☆そのゼラニウムを、赤に染めて☆
……わー!!
みんなに捕まってたら、教室を出るの遅くなっちゃったよぉー!!
心の中でそう叫びながら。
私はあたふたと、下駄箱で靴を履き替えます。
「結ちゃん、だいじょーぶ?」
「へ、平気だよ、桃ちゃん! ……って、わー! 靴が左右反対になってるー!!」
そばにいた桃ちゃんに心配されるくらい、めちゃくちゃテンパってる私。
それでもどうにか、靴を履き直して。
私は鞄を持って、桃ちゃんに手を振ります。
「それじゃあ桃ちゃん、また明日ね! ばいばーい!!」
「ん、またねっ!」
校門を通り抜けて、歩道に出て。
早足気味に家路を急ぐ私。
うにゃあ……約束してたより、遅くなっちゃったなぁ。
RINEも来てないけど、大丈夫かな?
遊くーん……ごめんねー。
――なんでこんなに、切羽詰まってるかっていうと。
そろそろ帰ろうって思ったところで、みんなから声を掛けられたんだよね。
なんか今度、クレープを食べに行く計画を立ててるらしくって。
なんと! 私まで誘ってくれました!!
楽しそうー、行きたいー、でも人見知りを発動したらどうしようー……なんて思ってたら、桃ちゃんも参加するって言ってくれて。
そんなわけで私は、クレープ会に参加することになりました。
えへへっ、いつもありがとう桃ちゃん! 大好きっ!!
って感じで――教室で盛り上がっていたら、いつの間にか時間が結構経っちゃってたんだよね。
私ってこれまで、放課後に教室に残って、だらだら喋るとか……そういうの、してこなかったから。
だから時間の感覚が、分かんなかったっていうか。
……うん。ただの言い訳だね。
ごめんなさい、遊くん。許してね?
「……ふへへっ」
こんな状況なのに、不謹慎かもしれないけど。
なんだか私は、楽しくなって……笑っちゃいました。
学校でも遊くんと、いっぱい話せるようになったし。
クラスで話せる友達も、いっぱいできたし。
ちょっと前だと――遊くんと親公認の関係になれたし!
本当に最近の私って……楽しいしかないんだよね。
「ゆーうくーん♪ ゆーうくーん♪」
鼻唄を歌いながら、私はてこてこと待ち合わせ場所に向かいます。
早く遊くんに会いたいなぁ。
それから、遊くんにぴとーって、くっつきたいなぁ。
そんなことを考えながら、交差点の近くまで来ると――――。
「……あ。ゼラニウムだ」
通り掛かった花屋さんの前に。
真っ白なゼラニウムが、飾ってありました。
「……むぅ」
私は足を止めて、花屋さんの前でしゃがみ込んで。
じーっと、白いゼラニウムを見つめちゃいます。
「この前、黄色いゼラニウムを見たときに……来夢さんと『予期せぬ出逢い』をしたんだよね」
昔読んだマンガの知識で。
黄色いゼラニウムの花言葉が、『予期せぬ出逢い』だって、知ってたんだけど。
その直後に、来夢さんと思いも寄らない出逢いを果たして――花言葉が見事に的中! ってなったんだ。
だから、なーんとなくゼラニウムを見掛けると……気になっちゃうんだよなぁ。
「白いゼラニウムの花言葉は――うにゃ!? 『私はあなたの愛を信じない』!?」
スマホで調べたら、すっごく悪い花言葉が出てきちゃった!!
もぉ、スマホってばー。そんなの見せられたら、不安になっちゃうじゃんよぉ!
あ……でも。
よく見たら、奥の方に――赤いゼラニウムも置いてある。
「赤いゼラニウムの花言葉は……『君ありて幸福』! えへへっ、よかったー。こっちは、いい言葉だっ!」
やればできるじゃんよ、スマホ!
なんだか嬉しくなった私は、ぱっと立ち上がって。
そのまま遊くんの待つところに、駆け出しました。
『私はあなたの愛を信じない』――中学の頃の私は、そんな感じだったかもなぁ。
みんなのことは見えるのに、近づこうとすると壁がある……そんなガラスの部屋に閉じこもって、独りぼっちで泣いてたっけ。
だけど――今は違う。
ガラスの壁を壊して、みんなと一緒に笑ってるから。
私には世界が――すっごく、輝いて見えるんだ。
遊くんと出逢えたから……私の世界は、色を変えた。
白いゼラニウムは、赤く染まって。
『君ありて幸福』――幸せの花に、なれたんだ。
だから今度は――私の番。
白いゼラニウムがあったら、私が赤く染めていきたい。
遊くんが私に、幸せを運んでくれたように。
私もみんなの心に、幸せの花を咲かせていきたいって……そう思うんだ。
◆
「…………あれ、来夢さん?」
交差点を過ぎて、小道に入ろうとしたところで――私はパッと、足を止めました。
だって、なんでか分かんないけど……遊くんと来夢さんが、二人で話してるんだもの。
「まさか――浮気!?」
一瞬、そんなことを考えて、飛び出しそうになったけど。
「……違いそうだなぁ。なんだか、空気が重いし……」
浮ついた感じのお話じゃなくって、真剣な会話をしてそうな雰囲気……。
まぁ、そもそも――遊くんが浮気とか、するわけないもんね。
桃ちゃんや勇海のおっきい胸に、デレッとするときはあるけどね。
……それも、許してないけどね!
「――あれ?」
そんなことを考えていたら。
遊くんと来夢さんから、少し離れた電柱あたりに。
黒いパーカーを着て、フードを目深にかぶった人が――立っているのを見つけました。
二人の位置からだと死角なのか、全然気付いてないみたいだけど。
……何してるんだろう?
足もとに鞄を置いて、ずーっとスマホいじってて……変なの。
いつもは人通りのほとんどない、静かな小道なのに。
今日はなんだか、普段と違う感じがして。
ちょっとだけ――胸がざわざわ、しちゃいました。




