第20話 【緊急生配信】和泉ゆうなと『恋する死神』の、スキャンダル問題 2/2
「配信の準備が整ったよ」
会議室に戻ってくると同時に、六条社長は静かにそう告げた。
室内にいるのは――俺、那由、勇海、二原さん、マサ、鉢川さん。
掘田さんは、どこか別の場所に控えているのか、ここにはいない。
そして結花は……配信に備えて、既にブースへ移動している。
会議室に用意されているのは、巨大なスクリーン。
そして、スクリーンに――パッと映し出されたのは。
分割画面で表示された、二つの配信用ブース内の様子だった。
メインブースにいるのは――和泉ゆうな。
ツインテールに結った、茶髪のウィッグをかぶって。
ピンク色のチュニックと、チェックのミニスカートという、ゆうなちゃんの衣装そのものな格好をしている。
それは紛うことなき、声優・和泉ゆうなの姿になった、綿苗結花だった。
そして、サブブースにいるのは――真伽ケイ。
アンニュイな表情を浮かべたまま、黒く艶やかな髪を掻き上げるその姿は、かつてトップモデルだったというのも頷けるほど……強いオーラを放っている。
「サブブースのケイが、配信の説明等を終えた後、モニターをメインブースに切り替える。そこで和泉から、ファンに向けて話をしてもらう。不測の事態が起こった場合には、サブブースに画面を切り替え、ケイが対応する――そういった算段だ」
「……そうですか。結局、真伽ケイがフォローしてくれることになったんですね」
「そこだけはアクター養成部長として譲らないと、ケイが頑なだったからな」
あれだけ結花の出演に反対していた真伽ケイだから、この案件から外れるんじゃないかなって思ってたけど……意外と頑固なんだな。
「ケイはな。昔から、優しいんだよ」
ふいに、六条社長が。
どこか哀しそうな顔で、笑った。
「優しすぎるからこそ。和泉が――他の誰かが傷つくくらいなら、自分が傷ついた方がいいって。本気でそう考えてしまう。昔から、そういう人間なんだ……ケイは」
「……それだけ聞くと、なんか結花ちゃんに似てね? 兄さん」
俺の隣に座ってる那由が、ぼそっと言った。
「似てねーよ。結花はあそこまで頑固じゃないし……可愛さのレベルが違うだろうが」
「マザコンほど、必死にマザーを否定するよね」
「なんで急に、マザコンいじりしてんの? 言い値で買ってやろうか、その喧嘩?」
「あはははっ! いい兄妹だね、君たちは。那由くん、わたしもね……遊一くんの言うとおりだと思うよ。ケイと和泉は、明確に違う」
小競り合いをする俺たち兄妹を、愉快そうに眺めながら。
六条社長は、少しだけ遠い目をした。
「和泉と違って、ケイは不器用だから。自分を犠牲にして頑張るあまり――最後には、自分の一番大切なものすら見失ってしまうんだ。『60Pプロダクション』を立ち上げた、あのときのように」
そして六条社長は――俺と那由に向かって、深く頭を下げて。
「戯れ言だと思って聞き流してくれ。遊一くん、那由くん。わたしの夢に京子を巻き込んで、君たちを苦しめて……本当にすまなかった」
――――母さんにとっても、それは『夢』だったんだと思う。
モデル時代に、自分がみんなに笑顔を届けてきたように。
後進を育てて、そんな『笑顔の力』をつないでいきたいって、願ってたんだと思う。
だけど、六条社長の言うとおり、母さんは不器用だった。
だからこそ、『夢』と現実の狭間で足掻いた末に、親父との距離ができてしまって。
最後には――『夢』以外をなくしてしまったんだ。
「……謝られても困るっていうか。辛かったか辛くなかったかで言えば、そりゃあ死ぬほど辛かったですし。どんな理由を挙げられたところで、あの人が――俺や那由を捨てて、仕事を取ったっていう事実に、変わりはないです」
頭を下げた姿勢のまま、六条社長の身体がぴくりと揺れた。
「……そうだな。君たちからすれば、許せるわけがないというのは、当然だ」
「いえ。そうじゃないんです。許すとか、許さないとか……誰が正しくて、誰が間違ってたとか。そういうの考える方が馬鹿らしいなって、最近は思うようになったんですよ。そう思わせてくれるような――素敵な笑顔の女の子に、出逢ったから」
辛い過去があった。悲しい過去もあった。
それでも、あの子は――みんなの幸せを願い続けてきた。
誰かの笑顔も、自分の幸せも、誰かの『夢』も、自分の『夢』も。
何ひとつ譲らないぞって顔をしながら、これまでずっと、歩み続けてきたんだ。
そうやって――人と人を。笑顔と笑顔を。結んできた、あの子が。
和泉ゆうなが。
綿苗結花が。
――――俺の可愛いしかない許嫁が、そばにいてくれるから。
だから……もういいんだ。
「……遊一くん」
六条社長がゆっくりと顔を上げた。
俺はちらっと那由の方を見る。
那由は「やれやれ」って顔をしながらも、なんか嬉しそうに笑ってる。
それから俺は、肩の力を抜いて――心からの想いを、言葉にしたんだ。
「そんなこと、もういいから……みんなで一緒に笑いましょうよ。だってその方が――絶対、楽しいはずだから」
配信がはじまる。
けれど俺の心は、不思議と落ち着いていた。
だって、結花なら絶対に――みんなに笑顔を届けられるって、信じてるから。




