第9話 【アリステ六位】らんむとかいう、クールで美しいだけのキャラについて 1/2
『なぁ、遊一。今日はさ……らんむ様のファンだけで、地球が埋め尽くせるような気がしないか?』
しねーよ。
無料でメッセージのやり取りや通話が可能な、コミュニケーションアプリ――RINE。
それを通じて送られてきたマサのメッセージは、意味不明としか言いようがなかった。
今日はこれから、『八人のアリス』のお披露目イベントがネット配信される。
マサはイベントに現地参加だから、テンションの上がり幅がヤバいのは分かるんだけど……らんむちゃん以外のファンも絶対にいるからな。普通に。
「遊くん、なんでそんな難しい顔してるの?」
「あ、いや。なんでもない」
スマホの画面を睨みつけていた俺は、その声に呼び戻されて顔を上げた。
横から俺を覗き込んでいるのは――そう、不審者。
サングラスを掛けて、マスクをつけて、ニット帽をかぶった謎の少女。
夏だってのに、黒いロングコートを羽織ってる。
これで野太い声でも出してきたら、速攻で警察に通報事案だけど――声は透き通るほどにきれいな女性のもの。
というか、聞き慣れた許嫁の声。
そう。何を隠そう、この怪しい人物は――紛れもなく結花だ。
「……結花。それ、逆に目立ってない?」
「そう? でも、これなら私が綿苗結花だとも、和泉ゆうなだとも、バレないでしょ?」
「まぁ、バレないだろうけど……」
結花は今日のステージには参加しないけど、関係者席に招かれている。
観覧席が当たったマサと現場でバッティングして、身バレするのを避けるため、細心の注意を払った結果がこれだ。
相当怪しいけど……まぁ身バレするよりはマシか。
ちなみに観覧席の抽選は、『八人のアリス』に投票したファンから選ばれている。
なので、ゆうなちゃんに投票した俺は、その時点で配信参加以外の選択肢がなかった。
べ、別に悲しくなんかないけどな!
「はぁ……それにしても、らんむ先輩って凄いよね。デビュー時期は私とちょっとしか変わらないのに、もうこんな大舞台に立つんだもん」
「クールな美人キャラはいつの時代も人気だからね。別にゆうなちゃんが努力で負けたわけじゃなくって、大多数のオタクに刺さるキャラ付けだったのが、らんむちゃんだったってだけで……」
ゆうな推しな俺は、無意識に擁護をはじめてしまう。
そんな俺を見て、結花は苦笑した……ような気がする。
マスクをしてるから、分かんないけど。
「それだけじゃないんだよ。同じ事務所で見てるから分かる――らんむ先輩は、紫ノ宮らんむって声優は、桁違いの努力家なんだ。掘田さんも、『らんむほどストイックな声優は、今まで見たことない』って言ってるくらいだし」
以前、ネットラジオで共演していた、掘田でる。
そして、らんむちゃんを演じる、紫ノ宮らんむ。
この二人は、和泉ゆうなと同じ事務所の先輩に当たる。
掘田でるはもう業界で四、五年は活躍してる中堅声優だけど、紫ノ宮らんむは和泉ゆうなとそれほどデビュー時期が離れていない、駆け出し声優の一人だ。
確かにその演技力や歌唱力には、目を見張るものがあるけど……。
和泉ゆうなだって、俺から見れば相当努力を積んでると思うんだけどな。
「白鳥みたいな人、なんだよ。らんむ先輩は」
結花が憧れるように瞳を輝かせた……ような気がする。
サングラスをしてるから、分かんないけど。
「ファンのいないところで、一生懸命バタ足してるんだ。だけどそれを、決してファンには悟らせない。みんなの前では――優雅で美しい、一羽の白鳥。それが、紫ノ宮らんむって声優なんだよ」
そうやって語る結花の姿を、俺はまじまじと見つめる。
「遊くん? なんでそんな、じろじろ見てんのー?」
「いや。結花って先輩のことを語るとき、そんな顔をするんだなぁって」
マスクとサングラスのおかげで、はっきりとは見えないけど。
憧れと、尊敬と、負けないぞって気持ちと――色んな感情が混ざってるみたいで。
なんだろ……やっぱり『声優』なんだなって、そんな風に思ったんだ。
「じゃあ、遊くん。そろそろ行ってくるねー」
結花はちらっと時計を見ると、コートの襟を正した。
「行ってらっしゃい、結花」
「行ってきます、遊くん……私が見てないからって、他のアリスアイドルに浮気しちゃだめだからね?」
「愚問だね。俺が――『恋する死神』が、ゆうなちゃん以外に目を奪われるなんて、天地がひっくり返ってもありえないよ」
俺が真顔でそう返すと、結花は「あははっ」と笑った。
実際、俺が他のアリスアイドルを推すとか、ありえないって。
それくらい、俺にとってゆうなちゃんは――唯一無二の女神様なんだから。
※令和3年3月26日 修正したverを再掲載




