第26話 【修羅場速報】許嫁のいる家に、ギャルが押しかけてきたんだけど…… 2/2
「はぁぁぁ……那由ちゃんの淹れるお茶、最高だわぁぁぁ」
一人でなんかくつろいでる二原さん。
そんな彼女を尻目に、俺と結花はキッチンの陰で、こそこそ話す。
「……どういう理由があって、二原さんがうちでのんびりしてるの? はっ! ま、まさか遊くん……浮気を私に見せつけるためにっ!?」
「……いやいや、その理屈はおかしい。落ち着いてこれまでのことを振り返ってみて? 陽キャなギャルとか、三次元苦手な俺の天敵でしょ? 陽キャが勝手に家にあがりこんできただけだから。ぬらりひょんみたいなもんだから」
「……確かに。遊くんは二股したりする、不潔な人じゃないもんね……えへへっ」
なんて言いながら、照れ笑いをはじめる結花。
一人で勝手に怒ったり、勝手に上機嫌になったり。
単純なんだから、まったく。
「二人とも、何やってんのさぁ」
ソファに腰掛けてる二原さんが、キッチンの俺たちに話し掛けてきた。
「ほらぁ。佐方は早く、うちの胸に飛び込んできなってぇ。うちってこう見えて、やわっこいことで有名なんだからっ☆ あ。女子の間での話だかんね? 安心してっ!」
何が安心なのか、全然分かんない。
そして隣では結花が、ジト目でこっちを見てる。
なるほど、これが冤罪ってやつか。今度から電車では吊り革に掴まろう。
「二原さん。俺は別に、そういうの求めてないからね?」
「そうですっ! そもそも遊くんは、私の……っ!」
慌てて結花の口元を塞ぐ。
もごー、もごー、と言いながらバタつく結花に、俺は声を潜めて尋ねる。
「……結花? 今、なんて言おうとしたの?」
「……遊くんは私の許嫁、って言おうとしました。はい」
「……それを言った場合、どうなると思ってたの?」
「……二原さんにバレたら色々まずい、ってことはすぽーんと抜けてました。はい」
ぺこりと頭を下げるけど、唇をツーンと尖らせたままの結花。
あ。これ、謝ってるふりして、全然悪いと思ってないやつだ。
爆弾発言をぶっ込もうとするのは、本気で勘弁してほしいんだけど……。
「『私の』? 私の、なぁにっかなー? 那由ちゃーん?」
ひょこっと、二原さんがキッチンに顔を出した。
俺と結花は慌てて、お互いの距離を取る。
「あ、いえ……なんでもないです、はい」
「あははははっ! 那由ちゃんってば、倉井の話と違くて、ブラコンなんじゃーん!!」
「ブ、ブラコンとかでは……」
「でも、佐方のこと好きなんでしょー?」
「はい」
結花、結花。
俺は結花のワンピースを引っ張って、喋るのを止めようとする。
っていうか、本物の那由が聞いたら血の雨が降るよ、この会話……。
とにかく早く、話を切り上げないと。
「でもほんと、那由ちゃんってば、めっちゃ可愛いよね……佐方、こーんな妹がいて、羨ましいわぁ」
「そ、そうだね。自慢の『妹』だよ、『妹』!」
「うちに嫉妬しちゃうとこも、兄ラブな感じで可愛いし?」
「そ、そうだね。『兄』離れできない『妹』だからね! 可愛いけどね、『妹』として!!」
「那由ちゃんが、うちの『義理の妹』――うん! 悪くないねっ!」
「そ、そうだね。二原さんの『義理の妹』――うん?」
相槌を打ちかけて、俺はなんだか流れが変わったことを察知する。
そして二原さんは――完全なる爆弾発言を、口にした。
「那由ちゃん! 突然だけど、うちが……佐方のカノジョになっても、いーい?」
「駄目です帰ってください」
秒の勢いで、結花が二原さんの発言を拒絶した。
「なんでー? うち、佐方を大事にするし、那由ちゃんもめっちゃ可愛がるよ? こー見えて、面倒見いいんだから」
「知りません帰ってください迷惑です」
結花が二原さんの背中を、強く押しはじめる。玄関の方に向けて。
「すみません。二原さんは、たーだーのっ! 『兄』のクラスメートなんですよね? これまでそんな空気もなかったのに、そんなことを言われたところで、『兄』も困惑すると思います。あと、失礼ですけど二原さんみたいなギャルと、陰キャなうちの『兄』とでは、まーったく! これーっぽっちも! 合わないと思うのですがっ!!」
結花、結花。
それ、俺にもダメージくるやつだから。
「これまでそんな空気……は、確かにないんだけどさ」
二原さんがぽつりと呟く。
「佐方がね、過去を振りきれたんなら良かったなって……この間は思ったんだよ。でも、今度は『妹』に欲情するってのも……やっぱ、ヤバくね? って思ったわけよ。うちは」
「え? 俺、そんな変質者みたいに思われてるの? マジで言ってる?」
「大マジだっての! だから、この桃乃様は考えたわけ。佐方が過去を振りきって、しかも変な性癖を抱かず済むには……うちが一肌脱ぐしかないって! 私が佐方を救う、ヒーローになったげるって!!」
「なんでそうなるの!?」
さすがはギャル。
どうしてそんな結論に至ったのか、欠片も理解できない。
そして隣では、なんかめらめらと炎を纏っている結花の姿が。
「……こんなの、絶対おかしいです。だから、そんなの……私が許さないです!」
「でもさ? やっぱ、兄と妹のラブってのは、社会的にアウトなわけよ。かといって、佐方にいきなりカノジョができるわけないっしょ? だから、うちが一肌を……」
「もぉ! だったら、言わせてもらいますけどね!? 本当は私、遊くんのいいなず――」
――――ピリリリリリリ♪
「ああ、終わった」と諦めかけた瞬間、俺のスマホが着信音を鳴らした。
おかげで二人の言い合いが間一髪のところで中断されたけど……誰これ、非通知?
「はい……もしもし?」
『家族以外、早く帰らせろ』
「はい? 家族以外、帰れ? 何それ? っていうか、誰?」
『死にたくないなら、早く帰らせろ』
「え、死!? どういうこと!?」
さすがに意味不明すぎて、動揺する俺。
そんな空気を読んだらしい、二原さんはふぅと息を吐き出して、にこっと笑う。
「よく分かんないけど、バタついてんなら今日は帰ろーっと。でも――うちの考えは変わんないかんね。おけ?」
「だめっ! 遊くんはぜーったい、渡さないもんっ!!」
結花がムッとした口のまま、二原さんをぐいぐいと押す。
そんな結花にへらっと笑い掛けて、二原さんはひらひらと手を振った。
「んじゃ、またね。二人ともー」
そうして、二原さんは――我が家から退散した。
その様子を見送ってから、俺は非通知の相手に再度話し掛ける。
「家族しかいなくなりましたが……えっと」
『――知ってるし。けっ』
非通知の相手が、急に聞き覚えのある口調に変化した。
それと同時に、二階からトントンと足音が聞こえてきて。
――――本物の、佐方那由が現れた。
「な、那由ちゃん!?」
「お前なんで、二階から普通に出てきてんの!?」
俺たちの動揺とは裏腹に、那由はけだるげに話しはじめる。
「驚く意味が分かんないんだけど。今日から兄さんたち、夏休みっしょ? だからゆっくり帰省してやろうと思って、帰ってきた妹様が、鍵を開けて入ってきました。以上」
「えっと……それで、さっきの非通知電話をしてきたと」
「帰ってきたら、知らないギャルと揉めてっから。マジうざいし、邪魔だし、追い出したかったから、とりま二階から電話して脅かしてやったわけ」
そこで非通知電話をしようって思うのが、ひねくれ者の那由らしいよな。
驚いたのは、二原さんっていうより、むしろ俺たちの方だし。
「まぁ、でも結果オーライか。ありがとな、那――」
「……で? なんで結花ちゃんが、あたしの名前で呼ばれてたわけ?」
俺が言い終わるよりも先に。
物凄い怒りの籠もった目で、那由がギロッと睨んできた。
「ゆっくり話を聞かせてもらうし。内容によっては……兄さん、マジ死刑」
あ。これ、駄目だ。
だって、どう説明したってこんなの、こいつが納得するわけないから。
…………死刑確定じゃん。




