第24話 【開演】俺が知らない『彼女』の物語【暗転】 2/2
物語を朗読するかのように。
来夢は自分の過去を、滔々と語った。
そこにあったのは、俺の知らない事実ばかりで。
俺は本当に――来夢のことを、何も知らなかったんだなって実感する。
「……これで本当に、『秘密』はおしまい。ごめんね、ずっと隠していて」
来夢が小さくお辞儀をした。
終演後の舞台挨拶みたいに。
「今の話が、私のすべて。そして今、貴方の目の前にいるのが――本物の野々花来夢よ」
「そっか……ありがとな、来夢。本当のことを教えてくれて」
「……御礼を言われる筋合いなんて、ないわ。本心を見せない人間の言葉に、重みなんてないでしょう? だから先に――打ち明けておきたかっただけ」
無感情な顔のまま。
栗毛色の髪を掻き上げて――来夢は言った。
「遊一。『恋する死神』はもう、やめた方がいい。その名前を捨てて、和泉ゆうなのファンとしての貴方を……この世界から消すの」
淡々としているけれど。
その言葉は、強くて、重い。
「……今さら俺が『恋する死神』をやめて、意味なんてあるか?」
「貴方は私たちと違って、一般人だから。何かが起こる前に、存在を闇に葬っておけば――貴方が『恋する死神』だという事実は、明るみに出ない可能性が高いわ」
「俺が『恋する死神』だって、バレなくても。和泉ゆうなに彼氏がいるってゴシップが出回るリスクがあることには、変わりないだろ? だったら、敢えて『恋する死神』を消す意味なんて――」
「先日のネットニュースは知っている? あの件は、彼女が交際していたという事実以上に――その相手がマネージャーだったことが、炎上のトリガーになったわ。もともと彼女のマネージャーは、イベントなどでファンに認知されていたから……それが悪い要素として働いた」
――確かネットにも、そんな書き込みがあったっけな。
アイドル声優として人気が出ていたこともあって。
彼女はファンとの距離が近いイベントが多く、マネージャーが常に見守る形での対応だったらしい。
そのためマネージャーは、ファンからも広く知られた存在になっていて……彼自身が交際相手と発覚した途端、「裏切り者」だなんて叩く人たちが現れた。
声優も、その彼氏も。
当事者双方が叩かれる――そんな悲しい状況に、なってしまったんだ。
「誰と付き合おうが、交際という事象があることには変わりない……事実としては、そのとおりよ。けれど――一般男性との熱愛報道。もしくは、有名なファン『恋する死神』との熱愛報道。ゆうなにとって――どちらの方が、リスクが高いと思う?」
否定したいけど……何も言えなかった。
和泉ゆうなに、実は交際相手がいた。
その事実が明るみになったとき、交際相手が――世間から知られた存在である方が、名も知らない誰かよりも、不要なヘイトを集める可能性は高まる。
『恋する死神』は、ラジオなどで何度もメールを読まれているし……和泉ゆうなの熱狂的なファンとして、界隈では知られた存在だ。
確かに、和泉ゆうなの相手としては――リスクを孕んでいるのかもしれない。
だからこそ、大ごとになる前に。
来夢は俺に……『恋する死神』をやめるよう、勧めてるってことか。
「言いたいことは分かったよ……けどさ。なんで来夢が、そこまで俺たちのことを気にするんだよ? この件で何か起きても、紫ノ宮らんむには影響なんてないだろ?」
神社で会ったときも、そうだった。
俺が『恋する死神』だと分かったとき、来夢は明らかに――動揺した。
あの瞬間が初めてだった。完璧な演技を貫いてきた来夢が、崩れたのは。
それがなければ、俺はきっと……来夢が紫ノ宮らんむなんじゃないかなんて、思いもしなかっただろう。
「――私とは違う輝きを、和泉ゆうなは持っているのよ」
俺のことを見つめたまま。
来夢は唄うように口にした。
「……ゆうなって、本当に不思議な子よね。抜けているところは多いし、危なっかしいこともするし、心配なところだらけなのに――気付けば目を奪われている。私とはまったく違う……彼女だけの輝きを、感じるんだ」
来夢が苦笑するように、微笑んだ。
その表情は、俺の知っている来夢のものとは違うけど。
今まで見た中で、一番――優しい笑顔だと思った。
「お節介なのは分かってる。嫌われても仕方ないと思う。それでも私は――ゆうなにも遊一にも、傷ついてほしくない。だから、伝えずにはいられなかったの。『来夢』でもなく、紫ノ宮らんむでもなく――野々花来夢として」
「…………待ってくださいっ!!」
そのときだった。
向かい合っている来夢の後ろから、大きな声が聞こえたかと思うと。
眼鏡を掛けた一人の少女が――ポニーテールを大きく揺らしながら、バッと大きく両手を広げたんだ。
一見すると、地味なようにも見えるけど。
爛々と輝く大きな瞳は、びっくりするほど澄んでいる。
そんな俺の許嫁――綿苗結花は。
もう一度、大きな声で言った。
「ちょっとお話を、聞かせてもらいますよ……そこの人っ!」
◆
人通りのほとんどない、薄暗い小道で。
未来の『夫』が、昔好きだった女子と、二人っきりでいる。
…………うん、まずいね。
誤解するなっていう方が、無理のあるシチュエーションだ。
「ち、違うんだよ結花? これはちょっと、わけがあるっていうか、話せば分かるタイプの事態でね!?」
「……落ち着きなさいよ、遊一。かえって怪しいわ。やましいことなんてないのに」
めちゃくちゃテンパる俺を見て、ため息を漏らす来夢。
そんな状況の中で、結花は――。
「に、逃がしませんよ? ちゃ、ちゃんとお話を聞くまでは!!」
なんか――俺たちとは違う方向に向かって、声を上げていた。
「えっと……何やってんの、結花? そこには誰もいませんよ……?」
「いるよ!? 遊くんたちが気付いてなかっただけじゃんよ! 私、見つけちゃったんだもんねーだ。遊くんと来夢さんのことを盗撮してる――その人を!!」
…………盗撮?
不穏極まりないそのフレーズに、俺は思わず身構えた。
すると――電柱の陰から、ぬっと。
黒いパーカーを着て、フードを目深にかぶった不審な男が、姿を現した。
「……はぁぁぁぁ。あんたさぁ、なんのつもりなの? 営業妨害なんだけど、営業妨害」
ため息とともに、汚い言葉を吐いて。
男はその場にしゃがみ込み、鞄に手を突っ込んだ。
そこから取り出された――一台のビデオカメラ。
「まだあんま撮れてないってのに……しょうがねぇなぁ。んじゃ……直接、話でも聞かせてもらいますかね」
そして男は、ビデオカメラを――来夢に向けて。
「はい、紫ノ宮らんむちゃん? 彼氏との密会現場を撮られたわけっすけど、今の気持ちを一言で、どーぞ」
「…………なんですって?」
ピクッと、来夢の眉が動いた。
――誰なんだ、この男?
なんでこの格好の来夢を見て――紫ノ宮らんむだって、分かるんだ?
「……そう。分かったわ、貴方――『カマガミ』ね?」
混乱する俺とは正反対に。
来夢は冷ややかに、男に向かって言い放った。
すると男は、ニヤッと笑って。
俺たち三人に向かって――その名を告げた。
「よく知ってんじゃん。どーも……暴露系MeTuberの『カマガミ』です」




