第14話 【2月14日】学校の地味な結花が、一世一代の告白を【バレンタイン】 2/2
「やっほ、佐方! ほれほれ、うちの愛が籠もったチョコだよん♪」
休憩時間の廊下で。
ニコニコと近づいてきた二原さんは……ラッピングされたチョコを、俺に手渡してきた。
「ありがとう、二原さん」
「いーってことよ。んじゃ、このチョコ――うちだと思って食べてね?」
「思わないよ……チョコと友達の区別がつかなくなったら、人間終わりだよ」
「お、おい二原! 俺には……俺にはねぇのか!?」
唐突に俺を押しのけて、マサが大きな声を上げた。
そんな必死すぎるマサの姿を見て、二原さんはけらけらと笑い出す。
「あはは! 倉井、めっちゃ必死じゃんー。ウケるんだけど」
「へ、へへ……好きなだけ笑ってくれて、かまわねぇ……だから! どうか!! 俺のこの手に――チョコを!!」
お前……そこまでしてチョコが欲しいのかよ。もらえたとしても、百パー義理チョコだってのに。
チョコのためなら、平気でプライドを捨てられる。やっぱすげぇよマサは。
「ほいほい。心配せんでも、倉井にも用意してっから。佐方にしかチョコ渡さないなんてやったら、うちの命がないっしょ?」
そう言って二原さんは、マサの手のひらにひょいっとチョコを置いた。
感激のあまりか涙を流して、マサはそのチョコをギュッと抱き締めた……ぐちゃぐちゃになるぞ、チョコ。
と――そんな茶番を終えて、教室に戻ると。
あさっての方向を見ながら、俺の机の中に手を入て、がさごそしている少女がいた。
もちろん……綿苗結花だ。
「――っ! さ、佐方くん!? ど、どうしてここに?」
「自分の席だからだけど」
「ち、違うのよ……私は決して、佐方くんの机の中には、興味ないのよ?」
当たり前だよ。
嫌でしょ、他人の机の中に興味がある人とか。
「あ、結ちゃん」
「見てくれよ綿苗さん! 俺、チョコもらったんだぜ!! これで俺もリア充だ!!」
そうこうしているうちに、二原さんとマサも教室に戻ってきた。
それを見た結花は、あからさまに目を泳がせる。
「と、とにかく、違うから! 私はただ――佐方くんの机の上に、花をお供えしようって思っただけだから!!」
いじめの中でも、かなり凶悪な部類のやつだぜ、それ?
とんでもいじめ発言を再び放ったけど……結花、完全にテンパりまくってるもんな。もはや何を言ってるか、分かってなさそう。
「そ……それじゃあ、佐方くん? お元気で!」
そして、結花はわたわたと、俺の机から後ずさっていく。
――――そのとき。
「すとーっぷ! 綿苗さん、諦めないで!!」
「そうだよ! まだライフは残ってるよ!!」
後ろの方で見守っていた女子たちが、結花に声援を送りはじめた。
俺も結花もびっくりして、女子たちの方に視線を向ける。
「佐方くんに、気持ちを伝えるんでしょ? 負けないで!」
「そーだよ! 綿苗さんがうちらに相談してくれて、嬉しかったんだから。ぜーったい、最後まで応援するよ! ね、桃?」
え……二原さん?
女子たちの言動すべてが未知のものすぎて、混乱しまくってる俺は――二原さんの方に向き直ろうとした。
その瞬間。
二原さんが、後ろから……俺のことを羽交い締めにしてきた。
ぷにょんっと、柔らかい感触を背中に感じる。
「ちょっ!? 二原さん、何してんの!? こんな公衆の面前なのに、胸! 胸が当たってるから!!」
「……佐方、悪いけどさ。今はちょっと、おっぱいの話には乗れないよ」
待って。
俺は別に普段から、おっぱいの話を振ってないはずだよ?
衆人環視のもとでの誤情報発信は、勘弁してくれ。それこそ本当に、下駄箱にゴミを入れられたり、机に花をお供えされたりしちゃうから。
「普段と違って、わざと胸を当ててんじゃないってーの。今のうちは、第二夫人の桃乃様じゃなくって――結ちゃんのために戦うヒーローの、桃乃様だかんさ」
俺の背後から聞こえてくる、二原さんの声は……なんだか嬉しそう。
それに同調したみたいに、クラスの女子たちはさらに、「頑張ってね」「応援してるよ」と声を上げる。
……一体なんなの、この状況は?
今日の俺は、結花に手作りチョコをもらえるなってことしか、考えてなかった。
それが、こんな事態になるなんて――まさにサプライズだわ。
「あ……ありがとう、みんな。私――頑張るから」
二原さんに羽交い締めにされてる俺の、ちょうど正面に。
眼鏡を掛けて、髪をポニーテールに結った――学校仕様の結花が立った。
だけど、その表情は……お堅いものじゃない。
冷たいものじゃない。
頬を赤く染めたまま――柔らかな表情をしている。
「佐方くん。びっくりしたよね? 桃ちゃんや、他のみんなが、色んな声を掛けてくれたけど。これはね、からかわれてるとか、嫌がらせされてるとかじゃなくて……私が、みんなに相談したから。それでみんな、私のことを――応援してくれてるんだ」
「相談って……なにを相談したの?」
「…………バレンタインに、好きな人に想いを伝える方法」
思いがけない言葉に一瞬、頭が追いつかなくなる。
そんな俺に微笑みかけて――結花は続けた。
「私は……これまで誰かを、好きになったことがなくて。バレンタインってどうしたらいいのか、分からなかった。だから、勇気を出して……桃ちゃんやみんなに、相談したの。そうしたら、みんな優しくて。手作りチョコの方が喜ぶかもとか、下駄箱や机にチョコを置いたらドキッとさせられるんじゃないかとか――色んなことを、教えてくれた」
――下駄箱や机にチョコを置くのが、正解とは限らない。
手作りチョコじゃない方が好きな人だって、きっといる。
そういう意味では、これは……他愛もない、恋バナのひとつなのかもしれない。
だけど――綿苗結花にとっては。
そんな他愛もないことを、みんなと分かち合えたこと自体が……とても大きな一歩だと思うんだ。
「……すげぇじゃん、綿苗さん。こうなったらよ、遊一――お前も覚悟を決めないとな」
近くで傍観していたマサが、発破を掛けるように言ってきた。
「うるせぇな……言われなくても分かってるよ」
ぶっきらぼうに、そう返したけど。
女子たちがこうして、結花を応援してくれたように。
お前はいつだって――俺の背中を押してきてくれたんだよな。
ありがとうな、マサ。
――――綿苗結花は。
中学生の頃、クラスメートから嫌がらせを受けて、長い間……不登校になった。
高校に上がって環境は変わったけど、一度苦手になった他人とのコミュニケーションは、簡単にはうまくいかなくって。
友達もほとんど作れないまま……これまで過ごしてきた。
――――佐方遊一は。
中三の冬、来夢にフラれた噂がクラス中に広まったダメージで……少しだけ、不登校になった。
それ以前に、父母の離婚を目の当たりにしていたこともあって。三次元女子との恋愛は、傷つけあうことばかりだと思うようになって。
誰かを愛することを避けたまま……日々を過ごしてきた。
だけど――今は。
クラスのざわつきや、盛り上がっている様子は……中三の冬の教室とは、明確に違う。
みんなから伝わってくる温度も。聞こえてくる声の優しさも。
あの頃とはまるで違うもので。
本当に、ただただ――優しくて温かい空気だなって、そう思えた。
「……結ちゃんも、佐方も。勇気を出して、めっちゃ頑張ってきたっしょ?」
二原さんがパッと、俺の身体から手を離す。
「だから、もう……だいじょーぶ。中学の頃みたいなことには、なんないから」
振り返ると――二原さんは、曇りひとつない笑みを浮かべていた。
だから俺も、二原さんに笑い返す。
「そうだね……三次元も捨てたもんじゃないなって、思ったよ」
俺は結花の方に、一歩踏み出した。
結花もまた、俺の方へと一歩を踏み出す。
じっと二人で見つめ合う。心臓が脈打つのを感じる。
そうして、少しだけ間を置いてから。
結花はにっこり笑って――ラッピングされた手作りチョコを、差し出したんだ。
「佐方くん。私が生まれて初めて、作ったチョコ……受け取ってください」
――――俺と結花は、許嫁の関係にあるけれど。
二人の距離が近いことが知られたら、クラスでからかわれたり、いじられたりするだろうって思って。
学校では極力距離を置いて過ごすようにしてきた。
だけど、こうして……クラスで大々的に、結花からチョコを渡されても。
この教室は、温かくって。
辛かった中三の教室での記憶が――溶けて消えていくのを、感じたんだ。
そして、結花も……きっと同じ気持ちなんだろうなって思う。
結花が実は声優だってこととか。俺と結花が婚約関係なんだとか。
カミングアウトしていないことは、まだまだたくさんあるし。
そこまでカミングアウトするかって言われたら、微妙なところだけど。
俺たちが思っているよりは、世界は優しいものなんだって……気付くことができた、バレンタインだった。




