第21話 【佐方遊一】俺が初めて『彼女』と逢った話をしよう【野々花来夢】 1/2
「なぁ、遊一……『カマガミ』って、知ってるか?」
机の上に寝そべったまま、マサがぶっきらぼうに言った。
「詳しくは知らないけど。昨日ネットニュースで見たよ、その名前」
「暴露系MeTuber『カマガミ』――ここ最近、声優ばっか狙って炎上させてる、やべぇ奴だ。許せねぇよな……ガチで」
マサが怒りを滲ませてるけど、無理もない。
『カマガミ』の動画が発端となり、一人の女性声優が活動休止にまで追い込まれたことが――昨日のネットニュースの、トレンドになっていた。
彼女が出演していたのは、『アリステ』とは違う、別のアイドル系ソシャゲ。
俺たちの推し声優でも、推しゲーの出演者でもなかったけど……それでも、こんな凄惨なニュースを見れば、憤りもする。
『恋する死神』と名乗ってはいるけど、推しの幸せを願い、ひたすら応援するスタンスの俺とは違って。
『カマガミ』はまさに――声優にとっての、本物の死神だ。
「佐方く……遊くん」
そんな、暗い話題をかき消すように。
とろけそうな笑顔を浮かべた結花が、こちらに駆け寄ってきた。
眼鏡を掛けて、髪の毛をポニーテールに結った――学校結花の状態で。
「……無理に言い直さなくても、よくない? 綿苗さ――」
「結花ですっ!」
「……いや、それは分かってるけど。学校だし――」
「結花ですっ!!」
……なんか、頭が痛くなってきた。
そりゃあ、確かにね?
勇気を出して、クラスのみんなと打ち解けていこうと思って――俺と結花が付き合ってるって、カミングアウトしたけどさ。
これまでほどは、距離を取る必要もないんだけどさ。
「あのね、遊くん。用事はないんだけど、お話ししたいな」
だからって――めちゃくちゃ距離を詰めてくるのは、違わないか?
みんなの注目の的になるのも恥ずかしいし。
あと……学校結花にぐいぐい迫られたら、なんか知らないけど、普段より照れるから。
「――ラブコメ反応あり! 破壊、破壊ぃぃぃぃぃ!!」
「うわぁ!? ちょっ、やめろってマサ! いきなり襲い掛かってくんな!!」
「うるせぇぇぇぇ!! いくら公認カップルになったからって、目の前でいちゃいちゃしやがって……リア充爆弾にしてやる!!」
やだな、リア充爆弾。
リア充爆発しろって言われるよりも、爆弾に改造されそうな感じが怖い。
「もぉー! 倉井、やめなっての! これまで我慢してた結ちゃんが、せっかく素直になれたのに、外野が邪魔すんなっ!!」
暴走モードのマサの腕を掴むと――二原さんがお説教しながら、俺からぐいーっと引き剥がした。
するとマサは、だらんと……全身を弛緩させる。
「お? よーやく分かったん、倉井? ほい。反省の言葉でも、言ってみ?」
「…………二原の胸が、ちょっと当たった」
「死ねっ!」
凄まじい速度のビンタが、マサの頬を捉えた。
すげぇ、視認できなかったぞ……。
二原さんのことだし。普段から仮面ランナーの必殺技か何かを、練習しているのかもしれない。
ご愁傷様、マサ。自業自得な気もするけど。
「あの……遊くん。私も遊くんに、くっついてみても、いい?」
「駄目に決まってるでしょ!? ここは学校だよ!? 学生の本分をなんだと思ってるの、結花は!!」
クラスにカミングアウトして以来、学校結花のポンコツ具合がひどい。
さすがに弁えてるのか、家の中みたいに「うにゃー」っと、有無を言わさず飛び掛かって来ないだけマシだけど……それも時間の問題な気がして、震える。
「……やばっ。可愛い……」
「なんだろーね、あの感じ? あざとい感じだとムカッとするんだろうけど、綿苗さんのは……小動物系? みたいな」
「あー、それだー!! 小犬がじゃれてる感じ! 見てて癒されるやつ!!」
近くで見ていた女子たちが、和やかな雰囲気の中、言い合っている。
……さすがは結花。
天然すぎるのが功を奏したのか、もはや微笑ましい存在として、周囲から認識されてきてるな。
まぁ、小動物扱いなのは……奇しくも勇海からの扱いと、同じなんだけどね。
――こんな感じで。クラス公認のカップルになった俺たちは。
教室で普通に喋ったり、一緒にお昼を食べたりと……学校での関わりが格段に増えた。
もちろん、婚約してるとか、同棲中だとか。
そういう高校生らしからぬ話は……内緒のままだけど。
「それじゃあ、結花。また明日ね」
「あ……はい。また明日ね、遊くん」
教室を出る前に挨拶したら、結花が物凄く名残惜しそうな顔で、こちらを見てきた。
後ろ髪を引かれる思いだけど――俺は心を鬼にして、その場を後にする。
カップルが一緒に下校っていうのは、あるあるなシチュエーションなんだけどさ。
俺と結花の場合は……ちょっとね。
万が一、二人で下校してるところを見られて、芋づる式に同棲がバレたりなんかしたら――とんでもない騒ぎになりかねない。
「お、佐方。車に気を付けて帰るんだぞ! また明日な!!」
「あ……はい。さようなら、郷崎先生」
すれ違った郷崎先生に挨拶をして、階段をおりると。
下駄箱で靴を履き替え、俺は一人――帰路についた。
夕方に差し掛かって、陽は少し傾いてきてるけど……なんだか今日は、雲ひとつない綺麗な空だな。
「もうちょっと、ゆっくり歩くか」
独り言を口にして、俺は歩くスピードを落とした。
いつもの場所で結花と待ち合わせしているけども。
さっき見た感じだと、クラスの女子たちに囲まれてたから、しばらく捕まってそうな気がする。
なので、のんびり歩いて時間を潰すとしよう。
そうして俺は、校門を通って――――。
「へぇー、ここの制服ってブレザーなんだねぇ。初めて見たけど、割と似合ってて、いい感じだよー」
――聞き覚えのある、ゆったりとした話し口調。
こんなところで聞くとは思っていなかった、その声に……俺は言葉を失う。
おそるおそる、横を向く。
校門の前で。
ブロック塀にもたれ掛かったまま、のほほんと笑っているのは。
「……なんで、こんなところにいるんだよ?」
「あははー、驚かせちゃったよね? ごめんねー、遊一。ちょっと、遊一に用事があってねぇ……待ってたんだ」
彼女は、そう――――野々花来夢。
俺が昔――好きだった相手だ。




