さい頃の思い出を語ろう【これまで】 2/2
「それじゃあ、綿苗家のアルバムを、僕から見せようと思います」
勇海は自分のキャリーバッグを開けると、中から分厚い四冊のアルバムを取り出した。
結花が微妙な顔をしながら、勇海に尋ねる。
「勇海、あんた……最初から遊くんにアルバム見せようと思って、持ってきてたの?」
「うん? 違うよ。僕が旅先で辛いとき、悲しいとき――可愛い結花の写真を見て、癒やされたいと思ったからさ」
「……うん。ツッコミどころは、いったん置いとくけど。それじゃあ勇海――あんたの好きなときに好きなだけ見ていいから、アルバムを仕舞おっか?」
「今がまさに、僕が見たいときなんだけれど」
「よーし、分かった! じゃあ、どこかみんなに見えないところで、一人で見よっか!?」
結花の言葉の端々から、凄まじい『見せるなオーラ』を感じる。
だけど、ここでアルバム作戦が頓挫してしまっては元も子もないから……。
「あー、俺も昔の結花の写真、見てみたいなー。ほら、やっぱり許嫁の小さい頃ってどんな感じなんだろうとか、気になるからさ!」
「あたしも、見たい。絶対、ちび結花ちゃん、可愛いし」
本気で見たいだけだろう那由からも、援護射撃がきた。
そうやって、俺と那由からお願いされた結花は……。
「ち、ちょっとだけだよ? あと、勇海! 変な写真とかないよね? そういうのは、ちゃんと抜いてからにしてね?」
「そこは僕を信頼してよ、結花」
どうにか納得した結花に対して、勇海は澄ました顔で答えた。
そして――分厚いアルバムの一ページが、ゆっくりと開かれる。
「まずはこれ。一歳より前かな? 父さんとお風呂に入ってる、裸の結――」
「勇海ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
凄まじい勢いでアルバムを取り上げると、結花は容赦なく勇海の額を角でぶん殴った!
これにはさすがに、いつも余裕ぶってる勇海も悶絶する。
「ゆ、結花……角はだめでしょ。本気で死ぬから……」
「一発目からやってくれたわね……私のあられもない写真を、よくも遊くんに! ま、まだ私……遊くんに裸を見せたことなんて、ないんだからね!?」
「や、結花ちゃん。スク水で一緒にお風呂入る方が、幼児のそれより卑猥だし」
「スク水でお風呂? それは一体どんなシチュエーションでのコスプレなのかな?」
「うきゃ――!! もうやだー、死んでやる――!!」
羞恥心が凄すぎて、もう収拾がつかない結花。
取りあえず俺は、隣にいる那由の頭を、思いっきしはたいてやった。
――――テイク2。
「じゃあ、まずはこれです……僕が生まれたときですね。横でピースしてるのが、二歳の頃の結花」
泣いている赤ちゃん勇海の横で、満面の笑みでピースしてる結花。
ツインテールにしてるもんだから、なんだかゆうなちゃんっぽいなって、つい笑ってしまう。
「お次はこれです。二人とも小学校に上がる前。近所の公園で遊んでるところですね」
「結花ちゃんが、プラスチックのバット持って笑ってんの、怖くね?」
「覚えてますよ、このとき……魔法少女のステッキの代わりにぶんぶん振り回して、そこら辺のベンチに当てちゃったり、最後は僕にも……」
「結花ちゃん、やんちゃすぎね? マジうける」
「やーめーてー!? 叩いたことを陳謝するから、私の黒歴史を語るのはやーめーてー!?」
絶叫する結花。
しかし勇海は、冷静にアルバムをめくり続ける。
「これは小二のときですね。変身コンパクト的なおもちゃを持ってるのが、結花です」
「へぇ。結花もこういうの好きだったんだ?」
「う、うん……まぁね、えへへっ」
「ちなみにこのコンパクト、僕の誕生日プレゼントだったんです。もらって数分後に、結花の方がはまっちゃって、結局は結花の私物みたいに――」
「結花ちゃん、やんちゃがすぎるし。マジうける」
「やーめーてー!? ネットで出品されてないか調べるから、やーめーてー!?」
絶叫する結花。
しかし勇海は、冷静にアルバムをめくろうと――。
「……って。いったん待とうか、勇海?」
「え、どうしてです遊にいさん? まだこれから、結花の可愛い写真が目白押しなのに」
こいつ、そもそもの主旨を忘れてるな。
アルバムを通じて結花に、昔のほっこりエピソードを思い出してもらって、姉妹の仲を改善する――それがこの、アルバム作戦なのに。
見ろよ、結花を。頭を抱えて、絶望に打ちひしがれてるだろ?
このままじゃまずい――ここは俺が、テコ入れしないと。
「色々写真を見たけど、今とイメージが違うね。結花は小さい頃、どんな子だったの?」
「え……うーん。なんだろうー……そうだなぁ……」
急な俺の質問に、結花は真面目に悩みはじめる。
それから、ちらっと勇海の顔を見て――語りはじめた。
「こう見えて、私……ちっちゃい頃は、やんちゃだったの。『私が一番!』って感じで、やりたいことがあると駄々をこねて、家族が結局折れちゃう、みたいな」
「TVのチャンネル争いも、絶対に結花が勝ってたよね」
「……面目ないです、はい」
「でも、僕はそんな結花に――結構助けられてたよ。ちっちゃい頃の僕は、引っ込み思案だったからね」
【姉】やんちゃ → 学校では地味なコミュ障
【妹】引っ込み思案 → イケメン男装コスプレイヤー
ビフォーアフターの激しい姉妹だな……。
「受け身だった僕は、結花に引っ張られて、色んな経験ができたよ。二人で近所を探検したり、一緒にアニメを観たり……あと、そうだ。よく本を読み聞かせてくれたよね?」
「……そうだね、読んでた。本が好きなのは、ちっちゃい頃から変わってないから」
ぱらっと勇海が、アルバムをめくる。
勇海が小学校に入った頃の写真だろうか。
季節が夏なのか、二人ともキャミソールにハーフパンツなんて軽装で、布団にうつぶせになって一冊の本を見ている。
結花は目をキラキラ輝かせて、大きく口を開けて、本を読んでいるみたい。
それに対して勇海は、真剣な瞳で本を見つめている。
「あ! 懐かしいね、勇海!」
「うん。結花に読み聞かせてもらうの、大好きだったな」
結花と勇海が、写真を見ながらいい感じで話してる。
「結花が読むと、まるで本の中の世界にいるような――そんな感覚になってたのを覚えてるよ。この頃から声が綺麗で、感情を込めて本を読むのが上手だったもんね」
「……恥ずかしいけど、ありがと勇海。そうだね……声がいいって、この頃によく褒められてたよね。特に、勇海には。そう、だから私は――声優を志したんだと思う」
「僕のおかげってこと?」
「調子乗らないの、もぉ。でも……少しは、勇海のおかげだと思ってるよ」
そう言って、はにかむように笑う結花。
そんな結花を見て、勇海は嬉しくなったんだろう。
やめとけばいいのに……さらにアルバムをめくって、得意げに語りはじめた。
「声優のきっかけといえば、この小六のときの写真もそうだよね。覚えてる、結花?」
そこに写ってる結花は、フリルで飾られた可愛いワンピースを着ている。
ただし……顔は大変なことになってるけど。
変な化粧のせいで。
「アイドルの真似をする! って言って、母さんの化粧を勝手に使ってさ。チークを額まで塗りたくって、鼻の下まで口紅がはみ出したこの顔で――当時のアイドルソングを歌ったんだよね。いやぁ、あのときから結花は、TVに出られるほどの美声で……」
結花の表情が段々『無』に近づいてるけど……勇海は話に夢中で、気付きもしない。
そして、ぽつりと。
結花は呪詛みたいに――呟いた。
「……勇海、きらい」
そして、その日の夜。
さめざめと泣く勇海の愚痴に付き合わされたのは――言うまでもない。




