第22話 【佐方遊一】俺が初めて『彼女』と逢った話をしよう【野々花来夢】 2/2
――まさか来夢が校門の前で待っているなんて、夢にも思わなかった。
人間って驚きすぎると、本当に頭が回らなくなるんだな。
来夢を見た瞬間、なんにも言葉が出てこなくなったよ。本気で。
だけど――どうにか頭を働かせて。
俺は来夢と、待ち合わせ場所を決めて……その場はいったん、別れることにした。
我ながら、ファインプレーだったと思う。
校門の前なんて――いつ知り合いに見られるか、分かったもんじゃないからな。
「やっほー、遊一」
指定した場所に着くと、既に来夢が待っていた。
学校からしばらく歩いて、交差点を右に曲がったところにある、細い路地。
普段から人通りが少ない、この場所は――いつも結花との待ち合わせに使っている。
「……来夢、学校は?」
「あははー。特別休暇って感じかなー」
膝あたりまであるロングスウェットを翻して、来夢はなんでもないことみたいに笑う。
「高校をサボって人の高校に来るとか、トリッキーなことしてんな……で? どうしたんだよ、人の高校まで来て」
「ごめんねー。人目も多いし、よくないよなぁとは思ったんだけどさ……ほら。遊一って昔は、RINE使ってなかったでしょ? あと、高校に入ってスマホを替えたのか、電話かけても繋がらなかったし」
ああ、言われてみれば。
確かに中学の頃は、RINEを使ってなかったし。高校に入ったときに、機種変とあわせて電話番号も変えている。
そうなると、来夢が俺に連絡を取ることはできないから……学校か家に、直接来るくらいしか方法がないのか。
その二択だったらまぁ、家に押し掛けてくるよりは良識的――。
「いやいや。納得しかけたけど、違うな? 二原さん経由で連絡を取れば、それで済んだだろ?」
「あははー。もちろん、それも考えたよ。だけどさ、あの桃乃が――『結花さんに内緒で遊一と会わせてほしい』なんてお願い、聞いてくれると思う?」
「……まぁ、聞かないだろうね。二原さんだし」
見た目は陽キャなギャルそのものだけど。
中身はめちゃくちゃ友達思いで、義理堅い性格だもんな、二原さん。
結花のことを第一に考えて、そんなお願い、まず断るだろうね。
――なんて、納得しかけたけど。
「いやいや、それも違うな? どういう前提だよ、それ。用事があるってだけなら、結花や二原さんが事前に知っててもかまわないでしょ」
「あははー。そう言われちゃうと、困っちゃうんだけどねー」
あっけらかんとした感じで、来夢は笑うと。
胸の前でポンッと、両手を合わせて。
深淵のように黒い瞳で――俺のことを見据える。
「…………あんまり他の人には、聞かれたくない話だからかな」
――――なんだ、今の?
中学の頃、よく遊んでいたメンバーの中に、来夢はいた。
人当たりが良くて。飄々としていて。ほんわかとした女子。
そんな、かつて俺が知っていた来夢とは違う……背筋が凍りそうなほどの気迫を、目の前の来夢は纏っていた。
「――あ、そうだ。先に言っておかないとだねー」
そんな俺の戸惑いを察したのか。
来夢はいつもどおり「あははー」と、穏やかな笑い声を上げた。
「聞かれたくない話って言ってもね。あたしが今さら遊一に告白! ……とかじゃ、ないからね? あたしは悪い女だけど、そこまで馬鹿じゃないからさー。結花さんのことを心配してるんなら……それは安心してほしいかな」
――俺が一番気にしそうなことを、事前にフォローしてくる。
こういう察しの良いところが、昔から来夢にはあった。
なんでもないことのように、周りに気配りができて。
みんなと盛り上がって、場の雰囲気を明るくして。
笑顔で一緒に、過ごすことができる。
野々花来夢の、そんなところが。
中学の頃の俺は――好きだったんだ。
だから…………。
「なんか事情があるのは分かったけどさ……ごめん、来夢! それでもやっぱり、日を改めて、二原さんやマサがいるときに話させてほしいんだ」
「…………え?」
俺の回答が予想外だったのか、来夢は僅かに目を丸くした。
「えっと……何か気に障ったかな? それなら、ごめんね?」
「いや。そういうんじゃないんだけどさ……」
そんな来夢に、少しだけ申し訳なくなるけど。
俺は気合いを入れて、話を続ける。
「結花と付き合ってること……今までは、クラスのみんなには隠してたんだけどさ。バレンタインの後からオープンにしたんだよ」
「うん。そうなんだね?」
「そしたらさ――クラスの反応が普通すぎて、びっくりしたんだよ。嫌がらせとか、からかいみたいな弄りとかないし。どっちかっていうと、天然すぎる結花を応援してる感じで。思ってたより、みんな……優しかったんだ」
「……そっかぁ。それは本当に……よかったよ」
俺の言いたいことが分かったのか、来夢は少し言葉を詰まらせる。
来夢にフラれたとき――第三者に、悪意のある噂をばら撒かれて。
それ以来、ずっと……人に何かを打ち明けることが、怖くなってたけど。
「みんなに受け入れられて、ようやく……中三の頃から心につっかえてたものが、取れた気がしたんだ。だから、これからは――胸を張って結花を大切にしていこうって、そう思ってる」
中学の頃、確かに俺は……野々花来夢が好きだった。
だけど、今は違う。
今の俺が、心の底から愛しているのは。
もう――綿苗結花しか、いないから。
「……気にしすぎって、来夢は笑うかもしれないけど。昔好きだった相手と、二人っきりで話すとか――結花が気にするかもしれないから。だから……ごめん! 二原さんがいるときとかに、改めて話させてほしい」
そう言って頭を下げてから、俺は来夢に背を向けた。
「それじゃあ、また今度ね」
さすがに気まずくって、来夢の方は見られないな……。
……あ。結花に、今日の待ち合わせはなしって、連絡しとかないと。
そんなことを考えつつ、俺は人通りのない道を歩きはじめた。
「――待って、遊一!!」
来夢らしからぬ大きな声に、俺は思わず振り向いた。
――――そこにいたのは。
少し太めの眉をつり上げ、無表情に佇む、普段とはまるで違う――野々花来夢だった。
……前に神社で会ったときも。
一瞬だったけど、こんな来夢の片鱗を感じたのを思い出す。
「……結花さんを傷つけたくない、その気持ちはよく分かった。だからこそ、遊一に聞きたいの。結花さんを傷つけないために――『恋する死神』をやめる覚悟は、ない?」
「……『恋する死神』を、やめる?」
何を急に言い出したんだ、来夢は?
疑問に思うのと同時に――俺はふっと、ある可能性に気付いた。
この声色。この表情。この雰囲気。
ひょっとして、これって……俺が知っている人、なんじゃないか?
「来夢は――紫ノ宮らんむ、なのか?」
一陣の風が、俺と来夢の間を吹き抜けていく。
そして来夢は、髪の毛を掻き上げると。
淡々とした口調で、答えた。
「ええ、そうよ。私は……紫ノ宮らんむ。お久しぶりね、ゆうなの『弟』さん?」




