第25話 【緊迫】死神を巡って、俺の許嫁と昔の友達が…… 1/2
学校からの帰り道。
校門前で待っていた来夢と話す中で、俺は――来夢がこれまで抱えてきた『秘密』を知った。
そんな矢先だった。
その場に飛び込んできた結花が……不審な男の盗撮を、暴き出したのは。
その男の名は――『カマガミ』。
女性声優ばかりを付け狙い、ゴシップ動画を投稿しては、いくつもの炎上騒動を誘発してきた……自称・暴露系MeTuber。
『恋する死神』という名前だけど、ただの純粋なゆうなちゃんファンである俺とは、まったく違う。
声優人生を刈り取る鎌を持った――本物の死神だ。
「どうしたの、らんむちゃん? そこの彼氏の話、聞かせてよ。動画は撮れたんだけどさぁ、ちょっと距離が遠くて、話してる内容までは聞こえなかったんだわ。だから……ほら。ビデオカメラに向かって、話してみ?」
「……んー? 人違いじゃないですかー?」
ビデオカメラを向けてきた『カマガミ』に対して、来夢は――表情を切り替えると。
ほわっとした笑顔のまま、小首を傾げた。
「紫ノ宮らんむ……って確か、声優さんですよね? 聞いたことあるなー。そんな人と間違えてもらえるのは光栄ですけど……あははー。あたし、そんなんじゃないですよー?」
まるで紫ノ宮らんむを感じさせない、飄々とした『来夢』の振る舞い。
――話してる内容までは聞こえなかった。
『カマガミ』のその発言を受けて、はぐらかそうという作戦に出たんだろう。
さすがは来夢。完璧な演技だ。
よし。このまま『カマガミ』なんて、煙に巻いて――。
「そーいう茶番は、いらねぇの。あんたが、らんむちゃんだってのは――結構前に、証拠を押さえてんだよ」
「――――!!」
へらへらしながら『カマガミ』が出してきた写真に……来夢はぐっと、唇を噛んだ。
一枚目の写真に写っているのは――コートを纏った、紫ノ宮らんむ。
ひとけの少ない路地裏に、周囲を窺いつつ入っていく現場が収められている。
そして二枚目は――路地裏から出てくる、野々花来夢。
その顔つきは、紫ノ宮らんむとはまるで違うけど……着ているコートは、間違いなく同じものだった。
そう、『カマガミ』は――目の前にいる野々花来夢が、紫ノ宮らんむ本人だという動かぬ証拠を、既に持っている。
「…………そう。ここ最近、誰かの視線を感じることが何度かあったのだけど。貴方の仕業だったのね」
「大変なんだぜ? 人の秘密を握るってのも」
「ゲスの極みね。貴方のような輩が――一番嫌いよ」
演技をやめた来夢が、汚物を見るような目で『カマガミ』を睨みつけた。
けれど『カマガミ』は、臆する様子もなく続ける。
「そろそろ諦めな、らんむちゃん? 俺はあんたの、でっかいスキャンダルを――三つも持ってんだぜ? ひとつは、紫ノ宮らんむの素顔。もうひとつは、紫ノ宮らんむの熱愛。そして、最後のひとつは――そのお相手が、『恋する死神』だってこと」
――唐突に名前を呼ばれて、俺は一瞬、頭が真っ白になった。
なんで、こいつ……俺のことを?
確か、話は聞こえてなかったって、言ってたはずなのに――。
「いやぁ、それにしても……こんなにおいしい情報が手に入るとはなぁ。らんむちゃんが彼氏といる現場を押さえられたら御の字だったのに――まさか出てきたのが、『恋する死神』とはねぇ」
「……黙りなさい」
「和泉ゆうなのファンだろ、そいつ? いいねぇ……同じユニットの後輩声優から、ファンをNTR。特大のネタだわ」
「黙れ!!」
冷静さを欠いた来夢が、大声で叫んだ。
そんな中――俺は思いきって、『カマガミ』に尋ねる。
「あんた……なんで俺のことを知ってんだよ?」
「あん? ああ、そっか。『恋する死神』。俺のこと、覚えてねーのか」
『カマガミ』は下卑た笑いを浮かべると。
フードの下から覗く、濁った瞳を俺に向けた。
「――随分前の『アリステ』オフ会。挨拶程度だったし、お前は覚えてないだろーが……あのとき俺は、お前と会ってんだよ。他の奴らの顔は、忘れたんだけどな。お前だけは覚えてる……和泉ゆうなの熱狂的ファンとして有名な、お前だけはな。運が悪かったなぁ……えぇ? 『恋する死神』?」
――――ようやく状況が呑み込めた。
こいつはもともと、『アリステ』のオフ会に来るくらいのファンで。
一度だけ、『恋する死神』との面識があって。
紫ノ宮らんむの秘密を暴こうと、粘着していたところ……彼女がたまたま、『恋する死神』と一緒にいる現場を目撃した。
そしてそれを――紫ノ宮らんむが、後輩声優のファン『恋する死神』に手を出したと、勝手な解釈をしてるんだ。
――一般男性との熱愛報道。もしくは、有名なファン『恋する死神』との熱愛報道。
――どちらの方が、リスクが高いと思う?
奇しくも、来夢の問い掛けた言葉が、重くのし掛かってくる。
「……なんで、こんなことするんだよ?」
あまりの不快感に、胸が悪くなりそうだ。
「『アリステ』のオフ会に来てたんなら! お前だって『アリスアイドル』や、そこに命を吹き込んでくれる声優を、応援してたんじゃないのかよ!? なんでこんな酷いことが、平気でできるんだよ!?」
「……応援してた、じゃねぇ。今もだよ。『アリステ』も他のアイドル系ソシャゲも、大好きだよ。そして、それを演じる声優のことは――誰よりも愛してる」
そんな俺に対して。
『カマガミ』は語気を強めて、吼えた。
「――だからこそ、こそこそ彼氏を作るなんざ、許せねぇだろ!! 俺たちの前ではニコニコ愛想を振りまいて、裏では俺らを馬鹿にして、彼氏とイチャついて……俺たちファンへの冒涜だろうが!! 俺たちは金づるじゃねぇ!」
そんな、めちゃくちゃな論理を喚き散らしてから。
『カマガミ』はゆっくりと――来夢のことを指差した。
「ファンに隠れて、男に媚びる……そんな裏切りを働いた声優に、正義の鎌を! ファンの純粋な心を弄んだ声優に、神罰を!! それが俺――『カマガミ』の使命なんだよ!!」
――――彼氏を作るのが、ファンへの冒涜?
ふざけんなよ。声優だって人間だぞ。
誰かと付き合っているからなんだ。ファンの前では全力で頑張ってて、ファンを大事にしてるんなら……神対応でしかないだろ。
――――ファンの純粋な心を傷つけた?
傷つけてんのはどっちだよ。
大好きなキャラに、最高の声を吹き込んでくれて。
歌ったり、ラジオで笑わせてくれたり、全力のイベントを見せてくれたり。
たくさんの笑顔をもらっておきながら、心ないことをしてるのは……どっちだよ?
「……あんたこそ、声優をなんだと思ってんだよ? 声優は天使だとか、女神だとかって言うけど……実際は俺たちと同じ、人間だろ!!」
胸の中にふつふつと湧き上がる感情のままに、俺は声を張り上げた。
「人間なら、誰だって秘密くらいある。心の奥に抱えたものも、大切にしてる夢もある。家族とか、友達とか、恋人とか……大事な人だって、いるに決まってんだろ! それを、心ない噂や言葉で傷つける――そんな権利なんか、誰にもねぇんだよ!!」
――――佐方遊一は。
クラスの誰かが言いふらした噂で、傷ついて、少しの間だけ不登校になった。
それ以来、三次元の女性を愛することを……怖いと思うようになった。
――――綿苗結花は。
なんの理由もなく、クラスメートから嫌がらせを受け続けて、長く引きこもった。
外に出るようになっても、他人とのコミュニケーションには……少しだけ壁ができた。
――――野々花来夢は。
夢を叶えようと努力する両親のことを、蔑み見下す大人たちを、目にしてきた。
だからこそ、夢を語ることを諦めて……本当の自分を、隠すようになった。
みんな――心ない噂や言葉で、傷ついてきた。
「…………もう、やめろよ。一緒に笑えばいいだろうが。誰かが笑うために、誰かが泣かなきゃいけないなんて――虚しいだけじゃないかよ」
グッと拳を握り締めたまま、俺は懇願する。
けれど『カマガミ』は――表情ひとつ変えずに、吐き捨てた。
「見解の相違ってやつだな……俺は自分を不快にさせるものは、絶対に許さねぇ」
そして『カマガミ』は、ビデオカメラを俺の方へ、ゆっくりと向けて――。
「すみませーんっ! はいはーいっ!! 『カマガミ』さーん!」
「…………あん?」
怪訝な顔をしながら、『カマガミ』は振り返った。
そこに立っているのは――綿苗結花。
「あんた……まだいたのか。関係ねぇ奴は、どっか行けよ。用があんのは、紫ノ宮らんむと『恋する死神』だけ――」
「はい、それっ! 『カマガミ』さん……そのスクープ、間違ってますよっ!!」
「……あぁん?」
「『恋する死神』さんは、和泉ゆうなのファンですよ? 紫ノ宮らんむが、後輩のファンを奪った的なこと、言ってましたけど……それって『カマガミ』さんの感想ですよね? なんかそういう根拠的なの、あるんですかっ!?」
「うっせぇな、なんだよ! あんたにゃ、関係ねぇだろ!!」
「関係ありますもん。だって、私は――和泉ゆうなだから」
――――え?
結花、今……なんて言った?
呆気に取られる俺たちの前で。
結花は眼鏡を外し、ポニーテールに結っていた髪をほどいた。
風になびく、黒いロングヘア。
眼鏡を外した途端、なんだか垂れ目っぽく見える瞳。
そんな普段の格好になった結花は、すぅっと息を吸い込んで。
――聞き慣れたセリフを、口にした。
「ゆうながずーっと、そばにいるよ! だーかーら……一緒に笑お?」
「――――なっ!? い、今の声……って」
『八番目のアリス』――ゆうなちゃん。
そのリアルボイスによるセリフを聞かされて、『カマガミ』はあからさまに動揺する。
そんな『カマガミ』に向かって――綿苗結花は。和泉ゆうなは。
まるで臆することなく、続けた。
「びっくりしました? えへへっ。実はですね、私――声優・和泉ゆうなとして、『アリステ』のゆうな、やってますっ!!」




