第26話 【感動】無愛想な妹と、俺の許嫁が仲良くなったんだ 2/2
そのとき、ガタッと。
バルコニーに通じる窓ガラスが、勢いよく開いた。
「ごめんね遊くん、那由ちゃん! 帰るの遅くなっちゃった!!」
走って帰ってきたのか、息が上がってる結花。
頬は紅潮して、眼鏡には汗の雫がついている。
髪の毛もなんか、ボサボサになってるし。
「もー、どこ行ったのかと思ったじゃんよぉ。帰ってきたら、誰も中にいないんだもん」
「どんだけ走ったの? 汗だくだけど」
「あー! ちょっと、ストップ!! それ以上は近づいちゃ駄目!! 接近禁止令!」
駆け寄ろうとした俺を見て、結花は両手を大きく振るった。
そして、チュニックの襟元を掴んで、自分の鼻先に寄せると。
「……今の私、絶対に汗くさいもん。やだ」
「別に俺、そんなの気にしないけど」
「いーや、遊くんは気にする絶対! だって、ゆうなは汗のにおい、しないしっ!!」
そうやって極論を持ち出したかと思うと。
「私は、遊くんのために……無臭のお嫁さんを、目指すんだもん」
「――ぷっ! あははははっ!!」
上目遣いになって、真剣にそんなことを言うもんだから。
俺は堪らず、声を出して笑ってしまった。
「あ、ちょっとぉ! 笑わないでよぉ。女の子にとっては、重要な問題なんだから!!」
「ごめんごめ……ぷっ! あはははははっ!!」
「ねぇ、笑いすぎじゃない!?」
ツボに入って笑いが止まらない俺。
それが不愉快なのか、頬を膨らませて怒ってる結花。
「もう、失礼だなぁ遊くんは!」
「ごめんってば。とにかく、汗かいてると風邪引いちゃうから、中に入ろ――」
「けっ」
そんな俺たちのやり取りを見ていた那由が。
バスタオルを頭からかぶると、ショートパンツのポケットに指先を入れて、部屋の方へと歩き出した。
「あ。ねぇ、那由ちゃん」
俺たちより先に帰ろうとする那由を、結花が呼び止める。
「……なに?」
那由がぴたっと足を止める。
そんな那由に駆け寄ると、結花は頭に乗ってるバスタオルを動かして。
「ちゃんと拭かないと、風邪引くよ?」
「……別に。平気だし」
「平気じゃないの。風邪だって、怖い病気なんだからね? 声優をはじめてから、そういうの敏感になったんだけどさ。喉痛めるのって、すっごく怖いことなんだよ?」
「…………」
頭にバスタオルが掛かってるから、那由がどんな顔をしてるかは分からないけど。
おとなしく結花に、頭を拭かれてるから――拒否的じゃないことだけは分かった。
「兄さんが風邪引きそうでも、同じこと言う?」
「え? 当たり前でしょ。夫の体調を心配するのは、お嫁さんの務めだもん!」
「兄さんが寂しそうなときは、どんなこと言う?」
「んー。寂しそうなときかぁ」
アゴに指を当てて、ちょっとだけ考えてから。
結花はにっこりと笑って、言った。
「取りあえず、笑わせちゃおっかな。寂しいのなんて、吹っ飛ばせるように」
「……ん」
那由は僅かに頷くと、バスタオルの両端を掴んだ。
「笑わせてみなよ。兄さんが笑い疲れるくらい、全力で」
そして那由は、結花に背を向けたまま――小さく呟いた。
「兄さんのこと、マジで頼んだからね……お義姉ちゃん」
◆
那由が部屋の中に戻ったあと。
俺は持ってきたバスタオルを結花に渡し、なんとなく二人で空を眺めていた。
結花がゴシゴシとバスタオルで頭を拭きつつ、空を指差す。
「見て見て、遊くん。今日は三日月だよっ」
「傘かぶってるし、明日は雨かな」
「あー、そうかも。ゴールデンウィーク明けから雨かぁ。ゆーうつ」
穏やかな時間。静かな空間。
「……えへっ。えへへぇ」
「何その、クリーチャーじみた笑い方」
「クリーチャー!? 失礼じゃない?」
いや、だって。変な顔して、笑い声を漏らしてるから。
「だって……『お義姉ちゃん』だよ?」
「結花はきょうだいとか、いないんだっけ?」
「あー……うちの子はねぇ。中学生のくせに私のこと、自分より下だって思ってる感じだからなぁ。『お姉ちゃん』とか、絶対に言ってくれないもん」
「まぁ家での結花を見てたら、その気持ちも分かるけど」
「どういう意味!? もぉー、そうじゃなくって!」
怖くもない顔で一瞬、俺を睨みつけてから。
結花はふぅと息を吐き出して、微笑んだ。
「那由ちゃんに、家族として認めてもらえた感じがして。だから『あー、遊くんと家族になったんだなぁ』って――なんか、幸せじゃん?」
「婚約してるから、今までも家族も同然だったでしょ」
「そうだけど。他の家族に受け入れてもらえたら、より家族! って感じじゃんよ」
受け入れ……まぁ、確かにそうだな。
あの、強情で毒舌家な那由が、『頼んだ』なんて言うくらいだから。
結花のお嫁さん的な頑張りが、俺だけじゃなく、家族にも伝わってきてるんだなって――そう思う。
「……俺ももうちょっと、頑張らないとな」
「ん? なんか言った?」
「いや、なんでもないよ」
「えー? 何それ、気になるじゃんよぉ!!」
「……いつまでやってんの? 近所迷惑だし」
ガラッとバルコニーに通じる窓を開けて、那由が睨んできた。
そんな那由に「可愛いっ!」って言って近づいて、結花がわしゃわしゃ頭を撫でる。
なるほどな。こういうタイプが、この厄介な妹の弱点か。
なんて考えてると――那由は本気のテンションで睨んで。
「……兄さん、笑うなし。マジで」




