第20話 第二回『八人のアリス』が気になりすぎて、夜も眠れなかった件 2/2
「うおおおお! そろそろ発表されんぞ、第二回『八人のアリス』がよぉぉぉぉぉ!!」
「ちょっ……倉井、うっさい! 鼓膜が破れるかと思ったんだけど!!」
雄叫びを上げたマサの脇腹に、ゴスッと肘打ちする二原さん。
二人とは昨日、我が家で一緒に結果発表を見ようって、約束してたんだよね。
あとは、パソコンのモニターの向こうに――もう二人。
『ったく、静かにしろし。マジで』
『那由ちゃんはあんまり、騒々しい男性は好きじゃないのかな? ふふっ……それじゃあ、僕の子猫ちゃんになっても、かまわないよ?』
『うっせ、勇海。顔面に猫パンチすんぞ』
俺の妹・佐方那由と、結花の妹・綿苗勇海。
第二回『八人のアリス』の結果が気になって仕方ない――騒々しい妹たちだ。
「そういや……その子、文化祭で那由ちゃんと一緒にいた、執事服の子だよな? まさか綿苗さんの妹だなんて、思わなかったぜ」
「あれ? 倉井って勇海くんとの面識、なかったん?」
『そうなんですよ、桃乃さん。改めまして――よろしくお願いします。結花の妹の、綿苗勇海です。お名前はかねがね伺っています、クラマサさん』
「――って、クラマサ言うな! 『倉井』と『暗い』が掛かってて、好きじゃねーんだよ、そのあだ名!! おい、遊一! なんで綿苗さんの妹に、変なあだ名教えてんだ!?」
「教えてねーよ! 普段から俺、クラマサなんて呼ばないだろ!!」
「うちも同じくー」
「わ、私も! 倉井くんのことは一回も、勇海に話したことないもんっ!!」
結花のはナチュラルに、ちょっと酷い気もするけど。
それはそれとして、犯人は一人しかいないな。
『……あたし? あれ、言ったっけ?』
『うん。僕は那由ちゃんに聞いたよ? クラマサさんって名前だって』
自覚なし。無自覚の犯行って、一番やばいやつだよな。
まぁ、そんなことはいいや。マサはまだ、不満そうだけど……。
――時間になったから。
俺はおそるおそる、インターネットブラウザを更新する。
すると、『アリステ』の公式サイトに――第二回『八人のアリス』発表動画が、表示された。
「……よし、それじゃあ……再生するぞ?」
ごくりと生唾を呑み込んで。
那由と勇海と、ZUUMを通じて画面共有した状態で。
俺は、運命の動画の再生ボタンを――クリックした。
――――第二回『八人のアリス』結果発表!
大仰なBGMとともに、期待を煽るような文字列が、画面にでかでかと表示された。
自然と心臓の鼓動が、速まっていくのを感じる。
「……神様。ほんと、頼むかんね……」
二原さんが祈るように、そんなことを呟いた。
――画面がふっと、真っ黒になる。
「うぉぉぉぉぉぉ! 遂に来る、来るぞぉぉぉ遊一ぃぃぃぃ!!」
『うっせクラマサ! 聞こえないから、静かにしろし!!』
『……落ち着いて、那由ちゃん? 多分、音は関係ないから』
マサが落ち着きなく、大きな声を上げていて。
妹二人は、なんかわちゃわちゃ騒いでいる。
そんな騒がしい空気の中――画面にドンッと、映し出された文字列。
――『八番目のアリス』。
「…………っ!」
結花が反射的に、目を瞑る。
そんな結花の右手を、俺はキュッと握って。
心からの想いを――口にした。
「大丈夫。俺がついてるから。『恋する死神』は――和泉ゆうなの努力を、ずっと見てきたから。だから、絶対に……大丈夫だから」
――――パッと。
再び画面が、真っ暗になった。
そして、次に表示されたのは――――。
八番目のアリス ゆうな(CV:和泉ゆうな)
「…………あ」
「……うそ? わ、私……?」
すぐには状況が理解できなくって、呆けてしまった俺たちだけど。
次の瞬間――佐方家のリビングは、歓声に包まれた。
『マジで!? すごい! 結花ちゃんが選ばれたよ、勇海!!』
『……うん。よかった……すごいよ、結花……』
「――遂にゆうなちゃんも、『八人のアリス』のステージに立ったのか。やべぇな、ドラマも顔負けのストーリーじゃねぇか……これだから『アリステ』は、やめらんねぇ」
三人は、思い思いの感想を口にして。
二原さんはガチ泣きしちゃって、一人でしゃくり上げている。
温かい空気。喜びに満ち溢れた空間。
ゆうなちゃんのこれまでの軌跡が、走馬灯のように巡っていく。
――『神イレブン投票』の頃は、ランキング下位から数えた方が、早いくらいだった。
グッズもほとんどなかったっけな。だから、ネットで拾った画像を使って、自作グッズを作ったこともあったほどだった。
――『第一回 八人のアリス投票』では、三十九位。
かなり頑張った結果だったけれど、まだまだ人気とは縁遠いポジションだった。
――そんなとき、『アリラジ』でバズりだしたんだよな。
『弟』ネタとかいう、危険すぎる話題がネットで人気になって、紫ノ宮らんむとのコンビが注目されはじめたんだっけ。
――そしてユニット、『ゆらゆら★革命』を結成。
ストイックすぎる紫ノ宮らんむと、天然な和泉ゆうなのコンビは、凸凹だけど調和していて。インストアライブでも、結構な人数のファンが集結していた。
『ニューアリスアイドルオーディション☆』では、設定のみで未実装だった妹キャラ・ななみちゃんが参戦決定。
『ゆらゆら★革命 with 油』として、次のユニット展開も進行中。
この一年弱で、本当に色んなことがあった。
まさに飛躍の年だったと言っても、過言ではない。
そんな和泉ゆうなの――結花の努力が実った結果こそが。
――――『八番目のアリス』という称号なんだと思う。
「うおおおおおおおお! らんむ様、すげええええええええ!!」
俺を走馬灯もどきから引き戻すように、マサが大絶叫した。
ハッと我に返って、パソコンのモニターに視線を移す。
二番目のアリス らんむ(CV:紫ノ宮らんむ)
「マジかよ……すごいな、らんむちゃん」
とんでもない大躍進に、俺は感嘆の声を漏らした。
和泉ゆうなも相当な好成績なんだけど、紫ノ宮らんむはそれを、軽々と超えていく。
そして最後に、第一位――『トップアリス』が発表されて、動画は終了。
動画を閉じると、公式サイトには一位から五十位までのリストが、公開されていた。
「……お。でるちゃんは十位か。惜しいな、順位はアップしてたのに」
「ひぃぃ……掘田さんより上の順位なんて、滅相もないよぉ……」
両手をブンブンと振りながら、困ったように眉をひそめている結花。
喜んだり困ったり、感情が行ったり来たり、忙しそうだ。
――――ピリリリリリリッ♪
テーブルに置いていた俺のスマホが、唐突に着信音を鳴らす。
「誰だよ、こんなときに電話なんて……ん? 鉢川さん?」
俺はスピーカー設定にしてから、電話に出た。
『あ、もしもし! 遊一くん、ゆうなはいる!? あの子、何回かけても出ないから!!』
いつもより早口に、鉢川さんが捲し立ててくる。
そんな鉢川さんの声を聞いて、結花は「あちゃあ……」っと、おでこに手を当てた。
「ごめんなさい、久留実さん。結果発表に夢中になってたから、着信に気付かな――」
『いいの、そんなことは! それより、結果を見たのね!? ゆうな、選ばれたのよ! あなたは……「八番目のアリス」になったのよ!!』
興奮したように、そう言ってから。
鉢川さんは――嗚咽を混じらせはじめた。
『おめでとう……頑張ってきて、よかったね……嬉しいね、ゆうな……』
「久留実さん……ありがとうございます。久留実さんがいつも支えてくれたから――いっぱい頑張れたんだって、そう思いますっ!」
そんな鉢川さんに、いつもどおりの元気さを向けると。
結花は、俺たちの方に向き直って――ぺこりと深く、お辞儀をした。
「えっと……みんなも! たくさん応援してくれて、ありがとう。たくさん支えてくれて、ありがとう。ここまで来られたのは、大好きなみんながいてくれたからだって――本当に、そう思うからっ! 今度は私が、みんなを笑顔にできるよう……もっと頑張るね!!」
それから、結花は。
すぅっと息を吸い込むと――和泉ゆうなになって。
満開の笑顔で、言ったんだ。
「私がずーっと、そばにいるよ! だーかーら……みんなで一緒に、笑おーねっ!」
 




