第3話 イベントに備えて、色んな願掛けやってみた 1/2
「ねぇねぇ遊くん! デートしよっ!!」
前振りもなく、そう言うと。
結花はえいっと、ソファで寝転がってる俺のお腹目掛けて、飛び込んできた。
昼の日差しが射し込む、休日のリビングで。
俺のお腹でぐてーっとなったまま、ふへふへご機嫌そうにしている我が許嫁。
「えっと……デートじゃなく、こうしてのんびりする流れでいいの?」
「――はっ! そうだった、まったりしてたら駄目じゃんよ!! おそるべし、遊くんのまったりパワー……っ!」
「結花が勝手にまったりしたんでしょ」
「違うもんねーだっ。遊くんが私を、たぶらかしたんだもーん。遊くんのばーか……ふへへっ。うそ、大好き」
不意を突いた、結花の精神攻撃。
効果は抜群。俺の心臓は一瞬止まった。
――いや。マジでやめてくれないかな、そういうの?
命がいくつあっても、すぐに残機ゼロになっちゃうから。
「……そ、それで? どこか行きたいところがあって、言ったんじゃないの?」
「あ、うんっ! どうしても行きたいところがあるんだけど、遊くんも一緒に来てくれないかなーって」
「もし、嫌だって言ったら?」
「泣いちゃう」
「行くって言ったら?」
「ちゅーしちゃう」
それはそれで、行くって言い出しづらいんだけど。なんかキス目当てみたいな空気になっちゃうし。
とか思ってると……チュッと。
結花が俺の唇に、自分の唇を触れ合わせた。
「ちょっ!? ゆ、ゆゆゆゆ結花!?」
「あー、もうしちゃったなー。これはもう、一緒に行くしかないねっ!」
言いながら結花は、小さく舌を出して笑った。
その頬が、ほんのり赤く染まって見えるのは……きっと、日差しのせいだけじゃないと思う。
「と、いうことで……私と一緒に、願掛けに来てください! 遊くんっ!!」
◆
「ゆーうくんっ♪ ゆーうくんっ♪」
動物の鳴き声みたいに、俺の名前を呼びながら。
隣に座ってる結花は、俺の胸に頭を押し当て……ぐりぐりーってしてきた。
うん。まぁ、いつもどおりの結花ではあるんだけど……。
俺は心を鬼にして――痛くない程度の力で、頭頂部目掛けてチョップした。
「――うにゃっ!? ゆ、遊くんが……DV!? きゃー、たすけてー、すきー」
「人聞きが悪いな……あのね、結花? ここはどこだっけ?」
「電車でーす」
「そうだね、電車だね? それじゃあ、電車の中で家みたいにベタベタしたら、どうなると思う?」
「幸せになる!」
「違うよ! 周りに冷たい目で見られちゃうから、やめなって言ってんの!!」
まったくもぉ。最近の結花ときたら。
甘えん坊なところは、前から変わらずなんだけど。
両家の顔合わせが終わってからは、それが過剰になったというか。
平たく言えば――バカップル全開になった感じ。
「……私だって、分かってるもん。あんまり外でイチャイチャするのは、良くないってことくらい」
俺の注意が効いたのか。
結花は俯きがちに、小さな声で呟きはじめた。
「だけどね。一緒に暮らしはじめた頃にも、こうして電車でお出掛けしたなぁーって、思い出してたら……遊くんのことが大好きって気持ちで、いっぱいになっちゃって。はしゃぎすぎちゃった」
「ああ……そうだったね。電車でショッピングモールに行って、そこで二原さんに見つかって。大変だったっけ、あのときは」
なんだか随分と、昔のことのように感じるな。まだ数か月前の出来事なのに。
なんて、当時のことを思い返していると――。
結花は俺の服の裾を掴んで、上目遣いになった。
「遊くん……ごめんねするから、嫌いになんないでね?」
心をくすぐるような可愛い声で、そう言われて。
透き通るように綺麗な瞳で、見つめられて。
とてもじゃないけど、結花を直視していることなんて、できなくって。
「当たり前でしょ。俺が結花を嫌いになるとか……絶対にないって」
――そう答えるだけで、精一杯だった。
◆
「わぁ……やっぱり大きいねぇ、遊くんっ!」
そんな感じで、ドキドキの電車タイムを過ごしてから。
俺と結花は、第二回『八人のアリス』のお披露目イベントが行われる予定の、会場前まで来ていた。
至るところに据えられた、白くて巨大な円柱。
その円柱に支えられた建物は、見上げてもまるで見渡せないほど大きくて。
これまで和泉ゆうなが参加してきたものとは、まるで規模が違うイベントなんだなって……実感せずにはいられない。
「ここに来るのが、結花の願掛けだったの?」
「うんっ! お披露目イベントに出演するのが誰かっていうのは、再来週の結果発表まで、私たちも知らないんだ。可能性のある声優は一応、スケジュールが押さえられてるんだけどね」
だから……と。
結花はイベント会場を見上げたまま、朗らかな声で言った。
「結果発表される前に、こうしてお参りしておいたら、なんだか願掛けになりそうな気がしない?」
「……うん。確かに、そうだね」
無邪気に笑ってる結花の横顔を見ながら、俺は深く頷いた。
このひたむきで、純粋な結花の努力が、どうか実ってほしいって。
心の底から――そう思う。
「……私はね。らんむ先輩みたいな、すごい声優じゃないから」
結花が独り言ちるように、言った。
「だからずっと、ランキングとかは無縁だって思ってたし……そんなに執着、なかったんだよね。ファンのみんなが笑顔でいてくれて、遊くんや家族や友達が、笑って毎日を過ごせてるんなら――私の人気が地味だったとしても、十分幸せだもん」
「それじゃあ、なんで願掛けなんて……」
俺が言い終わるよりも先に、こちらに顔を向ける結花。
そして、風になびく黒髪を、右手で掻き上げて。
「……遊くんと出逢って。私はいっぱいの幸せと、勇気をもらったんだ。クラスでうまく話せなくって、一人で過ごしてた綿苗結花も――失敗ばっかりで落ち込んでた、和泉ゆうなも。遊くんのおかげで、変われたから」
そして結花は――微笑んだ。
陽の光を浴びて咲き誇る、花のように。
「だから、その気持ちに応えたいって、そう思ったんだ。遊くんだけじゃなくって――いっぱい応援してくれた家族や桃ちゃん、一緒に色んな活動をしてきたらんむ先輩や掘田さん、いつも支えてくれた久留実さん――みんなの気持ちに、応えたいって」
穏やかな声色だったけど、その言葉には――熱く燃える想いが籠もっていた。
だから俺は、そんな結花を最後まで支えていきたいって……そう思ったんだ。
和泉ゆうなの一番のファン、『恋する死神』としても。
綿苗結花のたった一人の『夫』――佐方遊一としても。




