★もう秘密は、終わりにしよう★
「――はい。ありがとうございます、鉢川さん。来月のお披露目イベントでも、全力を尽くします。ゆうなと一緒に」
そう言って私は、マネージャーの鉢川さんからの電話を切った。
喫茶『ライムライト』の二階にある、簡素な自室。
そこで椅子に座ったまま、天井を仰ぎ見て。
私は、深く深く……嘆息した。
現実では、『来夢』という仮面をかぶって。
声優という舞台では、紫ノ宮らんむという存在になって。
私はすべてを賭けて、『芝居』と向き合ってきた。
――尊敬する、真伽ケイのように。
その結果、私が演じる少女・らんむが得た称号は――『二番目のアリス』。百人以上も存在する『アリスアイドル』のうち、二位の人気と位置付けられた。
そう……二番目。
今回もまた、『トップアリス』には――届かなかった。
「……よく、ストイックだなんて言われるけれど。我ながら損な性格ね。『二番目のアリス』でも、もう少し喜べる性分なら、どんなによかったか」
自嘲せずにはいられない。
『二番目のアリス』という結果に対して、喜びよりも、圧倒的な悔しさが込み上げてきてしまう……そんな自分のことを。
そうして一人静かに、物思いに耽っていたら。
一通のRINEメッセージが、届いた。
その送り主は――和泉ゆうな。
『らんむ先輩! 「二番目のアリス」おめでとうございます!! 二番目なんて、やっぱりらんむ先輩はすごいですね!』
文面を見ただけで、ゆうながどれほど舞い上がっているかが分かる。
相変わらず無邪気で、素直で……太陽のような子だ、ゆうなは。
孤高の月のような私とは――まるで対極の存在。
『らんむちゃんと比べちゃうと、まだまだですけど……ゆうなも、「八番目のアリス」に選ばれました。らんむ先輩に言われたとおり、もっと自信を持って、頑張ります! だから……お披露目イベントでは、どうぞよろしくお願いします!!』
そんな彼女が紡ぐ言葉は、本当に純朴で。
ひとつひとつ……眩しく見えるんだ。
『おめでとう、ゆうな。けれど……私も貴方も、まだ上がいるのだから。ここで堕落しないよう、気を引き締めていくわよ。お披露目イベントでの共演、楽しみにしているわ』
ゆうなに返信を送ってから、私はスマホの電源を落とした。
そして、真っ暗になった液晶画面を、じっと見つめる。
『八番目のアリス』に選ばれた以上……ゆうなの注目度は、これまで以上のものになるだろう。
そうなると、やはりリスクとなるのは――『恋する死神』の存在だ。
私とゆうなは、まったく違う輝き方だから。
ゆうなの生き方を否定するつもりは、毛頭ないけれど。
傷ついてほしくないとは……どうしても思ってしまうんだ。
ゆうなにも――遊一にも。
◆
数日前――一人の女性声優の、炎上騒動が起こった。
彼女は、『アリステ』とは別のアイドル系ソーシャルゲームでメインキャラを演じていた、人気声優。
彼女の炎上騒動の発端は――暴露系MeTuber『カマガミ』の動画だった。
『カマガミ』が活動をはじめたのは、ここ最近のこと。
主に女性声優のゴシップを無断でMeTubeにアップし、辛辣な文言で叩くという悪趣味なスタイルを取っており……声優界隈でも要注意人物とされている。
今回の暴露内容は、アイドル声優として人気が上がってきた彼女に、実は数年来の恋人がいたというものだった。
しかも、その恋人がマネージャーだということも分かって――ネットは荒れに荒れた。
果ては彼女のSNSに突撃して、心ない言葉を書き込む人まで出てくる始末。
そして昨日。彼女の所属声優事務所は、コメントを発表した。
当面の間、彼女が声優活動を休止するという――悲しいコメントを。
◆
「――他人の恋愛や秘密を、暴いて楽しむ。下劣極まりない遊びね」
思わず毒づいてしまうほど、不愉快なことだ。
声優として、日々努力を続ける人間を、なんだと思っているのか。
……そういえば私も、妙な視線を感じたことがあったな。
ただの不審者だったのか、あるいはスキャンダル狙いの誰かだったのか、それは分からないけれど。
有名になればなるほど、リスクと隣り合わせの生活になっていく。
それは、もちろん――ゆうなも同じことだ。
「……貴方はいつも、純粋だけど。世界がそれと同等に優しいとは、限らないのよ――ゆうな」
――――私は人に、夢を語ることが苦手だった。
本音を晒すことが、怖かった。
それゆえに私は、孤独に夢を追い求める道を選んだ。
その結果……遊一の心を深く傷つけてしまったことは、今でも後悔している。
だから。独りよがりだと分かっていても。
私はもう……遊一に、傷ついてほしくない。
そして、大切な後輩のゆうなにも――下劣な連中の餌食になってほしくないんだ。
だから、私は――――。
机の隅に置いた鏡を、ゆっくりと覗き込む。
そこにいるのは――野々花来夢。
特段、目立つところもない……ごくごく平凡な、女子高生だ。
だけど、心の中で『笑顔』の仮面をかぶれば。
どんな空気にも馴染めて、どんな人とだって気さくに話せる――そんな『来夢』の笑顔に、切り替わることができる。
……今度は、鏡のそばに置いてあるウィッグを、頭にかぶる。
カラーコンタクトはつけていないし、メイクもしていないから、違和感はあるけれど。
心の中で『夢』を纏えば。
私はすぐに――紫ノ宮らんむになれる。
淡々としているけれど、強い信念を持った――そんな彼女に。
野々花来夢。『来夢』。紫ノ宮らんむ。
私はいくつもの顔を、持っている。
そして、現実を舞台に見立てて。
演技をするのが、当たり前になるうちに。
いつしか、誰にも……野々花来夢を、見せなくなっていた。
だけど、もう――それは終わりにしよう。
だって、私の方から……『秘密』はおしまいって、言ったんだものね。




