第16話 【2月14日】俺の許嫁の結花が、生まれてきてくれて【誕生日】 2/2
「ふへへー……見て見て遊くんっ! 友チョコじゃないよ、親友チョコだよっ!! おいしそうー。けど、もったいなくて食べられないー。うにゃー」
俺がZUUMの設定をしているそばで。
結花は二原さんの手作りチョコを持ったまま、大はしゃぎしている。
幸せそうな結花を見てたら、なんだかこっちまで嬉しくなるんだよな。
本当にありがとね、二原さん。
『……なんで結花ちゃん、猫化してんの? レベル十七になったら、結花にゃんに進化する種族だったの?』
どんな種族だよ。
結花をモンスターだか妖怪だかと思ってんのか、こいつは。
適当な軽口とともに、ZUUM画面に現れたのは……俺の家族。
毒舌妹の那由と、いつもふざけてる親父だった。
「あ、お……お義父さま! ご無沙汰してますっ!! 今日はわざわざ、ありがとうございますっ!」
『いえいえ。大切な我が家のお嫁さんの誕生日なんだもの、ちゃんとお祝いしたいじゃない? リモートなのは申し訳ないけどね』
『てか、こんなペテン師にかしこまんなくていいよ、結花ちゃん。マジで』
「那由。狸親父に、ペテン師とか失礼だろ。狸親父なんだから」
『……えっと。実の息子と娘は、僕に冷たすぎないかな?』
佐方家の冷ややかな日常をお届けしていると、綿苗家もZUUMに接続された。
画面に映し出される、綿苗家のリビング。
そこには執事服に身を包んだ、いつもの男装スタイルな勇海と。
和服を纏って、おどおどしているお義母さんの姿があった。
『遅くなりました、皆さん。すみません、父も来たがっていたんですが……やはり仕事が、調整つかずで』
「そっかぁ……お父さん、相変わらず忙しいね」
『「おめでとう、良い一年になるよう願っている」――お父さんが結花に、そう伝えてほしいって言ってたわ。遊一さんにも、よろしくお伝えくださいと』
「あ、ありがとうございます。お義父さんにも、どうぞよろしくお伝えいただければ」
――そんなこんなで。
リモートながら、佐方家と綿苗家で顔を合わせて。
結花の誕生日パーティーを、開催する運びとなった。
「誕生日おめでとう、結花」
「えへへー……ありがとう。私、十七歳になりましたっ!」
『……結花。まだ、十七歳だからね? 未成年なんだからね? やりすぎたら駄目よ!?』
「何をやるの!? 分かんないけど、多分やらないよ!」
『母さん、母さん。落ち着こう? 向こうのお義父さんもいるのに、失礼だから』
『あはは、気にしませんよ。そもそも遊一に、そんな甲斐性があるとは思えないですし。ねぇ、遊一? まだ大人の階段、一段ものぼってないでしょ?』
「了解。結花の誕生日が、親父との絶縁記念日ってことだな!」
『ウケる。「一番の遊び人」って名前なのに、甲斐性ないとか』
「誰が『一番の遊び人』だ! お前はすぐ、そうやって……まぁ、いいけどな? もう那由のことは、分かってるから。普段はツンツンしてるけど、ウィッグをかぶるとデレッとしちゃう――そんなツンデレ妹だってな!」
『は、はぁ!? 誰がツンデレだし! ウニの表皮くらい、ツンしかねーし!!』
各々が好き勝手なことを言い合う、いつもどおりの佐方家&綿苗家。
結花と勇海は、必死にお義母さんの暴走を止めようとして。
俺と那由は、無意味な舌戦を繰り広げる。
『なに調子乗ってんの? ムカつく。昔から言ってるけど、あたしは兄さんに圧勝なんだけど? 名前バトルで』
「出たよ、名前バトル……小さい頃から喧嘩するたびに、それ言うよな。俺の名前にあるのが『一』で、そっちが『那由他』だから、数字の大きい那由が勝ちってやつだろ? その勝負、なんの意味もないからな?」
『意味なくねーし。億、兆、京、垓、って増えてって、那由他、不可思議、無量大数……ほら、兄さんの十の六十乗倍、強いし』
知らんがな。
十の六十乗とか、まるでピンとこねーよ。
そんな、小さい頃からのお約束な兄妹喧嘩をしていると…………。
『……わたしは! まほーしょーじょ、ゆうかちゃんっ!! ちゃきーん、ばーん。あくのかいじん、いさーみん! くらえー、ゆうかちゃんふらーっしゅ! びばびばー』
『おねーちゃん! いさみも、まほーしょーじょ、やりたいの!! うえーん、びばびばされるの、もーやだー!!』
「ぎゃああああああああああああ!?」
『うわああああああああああああ!!』
綿苗家のZUUM画面から、二人の幼女の声が聞こえたかと思うと。
結花と勇海が、姉妹仲良く――大絶叫した。
「お母さん、なに流してんの!? やめてよ、もぉぉぉ!! 恥ずかしいじゃんよぉぉぉ!!」
『うふふ……びっくりした? 結花と勇海が小さい頃のビデオよ。すっかり大きくなった二人に、こんな頃もあったのよって見せたくて……サプライズで用意しておいたの』
娘二人の叫びも意に介さず、お義母さんはニコニコ笑ってる。
結花のサプライズへのこだわりは、お義母さん譲りだったのね……。
『サプライズとかじゃなくって、テロだよこれ! 母さん、今すぐ焼却処分して!! もしくは僕の箇所だけ消去して、結花のところだけちょうだい!』
「なんでよ!? 私の黒歴史を握って、なんか悪さでも企んでるんでしょ勇海はー!!」
『僕をなんだと思ってるの、結花は!? 僕はただ、ミニ結花の無邪気な声を子守歌代わりにすれば……結花の夢を見られるんじゃないかって、そう思っただけだよ。ふふっ……ちゃきーん。びばびばー』
「あ! ほら、それ! 馬鹿にしたでしょ!! ぜーったい、馬鹿にした! もー怒ったからね、勇海!!」
俺と那由に、勝るとも劣らない、綿苗姉妹のくだらない言い争い。
やっぱりどの家も、きょうだいって阿呆な諍いをするもんなんだな。
――――と、まぁ。
誕生日パーティーとは名ばかりの、普段どおりのわちゃわちゃ具合になったけれど。
『結花さん。改めて、お誕生日おめでとう。いやぁ、頼りない息子で申し訳ないんだけど……末永く、遊一のことをよろしくお願いします』
『結花。お誕生日おめでとう……離れていても、お母さんとお父さんはいつだって、あなたを大事に思っているわ。どうか身体にだけは、気を付けてね?』
『結花ちゃん。おめでとう、マジで。えっと……また遊びに行くし。兄さんが馬鹿なことしたら、ぜってー極刑に処すから。だから、これからも――あたしの素敵な、お義姉ちゃんでいてね』
『結花、誕生日おめでとう。遊にいさんがいるから、きっと大丈夫だとは思うけど……困ったことがあれば、いつでも言って。どんなときでも、僕は結花の味方だから。遊にいさんと一緒に、幸せな一年を過ごしてね――お姉ちゃん』
最後に、みんなからお祝いの言葉をもらったときの結花は……とても嬉しそうに笑っていたから。
「えっと……ありがとうございましたっ! 今日はすっごく、幸せな日だったから――明日からもいっぱい楽しく、頑張ろうと思いますっ!!」
今日は本当に――素敵な誕生日パーティーになったんじゃないかと、思うんだ。
◆
波乱のバレンタインデーも、騒々しいほどの結花の誕生日パーティーも、どちらも終えた余韻に浸りながら。
俺と結花は部屋に戻って、布団を敷いていた。
「えへへっ。今日は色々ありがとうね、遊くん! 今日は二月十四日史上、いっちばん楽しい日だったなぁー」
敷き終わった布団に女の子座りすると、結花は左右に身体を揺すりながら、嬉しそうに言った。
さらさらとした黒髪も一緒に、ふわふわ揺れる。
ほのかに香る、柑橘系の匂い。
そんな中、俺は――結花に対して、背を向けた。
「……あれ? 遊くん、何してんのー?」
どうやら、俺の挙動がお気に召さなかったらしい。
結花が後ろから、不満げに言ってくる。
だけど、そんな結花を敢えてスルーして……俺は机の方へ移動し、引き出しを開けた。
「ちょっとぉー、遊くんってばー。誕生日なんですけどー。誕生日の子には、もっとかまってあげてくださーい。むぅー」
誕生日を盾に、やたらと甘えっ子なことを言ってくる結花。
そんな、可愛いしかない許嫁を、愛おしく思いながら――。
――俺は、結花の正面に膝をついて。
ピンク色のリングケースを、差し出した。
「……え? あ、あれ……え? え? こ、これ……え?」
「……サプライズプレゼント。びっくりした?」
驚きのあまりか、まったく言葉が出てこなくなった結花は、代わりにぶんぶんと首を縦に振りまくる。
そんな結花に思わず笑っちゃいながら……俺はゆっくりと、リングケースを開けた。
台座に収まっているのは、銀色に輝く指輪。
「二原さんにアドバイスをもらったときは、ぐだぐだになっちゃったから……自分なりに考えたんだ。それで、婚約してるんだし……指輪とか、どうかなって。高価なのは全然、手が出せなかったけど」
「…………」
「……えっと。嫌なら、断っていいからね? 買っといてなんだけど、さすがに十七歳のプレゼントにしては重いよなぁって……後から思ったから」
「……ばか。嬉しいに……決まってるじゃんよ……」
結花の瞳から、涙が零れ落ちた。
そのまま両手で顔を覆って、しゃくり上げるように泣く結花。
「……こんなに嬉しい誕生日、ないよ。遊くん……大好き。好き……嬉しい……」
それから、しばらくして。
両手をおろした結花は――涙で頬を濡らしたまま、にっこりと笑った。
「ありがとう、遊くん。ねぇ、はめてほしいな……遊くんとの、婚約指輪」
「う、うん……」
結花が差し出した右手に、自分の手を添えて。
その細い薬指に、銀色の指輪をはめる。
「…………私ね。今日のこと、一生忘れないと思う。これから、もっとたくさん、楽しいことがあるだろうけど――絶対、忘れないね」
そう呟きながら。自分の右手の薬指を、愛おしそうに見つめる結花の姿は。
本当に――可愛いしかなかった。
――――誕生日おめでとう、結花。
生まれてきてくれて、ありがとう。
俺もきっと……今日のことは、忘れないよ。




