第18話 世界は意外と優しくて、もう少し信じてみようって思えたんだ 2/2
昼休み。
俺はいつもどおり、マサと机をくっつけて、昼飯を食べようとしていた。
「なぁ、遊一。今回の『トップアリス』は、誰が選ばれると思う?」
バレンタイン翌日だろうとなんだろうと、マサは通常営業。
数日後に発表を控えた、俺とマサにとっての青春――第二回『八人のアリス』の話題を、振ってきた。
「俺はよ、やっぱ……らんむ様が頂点に輝くって、信じてんだ。誰よりもストイックに努力し続けてきたその姿を、俺はずっと見てきたから。その努力が実ってほしいって……へへっ。青臭いかもしんねぇけど、思っちまうんだよ……」
「うん。気持ちは分かる。ただ、お前のその、気取った態度が気に入らない」
「なんでだよ!? いいだろうが、愛するらんむ様への想いを語るときくらい、ムードを作ってもよぉ!!」
他愛もないというか、くだらないというか、普段どおりの雑談に花を咲かせていると。
――駆け足気味な感じで。
綿苗結花が、やってきた。
「あれ? どうしたんだよ、綿苗さん?」
マサがきょとんとしながら、結花に声を掛ける。
だけど、結花はそんなのお構いなしに、俺のことを見つめると。
満面の笑みを浮かべて――言った。
「佐方くん、お昼食べようよー」
「ぶっ!?」
あぶな……飲みかけてたお茶、吹き出すところだった。
え、なに? 今、眼鏡の結花が――家と同じテンションで、話し掛けてこなかった?
「あ。大丈夫、佐方くん? 背中トントンって、しようか?」
「いい、いい! しなくていいから!!」
「どうしたんだよ、綿苗さん? なんか、いつもの学校の感じと、違わねーか?」
「――そんなことないけど?」
マサの方をちらっと一瞥して。
いつものお堅い綿苗結花が、淡々と言い放った。
それから、俺の方に向き直ると。
「えへへっ。一緒にお昼食べたいなー、佐方くん。駄目ですか?」
「怖いよ!? マサと俺とで、違う人格が出てきてるの!?」
「ち、違うよ……一人で二度おいしい綿苗さん、だよ?」
「……え? どういうこと?」
「綿苗結花が一人いれば、色んなタイプの綿苗結花を、お楽しみいただけます。どうですかー、お得ですよー? ――ってことです」
一体なにを言っているんだ……。
家での、無邪気で甘えん坊な結花とも違う。
かといって、お堅くて寡黙な綿苗さんとも違う。
もちろん、声優・和泉ゆうなって感じでもない。
――普通の高校生の男女がするようなことは、別にこそこそしなくていいかな。
そう。
今の綿苗結花は、きっと……俺のこの言葉をきっかけにして生まれた。
いわゆる――ハイブリッド結花だ。
「あ、そうだ。お弁当、あーんってやっても、いいですか?」
「――っ!? ごほっ、ごほっ……」
「わっ、大丈夫? 私のお膝に寝る?」
やめろ。やめるんだ結花。
これまでの学校での結花は、眼鏡を掛けた……お堅いクールビューティ。
そんな眼鏡結花が、急に表情豊かになって、かまってちゃんな感じで迫ってきたら。
ギャップの高低差で――俺の心臓が突然止まりかねない。
「ちょっと、ちょっと! 佐方くん、こっち来て!!」
「――ぐぇ!?」
そのタイミングで。
何者かが俺の腕を、思いっきり引っ張って……少し離れた席に連れ出した。
「佐方くん……さっきから、何してんの?」
おそるおそる顔を上げると――いつの間にか俺は。
クラスの数名の女子によって、取り囲まれていた。
何これ? 新時代の地獄なの?
「綿苗さんが、めちゃくちゃ頑張ってアタックしてるのに! なんで佐方くん、なんの反応もしないの!?」
「え、反応? なんのこと? 俺、カツアゲされてる?」
「してないよ!? ってか佐方くんさぁ、昨日のチョコの返事は、どーなの!?」
「ちょいちょーい! みんなさぁ、気持ちは分かるけど。佐方が混乱してっから、いったん落ち着きなっての」
JK地獄という、新種の黄泉の国にて。
一人の陽気なヒーローが、敢然と立ち上がった。
彼女の名は、二原桃乃。
こういうカオスな状況下では、一番頼りになる友達だ。
「助かったよ、二原さん……これって、どういう状況なの?」
「まー、話は簡単。昨日、結ちゃんが佐方に、手作りチョコ渡したっしょ? バレンタインに手作りチョコを渡すって……ふつーに考えて、どういう意味があると思う?」
「え……本命チョコ、とか?」
「そーいうこと。で、今日の結ちゃんは、佐方にだけ接し方が違うっしょ? それって――佐方のことが、めっちゃ好きってことじゃん?」
「……そういうことになる、か」
なんとなく話が見えてきた。
つまり、女子たちがやたらと盛り上がってるのは……こういう認識だからか。
・結花は昨日、本命チョコを渡して、俺に告白した。
・結花は今日、普段と違うテンションで、俺にアタックしてきてる。
・さぁ……俺の返事はいかに?
「みんな、結ちゃんのこと、応援してんだよ。ちょーっと盛り上がりすぎて、鬱陶しいかもだけど――お堅くて近づきがたかった結ちゃんの、人となりが少しずつ分かってきて。『友達』として、『仲間』として……めっちゃ応援してるってわけ」
そして二原さんは、パチッとウインクをすると。
グッと親指を立ててみせた。
「それじゃあ佐方――こっからがハイライトよん? どーいう形かは任せっけど……結ちゃんの愛の告白には、ちゃんと応えなねっ!」
――そうこうしているうちに。
痺れを切らしたらしい結花が、こちらに向かってくる。
「佐方くん……なんでそっちに行っちゃうの? 私とご飯食べるの、やだった?」
「わああああ!! ごめんね綿苗さん! 佐方くん、もういいよ! 戻って!!」
「行け、佐方くん! 電光石火で!!」
結花の寂しそうな一言で大慌てになった女子たちは、俺を結花の前に押し出した。
「あ、戻ってきてくれた」
そう呟いて、眼鏡の下の目を細めると。
結花は、まるで太陽みたいに明るく――笑った。
――――結花はこれまで、見えないガラスの壁の中にいた。
周りに嫌われるんじゃないかとか、疎まれるんじゃないかとか。
昔の傷ついた経験から……無意識にそんなことを、考えてたんだと思う。
だけど結花は、そんな自分を変えようと思って。もっと、みんなと仲良くなりたいと願って。
ガラスを壊して――みんなのところへ、飛び出した。
そうして飛び出した世界が、思っていたより優しかったから。
結花はこんな風に……みんなと一緒に楽しく笑えるようになったんだ。
だから、きっと――次は、俺の番。
さすがに許嫁だとか、同棲中だとか、そこまで言うのは気が引けるけど。
もう少しくらいは――周りのことを、信じてみないとな。
「……今まで黙ってたけど。実は、俺と綿苗さん――結構前から、付き合ってるんだ」
俺が思いきってカミングアウトした瞬間。
教室が割れるんじゃないかっていうほど、驚嘆の声が上がった。
だけどそれは、茶化すような感じのものじゃなくて。
「早く言ってよ、綿苗さーん!」とか、「今さらだけど、おめでとう!!」とか、「佐方くん、やるじゃん!」とか……温かい言葉ばかりだった。
「え……え? 遊くん? 言っていいの、それ!?」
俺の行動が予想外だったんだろう、結花は目を丸くして、おたおたしてる。
そんな結花の様子を見て、女子たちは和やかに笑っている。
「勝手に言っちゃって、ごめんね……結花」
「あぅぅぅぅ……い、いいんだけどね? なんか、照れちゃって……」
そして結花は――ずれてきた眼鏡を、整えると。
リンゴのように真っ赤になった顔のまま……言ったんだ。
「……はい。私は佐方遊一くんと、お付き合いさせてもらってます。皆さん、えっと……これからもどうぞ、よろしくです」
 




