第13話 桃色からはじまった世界はもう、虹色に輝いてる 1/2
生徒指導室を出ると。
俺と結花は、マサの後に続いて、2年A組の教室へと向かう。
階段をのぼって、廊下を歩いて。
そして、俺たちは――教室の前に辿り着いた。
「……なんか、やたら静かじゃないか?」
そろそろ一時間目がはじまる時間だし、大騒ぎしててもおかしいんだけどさ。
かといって、廊下に声が一切聞こえてこないってのも、それはそれで変だ。
「言ったろ。郷崎先生が舞台を整えてるって。今日のうちのクラスの授業は、ホームルームから一時間目までぶっ続けで――『和泉ゆうなちゃん』なんだよ」
「ぶっ続けで? 授業は『和泉ゆうなちゃん』? 何それ怖い。どういうこと?」
「うっせぇな。そんなこと、俺が知るか」
当然の疑問を、マサは無下にあしらうと。
躊躇なくガラッと、教室のドアを開けた。
「それじゃあ、先に行って待ってるぜ。頑張れよ、綿苗さん。漢を見せろよ――遊一」
格好つけた感じでそう言い残すと、マサは一足先に、教室の中に入っていった。
廊下に残されたのは、俺と結花だけ。
ひんやりとした空気が、俺の膝をぶるっと震わせる。
覚悟は決めてきた……けど。
いざ教室に入るとなると、どうしても中学の頃のトラウマが、胸の奥から湧き上がってくる。
そして、それはきっと――結花も同じなんだと思う。
「結花……大丈夫か?」
「うんっ、大丈夫! だってもう、私は独りじゃないから」
だけど結花は、きっぱりとそう言い切って。
太陽のように眩しく笑った。
「今の私には、遊くんがいて。家族がいて。友達がいて。仲間がいて。それから――ゆうながずっと、そばにいてくれるんだもの。そんなの、もう……最強じゃんよ?」
――――そして結花は。
教室のドアを、ゆっくりと開けた。
「おはよう。佐方、綿苗」
教壇から声を掛けてくれる郷崎先生。
クラスメートたちは各々の席についたまま、無言でこちらを見守っている。
そんな言い知れぬ空気の中――俺と結花は、郷崎先生の隣に立った。
「――『カマガミ』とかいう輩が流布したくだらない噂話と、その他諸々について、二人から話があると。みんなにはそう説明したんだが……それで大丈夫か、綿苗?」
「……はいっ! ありがとうございます、郷崎先生!!」
元気よくそう応えると、結花はぺこりとおじぎをした。
そして結花は――ゆっくりと顔を上げると。
教室を見渡しながら、言った。
「えっと……本日はお日柄もよく……じゃなくって! えっと……貴重なお時間をいただき、あでぃがっ! 痛ぃぃぃ……舌噛んじゃったぁぁ……」
訂正。何も言えてなかった。
色んな決意を固めて、ここに立ってはいるものの。
結花はもともと、学校とかだと意図せずお堅い態度になってしまうくらい、コミュニケーションが苦手な子だからな。こんな大人数を前にして、緊張しないわけがない。
そして……そんな結花の様子を見ても、クラスのみんなは、くすりとも笑わない。
笑っていい場面なのか、駄目な場面なのか、きっと戸惑ってるんだろうけど。
教室の空気は――なんとも表現しがたい緊張感を孕んでいる。
「あはははっ! さっすが結ちゃん!! こんなときでも、可愛すぎだっての!」
だけど。
そんな空気をぶち破るように、笑い声を上げた女子がいた。
ロングヘアは、綺麗な茶色に染められていて。
メイクをしているおかげで、目元は驚くほどぱっちりしている。
見た目は、陽キャなギャル。
自称は、陰キャな町娘。
そしてその正体は、特撮ガチ勢のヒーローガール。
そう、それは――俺と結花の、頼れる友達。
二原桃乃だった。
「……ってかさぁ。ギャラリーがこーんな押し黙ってたら、結ちゃんたちが喋りにくいっしょ。みんな、もーちょいリアクションしなってぇ」
二原さんがそんな軽口を叩いた途端。
教室のあちこちから、少しずつ声が漏れはじめる。
すげぇ、さすがは二原さん……教室の空気を、一瞬で変えちゃったよ。
「……えへへっ。桃ちゃん、ありがとう」
助け船を出してくれた二原さんに対して、結花は嬉しそうに笑い掛ける。
そして、深く息を吸い込むと。
結花は、心の中でギアを入れたみたいに――はつらつとした声で話しはじめた。
「こんなお時間をもらっちゃって、皆さんごめんなさい。えっと、何をお伝えしたいかっていうと……観た人も多いのかな、って思うんですけど。『カマガミ』さんの動画のことについて、です」
「うち、その動画観た!」
「ってことは、やっぱ映ってたの、綿苗さんなの?」
「マジで声優ってこと? すごっ!」
「でも、見た目が違うから分かんないなぁ」
教室の中を飛び交う、不確実な情報をもとにした噂。
室内がざわざわと、一気に騒がしさを増していく。
だけど結花は、そんな光景にも怯むことなく。
シュシュを外して、ポニーテールに結った髪をほどくと。
おもむろに――眼鏡を外した。
「え!? 嘘だろ!?」
「わっ! やっぱりだよ!! 綿苗さんが、あの声優の――」
眼鏡を外し、髪をほどいた結花を見て、クラス全体が一斉に沸き立つ。
「えへへっ……びっくりさせて、ごめんなさい。でも、これが私の――本当なんだ」
学校での結花ではなく。
家での結花の格好で。
結花は――笑顔のまま、言ったんだ。
「私、綿苗結花は。実は結構前から、和泉ゆうなとして――声優活動、やってます!」




