第38話 【事件】ギャルが困っていたから、許嫁と二人で助けに行ったんだ 2/2
「……ありがと、佐方」
「いや。俺はたいして、なんもしてないけど」
クラスのメンバーと別れた俺たち二人は、ひとけのない石階段をのぼっていた。
そんな俺の服の裾を、二原さんがくいっと引っ張って……。
「佐方……あんさ。うち、仮面ランナー以外にも……特撮がガチめに好き、なんだ……」
「そっか。ちなみに俺は……『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』を、世界で一番愛してる」
「……詳しくは知んないけど。佐方と倉井がよく盛り上がってるやつっしょ?」
今さらのようにお互いぶっちゃけて、俺と二原さんは顔を見合わせて笑った。
それから――石階段のところに辿り着くと。
眼鏡にポニーテール。花柄模様の淡い桃色の浴衣。
そして頭に――仮面ランナーボイスのお面をつけた、綿苗結花が立っていた。
「……綿苗さん?」
「私は、佐方くんが好き。二原さんは、特撮が好き。そうやって、秘密を共有したよね」
結花がいつもの無表情のまま、そんな言葉を口にした。
二原さんはちらっと俺の方を見てから、ちょっと遠慮がちに頷く。
そんな二原さんを見つめたまま、結花はふっと微笑んだ。
「ありがとう、二原さん。私を信じてくれて……佐方くんとの恋を、応援してくれて。だから私は――ちゃんと二原さんに、全部を打ち明けたいんだ」
お面を外す。眼鏡も外す。
そして、シュシュで縛っていたポニーテールを、バサッとほどくと――。
「え……さっきの、屋台の人? ってか……髪の色が違うけど、まさか那由ちゃん?」
二原さんが呟いた瞬間、轟音とともに――夜空に花火がまたたいた。
花火の明かりに照らされて、素の顔をした結花はにっこり笑って。
「ボイスバレット【フェアリー】――チャーミングフェアリー!!」
『トーキングブレイカー』に収録されている音声を、結花は生声で披露した。
そして、照れたように頬を掻きつつ。
「……えへっ。どうかな、ちゃんと演じられてた?」
「ほ……本物? え、どういうこと? ってか綿苗さん――那由ちゃん!? ええっ!?」
花火が何発も、空に打ち上がって、鮮やかに輝く。
動揺してわけが分からなくなってる二原さんに向かって、結花はぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、黙ってて。私――綿苗結花は、実は声優やってます。和泉ゆうなって名前で――『フェアリーマイク』の声は、私が演じたんだ」
「マ、マジで!?」
「それから……」
ちらっと俺の様子を窺ってくる結花。
それに対して、俺はこくりと大きく頷いた。
『嫁』が友達に、大切な話をするのを邪魔するとか――『夫』のやることじゃないだろ?
「私は、本物の那由ちゃんじゃなくって。綿苗結花で。佐方遊一くん――遊くんと婚約してて。結構前から一緒に暮らしてて。それから、それから……遊くんのことが、宇宙一大好きです!」
……最後のなに? マジで恥ずかしいんだけど。
頬が熱くなる俺の前で、結花は眉尻を下げながら、二原さんに向かって手を合わせる。
「いっぱい応援してくれて嬉しかったけど……ごめんっ! とっくに私は遊くんの許嫁で、家ではその……すっごく甘えてるの」
「………………ぷっ! あはははははっ、うけるっ!! 綿苗さんってば、結構マジの天然ちゃんなんだね?」
「え、どこが? 隠し事してたら悪いからって、本当のことを言っただけじゃんよ!」
「あはははははっ! そっか、そっか。そうだね、うん……本当のことを教えてくれて、ありがと。綿苗さん」
そして二原さんが、結花に向かって手を差し出す。
結花はちらっと二原さんを窺ってから、その手を握った。
連続で打ち上がる花火が、二人の姿を照らし出す。
「まぁ、佐方が妹に魂を売ったわけじゃないって分かったから、安心したわ。それに……綿苗さんの恋心も、ちゃんと成就してて、ちょー嬉しいっ! あ。でも、もちろん? これからも二人の仲を応援すっから……覚悟して、うちと仲良くしてよ?」
「うん! こっちこそよろしくね……二原さん」
結花が無邪気な顔で笑う。
二原さんもまた、子どもみたいな声を出して笑う。
三次元女子って、もっとギスギスしてて、ただ怖いだけとしか思ってなかったけど。
こんな穏やかな光景を見ると――なんだかほっこりした気持ちになる。
「佐方? 当然、佐方だってうちと仲良くすんだからね?」
「え、なんで?」
「うちが特撮ガチ勢って『秘密』を知ったわけっしょ? うちは佐方と綿苗さんが婚約してるって『秘密』を聞いた――秘密を共有する、同盟関係っしょ」
「いや、まぁ。秘密は守ってもらいたいから、いいけどさ……」
結花がじーっと、俺と二原さんのことを険しい顔で見ている。
そんな結花をにやにや見ながら、二原さんが言った。
「だいじょーぶだから。佐方のこと、奪ったりとかしないから」
「……絶対?」
「じゃあ綿苗さんが佐方の正妻。んで、うちが――後妻でどーよ? おっぱいが恋しいときだけ、佐方が私を求めてくる的な」
「いやぁぁぁぁ!? 遊くんの、おっぱいばかぁぁぁぁぁぁ!!」
「俺、なんもしてないんだけど!?」
そんなこんなで、一件落着――はしたんだけど。
なんだかこれから先、二原さんのちょっかいが増すんじゃないかって。
ちょっとだけ心配だったり……しなくもない。




