第6話 【急募】七夕の短冊の正しい書き方 2/2
俺に短冊を取られて、じっとこちらを見てる結花。
結花の短冊を後ろ手に隠して、じっと二原さんを見てる俺。
そして――俺の短冊を持って、珍しく真面目な顔をしてる二原さん。
――――何、この状況?
「まずはごめん、佐方……勝手に短冊、見ちゃってさ」
「あ、いや……まぁ、うん」
「うちが悪いのは承知で、聞いちゃうけど……この、『彼女』って」
はい、『アリステ』のゆうなちゃんです。
そう即答できたらいいんだけどね。
マサと推し争いしたときは騒いじゃったけど――コミュ力低めな俺は基本、オタクだって公言して噂になるのが嫌だから、おおっぴらに言いたくない。
「やっぱ、そっか」
俺が無言でいると、何に納得したのか、二原さんが小さく頷く。
そして、ふぅとため息を漏らして。
「いい加減、忘れなって。そんで新しい恋でもはじめて、テンション上げてくべきっしょ。こーいうのはさ」
「…………はい?」
二原さんが苦言らしきものを呈してきたけど……ごめん。ぜんっぜん、ピンとこない。
それをどう解釈したのか知らないけど、二原さんは再度ため息を吐いた。
「そんな顔しちゃってさ……やっぱ、まだ残ってるっしょ? 佐方の心に、あいつが」
「どいつ?」
「はぐらかすなってーの。だーかーら……来夢のことだってば」
来夢。
その名前を聞いた瞬間、全身の血が一気に引いていく感覚を覚えた。
古傷が疼き出す。
中二病的に言えば、「鎮まれ、俺の封印されし右腕!」って感じ。
「『来夢が幸せになれますように』……なんてさ。佐方、マジ話だけど、来夢のことは忘れた方がいいって」
正確に言えば、君が思い出させたんだけどね。
本気で、ゆうなちゃんのことしか考えてなかったし。
野々花来夢――それは忘れもしない、中三の頃に好きだったクラスメートの名前だ。
痛々しいくらい、『オタクで陽キャ』として生きていた俺が。
調子に乗って、自分がイケてるだなんて思い込んでた俺が。
フラれるなんて、夢にも思わず――コクった相手。
「なぁ。俺たち……付き合わないか?」
「えっと……ごめんね。それは、できないんだ」
そして玉砕した俺の噂は、翌日にはクラス中に広まっていて。
いじられて、からかわれて、登校拒否になって。
地獄のどん底に堕ちたところを、ゆうなちゃんという女神に救い出してもらった。
そんな、ガチの黒歴史を象徴する人物――それが、野々花来夢だ。
「……ほら。佐方、めっちゃ泣きそうな顔、してるし」
誰のせいだよ、誰の。
まったく悪気がない分、よりたちが悪いな、この陽キャなギャルは。
「んー、でも……そんな簡単にゃいかないよね。うん、分かるよ。お姉さんは」
「だから、誰がお姉さんなんだって。同い年でしょ」
「精神的お姉さんたる、この二原桃乃――佐方のために、一肌でも二肌でも、脱いであげるよ!」
「頼んでないんだけど、本当に!?」
はっきりと断ってるのに、一度火のついたギャルは止まらない。
「おっけ、おっけ。やっぱ恋を忘れるにゃ、新しい恋だわ。よーし、うちは決心した! 佐方が笑顔になれるよう、うちがめっちゃ愛したげようっ!!」
「いや、だから頼んでなくてね?」
「この間も約束したけど、夏休みにはめっちゃ最高のご飯、作ったげるから! それから添い寝して、頭なでなでして――もう赤ちゃんみたいにしたげっから!!」
「だから、頼んでな――むぎゅ!?」
最後まで言い切る前に、顔に何かを押し付けられて、俺は呼吸すらままならなくなる。
なんともいえない、甘い香り。
柔らかくて、温かくて、気持ちい……。
――――って、これ駄目なやつじゃね!?
「むぎゅ、むぎゅ……ぷはぁ!?」
全力でもって、自分の顔を何かから引き剥がし、息を吸い込む。
その眼前には、案の定――たわわに実った、二原さんの胸があった。
着崩したブレザーの隙間から谷間まで見える、その魅惑の胸元。
二原さんはギュッと腕をよじって、胸元を強調させる。
「ほらぁ……佐方? うちに好きなだけ甘えてさ。愛を山盛り感じてさ。嫌な過去なんて……まとめて吹っ飛ばしちゃおってぇ」
「求めてない、求めてないから! っていうか俺は、マジでもう来夢のことは……」
「不純異性交遊」
氷点下の一声が、俺と二原さんのドタバタ会話を、一瞬でぶった切った。
おそるおそる顔を向けると――恐ろしいほど冷え切った目をした、結花の姿が。
「ゆう……綿苗さん?」
「ここは学校。好きとか恋とか、浮ついた会話をするべき場ではないわ」
短冊に『遊くん大好き』って書いた人が、なんか言ってる。
「あ、ごめん綿苗さん……そだね。学校だもんね、ここ」
結花の言葉で一気にトーンダウンした二原さんは、とことこと校舎に戻っていった。
そして、残ったのは――俺と結花。
「えっと。あのね、結――」
「……遊くんの、ばーか」
二原さんがいなくなった途端、結花のIQがぐんと下がった。
そして結花はぷくっと頬を膨らませて。
さっき『不純異性交遊』とか言ってた人とは思えないテンションで、ぽつりと呟いた。
「……家に帰ったら、私といちゃいちゃした方が幸せだって、分からせてやるもん」
※令和3年3月26日 加筆修正




